永田宙郷インタビュー伝統工芸に向き合い、繋ぐが仕事。
「本当は職人になりたかったのだと思う」。
そう話すのは、伝統工芸の世界に従事するプランニングディレクター・永田宙郷氏です。少し遠回りをしながら辿り着いたのは、伝統工芸を作るのではなく支えるという仕事の方法でした。
各地の伝統工芸の商品や産地のプロデュースに関わる永田氏は、作り手と使い手と伝え手を繋ぐ場として「ててて商談会(2019年まで見本市)」を主宰する人物でもあります。デザイナー、ディストリビューター、デザインプロデューサーとともに発足したそれは、2012年にスタート。当時の参加は約20社でしたが、現在は100社以上集い (応募は200社以上)、そのオファーは増える一方です。
しかし、2020年秋の開催は中止。その理由は、周知の通り、新型コロナウイルスによるものです。
そこで新たに立ち上げたのが、オンラインショップ&メディア「4649商店街」。
一見、ふざけているようなネーミングですが、永田氏は大真面目。
「イベントや催事が次々と中止になり、接点を作る場を失ってしまいました。今の世の中で、何とか伝統工芸の火を絶やさないようにしなければいけないと思い、急遽、立ち上げました」。
出店は、何と150社以上。国が指定した伝統工芸品は235品(経済産業省HP参照。2019年11月20日時点)のため、その数の充実度は言うまでもありません。
「みなさま、どうかで日本の地域のもの作りと伝統工芸を“よろしく”お願い致します」。
永田宙郷インタビュー「売る」、「買う」を通して、伝統工芸を考える。
「現状、伝統工芸の世界では、“まだ”難局を迎えていないと思います。発注から納品までに時間がかかる特殊な業種なので、本当に怖いのは“これから”。新型コロナウイルス後の発注がなくなるのではと危惧しています」。
永田氏は、このように不安視しています。
「ものに関しての伝統工芸は、主に4つの部類に分かれると思います。美術工芸、生活工芸、手工芸、量産工芸がそれです」。
端的に解説すると、美術工芸は芸術品、生活工芸は作家が提案する日用品、手工業はメーカーが提案する日用品、量産工芸は大量生産にも近い日用雑器などです。
今回は、主に生活工芸や手工業を中心に考えていきたいと思います。
「元々、右肩上がりの業種ではないことは皆さまご存知の通りかと思います。そんな中、“売る”、“買う”という視点で考えると、主にそれをつなぐのは百貨店などの小売業になります。その販路が今回の新型コロナウイルスによって絶たれてしまったことは大打撃です。更には、新生活の始まる4月という繁忙期だったことも多大な影響を及ぼしています」と永田氏は言います。
ここで改めて浮き彫りになったことがあります。それは「依存」です。
「伝統工芸は、伝統工芸が好きなファンを増やしてきましたが、そうでない人たちにももっと声を掛けねばならなかった。ここ数十年で、ものは売り場以外でも買えるようになり、インターネットやSNSの普及が急速に時代を変化させました。特別な人だけに支えられる時代は終わったのです」。
「そうでない人たち」にも声を掛けた好例に「中川政七商店」を挙げます。
「中川さんは、伝統工芸の民主的な入り口を作ったと思います」。
しかし、丁寧に時間をかけて作られたものであればあるほど、デジタルと相性は解離してしまう難もまたあり。永田氏も頭を悩ませます。
「例えば、ある器があったとします。その手触りや口当たりが特徴であれば、やはり体感しないと伝わりません。それをオンライン上で理解してもらうのはとても難しいです」と言うも、「リアルな場にも改善の余地はある」と言葉を続けます。
「例えば、以前の呉服屋さんでは、数時間、時には数日かけて品定めをしてきたと思います。本来は、伝統工芸品もじっくり品定めをする時間が必要な類。しかし、小売業に見る陳列は、隣にカワイイかどうか瞬間で判断するような雑貨が置かれてしまうこともしばしば。ものと向き合う時間軸が異なる商品と並べられてしまうことがあります。それではものの良さは伝わりませんし、判断に必要な時間も提供できません。作る側もわかりやすいものを作ろうと考えが寄ってしまいます。分かりづらさを紐解いいて余裕を重ねていけるような商品や購入機会は生まれません」。
それは、いわゆるジャンルごとに切り分けてしまう売り場の改善。ものと向き合う時間が異なるということは、横並びにある価格の高低差も発生します。時には数十万、数百万する美術工芸であれば別ですが、手が届きやすい生活工芸や手工業の品であれば、切実な件になります。
「ものの価値を伝えるのは至難の業だと思います。伝統工芸が含む、素材、技術、精神、文化の蓄積の全てをリアルな店舗だけで補うのも難しいですし、オンラインだけで補うのも難しい。特にこの新型コロナウイルス後には、それを適材適所に伝える努力と工夫が必要だと思っています。伝統工芸だからすごい!ではなく、そのすごい!の可視化と言語化を再度するべきだと考えます」。
なぜなら、「伝統」と謳うには、その理由があるから。
永田宙郷インタビュー欧米の伝統工芸は、日本の伝統工芸に憧れを持っている。
そう永田氏は言います。
欧米の工芸は、その価値基準として社会的に芸術と並ぶクラスを日本よりも感じますが、その「憧れ」とは何なのでしょうか。
「様々な国を見ても、日本のように街角に工房があるところは特殊だと思うからです」。
街角にあることによって、地域の文化を感じることができる。
街角にあることによって、手仕事を覗くことができる。
街角にあることによって、人に触れることができる。
その全ては、ものの用途を超えた価値と言えます。その価値を得られるのは、街角にあるからこそ可能にできる体験によるもの。さらには、旅というフィルターを通すことによって、より愛着も沸き、それは特別な存在になるでしょう。
「地域と過ごす時間、手仕事を覗く時間、人に触れる時間。そんな時間の共有に国外の工芸士は憧れを持っている」。
その憧れとは、作り手と使い手の関係の深さ。それは、他国では真似できない日本独特の文化なのかもしれません。
永田宙郷インタビュー「作る」だけではいけない。「直す」までを伝えたい。
永田氏は、現在の活動以外に、実は「金継ぎ」にも力を注いでいます。その拠点は京都に置き、「ホテル カンラ京都」本館1階に「金継工房リウム」を構えます。
「例えばお皿や器を買った時、その中には産地や装飾の説明があったとしても割れた時の連絡先や修理の方法が記されているものは極めて少ないです。僕自身は漆器以外では見たことがないです。販売店は“長くお付き合い頂ける逸品です”、“これは一生ものです”と勧める方もいらっしゃると思いますが、その修理の方法を聞いた時に即答できる方は少ないのではないでしょうか。それは売り手にも問題ありますが、作り手の責任もあると思います。なぜなら、“大切に使って欲しい”、“長く使って欲しい”という意思表示は、必要だと考えるからです」。
その件に関し、フランスの某有名ブランドを例に話を続けます。
「フランスの某有名ブランドの革製品は、高額にも関わらず数年待ってでも手に入れたい方々がいます。もちろんステータスやクラスを装いたいのかもしれませんが、使い続けるという視点でも相当優れています。直せる品は、原則として必ず分解できます。革製品であれば、手縫いで仕上げ、ボンドなどを使用しないことも特徴のひとつです。更に分解した革の裏側には作り手の名も記され、世界中でそれが管理されています」。
つまり、誰がどんな風に作ったのかがアーカイブ化され、技術の足跡が永遠に残されるのです。ゆえに、そのブランドのブティックで修理の質問をしても世界中で同じ応えが即答されるのです。“お直しは可能です”と。
だからこそ、“長くお付き合い頂ける逸品です”、“これは一生ものです”という言葉の説得力が生まれるのです。
「日本の伝統工芸品もそれに負けないくらい一流だと思いますし、当然、直せるのです。しかし、この“直せる”という大切なメッセージのピースを埋めないまま、次から次への売るビジネスに傾倒していったのかも知れません。買い手は、壊れたら嫌だからと購入から遠のき、傷がついたら勿体ないからと使わない人もいます。ですが、ナイロンでなくセルロースのスポンジであれば漆器も傷つかず洗えます。鉄の包丁も研ぎ方を教えてくれる人はいても洗い方まで教えてくれる人は少ないです。油物を切っても油脂は約70℃で溶けるので、例えばコーヒーを沸かす前に少しだけお湯を多く沸かしてそれで洗い流せば綺麗に手入れもできるのです」。
今に始まったことではない話かもしれませんが、このコロナ禍によって課題が浮き彫りになったのかもしれません。
「直せることが分かれば長く使えることを前提に買えますし、手入れの仕方を知れば尚更に長く使うこともでき、一層愛着が湧きます」。
直し続けられるものの命は、人の命よりもはるかに長い。だからこそ、時代を超えて文化や歴史は継承され、伝統が生き続けるのです。
使い続けながら伝統工芸を残すことは、これから画一化されていくであろう世界に対し、大きな意味をもたらすでしょう。
それは、多様性を保つために必要な情報が埋め込まれたものや技のかたちをした生きるデータベースづくりとも言えるからです。
我々は、失ってしまったものと向き合う時間軸を取り戻せるのか。作るの先の世界へシフトできるのか。今こそ、改めて、伝統工芸と向き合うべきなのかもしれません。
1978年、福岡県出身。TIMELESS LLC.代表・プラニングディレクター。「ててて協働組合」共同代表、「DESIGNART」Co-Founder、「金継工房リウム」代表、「京都造形大学」伝統文化イノベーションセンター研究員、「京都精華大学」伝統産業イノベーションセンター客員研究員。「金沢21世紀美術館」(非常勤)、「t.c.k.w」、「EXS Inc」を経て現職。「LINKAGE DESIGN」を掲げ、数多くの事業戦略策定と商品開発に従事。特許庁窓口支援事業ブランディング専門家、関東経済産業局CREATIVE KANTOプロデューサー(2014年〜2016年)、京都職人工房講師(2014年〜2019年春)、越前ものづくり塾ディレクター(2015年〜2018年)を始め、各地でのものづくりや作り手のプロデュース事業にも多く関わる。伝統工芸から最先技術まで必要に応じた再構築やプランニングを多く手掛け、2020年5月には、日本の伝統工芸品を集めたオンラインメディアショップ「4649商店街」を立ち上げる。著書は「販路の教科書」。
https://nagataokisato.themedia.jp
https://tetete.jp/4649/