シェフズジャーニー 鹿児島大崎和牛の種を全国に届ける町、大崎町。
日本各地を旅しながら食材と、生産者を巡る日々を続けている若き料理人・大野尚斗シェフが向かったのは、"食材未開拓の地"鹿児島県大崎町。
大崎町中央公民館の郷土資料展示室には、『牛馬改帳』という江戸時代の調査報告書が展示されています。幕末の1864年(元治元)にまとめられたもので、当時の農耕従事の様子を知ることができる貴重な資料です。これによると大崎町には当時、42頭の牛馬がいたことが書かれており、古くから牛や馬が地域の暮らしのなかにありました。
そんな農耕具として牛を飼っていた歴史をもつ大崎町では畜産業が盛んです。畜産業は、種牛の精子を買って母牛に受精させ、妊娠、出産、仔牛の育成までを行う繁殖と、仔牛を買いとって出荷まで育てる肥育に分かれており、とくに大崎町では、繁殖農家が多いのが特徴。そのため大崎町の隣、曽於市には「曽於中央家畜市場」があり、子牛の出荷頭数は、日本一を誇ります。
さらに畜産の町、大崎町のもう一つの特徴は、家畜人工授精所として全国に名を知られる「羽子田人工授精所」があることです。体が大きくサシが入りやすい種牛を育て、その精子を採取して全国の繁殖農家に販売するのが、家畜人工授精所の役割。羽子田人工授精所は、1962年の創業で、種牛界のスーパースター「隆之国」を生むなど、全国的に評価の高い人工授精所です。現在は「隆之国」の子「隆安国」の種も評価が高く、全国の肥育農家から注文が殺到。出荷が2カ月待ちになっているといいます。
2003年生まれで、今年17歳の隆之国に対面した大野シェフ。種牛としての役目を終えて“隠居暮らし”をしていますが、「風格が違う!」とレジェンドとしてのオーラを感じとっていました。
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シェフズジャーニー 鹿児島大崎親子二代が協力し大崎牛の確立を目指す。
肉牛の人工授精から繁殖、肥育を大崎町内で行える土地の利を活かしたブランド和牛を育てたい。そんな羽子田氏の思いから生まれたのが「大崎牛」です。
コンセプトは「大崎町で生まれ育った牛」であること。そのため大崎牛は、三代祖、つまり曾祖父にあたる種牛までが、羽子田さんの人工授精所で生まれ育った種牛であることを「大崎町生まれ」の条件にしています。
地域の名前がついた和牛は多くありますが、その多くは子牛を他の地域から買って肥育だけを地域で行っているのが実情です。大崎牛のように種牛までも同じ地域で育てているのはひじょうに珍しい例。大崎牛には、この地域の気候風土が“DNA”にまで刻まれているのです。
もともと繁殖が盛んで肥育農家が少ない大崎町ということもあって、生産量の拡大を含む大崎牛のブランド化はこれから本格化していきます。そのカギを握るのが、繁殖と肥育を一貫して行う前田畜産です。
前田畜産は、繁殖180頭、肥育200頭、子牛80頭を育てる地域でも有数の規模をもつ農場。「昔は、大崎町にも肥育農家がいたんですが、どこも20頭程度の小さな規模。それでも当時は、多い方だったんだよ。みんなやめちゃって、今では肥育をやっているのはウチくらいじゃないかな」と、長く地域の畜産を見てきた前田隆氏は言います。現在は、隆氏が肥育、次男の喜幸氏と三男の龍二氏が繁殖を担当。親子2世代で農場を守る前田畜産にとっても、大崎牛は大きな可能性を秘めているものです。
鹿児島県には「鹿児島黒牛」という県産ブランドがありますが、その規定では、「種牛から大崎町産」という大崎牛の価値は評価されず、鹿児島黒牛というブランドでひと括りされてしまいます。大崎町の畜産の特異性が正当な評価を受けることで、地域の畜産を盛り上げる。大崎牛は、そうした地域復興も可能にする前田氏一家の希望でもあります。
「種牛から大崎町で育った牛というのは、これまでのブランド和牛とまったく違う」と大野シェフ。「牛とともにある暮らし」が古くからあったからこそ生まれた大崎牛のストーリーに刺激を受けたようです。
シェフズジャーニー 鹿児島大崎リサイクル率全国1位の町が目指す「サーキュラーヴィレッジ大崎町」構想。
大崎町は、2019年1月14日に、住民参加による低コストかつ持続可能なリサイクル事業の国際展開と人材育成を中心にSDGs型リサイクル地域経営を目指す「大崎町SDGs 推進宣言」を発表しました。
環境省の「一般廃棄物処理実態調査結果」で12年連続資源リサイクル率全国1位を達成した大崎町では、家庭から出るゴミを27品目の分別を行なうことで、83.1%のゴミを資源に“再生”し(全国平均は約20%)、経済的利益と町内の雇用を創出。大崎町のリサイクルシステムは、世界からも注目されています。
大崎町では、こうした取り組みで得た利益で、若者の地元Uターンを促進するためするための「大崎町リサイクル未来創生奨学ローン」を設立し、大崎町の未来を創る若き人材に投資。2013年から始めている「ふるさと納税」も、町の持続性のために使われています。とくにこの旅で訪れた、養殖ウナギの加工品の返礼品が人気となり2015年にふるさと納税による納税額が全国4位に。返礼品は、今回の旅で訪れた大崎牛やハチミツ、南国の気候で作られるマンゴーなど、“食材の宝庫”にふさわしい品物ばかりです。
少子化が進む地方自治体にあって「住民がずっと住み続けられる町」であることが、大崎町が目指すヴィジョンだと大崎町企画調整課の竹原静史氏はいいます。必要なのは、地域の雇用を生み、優れた人材を大崎町に集めること。そのために、ゴミのリサイクルやふるさと納税といった税収以外の財源を活用することで、Iターン、Uターンを促進し、可能な限り地域内で人材や資源が循環するような新しい地方自治外のモデルを作り上げようとしています。
シェフズジャーニー 鹿児島大崎大崎町のやさしさが町に現れ、食材に現れる。
大崎町では、月に1度、三文字地区の商店街で、「おおさきチャレンジ朝市」が開催されています。200メートルほどの商店街に30店ほどの市が並びます。町内の飲食店や商店のほか、町外からの出店もあり、ふだんはひっそりとした町がこの時ばかりは活気づきます。
滞在中に開催されていたこともあり、大野シェフとともに朝市を歩いてみると「食べていってよ!」「どこから来たの?」と、気さくに声をかけてくれます。都会にはない、人と人の温かい交流。「大崎町に5日間滞在して思ったのは、みなさん本当にやさしい。それが食材にも町の雰囲気にも出ています」と大野シェフはいいます。
アットホームで活気がある朝市を歩いていると、大崎町が掲げる大きなヴィジョンの達成は、この景色を未来まで残すためにあることに気づきます。そしてそれは、拡大から継続へ、社会の価値観が大きく変わろうとしている現代において、地方自治体が自立する大きな先例になるのではないでしょうか。
大崎町の取り組みを「食」を通じて応援していけることは、シェフにとっても、食という文化を愛する人にとっても大きな誇りになるはずです。
1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
(supported by 大崎町)