「地方はすごい! 再びそう言ってもらえるよう、僕は新潟を思う存分表現してゆく」Restaurant UOZEN・井上和洋

必ず誰でもがまた普通に旅が出来る日が来ると思います。その時に“地方ってやっぱり良いね!”、“田舎ってすごいね!”と言ってもらえるような店になっていたいです」と井上氏。

旅の再開は、再会の旅へ。この地でお店を続ける覚悟。その意志は、コロナ禍によってより強固に。

「顔が見える生産者が育てる野菜で作る料理」。
「野菜がたっぷりの身体に重くないフレンチ」。

今ではスタンダードになりつつあるヘルスコンシャスな料理を10年以上前から提唱し話題を集めた池尻大橋『HOKU』。オーナーシェフを
務めるのは、井上和洋氏です。ところが開店から7年目、人気絶頂のさなかに突如、お店を閉め、東京から姿を消してしまいます。


2013年、井上氏がたどりついた新天地は、新潟県三条市でした。

しかもそのロケーションは田んぼの真ん中にポツン。

そんな『Restaurant UOZEN』は、地元の人に愛されながら、県外からもゲストを呼ぶ店として成熟。夏は自ら佐渡沖まで釣りに出かけ、猟が解禁になる秋から冬にかけては、毎日のように山に出かける日々。失敗と工夫を繰り返しながら、パーマカルチャーの理念に基づき、循環型のライフスタイルによる野菜作りにも挑戦しています。

しかし、そのライフスタイルは、新型コロナウイルスによって一変してしまいます。

「新型コロナウイルス前は県外のお客様が中心でした。自粛から緊急事態宣言の発令がされた時は、お店の営業を一時停止し、再開した後は県内のお客様が中心になっています。ですが、今回の難局によって大きく変化させたことは特にありませんでした。強いて言えば、おせちの全国配送を検討していることです。これまでのおせち料理は県内限定に行っていたのですが、今年は全国配送の予定をしています。理由は、営業休止中に全国配送メニューを試みたのですが、ありがたいことにそれが好評だったため、それならばおせち料理もやってみようと」。

旅はできなくても『Restaurant UOZEN』の料理を食べたい、井上氏の料理が食べたい。全国のファンは、会えなくてもつながっています。

2020年10月現在、「県外への旅行には慎重な方も多くいらっしゃいますが、 新潟県は比較的、元通りに戻ってきているように思います。残念なのは、年配の経営者の方はこれを機に廃業を決断された方もいらっしゃったことです」。

そこで思うのは、もう少し補助や支援の制度が早かったら……。

「当店が位置する新潟県三条市の新型コロナウイルス対策の補償などは、各地方に比べても手厚くスピーディーな方だと思います。国の補償は2020年冬にどうなるかによって、その時に早急に対応できるような体制であってほしいと思います」。

地域の判断と政府の判断……。規模も体制も制度も異なるため、双方を比べるのは難しいかもしれませんが、そのスピード感は、国民の生活を大きく左右します。

経営者であればなおのこと。月末は待ってくれません。

そう言った意味では、後手になった政府の対応をただ待つだけではない新潟県三条市の対応は、地域住民にとって、どんなに心強く感じたかは想像するに難しくありません。

以前、井上氏は『ONESTORY』の取材にて、「きちんとした食材を使い、その味を感じられる料理を提供したい。東京時代から抱き続けてきた想いに新潟で血肉を通わせてきました」と話しています。

井上氏は香川出身。ではなぜ新潟だったのか? それは、奥様の真理子さんにあります。真理子さんの両親は、この地で日本料理のお店を営んでいたのです。

しかし、真理子さんが20歳の時に父を亡くし、その10年後に跡を継ぐはずの兄も亡くしてしまいます。母親がひとりで細々と続けていたここを引き継ぎ、いつかカフェのようなお店ができないか……。そう考え、真理子さんは上京し、飲食店勤務を続けていたのです。井上氏との出会いは、『HOKU』にゲストとして訪れたのがきっかけです。

「本当のサスティナブルな形とはなんだろう?とずっと考えていました」と井上氏。ゲストから友人に、恋人に、夫婦になった真理子さんとの時間がその答えを導いていきます。

ふたりは東京を離れることを決意。夫婦で新潟県三条市へ移り、料理人・井上和洋氏の第2章が始まったのです。

「必ず誰でもがまた普通に旅が出来る日が来ると思います。その時に“地方ってやっぱり良いね!”、“田舎ってすごいね!”と言ってもらえるような店になっていたいです。世界中、誰しもが予想出来なかったこの状況。皆様にまた新潟に来ていただけるよう、更に自分自身が思う存分新潟を楽しみ、表現したいと思います。新潟県三条市にお越しいただけるのをお待ちしております!」。

自由に行き来できる旅は、いつ再開できるのか。それは知る人はまだ誰もいません。井上氏は、いつかのその日のために、今日もまた、ただただ、おいしい準備をしています。

最後に。

2020年、『Restaurant UOZEN』は、「ミシュランガイド新潟2020 特別版」で二つを獲得。

きっと、亡き真理子さんの父、兄も歓んでくれていると思います。

真理子さんのご両親が大切にしてきたこの地でお店を続ける意志は、コロナ禍によってより強固に。

Restaurant UOZEN』第3章の始まりです。

そして、今日もまた、いつもと変わらず、井上氏はキッチンに立ちます。

田んぼの真ん中にポツンとあるRestaurant UOZEN』のキッチンで。

真理子さんの父が営んでいた割烹料理店時代のままの姿をあえて残す外観。旧屋号『魚善』の看板もそのまま。

新潟県のほぼ真ん中、越後平野に位置する三条市。しかし、Restaurant UOZEN』が位置するのは、市街地から離れた田園地帯。美しい風景が広がる。

以前の取材にて訪れた長岡市小国町の富井貴志氏の工房にて。富井氏一家とは家族ぐるみの付き合い。写真の左側が富井ファミリー。右側が井上氏と真理子さん。「東京を離れるならば、知らない土地で料理をしてみたいと思いました。それから徐々に妻のルーツでもある土地に根ざしたいという思いも強くなっていき。不思議と迷いも恐れもありませんでした」と井上氏。

住所:〒955-0032 新潟県三条市東大崎1丁目10-69-8 MAP
電話:0256-38-4179
http://uozen.jp/

Text:YUICHI KURAMOCHI

「近くの本屋を気にかけてもらいたい。僕らも地元の人々に助けられた」BOOKS AND PRINTS・新村 亮

「本屋は自分にとってなくてはならない存在。『BOOKS AND PRINTS』も誰かにそう思われるお店になりたい」と若木氏。

「まだまだ様子を見つつの営業ですが、今の状況でも可能なかたちでイベントや展覧会を開催していきたいです」と店長の新村氏。

旅の再開は、再会の旅へ。ニューヨークやサンフランシスコに住んでいた時、近所に本屋が必ず3~4店はあった。日本にもそんな風景を残したい。

昔からその場所にあったように佇む『BOOKS AND PRINTS』は、写真家・若木信吾氏が運営する本屋です。

場所は、若木氏の故郷・静岡の浜松です。数々の著名人を撮り、その被写体をも虜にする若木氏の写真には、業界内外にファンは多い。ゆえに東京からの来訪が大半を占めていたが、自粛に緊急事態宣言、それ以降も控えるよう促された不要不急の外出も手伝い、ゲストは激減しました。

そんな時、お店を助けてくれたのが地元の人々だったのです。

元々遠方からのお客様が多かったので当然ご来店数は落ち込みましたが、 その分、地元の常連さんたちが気にかけて ご来店してくださっているのが大変ありがたいです」。
そう話すのは、店長の新村 亮氏です。

そして、インターネットの普及や今の時代だからこそできる試みも実施。中でも、今回、大きく活用されたサービスはクラウドファンデイングと言っていいでしょう。

一時期、通常営業がままならなくなった時、弊店も参加させていただいた「Bookstore AID」というクラウドファンディングのご支援ご協力がとても大きかったです。また、遠方からもオンラインショップをご利用いただき、本当にたくさんの方々に支えていただきました。そのおかげで今も変わらず店を続けることができています」。

Bookstore AID」とは、新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言が全国に発令され、出口のみえない外出自粛要請と休業要請の日々の中で、全国の書店・古書店を支援するため、有志で立ち上げたプロジェクトです。2020年5月29日終了時点、4476人の人々が支援し、47,548,000円もの金額が集まりました。

誰かのために何かしたい、支援したい、応援したい。しかし、どうやったらいいのか……。一昔前ならば、結局何もできずで終わっていたかもしれませんが、テクノロジーの進化によって誕生したクラウドファンディングによって救われた人は少なくないと思います。

「地域や業種に関わらず、これだけやっておけば大丈夫ということがまだないので難しいと思いますが、 できる限りの対策や工夫をして、何とか持ち堪えているといったお店が多いのではと思います。また、国や政府の対応に関しても、未曾有の事態ですし、全ての人に対して充分な補償や対策ができないのは仕方のないことだと思っています。同様の状況になったとき、政府も私たちも今回の経験を生かし、混乱せずしっかりと対応していけたらと思っています」。

日本を代表する建築家・安藤忠雄氏が手掛けたはじめての絵本「いたずらのすきなけんちくか」の一説にこんな言葉があります。
───
旅には2しゅるいあります。
ひとつは、遠くまで行って、ちがう場所の空気をすうふつうの旅。
もうひとつは、本を読んで想像のせかいをめぐる心の旅です。
───
今だからこそ、「本を読んで想像のせかいをめぐる旅」にでかけてみたい。

また安心して行き来ができるようになった時に皆様とお会いできるのを浜松で楽しみにお待ちしております。それまでは、ぜひお近くの本屋さんで本をたくさん手に取っていただけると嬉しいです」。
お近くの本屋……。それは、本屋が生活の一部になっていた若かりし頃の若木氏の生活体験でもあります。

「10代の終わりにニューヨークに留学した時も、サンフランシスコに住んでいた時もそうでしたが、近所に本屋が必ず3~4店はあったんです。暇な時は必ず本屋かレコードショップ通い。それが定番となっていました」と若木氏は言います。

海外と日本、異なる文化、時代の変化……。様々あれど、美しい街には本屋があります。いや、あると信じたい。

そんな風景を絶やさないためにも、ぜひお近くの本屋さんへ。

2017年の取材時、ある日のイベントのトークショーにオーディエンスとして参加していた若木氏の父・欣也氏。

訪れるお客さんは実に様々。本屋で過ごす時間をじっくりと楽しんでいく人も少なくない。

戦後に多く建てられた共同建築を象徴するKAGIYAビルの2階にお店は位置する。4階にはイベントスペースも構え、トークショーや展覧会も開かれる。

住所:静岡県浜松市中区田町229-13 KAGIYAビル201 MAP
電話:053-488-4160
http://booksandprints.net/

Text:YUICHI KURAMOCHI