でんくしふろり打ち合わせは常にキッチンで。テーブルから生まれる料理はない。
8月某日、『傳』のキッチンにて『でんくしふろり』の試作はスタート。
と言っても、ふたりの中では昼夜問わず、常にやり取りを重ねているため、この日が初日という認識はありません。
「今日は、いくつか試してみたいものを用意してきました!」。そう話すのは、『フロリレージュ』の川手寛康氏です。
手際良く、もといガサガサとせわしなくそれらを並べ、中にはラー油と書かれたケースも!?(のちにこれはハリッサだと判明。後述参照)
「まずはこれを試してみたいんです」と川手氏が取り出したのは、三角に形状したブータンノワール。「これにフルーツとか合わせても良いと思うんですけど、長谷川さんどう思います?」というアイデアに被せ気味で「りんごのガリを作ってみたんですけど、合わせてみませんか?」と長谷川氏。
漬けておいた輪切りのリンゴを「これなら千切りの方が合うな」とつぶやきながらサクサクと包丁を入れ、串に刺したブータンノワールに盛り、お互いにひと口。ふたりの声が揃います。
「合う!」。
続けて、「これならもっとガリをガバっと盛っても良いかも」と長谷川氏が言えば、「あとは辛子を添えてもアクセントになりそう」と言う川手氏に対し、再度、被せ気味に「種から挽いた自家製の辛子もあります!」と長谷川氏。
それらを試し、またひと口。もう一度、ふたりの声が揃います。
「合う!」。
「僕には、りんごのガリという発想はありませんでした。こうゆうところは、ふたりでやるおもしろさですよね」と川手氏。「これだけガリを盛るなら、ブータンノワールのサイズがもっと大きくても良いかも」と長谷川氏。ふたりの手と会話が休まることはありません。
「僕らは、じっくりテーブルで顔を付け合わせながら考えることはありません。もちろん、事前にアイデアやイメージを出し合うことはありますが、基本的にはキッチンで全て行います」とふたり。
型にはめすぎず、ゴールを決めすぎず、その日のセッションから生まれるのは、余白によるサプライズや想像を超えた化学反応。
ふたりの共通点は、自分らしさにどう相手らしさをどう足し算できるか、はたまたその逆も然り。互いを尊重し合っているところにあります。
この日、ふたりが用意したものがピタリと合点するのは、相手の料理やその特徴を知っているからこそ。まだまだ試作は続きます。
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でんくしふろり『傳』と『フロリレージュ』の食材は使わない。高級食材や希少食材も使わない。
次に登場したのはナス。
「これはナスにフォアグラ、穴子を詰めたものになります。フレンチだとビネガーをかけて食べたりしますが、長谷川さんのエッセンスを加えたらどうなるんだろう?と僕も楽しみな料理です」と川手氏。
「だったら、これとか合うと思います。葛粉で溶いた酸味のあるタレです。ちょっと味見してもらえますか?」と長谷川氏。
ひと口含み、「これは合いそう!」と川手氏が言うとさっそく試作。
「ナスがうまく串にささらないなぁ」と川手氏が言えば、「くるっと巻いてみましょうか?」と長谷川氏。タレをかけて、互いにひと口。
ふたりの声が揃います。
「合う!」。
「なんだろう、これは。ナスだけで食べると『フロリレージュ』の味なんだけど、このタレをかけると全く別の料理になる!」と川手氏が目を丸くすれば、長谷川氏もまた「わっ! なんだこれは!? 一体、何料理なんだ!?」と笑います。続けて、これを添えたらおもしろいかもと川手氏が取り出したのは紫のシート。
「これは先ほどのナスの皮で作ったペーパーシートです。これがあることによって、味の重層をより楽しめるかもしれません」と川手氏。「であれば、このシートも串に挟んでみますか? 刺すだけじゃなくて挟める串もあるので!」と言い、実際に試してみると「いや、これはないな(笑)。何か変だし、食べづらい(笑)」。
良き時もあれば、悪き時もある。試作はトライ&エラーの繰り返しです。
そのほか、川手氏は、レモンを丸々焦がした自家製パウダーやフランス料理で使われる唐辛子をベースにしたペースト状の調味料のハリッサを日本風にアレンジしたもの、そして、長谷川氏も絶賛した海老の頭に赤味噌をほんの少し隠し味に加えた濃厚ソースを用意。
「これはすごい! 野菜とかイカとかの串にドバッと漬けて食べても合いそう」と長谷川氏が言えば、「それは良い! でも、そうであれば、この味噌の風味を弱くして、ビスク風にした方がもっと合いそうな気がします!」と川手氏。
一方、長谷川氏は、出汁と昆布を効かせた自家製醤油やカツオの漬け、イワシを用意。更に、「塩麹と醤油麹も今作っている最中なので、それを使った川手さんの料理も見てみたいです」と長谷川氏。
「『でんくしふろり』では、僕らがキッチンに立たないので、まずは基本をしっかり作りたいと思っています。今はまだ、基本の“き”の段階」とふたり。
「『DINING OUT』のご縁がきかっけで、今でも静岡の『サスエ前田魚店』を『傳』は仕入れていますが、その日獲れた良い魚をお任せで送っていただいています。届いたものを見て、どんな料理にするのが良いか考えてメニューを構成していくのですが、最初の『でんくしふろり』にはハードルが高すぎます。まずは、決まった食材でしっかり体制を作ることが大事。その分、僕らがバックアップしたいと思っています」と長谷川氏。
そう話したと思えば、いきなり「あと、チーズを使った料理も作りたいね」とふたり。「そうそう、デザートも試作してみたんです」と川手氏。会話があっちに行ったりこっちに行ったり。
「メレンゲで挟んだ大福です」。
ひと口、長谷川氏が食べると「大福だけど軽くておいしい! あぁ、お茶が飲みたくなってきた……」。
「『でんくしふろり』では、最後にお茶を出すのもいいですね!」と川手氏が言えば、「絶対良いと思う! ほうじ茶とか絶対欲しくなる!」と長谷川氏。そして、「デザートだったらプリンも良いと思います! うちにベースになるプリンがあるので食べてみてください」と言葉を続けます。それを食べた川手氏は「これはシンプルに出してもおいしいけど、キャビアとも合うと思う!」。
「やっぱり、これもお茶に合いそう!」とふたり。しかし、「あ、でも……、お茶を出すっていうことは……」と川手氏が言えば、「ゆのみがない!(汗)」と長谷川氏。
まるで漫才。ふたりの掛け合いは止まりません。
でんくしふろり自ずと引き寄せられたイワシとレバー。僕らの原点はここにある。
前述に用意した長谷川氏のイワシ。このイワシにはふたりの原点が隠されています。
振り返ること約10年前、まだレストラン界でコラボレーションが主流でない時にふたりはそういった試みを実践していました。
「一番思い出に残っているメニューは、イワシのなめろうにフォアグラアを組み合わせたひと品」とふたりは言います。
「僕は川手さんの料理と発想力に毎回驚かされていました。この時もそうです。なめろうにフォアグラを入れるなんて! しかもそれがおいしい。日本料理にはない発想ですし、本当に勉強になりました」と長谷川氏。
「僕だってそうですよ。さっき長谷川さんが作った酸味を効かせた葛粉のタレありましたよね。実は自分でも作ってみたことがあるのですが、何となく違う。コピーした味になってしまうんです。真似できそうでできない。ある人に伺ったのですが、旨味の視点で見れば、フランス料理は日本料理には勝てないそうです。それだけ奥が深い」と川手氏。
隠れたところに手数が多いのは、日本料理の特徴であり、美徳。陰翳礼讃のごとく、見えないところに本質や技術は潜んでいるのかもしれません。
今回は、同じ内蔵でもフォアグラをレバーに変えてイワシと合わせるイメージをふたりは持っています。しかし、まだ形になる一歩手前。
「例えば、イワシのタルタルとレバーのタルタルを合わせるとか、色々考えています」と川手氏。「あとは、つくねなんですが、最初はイワシで徐々にレバーの味わいに、和から洋へグラデーションしていくような仕掛けがあったり。もちろん、いくつかの玉を串で刺して、ひとつずつ変化するのもおもしろい」と長谷川氏。
「原点に返るという意味では、もうひとつ。長谷川さんとコラボレーションした時に鳩を使った料理を作ったんです。最初はそのまま食べて、最後は長谷川さんが鳩に合うように作った生姜で炊いたお米と出汁のスープをかけてひと皿が完成するという内容でした。ひと皿なんですが、おいしさと楽しさはひと皿以上。この考え方は『でんくしふろり』でも取り入れたいですし、そうゆうお店にしたい」と川手氏。
ふたりだからできる、ひと皿以上、ふた皿未満の方程式。1.5皿という世界が『でんくしふろり』の哲学なのかもしれません。
とはいえ、試作の段階。はたしてどうなるのかは、乞うご期待!
Photographs:JIRO OTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI