能登島取材ツアー七尾湾に浮かぶ小さな島へ、食材を探しに。
能登島は、能登半島の中ほどにある七尾湾に浮かぶ周囲約72kmの島。1982年に能登島大橋が開通するまでは、船が本土と行き来する唯一の交通手段でした。そのため島内よりもむしろ対岸にある都市との交流が盛んで、七尾市に面した島の西側と珠洲方面に近い東側では方言まで異なるとか。「話してみれば、島内のどの地区の出身だかわかる」と、島の方々は口を揃えます。
このように小さな島の中に多様性があり、さらに島特有の文化も育みながら歩んできた能登島。今回はそんな能登島の食を探し、ふたりの料理人が島を訪ねました。
ひとりは食材を追求し日本各地を歩き回る真摯な寿司職人・江戸川橋『酢飯屋』の岡田大介氏。ひとりは「World’s Best 50 Restaurants」で4度の1位に輝いたデンマーク『NOMA』でスーシェフ兼メニューを開発者として活躍する高橋惇一氏。ふたりは長年の友人同士。活躍の場は違えども、食材を見つめる目や、料理哲学には共通点もいろいろ。そんなふたりは能登島の食材をどう見つめ、そこから何を得たのでしょうか?
能登島取材ツアー郷土寿司とハーブ。興味の先は異なれども、見つめる本質は同じ。
旅行にしては真剣な目的があり、しかし視察と呼ぶには自由すぎる。それはきっと“旅”と呼ぶにふさわしい数日間でした。
2月初旬。雪の舞う能登島。
ふたりが最初に訪れたのは、折しも開催されていた「まあそいマルシェ」の会場でした。“まあそい”とは“豊かな、肥えた、成長した”といった意味の、この地方の方言。地元の集会所で開かれている小さなマルシェですが、ふたりは真剣です。とくに岡田氏は、出店する地元のおばあちゃんに郷土寿司の作り方を真剣に尋ねています。岡田氏のスタンスはいつもこう。人懐こく、誰にでもフレンドリー。ふと気づくと、見知らぬ誰かとすっかり仲良くなっている。この持ち前の性格が、岡田氏の食材探しを有意義にしていることは想像に難くありません。
次いで訪れた『NOTO高農園』は、九州出身の高利充氏と奥様が、20年前にこの地に開いた農園です。方言が島内の東西で異なるのは先述の通りですが、実は土壌も東西で別。外海に面した東側は稲作に向いた砂地、西側は野菜づくりに適した赤土。『高農園』は西側の赤土と向き合いながら、有機野菜づくりに励んでいます。「来る前に土壌の特質がわかっていたわけではありませんが、やればやるほど面白い土です」と高氏。現在では各地の料理人のリクエストに応えながら、年間300種以上の作物を育てています。そしてその畑を前に、今度は高橋氏が目を奪われています。とくに惹きつけられているのはハーブ。「このレモンタイム、爽やかな香りでしょう? この葉だけを摘んでペーストにするんです」と話す高橋氏。優しい視点で、いつもスタッフにまで気を配り、場の雰囲気を和ませるのが高橋氏。岡田氏とは異なるスタイルですが、こちらもまた現地の方の心を溶かします。陽気で活発な岡田氏、穏やかで優しい高橋氏。見事なまでのコンビです。
能登島取材ツアー生活の道具であること。器にも潜む、能登島らしさ。
次いでふたりは、能登島にある二箇所の工房を訪ねました。自身の店の一角をギャラリーにするほど器が好きな岡田氏と、器とのバランスも含めてメニューを考案する高橋氏。どちらも料理における器の大切さを実感しています。
そんなふたりを迎えた能登島を代表する工房。一軒目は元プロダクトデザイナーの藤井博文氏の『陶房 独歩炎』。藤井氏が手掛けるのは陶器のような磁器と、磁器のような陶器。土のあたたかみがありつつ、磁気のような滑らかさも併せ持つテクスチャは唯一無二の存在感ですが、藤井氏は「自分は作家というよりもデザイナー。日常的に使う道具であることを第一に考えています」といいます。その上で企業や飲食店から難しい依頼が入ると「燃える」のだと笑います。真っ平らな皿、独特な形のキャセロール、液垂れしない醤油差し。藤井氏の作品の多くは、そうした依頼から生まれています。
岡田氏はそんな藤井氏の言葉に深く頷きます。「えび専用皿とかイカ専用皿といった依頼をすることがあります。そういう課題がある方が、創作意欲が湧く人もいますから。そしてそこから思いもよらないものが生まれたりもするんです」
器の大切さを知っているからこそ、作家の創作意欲にまで心を配る。岡田大介という人物がまた少し見えてきました。
次いで訪れたのは能登島の小さなガラス工房『kota glass』。ガラス作家・有永浩太氏のアトリエで、ここから数々の賞に輝く独特なガラス作品が生まれます。ふたりの料理人を惹きつけた有永氏の作品の特徴は、色。とくに海外ではガラス作品に色が入るのは珍しいといいます。「海外の多くのレストランは白を中心にデザインされています。だから透明なガラスが映えます。一方、日本では木が主体のため、色を少し入れることで背景と馴染みやすくなるのです」そんな有永氏の解説を熱心に聞くふたり。
色がありながら、ガラスならではの清廉な透明感を失わない有永氏の作品ですが、その根本はやはり「生活の中にもっとガラスを取り入れて欲しい」との思い。
道具として日常に親しみ、使われてこそ価値がある。能登島で出会ったふたりの作家の思いは、能登島のものづくりに共通する哲学なのかもしれません。
能登島取材ツアー早朝の漁港から醤油蔵まで、多様性に富んだ食をたどる。
翌朝、まだ夜も明ける前から起き出したふたりは、『えのめ漁港』に向かいます。
七尾湾、富山湾、そして日本海と豊かな漁場に近い能登島は、言うまでもなく魚介の産地。とくに定置網漁が盛んで、ブリ、タラ、サバなどの魚介が豊富に揚がります。
戻ってくる漁船を港で迎えるふたり。しかし考えてみれば、どんな魚が揚がるか知るだけならば、電話で尋ねるだけでも十分なはず。それでも、突き刺すような寒さの中、早朝の漁港に向かうのは、どのような魚がどのように扱われているか、自身の目で確かめたいから。それほどまでにふたりの料理人は、食材と真剣に向き合うのです。
揚がったばかりのイカを手渡され、その場でかじりつく。どのように選別、梱包されるかを真剣に見つめる。ふたりの漁港の見学は、夜がすっかり明けるまで続きました。
さらにふたりの興味は、この地特有の調味料にまで広がります。鉄製の釜で海水を煮詰めるという、一度は途絶えてしまった能登島独自の塩作り製法を蘇らせた源内伸秀氏を訪ねて話を伺う。日本三大魚醤に数えられる能登独自の魚醤“いしり”づくりの工場を見学し、その味を確かめる。岡田氏が惚れ込み、日頃から使用する手作りの醤油の『鳥居醤油』の蔵を訪れる。
どれも熟成などの長い時間がかかる仕込み作業であり、目の前で完成する様子が確認できるわけではありません。それでもふたりは足を運び、話しをするのです。それは造り手の思いや人柄が、ある食材や調味料の完成形に大きな影響を及ぼすことを知っているから。「たとえば寿司屋が必ず扱う醤油。鳥居さんは手で作って、自分で売っている。“昔は当たり前だった”なんて言いますけど、それを変えないことがすごい。自分で作って売る仕事をしているからには、こういうものを使いたいと思うんです」岡田氏はそう言います。
取材班が同行した能登島の2日以外にも数日間能登半島に滞在し、食材を見て回ったふたり。そこで見極めたのは、現地での食材の扱われ方、そして生産者の人間味でした。
「自分たちの居場所、身の回りのものを大切にされている、という印象」高橋氏は能登島をそんな言葉で語りました。「だから言い方が難しいのですが、もしも仮にここの食材がベストではなくても、使いたいなと思います。もちろん、おいしいんですよ。でもそれ以上に人間味の部分が印象的で。料理は、生産者のことも含めたストーリーを伝えられることが大切ですから」そう笑いながら付け加えます。「人と直接会って話すと、メールのやりとりでは起こり得ないミラクルが起きるんです」
岡田氏も今回の旅から得るものが多かった様子。以前に何度も能登半島を訪れている岡田氏ですが、能登島ははじめてでした。「能登というくくりにできないほど特徴的ですね」と印象を語ります。「僕は比較的産地を訪問する料理人だと思いますが、そこで見るのは“現地でどんな食材が大切にされているか”ということ。現地で大切にされていれば、大切に出荷されますからね。この能登島でとくに驚いたのは海藻。これは今後取り入れていこうと思う部分です」
約40種類が食用になり、“日本で一番海藻を食べる”と言われるこの海藻のほか、海を泳いで渡って原生林で繁殖し、いまでは島民以上の数になったイノシシ、牡蠣殻を肥料にする米など、まだまだ能登島には特産がいろいろ。この能登島での数々の出会いが、ふたりの料理人、そして2軒の名店の未来を、少し変えていくのかもしれません。
住所:〒926-0224 石川県能登島百万石町27番3号
https://taka-farm.com/
住所:〒926-0806 石川県七尾市一本杉町29
電話:0767-52-0368
http://www.toriishouyu.jp/