80代にして未だ現役!右手で回し、左手で器を生む。[因久山焼/鳥取県八頭町]

「ちょっと見せてあげるよ」と、手回しのろくろを使い、こともなげに器を作ってしまう芦澤氏。

因久山焼鳥取・八頭町に伝わる伝統の焼物・因久山焼とは?

ろくろに空いた小さな穴に棒を挿し、右手でぐるぐると勢いよく回し始めたかと思えば、ろくろに遠心力があるうちに左手のみで土を成形。あれよあれよと言う間に、みるみる器の形ができていきます。ですが、しばらくするとろくろの勢いは弱まり、また右手でぐるぐる。すぐさま左手一本で成形。その作業を数度繰り返すと、齢80を超えた陶芸家・芦澤良憲(あしざわよしのり)氏は、ようやく右手も使い仕上げ作業に入っていくのです。

「たぶん現時点で、この棒を挿して使う手回しのろくろで器を作っているのは、日本で自分ひとりかもしれない。電動ろくろはもちろん、普通は足踏みや蹴りろくろが主流ですから。今使っているこのろくろは、もしかしたら300年近い歴史があるんです。同じ型の手回しのろくろは江戸時代に京都などでよく使われた、ろくろだと言われています」

鳥取藩御用窯である因久山焼(いんきゅうざんやき)の歴史は古く、1688年(元禄元年)に出版された『因幡民談記』の中に久能寺焼として記載されていることから、300年以上前には陶器を産出していたといわれ、代々鳥取藩の御用窯として保護されてきたと言います。

九代目である芦澤氏もまた、その歴史を脈々と受け継ぐ陶芸家。300年以上に亘り、先祖が大切に守り続けた因久山焼を、今なお現役で守り続けているのです。

300年近く使い続けられているという檜を使ったろくろ。右手で回し、左手で成形する。

「右利きだから、最初は左手だけで成形するのに難儀しました」と笑う芦澤氏はこの道60年のベテラン。

冬でも冷たい水を使い作陶。温かいお湯を使うと土に油分が吸い取られてしまい荒れてしまうそう。

ろくろを回し生み出された器はまずは日陰で十分に乾燥させ、焼きの工程へ進む。

因久山焼因久山焼の特徴は、芦澤氏の生き様そのもの。

「因久山焼とは、果たしてどんな焼き物ですか?」と芦澤氏にその特徴を問えば、とても難しい質問だと氏は笑います。

因久山焼自体は、鉄分を多く含む地元八頭の土と藁灰釉(わらばいゆう)や緑釉(りょくゆう)、海鼠釉(なまこゆう)、辰砂(しんしゃ)など、さまざまな釉薬を用いた素朴かつ格調高い焼き物に仕上げます。ですが300年以上の歴史を紐解けば、時代時代の流行りや、作風があり、これが正解ということはないのかもしれません。

「300年の歴史があるとまことしやかに言われる中で、古文書や江戸時代からの資料を読み解くのも自分の仕事。本当に300年以上の歴史があるのかは、自分の見聞ではわからないので、文献を頼りに調べるしかないのです」

そうなのです。芦澤氏は作陶の傍ら50年以上に亘り、不透明であった因久山焼の実態を調べ続けているのです。焼きの実態、窯のあった場所、製作の状況など、立証するものが限りなく少ない中で、当時の状況を紐解き、それを自らの作陶に活かす。そうして生まれるのが、現在の因久山焼。現在、因久山焼の名を掲げているのは、9代の芦澤良憲氏と息子であり10代目の保憲氏のみ。

まさにその特徴とは、良憲氏が長年探し続け、追い求めるもの。「特徴は?」と問われれば、それは氏が追求する理想であり、自らが人生をかけて作陶した器そのものなのかもしれません。

茶道具を作陶するために、若かりし頃には裏千家での勉強から始めたと芦澤氏。

長年のファンはもちろん、海外からの買付などもあるという因久山焼。

鳥取市の南に位置する八頭町で育まれた鳥取城御庭焼が因久山焼。

因久山焼3日をかけて焼きあげる登り窯こそが、作品の良し悪しを左右する。

「あ、そうだ。因久山焼の特徴をひとつ思い出しました。それが外にある登り窯。これも300年以上の歴史があると言われております」

そう言ってろくろで汚れた手を洗うのも早々に案内してくれたのが、7室の窯が段々に連なる登り窯。土とレンガで造られた本窯と、それを覆う瓦屋根で作られた登り窯は、修繕しては使い、また修繕することで歴史を紡いできたと言いいます。

「薪に火をつけて高温で焼くのですが、2昼夜寝ずの番。毎回3日をかけて焼いていくのですが、窯の中は1300度にもなる高温で、その前で薪をくべ続けるのですがこれが熱いし、眠い。スタッフが10人がかりで順番に番をして焼き上げるのです」

今では年に1〜2回しか火入れをしない登り窯。聞けばその火入れの際、10人のスタッフがサポートしてくれるものの、基本、芦澤氏はずっと窯の前で火の状態を見続けるというのです。

「どんなにいい形ができても、乾燥させ、釉薬をつけ、火入れするまで、良し悪しがわからないのが面白いところ。だからだろうね、毎年が楽しみなんだよ」

そう笑う芦澤氏は少年のように無邪気。80を過ぎても、まだまだ現役。その姿勢こそが、因久山焼の特徴なのかもしれません。

300年以上使い続けられているという、風格漂う因久山焼の登り窯。

茶道具を得意とするのが、9代目・芦澤氏の作風のひとつ。

「やってもやっても上手くいかないから面白いんだよ。もうすぐ春がまた来るね」と3月中旬、まだ肌寒さの残る登窯前で笑顔。

住所:鳥取県八頭郡八頭町久能寺649 MAP
電話:0858-72-0278
http://inkyuuzan.ftw.jp/

(supported by 鳥取県)