瑞々しく、香り豊か。パティシエの心を捉えた、水の都の恵みを湛えた滋賀県のお茶とフルーツ。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

ブドウ、梨、柿、イチジク。滋賀県の豊かな水と温暖な気候が多彩なフルーツを育てる。

ローカルファインフードフェア滋賀パティシエと食材バイヤーが巡った、滋賀県が誇るお茶とフルーツ。

都内で活躍する料理人たちが滋賀県産の食材を肌で感じ、その美味しさを最大限に引き出した料理をそれぞれの店で提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。9月11日(金)より都内の各レストランでフェアは始まっていますが、その開催に先立ち、滋賀の食材の本質と美味しさの裏に潜むストーリーを掘り下げるべく、参加する料理人や食材バイヤーが現地の生産者のもとを訪問しました。

料理人たちが参加した滋賀県視察ツアー第一弾に対し、第二弾となる今回の視察はパティシエが中心。素材にこだわるパティシエたちは「知る人ぞ知るフルーツ産地」滋賀県でどんな発見をして、どんなお菓子を構想したのでしょうか。

【関連記事】滋賀食材フェア/産地を巡り、生産者と語り、本質を知る。滋賀県の食材の魅力を伝える都内レストランフェア開催。

古くから茶所として知られる朝宮茶の産地『かたぎ古香園』にて。昼夜の温度差が香り高いお茶を育てる。

ローカルファインフードフェア滋賀ドリンクとしてではなく、素材として捉えられる滋賀県の銘茶。

今回、滋賀県を訪れたのは、フランスの三3つ店や都内の名店のシェフパティシエを経て、2020年に九品仏(くほんぶつ)に自身のパティスリー『INIFINI』を開いた金井史章氏、人気パティスリーからレストラン、ベーカリーまで幅広く経験を積んだ後、その集大成として代官山にデニッシュ専門店『Laekker』をオープンした小出貴大氏、そして洋食の料理人として働くうちにより深く食材を突き詰めようと仲卸に転向し、現在は数多の高級料理店の食材仕入れを担当するバイヤー・木村 聡氏の3名。それぞれ食材に対する深い思い入れがあり、現地に向かう車中からすでに滋賀県の食材談議に花が咲いていました。

一行がまず訪れたのは、県南部の甲賀(こうか)市信楽町の高台にある『かたぎ古香園』の茶畑。1200年以上の歴史を誇り、日本五大銘茶にも数えられる朝宮茶の産地です。『かたぎ古香園』は、茶畑を案内してくれた片木隆友氏の祖父である先々代が小売を始めたことをきっかけに、完全無農薬に切り替えた茶園。47~48年前、その頃は無農薬という言葉さえもなく、完全に手探りの挑戦だったといいます。しかし、その苦労は実り、現在ではこの土地の力を凝縮したような上質なお茶が採れるようになりました。参加者たちも、試飲したこのお茶を「クセがなく、繊細で透明な味わい」と高く評価しました。

しかし、パティシエの目線になると、少し話が変わってきます。
「私のデニッシュは、強く焼き込むスタイル。優しく焼き上げる方がこのお茶には合いそうです」と小出氏が言えば、金井氏も「皿盛りのデザートと違い、一品で完結するケーキは構成要素が多く、このお茶の繊細さが生きてこない」と同意します。
しかし、そこで終わってしまわないのが、人気パティシエたるゆえん。「ダイレクトにショコラに混ぜたらどうか。食感は楽しいけれど口に残る」「ほうじ茶ならバターやアーモンド、卵など他の素材に隠れないかもしれない」「ここのほうじ茶は香りが柔らかく雑味もないためケーキに合わせやすい」。
「私はお菓子はさっぱり」と苦笑する片木氏を置いてけぼりにするように熱く語り合う参加者たち。片木氏に鋭い質問を投げかけつつ、予定時間を大幅に過ぎてもお茶の話に熱中していました。

昔ながらの方法で在来種の茶を育てる政所(まんどころ)茶『茶縁むすび』を訪ねても、パティシエの興味は尽きませんでした。前回の訪問で訪ねた料理人たちが基本的にこの政所茶を「ドリンク」と捉えていたのに対し、お菓子を構成するひとつの「素材」として見た今回のパティシエたち。
「一般的な茶園では、葉の栄養を取られないようになるべく花を咲かせません。しかし政所では自然のままの姿で育てていますから、花も咲くし実もつきます」と話すのは、生産者の山形 蓮さん。この話が参加者たちを惹きつけました。目当ては珍しいお茶の花、そして花を搾って採れるオイルです。山形さんが試しに少しだけ搾ったというオイルを前に、小出氏は「オイルはクリーム系と非常に相性がいいんです」と言い、金井氏も「土地の匂い、土の匂いがするオイル。コーヒーやカカオとも相性が良さそうです」と続けます。ここでもパティシエの頭の中では、具体的なメニューの構想が生まれていたようです。

『かたぎ古香園』の片木氏。半世紀近くも無農薬栽培を続けるこの茶畑には、多くの野生動物もやって来る。

品種はやぶきた。菜種かすや胡麻かすなどの植物系肥料を与えながら完全無農薬栽培で茶を育てる。

『かたぎ古香園』でお茶を試飲する木村氏。元料理人だけに、食材の味や香りに敏感だ。

在来種のお茶を育てる政所。古き良き里山の風景が、パティシエの創造力を刺激する。

政所に湧く清冽(せいれつ)な水は地元の生活用水。硬度40mg/Lほどの軟水で、政所茶との相性は抜群。

葉も花も、時には生産者さえ食べたことのないものも必ず香りを確かめ、口に運ぶのが金井氏のスタイル。

ローカルファインフードフェア滋賀多彩なフルーツが、パティシエのインスピレーションを刺激する。

日本一大きな湖・琵琶湖と、そこに流れ込む460の川。豊富な水に恵まれた滋賀県では、たっぷりと水分を含んだジューシーなフルーツが育ちます。

東近江市で作られるブランドブドウ・黒蜜葡萄もそのひとつ。その実力を探るべく、愛東ぶどう生産出荷組合青年部の漆崎厚史氏の農園を訪ねました。
「ワイン用として知られるマスカットベリーAという品種ですが、生食での美味しさを伝えるために、試行錯誤を重ねてブランド化にこぎつけました」と漆崎氏。糖度は22~23度まで上げ、皮は薄く、実は大きく、種はない。そうして生まれた黒蜜葡萄は、日々各地の食材と向き合う木村氏をして「生食用のマスカットベリーAは初めて見ます。おそらく豊洲市場にも入っていません」と言わしめるほど希少。「身離れが良く、甘みも香りも良いですね」と味の面でも太鼓判を押していました。

琵琶湖東岸に位置する彦根市の名産・彦根梨の畑でも、生産者から説明を受ける一行。かつてこの場所が沼だったこと、今から40年ほど前から地域で梨生産に乗り出したこと、土作り、畑作り、剪定、品種特性、旬……。様々な話を興味深げに聞き入る参加者たち。
ちなみに、完熟してから収穫する彦根梨は日持ちしないため、ほぼ県外には出回らないという希少な梨。さっぱりとした幸水、酸味がありジューシーな豊水の2種を食べ比べながら、次なるメニューのアイデアを練ります。

滋賀県西部にある高島市今津町では、名産品である柿の畑を訪ねました。取材時の9月初頭は、柿の収穫には少し早い季節。それでもJA今津町柿部会の部会長・岡本義治氏は、色づいた柿を探し、その場で食べさせてくれることで、柿を使ったスイーツ作りのアイデアをくれました。
岡本氏の柿園がある深清水(ふかしみず)という地区は扇状地であり、豊富な伏流水が湧き出す地。その水と、長い日照時間を利用して10品種の柿を育てているのだといいます。広大な柿園を歩きながら、そんな説明を受ける一行。試食した柿の味はもちろん、この地で見た景色や聞いた物語が、パティシエのインスピレーションを刺激するのでしょう。

黒蜜葡萄を作る愛東ぶどう生産出荷組合青年部の皆さん。若い世代の力で新たなブランドの認知に挑む。

黒蜜葡萄の品種・マスカットベリーAはワインでおなじみ。デラウェアに近い適度な酸味と上品な甘さが特徴。

美味しさだけでなく、生産者の思いやストーリーも伝えたいと話す小出氏。

彦根梨は出荷の真っ最中。瑞々しく、糖度が高い幸水のもぎたてを皮ごと試食した。

彦根梨を生産する吉田保夫氏。「糖度は計測できるが、食感や香りには生産者の個性が表れる」と言う。

JA今津町柿部会の部会長を務める岡本氏。大正初期から続く柿の名産地・深清水の誇りを伝えてくれた。

色づき始めたばかりの晩夏の柿園にて。焼酎とドライアイスで渋を抜くさわし柿もこの地域の名物。

西村早生(にしむらわせ)、太秋、さわし柿が今回のフェア用の品種。甘み、食感、香りなどそれぞれに際立った個性がある。

ローカルファインフードフェア滋賀ジューシーさと、上質な香り。お菓子作りの肝となる滋賀の食材。

上質なお茶と多彩なフルーツを巡った今回の視察。続いて訪れたのは、甲賀市のイチジク生産者でした。そしてこのイチジクが、参加者に大きな衝撃を与えたのです。

約900坪の敷地でおよそ160本のイチジクの木を育てる『浅野ファーム』の浅野正明氏は、元大手電機メーカー勤務。14年前に脱サラして、露地栽培主体でイチジク生産に乗り出しました。前職の経験からか、園は非常に美しく整備され、生産もロジカル。大きく、甘く育てる日照と水の関係を緻密に計算したイチジクは、品評会でも高い評価を得ています。
採れたてのイチジクを試食した参加者たちも、その美味しさに驚いた様子。更に話は、イチジクそのものの美味しさを超え、この品質を生かすお菓子についてまで広がります。お菓子などに調理する際、熟したイチジクの実は熱を加えることで水分が生地に染みて食感が悪くなってしまうのです。だからといって、洋梨のようにあらかじめソテーすると食感が生きず、コンフィチュールにすると香りが飛んでしまいます。そこで金井氏が提案したのが、ドライフルーツの要領で事前に実の水分を減らすこと。「縦半分に切ったらどうだろう? 」「穴を開けてみては?」「半乾燥なら使用量も増え生産者にもメリットがあるのではないか?」。様々なアイデアを出しながら、具体的に話し合う浅野氏と参加者たち。
「美味しい果実を育てることに尽力しますが、それがどのような形になって使用されるか、最終形のイメージが生産の現場にはあまりありません。パティシエの方々に直接具体的な話を聞けて良かった」。浅野氏は今回の訪問をそう振り返りました。

全ての視察を終えた帰り道、金井氏は滋賀の食材を「瑞々しく、香りが良い」と評しました。「香りを通して記憶に残るお菓子を作ること」を信条とする金井氏だけに、これは最上級の賛辞。生産者と交わした具体的な話から、すでにフェアに向けたアイデアも固まりつつある様子でした。「まずは箱を開けた時の香り、見た目、そして口に近づけた時の香り。そして口どけのスピード感に差をつけることで主張したい香りをどこに持ってくるか」と、自身のお菓子作りの理念を語る金井氏。「甘さは足すことができますが、香りや食感には素材の特徴が出てきます。そういう点で滋賀の魅力を伝えられるメニューを作りたい」と、金井氏は『Local Fine Food Fair SHIGA』への決意を語ってくれました。

傷がついたもの、粒の揃わないもの、捨てられる部位。日頃から食材を無駄なく使用することを意識する小出氏は、そんな値のつかない素材を、正規品と変わらぬ値段で買い求め、加工することを大切にしています。「大げさに言えば、未来への投資。農業が潤わなければ洋菓子はなくなってしまいますから。ただ単純に、捨てられるものに価値を見出すのが面白い、というのもあります」と話す小出氏。それだけに今回の視察で生産者と直接話せたことは、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けての構想だけでなく、今後の自身のクリエイションにも大きく役立ったといいます。そして「例えば若手生産者がブランディングを進める黒蜜葡萄。誰が、なぜ、この場所でそれを作るのか。そういう物語の部分まで伝えられるメニューを作りたい」と決意を語ってくれました。

今回の視察第二弾ではお茶とフルーツの生産者を巡りましたが、『Local Fine Food Fair SHIGA』では、これら以外にも滋賀の食材をふんだんに取り入れた料理が登場します。10月末まで、東京の7つのレストランにて開催していますので、ぜひ、この機会に滋賀の旬の恵みを味わってみてください。

『浅野ファーム』の浅野氏は、就農14年。品評会で高い評価を得る今でも「毎年がチャレンジです」と語る。

品種は桝井ドーフィン。例年、お盆前から10月半ばまで出荷される。

浅野氏が手がけるドライイチジク。パティシエたちはこれをセミドライで試作するよう依頼した。

産地を巡り、生産者の話を聞くことで、これまでにない様々なアイデアが浮かんだという。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)

瑞々しく、香り豊か。パティシエの心を捉えた、水の都の恵みを湛えた滋賀県のお茶とフルーツ。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

ブドウ、梨、柿、イチジク。滋賀県の豊かな水と温暖な気候が多彩なフルーツを育てる。

ローカルファインフードフェア滋賀パティシエと食材バイヤーが巡った、滋賀県が誇るお茶とフルーツ。

都内で活躍する料理人たちが滋賀県産の食材を肌で感じ、その美味しさを最大限に引き出した料理をそれぞれの店で提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。9月11日(金)より都内の各レストランでフェアは始まっていますが、その開催に先立ち、滋賀の食材の本質と美味しさの裏に潜むストーリーを掘り下げるべく、参加する料理人や食材バイヤーが現地の生産者のもとを訪問しました。

料理人たちが参加した滋賀県視察ツアー第一弾に対し、第二弾となる今回の視察はパティシエが中心。素材にこだわるパティシエたちは「知る人ぞ知るフルーツ産地」滋賀県でどんな発見をして、どんなお菓子を構想したのでしょうか。

【関連記事】滋賀食材フェア/産地を巡り、生産者と語り、本質を知る。滋賀県の食材の魅力を伝える都内レストランフェア開催。

古くから茶所として知られる朝宮茶の産地『かたぎ古香園』にて。昼夜の温度差が香り高いお茶を育てる。

ローカルファインフードフェア滋賀ドリンクとしてではなく、素材として捉えられる滋賀県の銘茶。

今回、滋賀県を訪れたのは、フランスの三3つ店や都内の名店のシェフパティシエを経て、2020年に九品仏(くほんぶつ)に自身のパティスリー『INIFINI』を開いた金井史章氏、人気パティスリーからレストラン、ベーカリーまで幅広く経験を積んだ後、その集大成として代官山にデニッシュ専門店『Laekker』をオープンした小出貴大氏、そして洋食の料理人として働くうちにより深く食材を突き詰めようと仲卸に転向し、現在は数多の高級料理店の食材仕入れを担当するバイヤー・木村 聡氏の3名。それぞれ食材に対する深い思い入れがあり、現地に向かう車中からすでに滋賀県の食材談議に花が咲いていました。

一行がまず訪れたのは、県南部の甲賀(こうか)市信楽町の高台にある『かたぎ古香園』の茶畑。1200年以上の歴史を誇り、日本五大銘茶にも数えられる朝宮茶の産地です。『かたぎ古香園』は、茶畑を案内してくれた片木隆友氏の祖父である先々代が小売を始めたことをきっかけに、完全無農薬に切り替えた茶園。47~48年前、その頃は無農薬という言葉さえもなく、完全に手探りの挑戦だったといいます。しかし、その苦労は実り、現在ではこの土地の力を凝縮したような上質なお茶が採れるようになりました。参加者たちも、試飲したこのお茶を「クセがなく、繊細で透明な味わい」と高く評価しました。

しかし、パティシエの目線になると、少し話が変わってきます。
「私のデニッシュは、強く焼き込むスタイル。優しく焼き上げる方がこのお茶には合いそうです」と小出氏が言えば、金井氏も「皿盛りのデザートと違い、一品で完結するケーキは構成要素が多く、このお茶の繊細さが生きてこない」と同意します。
しかし、そこで終わってしまわないのが、人気パティシエたるゆえん。「ダイレクトにショコラに混ぜたらどうか。食感は楽しいけれど口に残る」「ほうじ茶ならバターやアーモンド、卵など他の素材に隠れないかもしれない」「ここのほうじ茶は香りが柔らかく雑味もないためケーキに合わせやすい」。
「私はお菓子はさっぱり」と苦笑する片木氏を置いてけぼりにするように熱く語り合う参加者たち。片木氏に鋭い質問を投げかけつつ、予定時間を大幅に過ぎてもお茶の話に熱中していました。

昔ながらの方法で在来種の茶を育てる政所(まんどころ)茶『茶縁むすび』を訪ねても、パティシエの興味は尽きませんでした。前回の訪問で訪ねた料理人たちが基本的にこの政所茶を「ドリンク」と捉えていたのに対し、お菓子を構成するひとつの「素材」として見た今回のパティシエたち。
「一般的な茶園では、葉の栄養を取られないようになるべく花を咲かせません。しかし政所では自然のままの姿で育てていますから、花も咲くし実もつきます」と話すのは、生産者の山形 蓮さん。この話が参加者たちを惹きつけました。目当ては珍しいお茶の花、そして花を搾って採れるオイルです。山形さんが試しに少しだけ搾ったというオイルを前に、小出氏は「オイルはクリーム系と非常に相性がいいんです」と言い、金井氏も「土地の匂い、土の匂いがするオイル。コーヒーやカカオとも相性が良さそうです」と続けます。ここでもパティシエの頭の中では、具体的なメニューの構想が生まれていたようです。

『かたぎ古香園』の片木氏。半世紀近くも無農薬栽培を続けるこの茶畑には、多くの野生動物もやって来る。

品種はやぶきた。菜種かすや胡麻かすなどの植物系肥料を与えながら完全無農薬栽培で茶を育てる。

『かたぎ古香園』でお茶を試飲する木村氏。元料理人だけに、食材の味や香りに敏感だ。

在来種のお茶を育てる政所。古き良き里山の風景が、パティシエの創造力を刺激する。

政所に湧く清冽(せいれつ)な水は地元の生活用水。硬度40mg/Lほどの軟水で、政所茶との相性は抜群。

葉も花も、時には生産者さえ食べたことのないものも必ず香りを確かめ、口に運ぶのが金井氏のスタイル。

ローカルファインフードフェア滋賀多彩なフルーツが、パティシエのインスピレーションを刺激する。

日本一大きな湖・琵琶湖と、そこに流れ込む460の川。豊富な水に恵まれた滋賀県では、たっぷりと水分を含んだジューシーなフルーツが育ちます。

東近江市で作られるブランドブドウ・黒蜜葡萄もそのひとつ。その実力を探るべく、愛東ぶどう生産出荷組合青年部の漆崎厚史氏の農園を訪ねました。
「ワイン用として知られるマスカットベリーAという品種ですが、生食での美味しさを伝えるために、試行錯誤を重ねてブランド化にこぎつけました」と漆崎氏。糖度は22~23度まで上げ、皮は薄く、実は大きく、種はない。そうして生まれた黒蜜葡萄は、日々各地の食材と向き合う木村氏をして「生食用のマスカットベリーAは初めて見ます。おそらく豊洲市場にも入っていません」と言わしめるほど希少。「身離れが良く、甘みも香りも良いですね」と味の面でも太鼓判を押していました。

琵琶湖東岸に位置する彦根市の名産・彦根梨の畑でも、生産者から説明を受ける一行。かつてこの場所が沼だったこと、今から40年ほど前から地域で梨生産に乗り出したこと、土作り、畑作り、剪定、品種特性、旬……。様々な話を興味深げに聞き入る参加者たち。
ちなみに、完熟してから収穫する彦根梨は日持ちしないため、ほぼ県外には出回らないという希少な梨。さっぱりとした幸水、酸味がありジューシーな豊水の2種を食べ比べながら、次なるメニューのアイデアを練ります。

滋賀県西部にある高島市今津町では、名産品である柿の畑を訪ねました。取材時の9月初頭は、柿の収穫には少し早い季節。それでもJA今津町柿部会の部会長・岡本義治氏は、色づいた柿を探し、その場で食べさせてくれることで、柿を使ったスイーツ作りのアイデアをくれました。
岡本氏の柿園がある深清水(ふかしみず)という地区は扇状地であり、豊富な伏流水が湧き出す地。その水と、長い日照時間を利用して10品種の柿を育てているのだといいます。広大な柿園を歩きながら、そんな説明を受ける一行。試食した柿の味はもちろん、この地で見た景色や聞いた物語が、パティシエのインスピレーションを刺激するのでしょう。

黒蜜葡萄を作る愛東ぶどう生産出荷組合青年部の皆さん。若い世代の力で新たなブランドの認知に挑む。

黒蜜葡萄の品種・マスカットベリーAはワインでおなじみ。デラウェアに近い適度な酸味と上品な甘さが特徴。

美味しさだけでなく、生産者の思いやストーリーも伝えたいと話す小出氏。

彦根梨は出荷の真っ最中。瑞々しく、糖度が高い幸水のもぎたてを皮ごと試食した。

彦根梨を生産する吉田保夫氏。「糖度は計測できるが、食感や香りには生産者の個性が表れる」と言う。

JA今津町柿部会の部会長を務める岡本氏。大正初期から続く柿の名産地・深清水の誇りを伝えてくれた。

色づき始めたばかりの晩夏の柿園にて。焼酎とドライアイスで渋を抜くさわし柿もこの地域の名物。

西村早生(にしむらわせ)、太秋、さわし柿が今回のフェア用の品種。甘み、食感、香りなどそれぞれに際立った個性がある。

ローカルファインフードフェア滋賀ジューシーさと、上質な香り。お菓子作りの肝となる滋賀の食材。

上質なお茶と多彩なフルーツを巡った今回の視察。続いて訪れたのは、甲賀市のイチジク生産者でした。そしてこのイチジクが、参加者に大きな衝撃を与えたのです。

約900坪の敷地でおよそ160本のイチジクの木を育てる『浅野ファーム』の浅野正明氏は、元大手電機メーカー勤務。14年前に脱サラして、露地栽培主体でイチジク生産に乗り出しました。前職の経験からか、園は非常に美しく整備され、生産もロジカル。大きく、甘く育てる日照と水の関係を緻密に計算したイチジクは、品評会でも高い評価を得ています。
採れたてのイチジクを試食した参加者たちも、その美味しさに驚いた様子。更に話は、イチジクそのものの美味しさを超え、この品質を生かすお菓子についてまで広がります。お菓子などに調理する際、熟したイチジクの実は熱を加えることで水分が生地に染みて食感が悪くなってしまうのです。だからといって、洋梨のようにあらかじめソテーすると食感が生きず、コンフィチュールにすると香りが飛んでしまいます。そこで金井氏が提案したのが、ドライフルーツの要領で事前に実の水分を減らすこと。「縦半分に切ったらどうだろう? 」「穴を開けてみては?」「半乾燥なら使用量も増え生産者にもメリットがあるのではないか?」。様々なアイデアを出しながら、具体的に話し合う浅野氏と参加者たち。
「美味しい果実を育てることに尽力しますが、それがどのような形になって使用されるか、最終形のイメージが生産の現場にはあまりありません。パティシエの方々に直接具体的な話を聞けて良かった」。浅野氏は今回の訪問をそう振り返りました。

全ての視察を終えた帰り道、金井氏は滋賀の食材を「瑞々しく、香りが良い」と評しました。「香りを通して記憶に残るお菓子を作ること」を信条とする金井氏だけに、これは最上級の賛辞。生産者と交わした具体的な話から、すでにフェアに向けたアイデアも固まりつつある様子でした。「まずは箱を開けた時の香り、見た目、そして口に近づけた時の香り。そして口どけのスピード感に差をつけることで主張したい香りをどこに持ってくるか」と、自身のお菓子作りの理念を語る金井氏。「甘さは足すことができますが、香りや食感には素材の特徴が出てきます。そういう点で滋賀の魅力を伝えられるメニューを作りたい」と、金井氏は『Local Fine Food Fair SHIGA』への決意を語ってくれました。

傷がついたもの、粒の揃わないもの、捨てられる部位。日頃から食材を無駄なく使用することを意識する小出氏は、そんな値のつかない素材を、正規品と変わらぬ値段で買い求め、加工することを大切にしています。「大げさに言えば、未来への投資。農業が潤わなければ洋菓子はなくなってしまいますから。ただ単純に、捨てられるものに価値を見出すのが面白い、というのもあります」と話す小出氏。それだけに今回の視察で生産者と直接話せたことは、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けての構想だけでなく、今後の自身のクリエイションにも大きく役立ったといいます。そして「例えば若手生産者がブランディングを進める黒蜜葡萄。誰が、なぜ、この場所でそれを作るのか。そういう物語の部分まで伝えられるメニューを作りたい」と決意を語ってくれました。

今回の視察第二弾ではお茶とフルーツの生産者を巡りましたが、『Local Fine Food Fair SHIGA』では、これら以外にも滋賀の食材をふんだんに取り入れた料理が登場します。10月末まで、東京の7つのレストランにて開催していますので、ぜひ、この機会に滋賀の旬の恵みを味わってみてください。

『浅野ファーム』の浅野氏は、就農14年。品評会で高い評価を得る今でも「毎年がチャレンジです」と語る。

品種は桝井ドーフィン。例年、お盆前から10月半ばまで出荷される。

浅野氏が手がけるドライイチジク。パティシエたちはこれをセミドライで試作するよう依頼した。

産地を巡り、生産者の話を聞くことで、これまでにない様々なアイデアが浮かんだという。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)