台湾の美食家たちを魅了した、全く新しいコンセプトの輪島塗と名店の料理のコラボレーション。[DESIGNING OUT Vol.2×祥雲龍吟/台湾台北市]

互いを高め合う料理と器。光の反射まで計算する稗田シェフの技も光る。

デザイニングアウト Vol.2伝統を再解釈して誕生した現代の新たな輪島塗。

日本の伝統工芸や産業に現代のクリエイションを加え、新たな価値を創出するプロジェクト『DESIGNING OUT』。世界的建築家・隈研吾氏をプロデューサーに迎え、「輪島塗」をテーマにした『DESIGNING OUT Vol.2』は、1年以上の準備、製作期間を経て過去前例の無い輪島塗の器を『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』(2019年10月開催)にてお披露目しました。

それは124あるといわれる輪島塗の工程そのものを表現した、全く新しいアプローチでデザインされた6枚1セットの器。
作業工程は完全に分業され、多数の職人の手を介す事でできあがる輪島塗のプロセスはこれまで仕上げの漆塗や加飾以外、表面上は全く見えなかった部分。その途中工程の器を製品にするチャレンジは輪島塗史上初めての試みです。
工程を6つに分解し、これまで可視化されていなかった職人たちの技術力がひと目でわかるよう、独立した6枚の器として完成させました。隈氏らしい、緻密な計算を経て6枚を重ねた時も美しい見事な「輪島塗」です。

この取り組みは、世界的に知名度が高い隈研吾氏を迎えることにより、日本が誇る輪島塗の素晴らしさを改めて世界に発信するために企画されたもの。

とりわけ台湾は、リサイクル輸送コンテナを使用した花蓮市のスターバックスの設計、勤美術館で開催された個展『隈研吾的材料公園』の成功など、近年、隈氏の話題が高まる地。さらに日本の漆器文化も取り入れながら発展してきた漆工芸の歴史、茶器や食器に縁の深い台湾茶道の存在、そして日本文化への深い理解などから、この輪島塗を自然に受け入れてもらえるはず。
そんな思いのもと、まず台湾で実験的に輪島塗を主役にしたレストランイベントを開くことになったのです。
今回、日本を飛び出した輪島塗は、どのような料理と出合い、世界の人々の目に、どう映ったのでしょうか?

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124に及ぶともいわれる輪島塗の製造工程を6枚の皿で表現した今回の作品。

台中市・逢甲大学の新キャンパス設計も隈氏が担当するというニュースも。台湾での隈氏の人気がうかがえる。

デザイニングアウト Vol.2イベントの主役は、日本が誇る重要無形文化財・輪島塗。

2020年2月。
台湾でも知名度が高い隈研吾氏プロデュースの器と、台湾ミシュラン2ツ星『祥雲龍吟』の料理がコラボレーションするイベントが開かれる旨がアナウンスされました。

ビッグネーム・隈研吾氏の名が呼び水となったのか、あるいは日本国指定の重要無形文化財である輪島塗が興味を呼んだのか。用意された席は、発売からわずか2時間で完売。『祥雲龍吟』のある台北からも遠いはずの台中や台南からのゲストも、こぞって限られた席を押さえました。

台湾の食材で、日本の技と心を表現する。そんな『祥雲龍吟』の持ち味ですが、今回はさらに器が生まれた輪島の地も大きなテーマ。稗田良平シェフはイベントに先立って輪島に足を運び、そこで景色や伝統、特産に触れました。

「能登空港に着陸する時、窓から景色を眺めていたのですが、山が深く高低差もあり、ここで生活することの大変さを感じました。きっと昔、冬の間は完全に雪で閉ざされていたのだろう、と」稗田シェフは輪島の第一印象をそう語りました。
しかしそれは、決して僻地へのマイナスのイメージばかりではありません。
「過酷な状況の中だからこそ、輪島塗を始めとした工芸品や、さまざまな郷土料理が生まれたのでしょう」そんな能登への敬意を胸に、地元生産者や工芸品に触れた稗田シェフ。そこからすでに、料理の着想は始まっていました。

輪島塗と能登の食材を起点に発想し、現地の体験でイメージを膨らませ、名店の技で仕上げる。果たしてどんな料理が生み出されたのでしょうか?

日本を代表する名店『日本料理 龍吟』の支店であり、台湾ミシュラン二つ星も獲得する『祥雲龍吟』。

輪島を視察で訪れ「海に森があるような、豊富な海藻がある海」に感銘を受けたという稗田シェフが、その思いを料理で描く。

食材、景色、伝統工芸。輪島視察のあらゆる情報からインスピレーションを得た稗田シェフ。

デザイニングアウト Vol.2寡黙な料理人・稗田良平が、皿というキャンパスに独自の世界観を描く。

「私自身の輪島での経験を起点に、輪島と台湾の食材を組み合わせ、それを器のストーリーに繋げ、お客様に体験して頂くこと」稗田シェフは、今回の料理のコンセプトをそう語りました。それは料理や土地の食材と同様に、器への深い理解も求められる難しい工程。しかし輪島を体験した稗田シェフに迷いはありませんでした。

「今回のお客様はすべて台湾人。もし日本通の方が来られても知らないような輪島のローカルを届けたいと思ったのです」つまり稗田シェフが目指したのは、単においしい料理を提供するのではなく、料理という“メディア”を通して知られざる文化を発信すること。

「能登牛や鮑、赤ムツ、ホタルイカをといった有名な食材だけを使っても面白くありません。だからたとえば“鬼姫”と呼ばれる波の荒い場所でしか育たない海苔や、鯖と塩のみで作るという魚醤、藁で巻いて塩蔵した巻鰤など、ローカルなものを取り入れたかった。そして、そんな食材を、それにまつわる話も含め料理として提供したら、より輪島のことを知っていただけると思いました」

そして稗田シェフが仕立てたのは、輪島塗の工程を伝える6枚の皿、そのそれぞれを掘り下げるような料理。色や質感だけではなく、器の制作工程や受け継がれてきた伝統も考慮した内容。そこに現地に受け継がれてきた伝統的食材を合わせることで、時代を越えた能登の情景を皿の上に描き出したのです。

「木目と色合いに深みがある“木地の器”を、これから最盛期を迎える蓮の池に見立てました」
稗田シェフがそう説明する最初の皿。料理はドライエイジングした真鯛を台湾のレモンでマリネした海鮮。キャビア、海ブドウとともにナスタチュームの葉で包んで味わう仕掛けです。

続く“布きせの器”からは、能登の冬をイメージ。能登の厳しい冬を越すために生まれた伝統の塩鰤を取り入れ、柔らかい羽カツオを合わせました。

さらにゴツゴツとした質感とマットな黒の色合いに能登の磯場の情景を重ねた“下地の器“には能登の磯場で暮らす魚介類のお造りを、「光沢があり、水に触れるとまた違う美しさが見える」という“中塗りの器”には波をイメージし、台湾で旬を迎えている鰆の炭火焼を合わせた稗田シェフ。木を使った器に海や水のイメージを重ね、独自の世界観を構築します。

そして5枚目の皿は、稗田シェフをして「こんなに美しい塗りの器には出合ったことがない」と言わしめた“上塗りの器”。シェフはその驚きを表現すべく、油分のある液体を使って光を反射させることで、その赤い色合いを際立たせます。タタキのように仕上げた赤むつに台湾の馬告(マーガオ)という胡椒と一緒に発酵させたキャベツを合わせ、能登の伝統調味料である“いしる”で仕上げた一皿です。

最後の“加飾の器”は、輪島の餅と栗を使った甘味。シンプルな色彩の料理が、重厚な光沢ある器を彩ります。6枚の皿すべてにストーリーがあり、皿の上に広がる世界がある。料理が卓に届き、シェフが説明するたびに会場からは拍手と歓声があがり、ゲストたちは一皿一皿を写真に収めていました。
それはまるで、皿の上に能登の情景が浮かび上がるような料理たち。料理はできたてを味わうべき、と知る美食家のゲストたちですが、それを知ってもなお写真に収めずにはいられない美しさを感じ取ったのでしょう。

木目と緑の美しさが目を引く「木地の器」の料理。燻製した真鯛にレモンや海藻を合わせた。

「布着せの器」の料理は色ではなく、フォルムから着想。日本と台湾の食材を取り合わせたサラダに。

力強い器のイメージを能登の磯場に重ねた「下地の器」の料理。磯場の魚を中心としたお造り。

波をイメージした「中塗りの器」の一品。海藻を波に見立て、鰆の炭火焼きを合わせた。

稗田シェフがその美しさに感動した「上塗の皿」には、赤むつの炭火焼きを盛った。

「加飾の器」ではデザートを提供。少し塩の入った輪島の餅をアイスクリームと合わせた。

デザイニングアウト Vol.2日本の伝統を深く理解し、愛でる台湾の美食家たち。

稗田シェフが仕立てた料理にはどれも、器そのものへの深い理解が垣間見えました。そして使用する食材や構成には台湾と能登への敬意が。
「輪島で出合った食材や工芸品はどれも素晴らしいものでしたが、それ以上に生産者の方々が印象的でした。みなさんご自身の扱う食材や商品に愛情を持って接し、それを通して能登の良さを多くの人に知ってもらいたい、という情熱があったのです」

食材や器のほか、テーブルセッティングに使用されたのは、輪島仁行和紙という海藻を練り込んだ輪島の伝統的な和紙。稗田シェフ自らが輪島の地で生産者と話し、その思いを汲み取ったこの和紙は、すべてのゲストが終演後にお持ち帰りになりました。この事実ひとつからも、ゲストがこの日を存分に楽しんだ様子が伝わります。

輪島塗を幾つも所有する蒐集家の方や食器好きのゲストは、事前にこの日の器について調べ、大きな期待とともに訪れたといいます。そしてもちろん『祥雲龍吟』と稗田シェフに惹かれた方々は、見事な料理に心打たれたことでしょう。

訪れた誰もが「大満足です」という言葉を残して会場を後にしたこのイベント。
稗田シェフも「台湾の人たちに輪島塗はとても人気です。しかし今回は、輪島塗の美しさだけでなく、工程や職人さんの思いにまで興味を持って頂けました。日本人としてとてもうれしい」と手応えを伝えてくれました。

そして稗田シェフ自身にとっても、今回の試みは大きな糧となったよう。イベントのあと、稗田シェフはこんなことを話しました。
「輪島塗は、これ以上進化の余地がないほど完成されています。それはこれまで輪島塗の歴史に関わってきた方々が、日々さらなる高みを目指してきたことの結果です。私も料理人として、毎日なにかひとつでもアップデートして、翌日を迎えたいと思っています。だからこの輪島塗には、とても共感できる部分が多くありました」

稗田シェフの料理を起点に、輪島塗の素晴らしさを伝えることができた今回のイベントは、輪島塗という日本文化のさらなる可能性を示しました。
海を越え、時代を越えてもなお人々を魅了する、美しき漆器。その確かな存在感は、食という舞台で、これからも価値を高めていくことでしょう。

イベント当日の食卓を彩った輪島仁行和紙。稗田シェフも手漉きに挑戦し、その伝統を体感した。

器と料理の相乗効果をテーマとした今回のイベントは、台湾の美食家たちに日本文化の素晴らしさを改めて伝えた。