「コロナ禍に海は透き通り、煌めいた。それを持続させるために、改めて海と生きたい」プロサーファー・大野修聖

長きにわたり日本のサーフシーンを牽引してきた大野氏。今回は、サーファーとしてはもちろん、ひとりの人間として広義にわたり海について、水について考える。Photograph:JUNJI KUMANO

大野修聖 インタビュー勝ち負けよりも大切なことがある。表彰台から見る景色よりも大切な景色がある。

出身は静岡県。両親ともにサーファーという環境に育ち、「物心ついた時にはサーフィンをしていた」と言うのは、プロサーファーの大野修聖氏です。

「MAR(マー)」の愛称で親しまれている大野氏は、国内外で活躍するトップアスリート。今や多くの日本人サーファーが世界のコンペティションを賑わすようになっていますが、その礎を築いたのは間違いなく大野氏だと言って良いでしょう。

双子の兄、ノリこと仙雅氏とともに5歳からサーフィンを始め、16歳でプロに転向。2004年、2005年と2年連続で「JPSA(ジャパン・プロ・サーフィン・アソシエーション)」グランドチャンピオンに輝きます。2006年からはオーストラリアを始めとした海外に拠点を移し、「WCT(ワールド・チャンピオンシップ・ツアー)」にクオリファイすべく活動。以降、2009年にポルトガルで開催された「WQS(ワールド・クオリファイ・シリーズ) 6スター」では日本人初となる準優勝を果たすなど、自ら持つ日本人記録を次々塗り替えていきます。そして2013年、日本にカムバックし、8戦中7戦を優勝、残る1戦も準優勝という前人未到の記録で3度目の頂点を極める偉業を成し遂げます。

一方、サーフィン界の近況で言えば、2018年に大きな転機を迎えます。「ISA(国際サーフィン連盟)」は、2020年に開催される予定だった「東京オリンピック」に向け、選手委員会を設立。その目的は、サーフィンを始めとする関連競技において、選手達の意見をより反映していくことにあります。委員長には、これまで「ISA」のショートボード、ロングボード、SUPの3部門でメダル獲得経験のあるフランスのジャスティン・デュポン氏が任命され、日本からは唯一、大野氏が委員会メンバーとして抜擢されたのです。

「波乗りジャパン」という名のもと、日本チームのキャプテンとして、シンボルライダーとして、「東京オリンピック」の招致活動に貢献してきましたが、迎えたのは新型コロナウイルスによる開催延期です。

「誰もが予測しなかったこの世界を人類は受け入れるしかないと思いました。しかし、じっくりと与えられた時間は自分と向き合うことにもなり、それによって様々な気付きを得ることができたようにも思えています」と大野氏は言います。

その気づきは、長年にわたり、海に生きてきたからこそ。

「勝ち負けよりも大切なことがある。表彰台から見る景色よりも大切な景色がある」。

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「ただ波の音を聞くだけで心が穏やかになります。ずっと見ていられます。炎を見る感覚にも似ると思います」と大野氏。

大野修聖 インタビュー海はこんなに美しかったのか。煌めきと透明度にみなぎる力を見た。

今回、大野氏に話を伺った場所は、自身が住まう鎌倉。

「コロナ禍でサーフィンをしなかった時期もありますが、海には足を運んでいました。海は生まれてからずっと見てきましたが、ここ数ヶ月は本当にキラキラして。まるで海が喜んでいるように見えました。自粛や緊急事態宣言などによって世界は停止を余儀なくされ、サーファーや観光客は激減しました。それによって海岸のゴミなどが減ったのは実感としてあります。海は本来の姿を取り戻すきっかけになったのかもしれません」。

実は鎌倉の海に限らず、世界各地でコロナ禍によって「水」に関する好影響は多く見られています。

「例えば、イタリア。“水の都”として知られる世界遺産・ベネチアでは濁った運河が透き通り、水の底が見えるようになったというニュースを目にしました。大型クルーズ船や水上バスなどの増加による水質汚濁が社会問題として課題とされていましたが、人の活動停止によって水質は改善され、鵜が小魚を追い、白鳥が悠々と泳ぐ様も目撃されているそうです。そのほか、タイやアメリカなどではウミガメの繁殖が増えている報告もされたそうです。プーケットではウミガメの巣は10カ所以上も確認され、過去20年で見ても最多の数だとありました。フロリダの保護団体は、人工照明の減少によって生まれたばかりのウミガメの子が方向を見失うことが少なくなったと伝えています。観光客で賑わうハワイのワイキキでも海が綺麗になったと言われ、固有種の絶滅危惧種に指定されているハワイアンモンクシール(アザラシ)の数が例年より増加しているとニュースも報じられていました」。

これらは地球規模で見ればごく一部の情報ではありますが、少なくとも大きな事実がふたつあると考えます。

ひとつは、環境は改善できるという事実。そしてもうひとつは、残念ながら人の意志でそれが成されなかったという事実。

海の面積は、約3億6000万㎢と言われ、地球全体(約5億1000万㎢)の約71%を占めています(一般社団法人 日本船主協会HP参照)。つまり、海を綺麗にするということは地球を綺麗にするとうことにもつながります。さらには、魚つき保安林(魚つき林)という言葉があるよう、漁業者の間では海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があるという通り、海と山は一心同体。海と向き合うには山とも向き合い、山と向き合うには海とも向き合うことにもなるのです。

「生命体という視点で見れば、まだまだ地球上には未知の生物は多いと言われているそうですが、生物の重さで表した時、その90%は海洋生物だと言われているほど、種類、量ともに海は生命の宝庫(日本海事広報協会HP参照)。しかし、そんな海は外来によってその環境を脅かされていると思います。例えば、海の生命体がほぼ陸に上がることはないのに対し、陸の生命体が海に入ることは多分にあります。温暖化や海面温度の上昇なども陸が起こした海の問題だと思います。宇宙レベルで言えばおこがましい話かもしれませんが、少なくともその責任は人間にあると考えますが、地球上に生きる生命の総数で見ると人間は約0.01%という一説を見ました(WORLD ECONOMIC FORUM HP参照)。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだと思いますが、新型コロナウイルスはこの数値の生命体が発生した件だということは向き合うべきだと感じています」。

生物史上、人間は最も進化を遂げた種だと言っていいでしょう。しかし、それによって失ってしまったことや理に反したことがあったのかもしれません。

「人間の知能は紛れもなく素晴らしく、それによって得た恩恵もあります。その反面、環境において致命傷を負わせてしまったと考えずにはいられません。今から何が我々人間にできるのかはわかりません。なぜなら、その性格はすぐには変われないと思うからです。だからと言って何もしないわけにはいきません。きっと、それぞれができることは目の前に必ず何かあるはずです。ひとり一人ができる小さなことが何か実を結び、世界を変えるのだと信じています」。

取材は、鎌倉の海辺を舞台にゆっくりと時間をかけながら、夕刻まで。「もともとサーフィンの起源は、(ボードを使わない)ボディサーフィン。体だけで滑るそれは、非常に原始的でもあります。新型コロナウイルスによって当たり前は奪われる今だからこそ、人生もサーフィンも原点に還りたいと思う時があります」と大野氏。

大野修聖 インタビュー
台風の波によって気づかされる海の悲鳴。地球の悲鳴。

去る2018年、その年を表す漢字は「災」でした。それだけ多くの災害に見舞われ、地震や集中豪雨、台風、記録的な暑さ……。しかし、その「災」は日本だけではありませんでした。

ヨーロッパの異常な猛暑、インドネシアでは津波と地震、アメリカ本土では過去50年で最も勢いの強いハリケーン、カリフォルニアやカナダでは山火事、インドでは洪水、オーストラリアやドイツでは干ばつ……。

世界の海水温も観測史上最高を記録。驚くべきは、過去100年を振り返って見ても右肩上がりであり、日本の海域平均海面水温の上昇率は100年あたり+約1.14℃、世界全体で比べると約+0.55℃高く、深刻な問題です。それによって発生するのが大雨や台風です。近年の台風に関して言えば、2018年、2019年ともに発生個数は29回のうち、上陸回数は5回。2020年の発生回数は22回のうち、上陸回数はゼロ(2020年11月現在/国土交通省 気象庁HP参照)。このまま上陸しなければ、2008年以来、実に12年ぶりではあるも、接近するだけで暴風が吹き荒れ、土砂崩れや河川の氾濫など、その威力は凄まじいです。

「台風と言えば、サーファー視点だと波にばかり目がいってしまいますが、本来、問題視しなければいけない様々なことがあると痛感しています」。

若きより海外遠征も多かった大野氏は、「日本のサーファーと海外のサーファーを比べた時の意識の違いを感じます」と言葉を続けます。

「小さなことでもそれぞれができることを行動に移しています。マイボトルやマイバッグを持参したり、プラスチックをできるだけ使わない生活を取り入れたり。中には、海洋ゴミを使ったアートを製作し、メッセージとして表現したり。サーファーである前に海に生きる人としての意識が高いと思います」。

中でもその好例は、過去に11度も「ASP(Association of Surfing Professionals)ワールド・チャンピオンシップ・ツアー」のチャンピオンに輝いたプロサーファー、ケリー・スレーター氏の活動にあります。

「ケリー・スレーターは、サスティナビリティをコンセプトに掲げた『Outerknown(アウターノウン)』というブランドを立ち上げています。従来のアパレル業界のあり方を変えたいという思想のもと、環境に有害でない素材を使い、公正な労働環境で生産しています」。

「Outerknown」は、ブランドローンチ前からFLA(公正労働協会)に加入し、2年半で生産工程の完全認定を受けています。そして、ローンチ前の加入や2年半で完全認定されたのは、アパレルブランドとしては初。

「海のゴミを拾うことは大切なことですが、マイクロプラスティックのように拾いきれないゴミもあります。結果、それを魚が食べてしまい、場合によってはその魚を人が食べてしまうかもしれません。自分たちはゴミを拾う前にゴミを減らしていくことや日常で使うものの質を変えていくことが重要なのではないでしょうか」。

地球上に生きる生物でゴミを出すのは人間特有の行為かもしれません。もし、ほかの生物も人間同様にゴミを出していたら……。「想像を絶する感覚に襲われます」。

「そして、環境問題でもうひとつ真摯に考えたいこと。それは、世界中でビーチが減少しているということです」。

「海は生き方も思考もシンプルにさせてくれます。心身が不安定な時でも、僕にとっては病院に行くより海や山に訪れることがメディケーション」と大野氏。

大野修聖 インタビュー
温暖化の影響によって砂浜は激減。世界のビーチが失われつつある。

「昔の人に聞くと、ビーチはもっと沖まであったのだと言います」。

温暖化により南極棚氷の崩壊も加速、その気候変動と海面上昇により、このまま進行し続ければ世界の砂浜の半数が2100年までに消滅するかもしれないという研究論文さえ発表されています。

「水が温かくなると膨張するため、海水温度の上昇によって海全体の体積が増えていると思います。極地の氷も溶けるとなれば、より拍車はかかるのではないでしょうか。ビーチもしかり、海抜の低い島は危機的状況に陥っています。伝説の古代大陸、アトランティスではありませんが、海中に没するということになりかねません」。

数億年前に遡れば、過去に5~6回、地球上に誕生した生物は大量絶滅を経験していると言われています。しかし、その原因は火山の噴火や隕石の衝突などと言われており、避けては通れなかった災害と言っていいでしょう。しかし、今回発生した新型コロナウイルスにおける難局は人災から生まれたものだと思います。地球温暖化もしかり、人間が地球に負荷を与えていることに関して、どう改善していくべきなのか。

「コロナ禍においても海は淡々と生き続けている。波は、寄せては返し、返してはまた寄せて。自分はずっと前からサーフィンしかやってこなかったのですが、サーフィンによって色々な景色を見ることができました。旅はもちろん、人との出会いもしかり、大自然から生き方を学んだと思います。30年以上サーフィンをやっていてもベストなライディングは一度もありません。どんなに練習し、技術を高めても、自然を舞台にすることの難しさは常にあります。海の呼吸に合わせようと思っても、そう易々と味方にはなってくれません。海自体が自分の呼吸であり、全てを映し出してくれていると思っています。心が乱れれば波も乱れる。精神を整え、海、大自然と一体になることが大切なのだと思います。なぜなら、自分はこの星に生かされているから。人がこんなに窮地に追い込まれていても自然はウイルスにはかからない。強くたくましく生き続けています」。

大野氏が話す海との向き合い方は、サーファーに限ったことではないのかもしれません。幸福をもたらす海もあれば、不幸をもたらすのも海。

「海があるからサーフィンはできますが、海があるから津波も起こる」。

優しく人々を歓迎する姿もあれば、街や人を飲み込む姿も併せ持ちますが、全ては人間の問題。前述の通り、「海と一体になることが大切」なのだと思います。

アスリートの精神であるスポーツマンシップに則った生き方こそ、今の時代に求められているのかもしれません。

「Good gameをめざして全力を尽くして愉しむことがスポーツの本質です」。
「Good gameを実現する覚悟をもった人をスポーツマンと呼びます」。
「Good gameを実現しようとする心構えがスポーツマンシップです」。
(一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会より抜粋)

この「Good game」を「Good earth」に置き換えてみれば、より理解できます。

「Good earthをめざして全力を尽くす」。
「Good earthを実現する覚悟をもつ」。
「Good earthを実現しようとする心構え」。

スポーツマンシップの精神は、多くの問題を解決する糸口かもしれません。

「これまで海を始めとした大自然から、多くのものをいただき、学びを得てきました。自分は今、ひとりのサーファーとして、ひとりの人間として、地球環境との関わり方をしっかり考え、行動したいと思っています。世界を変えるなど、そんな大それたことはあまりにもおこがましくて言えません。しかし、考え続けることが、少しずつより良い社会になると信じています」。

※文中には諸説あるうちの一説や時期によって数値などが異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。


Photographs&Text:YUICHI KURAMOCHI

「色々なビーチや海沿いにあるお店でお水をくめるようなウォーターステーションがあったらと思っています。それがプラスティックやゴミを少しでも減らすことにつながるシステムになればと考えています」と大野氏。

1981年生まれ、静岡県出身。日本のサーフシーンを牽引し続けるトップサーファー。若くして海外プロツアー「WSL(ワールドサーフリーグ)」の「QS(クオリファイシリーズ)」を転戦し、世界大会において日本人史上初となる様々な偉業を成し遂げる。2013年、国内でも精力的に活動し、日本プロサーフィン史上初、国内外ツアー含め8戦中7戦連勝し、前代未聞の記録を樹立。そのほか、国内プロツアー「JPSA(ジャパン・プロ・サーフィン・アソシエーション)」グランドチャンピオンにも3度も輝く。近年は、2018年 に開催された「ISA WORLD SURFING EVENT」のキャプテンを務め、サーフィン日本代表 「波乗りジャパン」を日本初の金メダルへと導いた。プロサーファーをする傍ら、イベントのプロデュース、音楽活動、コラムニストなど、他分野でも活動の場を広げている。現在は、2021年に開催延期予定の「東京オリンピック」に向け、引き続き「波乗りジャパン」のキャプテンとして活動中。