ヒッコリーワークシャツ

814: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-S 61.5 36.0 90.0 88.0 58.0 9.5
L-M 64.5 39.0 94.0 92.0 59.5 10.0
XS 69.0 39.0 103.0 100.0 61.0 10.5
S 70.5 41.0 107.0 104.0 61.0 10.5
M 72.0 43.0 111.0 108.0 62.5 11.0
L 73.5 45.0 115.0 112.0 64.0 11.5
XL 75.0 47.0 119.0 116.0 65.5 12.0
XXL 76.5 49.0 123.0 120.0 67.0 12.5
XXXL 78.0 51.0 127.0 124.0 68.5 12.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 綿 100%

花は限りある命を懸命に全うする。自分の生き方もそうありたい。

2016年よりスタートした「FLOWER SHOP KIBOU」は、世界中に足を運び、花を通して人々に希望を届けるプロジェクト。インドでは、レイを編み、現地住民に振る舞った。

東信 インタビュー芸術家として、花屋として、人として。再び命に向き合う。

世界的に活躍するフラワーアーティスト・東 信氏。その舞台は、日本よりも海外の比重が大きく、ニューヨーク、パリ、デュッセルドルフ、ミラノ、ベルギー、上海、メキシコ……。美術館からアートギャラリーまで、引く手数多です。

東氏の表現は、花が持つ美しさを芸術に昇華させ、更に価値化。そして、花に想像を超えた邂逅体験をさせる手法もまた、独自の世界観を生みます。宇宙へ飛び立つ「Exobiotanica - Botanical space flight -」や深海に沈む「Sephirothic flower : Diving Into the Unknown」はその好例です。

自身の創作以外では、ビッグメゾンとの取り組みも多く、「HERMES」や「FENDI」のウィンドー制作やインスタレーション、「DRIES VAN NOTEN」のショーでは「Iced Flower」が採用され、「YOHJI YAMAMOTO」のコレクションではフォトビジュアルを生地に転写。近年においては、「COMME des GARCONS」の川久保 玲さんに選ばれた逸材、「noir kei ninomiya」の二宮 啓氏と共に花のヘッドピースやマスク、ルックに生花を合わせるといった前衛的なコレクションを発表しています。

そんな東氏は、直近に予定されていた海外の活動延期を余儀なくされてしまいます。理由はもちろん、新型コロナウイルスによるものです。
「こんなに長い間、日本にいるのは久々かもしれません。良い意味で、自分と向き合う機会になりました」。

その時に浮かんだこと。それは、「何か違う」。

ここ数年、おぼろげながらに感じた心境の変化と対峙し、答えを探します。

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作品「Exobiotanica Ⅱ - Botanical space flight -」。その芸術性はもちろん、想像を超えた演出方法もまた、東氏の表現の特徴。

作品「Sephirothic flower : Diving Into the Unknown」。深海でも花の美しさは健在。植物も海も自然界のものゆえ、より生命力が溢れ出す。

東信 インタビュー本当に大切なものは何か。芸術家である前に人として何ができるのか。

遡ること2016年、新たなプロジェクトがスタートしました。それは、「FLOWER SHOP KIBOU」です。世界中に足を運び、ゲリラ的にショップをオープン。訪れた地の人々に花を贈り、希望を届けるための活動です。

──
フラワーショップ“希望”とは、世界中の様々な街に出現し、人々に希望という名の花を届ける花屋である。国籍や人種、言語、宗教問わず、花を贈る人間の心は万国共通である。憎悪や悲しみ、絶望の中で、かすかな希望を託すもの。我々は、人々に花を届け続ける。希望が必要な限り、花を届け続ける。
──

花には「希望」がある。改めてそう東氏が実感したのは、2011年。日本中に大きな衝撃を与えた「東日本大震災」の時でした。
「僕たちは、“JARDINS des FLEURS”というオートクチュールの花屋を2002年から始めています。注文に合わせてデッサンを起こし、花材を仕入れ、花束を作るお店です。今回、このコロナ禍で真っ先に花の業界は影響を受けると思っていたのですが、実際は想像と真逆でした。花をお買い求めになるお客様が非常に多かったのです。しかも、イエローやオレンジなど、ビタミンカラーの配色をご希望する方が多かったのも特徴のひとつでした。みなさん、誰かを元気付けたいと思っていたのです。“東日本大震災”の時にも同じ現象が起きていました」。

「JARDINS des FLEURS」は、特異な花屋です。まず、花屋なのに花がありません。理由は、前出の通り、オートクチュールにあります。誰にどんな用途でお花を届けたいのかという会話からオーダーはスタート。必要な分だけ花を仕入れ、各々に適した作品を提供しているため、通常の花屋に見る切花やブーケなどが陳列される風景がここにはないのです。
「自分も元々は花屋に勤めていました。しかし、そこでは売れるか分からない花が多分に並び、しおれてきてしまったら廃棄。場合によっては、古いものからお客様に提供するところも。そこに疑問を感じ、自分は必要な分だけ花を仕入れ、無駄をなくした花屋をやりたいと思ったのです」。
食材で言えば、賞味期限に似るのかもしれません。更には、それが生きる動物の品と考えれば想像するのは難しくないでしょう。

「命を無駄にしたくない」。

人々は、なぜ花を必要とするのか。届けたい先の見える化が形成されているのも「JARDINS des FLEURS」の大きな特徴です。
「これは、僕らが改めて“花の力”をお客様から学ばせて頂いたことなのですが、花は自分のために得るのではなく、誰かのために与える存在だということです。元気付けたい。励ましたい。勇気付けたい。それは依頼内容に如実に表れていました。やはり、花は生きる活力なのだと思いました」。

生活を豊かに彩るのも花ですが、苦しい時に光を見出してくれるのもまた花。冠婚葬祭、お見舞い、献花、お供え……。様々な場面において、花は常に寄り添い、相手の心を癒します。
この感受は、芸術家・東 信だけでなく、花屋・東 信も続けてきたからこそ得られた精神と言って良いでしょう。

先述の「何か違う」と思った答え、それは表現の先にある「希望」。
「果たして僕は、花を通して希望を与えられているのか」。

人から人へ、手から手へ、花を届ける「FLOWER SHOP KIBOU」。このコロナ禍により、改めて、そんな温もりの大切さを再確認させられる。

国や人種、年齢や性別に関係なく、花を渡すと人々は、皆、笑顔に。花には自然と人の心を豊かにする力があるのだ。

東信 インタビュー花は自分に希望を与えてくれた。次はその希望を誰かに届けたい。

「FLOWER SHOP KIBOU」は、コンゴ、アルジェリア、ドイツ、インド、ウルグアイ、アルゼンチン、ブラジル、ジャマイカ、中国、日本(福島、福岡、石垣島、青森)を巡ってきました。
「国も違えば、土地も文化も違う。正直、治安の悪いところもありましたが、全てにおいてひとつだけ共通していることがあったのです。それは、自分が得た花を自分だけのものにせず、その美しさを誰かと共有するということでした」。

お母さんにあげるんだ! 恋人にプレゼントするね! 友達にも見せてあげたい! お墓に手向けます! プロポーズしてくる!!

そして、花を受け取った人は、満面の笑顔でただ「ありがとう」。希望の連鎖です。

「この体験は、芸術活動では得られないと思います。なぜなら、美術館やギャラリーで開催される展覧会は鑑賞であり、わざわざ足を運んでくれた一部の人しか花を見ることができません。しかし、もっと身近な人たちに僕は花を感じて欲しかった。今度は、自分が足を運ぶ番だと思ったのです」。

花は人を無欲にし、人間そのものが持つ澄んだ心までも手繰り寄せるのかもしれません。

「ウルグアイに訪れた際、幸運にもホセ・ムヒカ元大統領とお会いする機会を頂きました。生きることは何かや命についてお話を伺ったのですが、こうおっしゃっていました。“約70億人が暮らすこの地球上では、争いが絶えません。国家間の対立やイデオロギーの衝突、個人で言えば、価値観の不一致が争いを招き、名も知れぬ人々の死を伝えるニュースは日常化してしまっています。私利私欲にまみれ、皆が好きなことをやってしまえば、世界はもちろん、地球すら崩壊してしまうかも知れません”」。

コロナ禍では、自粛やロックダウンによって排気ガスは低減され、空気は澄み、人が足を踏み入れなくなった大地や自然のみ、本来の力を再生させる機会となったのかもしれません。人間の活動停止による地球回復という皮肉な結果になったと言えるでしょう。
ムヒカ元大統領は、命や人生よりも大切なことはないと提唱し、「人生で一番大事なことは、成功することじゃない。歩むことだ」、「幸せに生きるには、目的意識を持つことだ」という言葉も残しています。

日本へ訪れた際には、日本人へのリスペクトとして広島へも足を運んだ過去も持ち、東氏もまた、毎年、原爆の日には献花を行っています。

はたして我々は、どう歩み、どんな目的意識を持つべきなのか。そして、これからどう生きるべきなのか。

「FLOWER SHOP KIBOU」は、テントのみで行うゲリラショップ。ショップと名打つも、花は無償で提供。それが人々の希望につながれば、と活動を続ける。

ブラジルでは、人々の日常にある街中にて展開。子供は花を手にし、「家族に見せたい!」、「友達にも分けてあげたい!」と、笑顔の連鎖を生む。

アルゼンチンでは、フフイに訪問。荒涼とする村には先住民も多く、色濃い文化も残るも、花の美しさは世界共通。異国民への警戒は開放され、感謝の心も生まれた。

アフリカはコンゴでも展開。広大な熱帯雨林が残り、生息する植物にも特徴がある。「FLOWER SHOP KIBOU」は、現地で花を仕入れるため、花を通して地域の環境を知ることもできる。

アフリカ、コンゴにて。観光客もあまり訪れない村では、異国からの訪問はすぐ噂に。子供たちは、不思議な花屋に興味津々。

インドではカラフルな花が多く、日常と密接につながる。仏教やヒンドゥー教発祥の地でもあるため、礼拝などにも手向けられ、神秘的な存在として扱われる。

インドではガンジス川のほとりでも展開。聖なる川として愛されるここでは祈りの儀式も行われ、神聖な場所でもある。

日本では、福島の某小学校に展開。震災以降、「FLOWER SHOP KIBOU」に限らず、花を通して夢や希望を与えられる活動を行なっている。

授業が終わり、チャイムが鳴ると、すぐさま校庭に。放課後には行列ができるほど子供たちは花に夢中になった。

花をもらった女の子は、東氏にお礼を伝え、すぐさま走り出す。その先には、クラスの友達に花を手渡す風景が。喜びや美しさを分かち合う心に導いてくれるのも、また花の力。

ラスタカラーが印象的な壁面での展開はジャマイカにて。常夏の地域、レゲエの聖地としても有名だが、ピースの文化も根付く。ここでも子供たちが花を求め、列を成した。

アルジェリアの首都、アルジェの旧市街カスバにて。カスバとは、アラビア語で要塞の意味。丘がつならなるそこは、その名の通り、壁に守られ、迷路のような階段状の路地が多い。

ウルグアイに訪問の際には、第40代大統領、ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ氏と会談する機会も。これから人はどう生きるべきなのか、自然や地球の環境問題など、様々な議論を繰り広げた。

東信 インタビュー
僕たちは何かを失ったのではない。確実に何かを得たのだ。

2019年、東氏は「The New York Times」にて、各大陸を代表するフローリストとして選出され、更に世界中から注目を集めています。

「とても名誉なことではありますが、(冒頭の通り)今は、芸術力や演出力、表現力よりも人間力を磨くべきだと思っています。僕自身、花に生かされていますし、その花が生きる環境問題に目を向けられなければ花に携わる人間として資格。今、僕らのお店では、お花のバッグやブーケのケースも再利用できるものに全て変えました。それをご説明すると、みなさんは楽しそうにまた持ってきてくださって。自分たちにできることは些細な活動かも知れませんが、コツコツと積み重ねていくしかありません。もう一度、花屋を始めた初心に返り、再び命と向き合いたいと思っています」。

東氏のもとには、オーダーした花を提供するに終わらず、その後、お礼の連絡とともに花を渡した相手がどんな反応を示したかの便りが届くと言います。
「僕たちの手を離れた花がどんなふうに人を喜ばせ、命を全うできたかを知れるのは本当に嬉しいです。僕らが希望を与えたはずなのに、巡り巡って、結果、僕らに希望を与えてくれます」。

取材後、ある場所へ東氏が案内してくれました。そこにはユリが壮観に並び、数にして約3,000本。
「2020年7月、九州を襲った豪雨では、たくさんの方々が被害に見舞われましたが、その中には花を育てている生産者も少なくありませんでした。傷がついてしまったり、汚れてしまった花は、市場に出荷できないため、引取先がない場合は、破棄されてしまいます。それを僕らが買い取り、どうにか花の命を全うさせたいと思い」。
ひとつでも美しいユリですが、集積された美しさもまた圧巻。
「生産者の方々が丹精込めて育てた花の命を無駄にするわけにいきませんから」。

こうした創作活動は、コロナ禍も地道に続けており、その後の花の行き先は、医療従事者の方へのギフトとして贈っていました。
「コロナ禍によって失ったものは大きいかもしれませんが、そればかりではないはずです。我々は確実に何かを得たのだと思います。今こそ、自分たちがどういきるかを再び考えなければいけません」。

世界中に日常が戻ったとしても、後戻りはしてはいけません。回復した自然環境をより持続させ、そういった配慮を人間はしていくべきなのです。

「花に携わって約20年。表現者として、花屋として、人として、バラバラに歩んでいた道がひとつに重なってきた感があります。それは、つまり生き方。花は限りある命を懸命に全うし、誰かを幸せにし、笑顔にし、希望を与えてくれます。自分の生き方もそうありたい」。

人はいつか死を迎えます。花も同様ですが、人と大きく違うところは、植物は朽ちた後も大地に還り、次の命のためにその身を捧げます。

「自分が生きている間、誰かのために、花のために、自然のために、何ができるのか」。

その答えはすぐには見つからないかもしれません。いや、死ぬまで見つからないかもしれません。数多の花の命を見取ってきた東氏のこれからは、より植物に近い生き方を歩むのかもしれません。

「死期を迎えるその時まで、僕は花とともに希望を届けたい」。

様々な国や地域を訪れ、花を通して希望を届ける「FLOWER SHOP KIBOU」。「花を受け取った人々が得た希望は、きっと違う誰かにまた連鎖していく。花にはそんな力があると思います」と東氏。

九州の豪雨によって行き場をなくしたユリを招き入れ、作品を創作。傷を追ったものも多分にあるが、役割を与えられた花々は、より生き生きとした表情を見せる。力強い個の集積は、圧巻の生命力がみなぎる。

1976年生まれ。フラワーアーティスト・『JARDINS des FLEURS』主宰。2002年より、注文に合わせてデッサンを起こし、花材を仕入れ、花束を作るオートクチュールの花屋『JARDINS des FLEURS』を銀座に構える(現在の所在地は南青山)。2005年頃から、こうした花屋としての活動に加え、植物による表現の可能性を追求し、彫刻作品ともいえる造形表現=Botanical Sculptureを開始し、海外から注目を集め始める。ニューヨークでの個展を皮切りに、パリやデュッセルドルフなどで実験的な作品を数多く発表する他、2009年より実験的植物集団『東 信、花樹研究所 (AMKK)』を立ち上げ、欧米のみならずアジア、南米に至るまで様々な美術館やアートギャラリー、パブリックスペースで作品発表を重ねる。近年では自然界では存在し得ないような地球上の様々なシチュエーションで花を生ける創作を精力的に展開。独自の視点から植物の美を追求し続けている。また、2016年より世界各国を巡り、花の美しさや植物の存在価値を伝えるプロジェクト『FLOWER SHOP KIBOU』を始め、花と人との関係性を探る活動も展開する。
http://azumamakoto.com

Flower Art:MAKOTO AZUMA
Photographs:SHUNSUKE SHIINOKI & AMKK
Text:YUICHI KURAMOCHI