僕は僕なりに本気で向き合いたかった。イタリアで奮闘する徳吉洋二シェフの今。

Ristorante TOKUYOSHI/徳吉洋二インタビュー

見えない敵との邂逅。徳吉洋二シェフの数ヵ月を振り返る。

周知のとおり、新型コロナウイルスは日本だけの問題ではなく、世界的に猛威を振るっています。中でもイタリアは死者が3万人を超え、その数は世界3位であり、EU加盟国では最多。(2020年5月20日現在)

イタリアの中心地、ミラノを拠点にする「Ristorante TOKUYOSHI」の徳吉洋二シェフは、現在、医療従事者に食事を提供する活動を行っています。
徳吉シェフは、2度、「DINING OUT」参加を果たしている『ONESTORY』にとってはゆかりのある人物です。2017年の北海道ニセコ、そして、2018年の地元・鳥取県八頭町での開催がそれでした。

そんな徳吉シェフの日常が非日常に変わったのは、忘れもしない2020年2月24日からでした。
「その日を境にキャンセルの電話が鳴り止みませんでした。その数は250名以上はあったと思います。この時期のイタリアは、まだ自粛要請だけだったのですが、ここまで大きな問題になると、やはり脳裏に浮かぶのは“もし感染者を出してしまったら”ということでした。お客様を第一に考え、お店を閉めようかと思った矢先、3月9日にロックダウンになりました」。
約2週間の怒涛を徳吉シェフはこのように振り返ります。「Ristorante TOKUYOSHI」は改装したばかりであり、さあこれからという矢先のことでした。

「のちに休業補償の制度が決まりましたが、それまでは不安でした。スタッフの生活を守らないといけませんし、家賃やその他諸々、営業しなければ回していけないのが正直な現状。改装したばかりで体力的にもちょうど弱い時期だったので、悩みに悩みました」。
とはいえ、その保証金がすぐに納付されるわけではありません。「再び銀行に借り入れもしましたし、各所に交渉もしました」。
現在、イタリアの保証内容は、給与80%、家賃も対象予定ではありますが、いまだ決定にはいたっていません。

本気で活動する人がいるのに家でじっとしていられなかった。

ロックダウン後、約1ヵ月は自宅で過ごしていた徳吉シェフ。
「こんなに自宅で家族と過ごすのは初めてかもしれません。映画を見たり、一緒に食事を作ったり……。ある意味ゆっくりできたのかもしれません。しかし、テレビでは医療従事者を鼓舞する活動や医療崩壊のニュースが目まぐるしく報道され、医者や看護師は、本気でそれと戦っていました。僕は僕にできることで本気になりたい、そんな思いが芽生え始めました」。

その後、制限付きの外出許可が下りると、徳吉シェフは動き出します。4月15日のことでした。
「医療従事者の方に食事を提供する活動を始めました。本気で活動する人を見た時、僕も本気になりたい、僕の本気を届けたい、そう思ったのです。実は、社会貢献が目的ではありませんでした。ただ、本気の人を本気で支援したかった、僕なりの本気で応えたかっただけなんです」。
とはいえ、前出のとおり、資金はギリギリ。それでも食材は自らの持ち出しで始め、最初は4人からプロジェクトをスタート。続けることによって、その活動は少しずつ認知されるようになり、現在では食材提供を支援してくれる生産者も出てきたそうです。

実は医療従事者の方々に食事を提供するという活動は、イタリアでは非常に難しいそうです。感染拡大を受ける同国の病院は、外からの介入を徹底的に拒むためです。現状、おそらくミラノでは徳吉シェフ以外、このような活動をしている人物はいないのではないでしょうか。しかし、今回、なぜそれを成すことができたのか? それは、「レストランと病院に信頼関係があったからでした」。

更には、「Ristorante TOKUYOSHI」の弁護士による病院との交渉や社労士、税理士などの助けもあったといいます。
「今、食事を届けている病院は、僕のお店から徒歩10分くらいのところ。実はそこの院長様が顧客で、“徳吉さんなら”とおっしゃってくれて。とはいえ、実現するまでにはそれなりのプロセスが必要で、それを周囲が助けてくれました。現在は、4名のスタッフから8名になり、毎日1日60食提供し続けています。全員“Ristorante TOKUYOSHI”のメンバーです」。

そして、こんな時期ではありますが、さすが人生を謳歌するイタリア! ただ食事を提供するだけではありません。「KEEP(╹◡╹)」とメッセージを添えるのはもちろん、患者の気持ちを少しでも和らげるように病室に飾れる花や医療従事者の方が合間に飲めるコーヒーもセットで届けているのです。
「妻がフラワーデザイナーなので、花は彼女にお願いしています。コーヒーは何度も試作を重ね、ブレンドにこだわったオリジナル。満たしたいのはお腹だけではありません。ほんの一瞬かもしれませんが、心も豊かにしたいと思っています」。

食事も本気、遊び心も本気。それが徳吉スタイル。
「この活動は、レストラン再開後も新型コロナウイルスの問題が収束するまで続けたいと思っています」。

全てが想定外。しかし、アクションを起こしたからこそ発見もあった。

とにかく前例がない今回の問題。情報過多の時代も手伝い、何をどう判断し、どんな行動や活動をするのかが今後を左右するといっても過言ではありません。

「今回、医療従事者の方々に食事を提供する活動を行うことによって、これまでになかった思想も湧いてきています」と徳吉シェフは話します。その具体は、レストランにこだわらない「TOKUYOSHI」の食体験です。

「僕はずっとレストランにこだわってきました。でも、今回のように医療従事者の方々に食事を提供させていただくことによって、こういう体験もありだと思ったのです」。
こういう体験とは、「デリバリー」や「お弁当」といういたってシンプルな手法です。しかし、この両者はイタリアではポピュラーではないそうです。

「新型コロナウイルスは、きっと一時的に収束しても第2波、第3波は必ずやってくると思います。それに、この先同じような事態が起きた時にレストランだけで勝負するのではなく、他の選択肢も必要だと思いました。今はそのお弁当の内容も構想中です。レストラン以外で“TOKUYOSHI”体験ができるような鴨とフォアグラや牛のタルタルなど、色々、試行錯誤しています。
一方、全てイタリア食材だけで作る焼き鳥や鰻も考えています。ナチュラルワインを一緒にするのも現地では需要がありそうな気がしています。それと……」と、そのアイデアは溢れ出てきます。たかが弁当、されど弁当。たかがデリバリー、されどデリバリー。「高い安いではなく、届けたいのは価値。そこはレストランと変わりません」。

そして、「不謹慎かもしれませんが、この活動をしていなければ、僕の進歩はなかったと思います」と言葉を続けます。
苦境の時こそ、歩むべき道の正確さが必要とされます。それは、シェフとしても、経営者としても、社会の一員としても。
「経営的には苦しいですが、将来のスキルになればそれでいい。時にプライドを捨て、リスクを恐れず新たな挑戦をすることや環境に順応する能力も必要。今の努力は、きっと将来返ってくると信じています」。
 
そんな「Ristorante TOKUYOSHI」は、5月22日より「BENTOTECA MILANO」と題して期間限定でテイクアウトメニューの提供をスタート。うどん、唐揚げ、お弁当などの日本食とナチュラルワインを供する新業態です

自粛、ロックダウン。営業するか閉めるか。何が正解で何が不正解か。

2020年6月1日、イタリアではレストランの営業再開が決まっています。
しかし、「営業再開するところは少ないと思います」と徳吉シェフは言います。
現状、再開をするにあたり、ゲスト同士の間隔は1m、テーブル同士の間隔は2mなど、いくつかの規則が定められています。
「小さなお店なら、ほとんどお客様をお迎えすることができませんので、すぐには再開しないと思います。厳密には、再開できないと思います」。

ご存知の方も多いとは思いますが、徳吉シェフは東京にもレストラン「アルテレーゴ」を構えます。イタリアとは異なる日本の制度には、どのように対応しているのでしょうか。
「すごく難しい問題です……」と前置きし、「自粛要請であれば、営業します」と徳吉シェフ。
「まず、語弊を恐れずに言えば、僕は自粛には賛成でロックダウンには反対です。もちろん補償の問題もありますが、たとえ数ヵ月とはいえ、経済をストップさせるということは格差社会が生まれてしまうと思うからです。解除されたとしても、消費に対する考えはまるで変わってしまうだろうし、経済を動かしながら感染を防ぐという意味では、イタリアよりも日本の方が良いと思います。制度に関しての再考は必要ですが、平和だった日本の国民性であれば、ロックダウンという現象にパニックになったかもしれませんし、その後、経済回復には数年を有する可能性もあったのではないでしょうか」と自論を話します。

「イタリアでは、ミラノとローマにレストラン協会があり、今後、協会と国が定めたレストラン営業に関する法律が定められることになっています。“アルテレーゴ”では、その内容を参考に、レストランマニュアルを設け、スタッフには歩いて通えるように一人暮らしもしてもらいました。当然、その分、資金はかかりますが、国が守ってくれないならば、僕が彼らを守るしかありませんから。それでも、危険を回避できているかというとそうではないのも理解しています。無症状感染者がいるくらいなので」。

今、世界中に「安全」はありません。しかし、レストランを開ける以上、ゲストへ「安心」を提供するという意味では真摯的な策のひとつかもしれません。もちろん、危険を回避できないのはレストランだけではありません。スーパーやコンビニ、電車など、人が集まる場所の全てが例外ではないでしょう。それに関して徳吉シェフは、「そこと比べても一般的には受け入れてもらえません」と冷静に話します。
「例えば、電車でクラスターが発生した事例とレストランでクラスターが発生した事例があったとします。どちらが非難されるかはいうまでもありません。中には、あっちがいいのにこっちがダメなのはなぜ?などと発言する方もいますが、他所と比べることなどできないのだと思います。必要なのは、場所に応じた適切なガイドラインではないでしょうか。飲食業ではこの決まったマスクと手袋をして、平米数に対してゲストは何人で間隔は○○mで……。そのオフィシャルが日本にはないので、先ほどのとおり“アルテレーゴ”では独自で作りましたが、理想は僕らなりのマニュアルを作るのではなく、専門家を交えた業界のマニュアルがあるのが理想。例えば、そんなマニュアルを作りたいという協会が発足され、だから、その制度のためにかかる費用や活動にかかる資金を補償してほしいというのが僕の考える理想の補償です。感染を防ぐために自らお店を閉めた方もいると思いますが、その前にできる何かを僕は追求したい。自己主張ではなく、ちゃんと業界が協力し合って社会と交わることが今の日本のレストランには必要なのではないでしょうか」。

「Ristorante TOKUYOSHI」オーナーシェフ。鳥取県出身。2005年、イタリアの名店「オステリア・フランチェスカーナ」でスーシェフを務め、同店のミシュラン二ツ星、更には三ツ星獲得に大きく貢献し、NYで開催された「THE WORLD'S 50 BEST RESTAURANTS」では世界第1位を獲得。 2015年に独立し、ミラノで「Ristorante TOKUYOSHI」を開業。オープンからわずか10ヵ月で日本人初のイタリアのミシュラン一ツ星を獲得し、今、最も注目されているシェフのひとりである。
https://www.ristorantetokuyoshi.com/it/