オード × 角田光代
熱中症警戒アラートが発令されるくらい暑い日、できるだけ日陰をさがして移動しながらレストラン「オード」を目指す。グレーのカウンターがキッチンを囲むシンプルな店内。厨房への入り口に取りつけられた「オード」の提灯がチャーミングだ。キッチンに、見たことのあるようなないような機器が設置されている。あれはなんでしょうと、シェフの生井祐介氏に訊くと、かき氷製造機という意外な答えが返ってくる。フランス料理店にかき氷……デザート用?
「今日はガスパチョのかき氷をお出しします」と、これも想像のはるか上をいく答えが返ってくる。
その答えに驚きつつも、実は私は「やった!」と心の中でガッツポーズをとるくらい嬉しくなった。本当に暑くて、きーんと冷たいものを心底欲していたのである。
厨房でガスパチョの作りかたを見せて頂く。キュウリの芯をくりぬいて細切りにしたもの、ごく薄く切られた大葉、隠し味の梅干し、かすかに金色の液体が用意されている。この液体、なんと大量のトマトをミキサーにかけ、一晩かけて布濾ししたトマトウォーターなのだという。ひと口飲ませてもらうと、透明に近い液体から凝縮されたトマトの旨味が立ち上る。
キュウリと大葉をごま油でさっと炒め、梅干し、生姜汁とレモン汁、コニャックをひとたらし入れて、ミキサーで攪拌(かくはん)し、急速冷凍する。
料理の完成形にも驚かされる。エキストラバージンオイルをたらしたガスパチョのかき氷は、コリアンダーの花がちりばめられていて、まるでアーティフィシャルグリーンのようだ。一緒に供されるのは花束みたいなハーブ。コリアンダー、レモンバジル、ミントで、好きなものを好きなように摘んでガスパチョに散らして食す。
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オード × 角田光代
まずはそのままスプーンで一口食べる。気持ちのいい冷たさとしゃくしゃくした感触が口に広がり、それからトマトの旨味やごま油のコクが、時間差で口に広がる。シャンパーニュを続けて飲むと、ふわっと味と香りが広がる。ハーブを散らして更に食べる。ガスパチョの下に何か隠れていて、味覚も食感も香りも変わる。
ハラペーニョとレモンのジュースでマリネしたキュウリとタマネギ、それからアンズのアイスがガスパチョの中に入っているという。それらに加えて、三種のハーブのどの部分(花か葉か)とガスパチョを食べるかで、ひと皿の味も食感も香りもくるくると変わっていく。更に、ガスパチョと一緒に口に含むようにしてシャンパーニュを飲むと、ふくよかさが倍増していく。無数の扉が次々と開かれていく感じ。
オード × 角田光代
そして常に心に留めているのは「お客様に対して真正面を向いて料理を出しているか」ということ。「オード」で提供しているのはおまかせのコース料理だけれど、生井さんをはじめスタッフは、常にお客さんの反応を見て、ちょっとした会話のやりとりなどから、受け取れる範囲の情報を得て、一人ひとりへのカスタマイズをしているのだというから、びっくりしてしまう。
オード × 角田光代
生井さんの話を聞いていたら、以前対談をさせて頂いたミュージシャンの話を思い出した。ライヴの日のために、私にすればおそろしいほどのストイックな準備をし、その日のためだけのテンションを作り上げていって、当日、ライヴが始まる。客席の反応を見ながら歌いかたや曲調の微細なところを、バンドメンバーとコンタクトをしつつ変えていく、とそのミュージシャンは話していた。それはそのまま生井さんの料理スタイルと重なると思ったのだ。
その日その瞬間の、最善を尽くす。不変の完璧を目指すのではなくて、対する人の、その日その瞬間の様子も見ながら臨機応変に、変化させていく。まさに生井さんが日々繰り広げているのは、食の世界のライヴなのだ。幾度も足を運んでも、きっとその日その瞬間だけの感動が、ここ「オード」にはあるのだろう。
住所:東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾2F MAP
TEL:03-6447-7480
https://restaurant-ode.com
1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。96年「まどろむ夜のUFO」で第18回野間文芸新人賞、98年「ぼくはきみのおにいさん」で第13回坪田譲治文学賞を受賞。「キッドナップ・ツアー」では99年に第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年に第22回路傍の石文学賞を受賞。03年「空中庭園」で第3回婦人公論文芸賞、05年「対岸の彼女」で第132回直木賞を受賞。06年「ロック母」で第32回川端康成文学賞、07年「八日目の蝉」で第2回中央公論文芸賞、11年「ツリーハウス」で第22回伊藤整文学賞、12年「紙の月」で第25回柴田錬三郎賞を受賞、「かなたの子」で泉鏡花文学賞を受賞。14年「私のなかの彼女」で河合隼雄物語賞を受賞。
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