食を分かち合うことから持続可能な平和を考える「サステナブルピーステーブル」。

前列左より、佐藤さん、岩田さん、中井さん、クリスティーヌさん。後列左より、広瀬シェフ、山倉さん、西田氏、進行役を務めた小田部巧氏、青島氏。

サステナブルピーステーブル国際平和の日に、日本から。食を通じ平和を叶える未来へ。

「食卓を共にする」ことは、お互いの信頼と分かち合いの精神なしでは成立しないこと。持続可能な平和を未来へと繋ぐために、人々が分け隔てなくひとつの食卓を囲むことからできることを考える『Sustainable Peace Table(サステナブルピーステーブル)』が、国連の「国際平和デー」に定められた9月21日にキックオフミーティングを開催しました。

会場は、アジアのベストレストラン50で2018年に「サステナブルレストランアワード」を受賞したレストラン『レフェルヴェソンス』。参加者は「Sustainable Peace Table」の代表を務めるマリ・クリスティーヌさん、国際連合人口基金(UNFPA)東京事務所所長の佐藤摩利子さん、建築家の西田司氏、くらし研究家で新潟燕市を拠点に町づくりの活動を行う『Sync Board Inc.』代表取締役の山倉あゆみさん、東京女子大学の学生で「Sustainable Peace Plateコンテスト」を運営する中井遥さんと岩田万菜さん。会の冒頭の挨拶でクリスティーヌさんは、「COVID-19(新型コロナウイルス)感染予防対策から、大切な友人とすら食卓を囲むことが難しくなっている今こそ、活動を始める意義がある」と話します。

「レストランは”元気を回復させる”という意味を持つRestoreが語源になっています。食卓を囲み、食事を分かち合い、互いを敬い、対話することで、平和への願いを未来へ繋ぐ活動を、ここ、レストランから始められたらと思います」。

2020年で10周年を迎えた『レフェルヴェソンス』。食の世界で活躍する多くの人材を輩出している。

サステナブルピーステーブルはじまりは鐘の音から。世代や立場を超えて「食の可能性」を探る。

ミーティングは会場に響く鐘の音を合図に始まりました。会場に用意されたモニターにも、大きな鐘の映像が映し出されます。
大阪万博記念公園の「平和の鐘」は、ニューヨーク国連本部にある「平和の鐘」の姉妹鐘です。この二つの鐘は、日本の一国民の中川千代治氏の尽力で造られたものです。「国連平和の鐘を守る会」代表の髙瀨聖子さんが、大阪万博記念公園から東京のシンポジウム会場にメッセージを送ります。

「太平洋戦争のビルマ戦線に従軍し、部隊は全滅、ひとり生き残った中川千代治は平和の大切さを生涯を懸けて伝えることを決意しました。そして、二度と戦争が起きないように世界の平和を願う人々のコインを集め、平和の鐘を鋳造し、ニューヨーク国連本部の庭に設置したいと考えたのです。1951年第6回国連総会にオブザーバーとして参加した千代治は、国連事務次長の応援で、その意義を力説。60余ヵ国の加盟国から200のコインとその後多くの人々の協力で数千に及ぶ古貨幣を蒐集し鐘を鋳造、1954年国連本部に贈呈しました。1970年の大阪万国博覧会の折には、世界各国の来場者にその音を聞かせるべく、ウ・タント国連事務総長に申し入れ、国連の平和の鐘の里帰りもさせました。その間、国連の鐘楼が空になると気付いた千代治は、“戦時中武器に変えられた鐘は平和の象徴であり、鐘楼を空にしてはいけない”との思いから、国連の姉妹鐘を造り、大阪万博の期間中、留守番鐘として国連に設置。現在の大阪万博記念公園の平和の鐘がその鐘です」。

※「国連平和の鐘を守る会」代表の髙瀨聖子さんのメッセージ全編は、こちらよりご覧ください。


「Sustainable Peace Table」は、国連がサポートする食の活動としても大きな注目を集めています。2020年は国際連合創設75周年の節目の年。佐藤さんは「国連の設立目的、ミッションは、言うまでもなく平和と安全保障を実現すること。COVID-19は、人々の健康に被害を及ぼし、暮らしを破壊し、国際的緊張を高め、ただでさえ一筋縄ではいかない平和、安全の実現をさらに困難にしています。こんな時代だからこそ、平和をつくるために国や人種、世代を超えた対話が必要なのです」と、言葉に力を込めます。

代表のクリスティーヌさん。東京女子大学教授。2015年まで国連ハビタット親善大使を務めた経験を持つ。

東京女子大学の岩田さん。運営する「Sustainable Peace Plateコンテスト」の結果は11月に開催予定のVERA祭(大学祭)で発表予定。

23年間、国連に勤務する佐藤氏。幅広い経験から、フードセキュリティの重要性を強く訴える。

西田氏。料理をランドスケープに見立てるなど、建築家ならではの視点が生きた言葉が飛び出す。

中井さん。言葉を慎重に選びながらも、堂々と食と平和についての意見を述べた。

食を通じた地域創生に取り組む山倉さん。具体的な活動報告を交えた意見が注目を集めた。

父である中川千代治氏の意志を受け継ぎ「国連平和の鐘を守る会」の代表を務める高瀬さんは、ビデオメッセージで参加。

サステナブルピーステーブル『レフェルヴェソンス』による「Sustainable Peace Plate」を分かち合う。

続いて、『レフェルヴェソンス』による「Sustainable Peace」をテーマにした一皿がサーブされます。「本日はようこそお越し下さいました」という挨拶に続けて、まずはマネージャーの青島壮介氏から料理の説明があります。
「ご用意させて頂いたのは、『レフェルヴェソンス』のコースを構成する上で、非常に大事な一皿です。使われている40種以上の野菜の多くは、市場に出回らない、いわゆる規格外のもの。時季ごとに豊かな個性を見せてくれる野菜を、無駄なく使おうという、店のステイトメントに代わりであり、10年かけて築いてきた農家さんたちとの信頼関係があってこその一皿です」。

色とりどりの野菜が散りばめられた繊細な盛り付けに目を輝かせていた一同は、まずは青島氏の言葉を噛み締めるように聞き、続いて一口ずつ慈しむように、じっくりと味わいます。
「どんな料理か楽しみにしていたけれど、まさかのプレート。小さな未熟果には、旬の野菜とはまた一味違う、力強い生命力を感じます」と、山倉さん。
西田氏は「通常は表に出てこないものたちが主役になり、ハーモニーを奏でている。どんな野菜でも美しく盛り込む絵力のある皿です」と、感嘆の表情で語ります。

「土に見立てた昆布のパウダーで、野菜のフレッシュさが中心の味わいに旨みを加えています。この昆布も、一番だしを取った後の昆布にひと手間加えたもの。旨みとともに”最後まで無駄なく”という想いも添えています」とは、ヘッドシェフの広瀬隼人氏。
一皿を分かち合ったことで、対話はさらに熱を帯びていきます。
「生産者方々や、シェフの思いを知ることの大切さに改めて気付きました。知って食べることで、おいしいだけじゃない、何かを得られる」と、岩田氏。
中井氏もまた、「確かに、知ることで、意識が変わり、会話も生まれる。シェフという仕事、レストランという場は、生産者と消費者を繋いでくれる素晴らしい存在だと気付くことができました」と続けました。

『レフェルヴェソンス』では今年5月、厨房に新たに薪窯を導入しました。
「調理法として非常にプリミティブであること、加えて森を守り、林業従事者の方々の暮らしを守り、資源と経済のいいサイクルを生み出すことに微力ながら貢献できたらという想いがあります」。青島氏が経緯をそのように話してくれました。キックオフミーティングでの試食やディスカッションの様子を見て「レストランは、人に幸せを与える場であることを再認識しました」とも。

「コロナ禍での約2か月間の営業自粛は、私たちスタッフ一人ひとりが自分たちの仕事の意味を見つめなおす時間でもありました。そして今回、このようなイベントの会場として皆様にお越し頂いて改めて、レストランという場は、人に幸せを与える場であるという想いを強くしました。テイクアウトやデリバリーでもおいしい料理そのものを食べることはできますが、ご予約された日からその日を心待ちにし、ゆっくりと食事と、サービスをお楽しみ頂き、帰り道にご同伴者と余韻の対話を交わす。遠くに出掛けられない今、小さな旅のようなひとときをご体験頂ける場であるべきと」。

エグゼクティヴシェフの生江史伸氏が築いてきた、生産者との協働も、さらに深めていきたいと話します。
「レストランと生産者との協力が、食の環境を守ることにつながり、誰もが食の喜びを享受できることこそが、平和な世の中につながる。利己ではなく、利他の時代へ。この場でできることを、これからも続けていきます」。

『レフェルヴェソンス』のシグニチャーともいえる一皿「敬愛する素晴らしきArtisan(職人)たち」。

繊細な盛り付けは、その時季の自然、畑の風景を描き出すかのよう。広瀬シェフの表情も真剣だ。

未熟果や脇芽なども一皿に。ディナー営業時のメニューには、個々の野菜の生産者の名がすべて記されている。

青島氏。ゲストへの挨拶と変わらぬ言葉で参加者を迎え、料理の説明をする。

料理を味わった参加者からの質問一つひとつにに丁寧に答える広瀬シェフ。

2015年からヘッドシェフを務める広瀬氏。エグゼクティブシェフの生江史伸氏とともに、食を通じた様々な活動にも尽力する。

サステナブルピーステーブル誰もが心に抱く「食の素晴らしさ」。未来の平和のために「食」ができること。

これまでは生産者支援や環境保全の文脈で語られることが多かった食の「サステナビリティ」。それを「平和」という、人間の幸福の根幹と結びつけ、新たな視点を提示したのが「Sustainable Peace Table」。その目指すところは、2015年の国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げる「地球上の誰一人取り残さない」という宣誓にも重なります。2021年12月には日本政府がホスト役を務める「東京栄養サミット2021」の開催が予定されています。佐藤さんは言います。

「フードセキュリティは、国連の重要な課題でもあります。世界を見渡せば、フードロス(食糧廃棄)の問題がある一方で飢餓に苦しむ人がいる不平等が存在している。77億人の世界人口を、どうやったら地球が支えて行けるか。真剣に議論すべき時が来ているのです」。
佐藤さんの言葉を受けて、クリスティーヌさんは「現代は、幸せの基準が問われている時代」だと続けます。
「平和というと言葉は大きいですが、まずは身近な人と対話をすること、お隣の状況を知ることから、始められる何かがある。昔の日本の長屋や、隣組のようなコミュニティは、そういう意味で非常に有益だったように思います。私が日本に暮らし始めた1970年代は、”何か食べた?””お腹空いてない?”というのが、おもてなしの基本にあった。ところが時代の移り変わりとともに、そういったものがだんだん失われつつあります」。

食は、生命の持続に欠かせないものであると同時に、文明社会の根幹を成すものでもあります。
「食べ物は、毒を盛れば、命さえ奪えてしまう。だからこそ、食卓を囲むことが、敵味方がない状況を、つまりは平和を意味するわけです。奪い合うのではなく”分かち合う”、その行為も含めて。過去の戦争の多くは、地面の奪い合い。国土を失うことは、農地を、食糧を失うことになります。胃袋が満たされ体が癒されると、気持ちが元気になり、安心感や周囲への感謝の気持ちが満ちてくる。平和と食には、切っても切れない深い因果関係があります。日本には、世界に誇る食文化がたくさんあります。中川千代治さんが日本から、国連平和の鐘を通じ世界に訴えかけたことを、私たちは『Sustainable Peace Table』という食の活動を通じて受け継いで行けたら。今日参加してくれた若い世代と手を携えて。世界が、未来永劫、平和であれと」。

国連創設から75周年目の国際平和デーに、平和の鐘の音で始まった「Sustainable Peace Table」のキックオフミーティング。ここから、明日へ、その先の未来へ、平和への思いを繋いでいくのです。

アメリカ人の父と日本人の母を持つクリスティーヌさんは、東京に生まれ、欧米、中東、アジア各国で暮らした経験を持つ。国境や人種を超えた平和への思いは強い。
 

※「Sustainable Peace Table」ミーティングの総集編は、下記よりご覧ください。

https://sustainablepeacetable.com/

Photographs:KEI SASAKI
Text:YUJI KANNO