「『Smile Food Project』の再始動もしかり、改めて、我々は何を表現するのか、何を訴えていくのか、何を全うするのかを考えなければいけない。日本の食文化を守り、広げ、つなげ、伝える、その役目も担う義務があると思っています」と石田氏。
スマイルフードプロジェクト 常に準備はしていた。『Smile Food Project』は、自分の使命。
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年4月18日に『Smile Food Project 』は発足。医療従事者の方々に無償でお弁当を届ける活動をしてきました。
同プロジェクトは、『CITABRIA(サイタブリア) 』代表の石田 聡氏と『Sincere(シンシア) 』オーナーシェフの石井真介氏を中心に、 『一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー) 』と『NKB(エヌケービー) 』をメンバーに3社で構成。石井シェフは、同一般社団法人のリードシェフも担います。
その後、2020年7月18日。感染者の減少と医療現場の実態を踏まえ、活動を“一時”休止。作ったお弁当の数は、21,086食。
2020年4月、『ONESTORY』は、本件に関して石田氏を取材 しました。記事の後半、「『Smile Food Project』は、これからどんな道を歩んでいくのでしょうか」の問いに対し、石田氏は「継続を目指します。しかし、継続しなくて済むような世の中になることが一番です」という言葉を残しています。既に再始動を予測していたのでしょう。
「第1回の活動休止後も常に医療関係者の方々とは連絡を取り合い、状況を把握し、何かあった時の準備はしていました。第2波の時は、やるべきか悩みましたが、医療現場の逼迫までには至らなかったため、自分たちの仕事に専念しました。しかし、第3波は急変急増。再びやるしかない。そう思いました」と石田氏は話します。
2020年12月21日、『Smile Food Project 』は再始動。
その原動力は何か。
「使命」です。
『Smile Food Project 』再始動時もお弁当には必ずメッセージを添える。手紙を読んでくれた医療従事者からのお礼も多く、それがまた同プロジェクトの原動力にもなる。
医療従事者に年末年始はない。せめて、食で季節や行事を感じてほしかった。
「日々、感染者数や重症者数などは報道されますが、実際、医療現場は、どうゆう状況で食事をしているとか、どんなローテーションで労働しているとか、その環境が取り上げられることは、ほとんどありません。医療従事者の方々は、24時間関係なく働いてくださっています。クリスマスや年末年始、家族と過ごすことができない人やお祝いをできない人もいます。せめて、食事をする時だけは、季節や行事を感じてもらいたい。ほっとしてもらいたい。再始動の時期も手伝い、そんなことを思いながらメニューを考えました」と話すのは、『Smile Food Project』の拠点でもある『CITABRIA Catering』の奥田裕也シェフです。
プロジェクト再始動後、提供したお弁当は、クリスマスメニューとおせちメニューの2種(2021年1月8日現在)。前者を奥田シェフが考案し、後者を『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバーでもある『Salmon&Trout 』の中村拓登シェフが考案。
「第1回の時は、お手伝いで入らせていただきましたが、今回は、メニューから考案し、やりがいを感じました。自分の作った料理で喜んでくれる人がいる。ほんのひと時でも笑ってくれる人がいる。誰かのために料理するという行為は、レストランで出すひと皿もお弁当も変わりなく、本気で取り組みました」と中村シェフ。
中村シェフは、日本料理の名店『八雲茶寮 』で副料理長を務めた経歴を持ち、「以前より、おせちは作っていたので、今回に活かせたと思います」と言葉を続けます。『八雲茶寮』の総料理長・梅原陣之輔氏もまた、『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバー。以前『ONESTORY』が 『Smile Food Project』を取材した日のお弁当も担当していました。
「おせちもしかり、日本のお弁当は、冷めてもおいしい文化。病院に搬入しても、医療従事者の方々がすぐに食事を取れるかというとそうではありません。『Smile Food Project』のお弁当は、冷めてもおいしい料理にはこだわっています。そして、何よりこのお弁当には、自分たち料理人以外の様々な想いも詰まっています。生産者さんからのご支援もいただき、採れたての野菜も使用しています。体が資本ですから、もちろん添加物は一切使用していません」と奥田シェフ。
また、料理人や生産者以外にも、パッキングや運搬は『CITABRIA Catering』のケータリングマネージャー・新井剛倫氏が務め、商品ラベルやお弁当に添える手紙は、同社の営業サポート・洞内裕美子さんが手配します。
しかし、そんなお弁当をいただく時間さえ、決して明るくない現実があります。誰かと向き合って食事をすることが許されないこともあれば、壁に向かってひとり黙々と食べなければいけない時もあります。ゆえに前述、おいしいはもちろん、ほっとしてもらいたい。
また、環境を配慮した容器は、土に還る素材を使用。本プロジェクトに限らず、『CITABRIA』は、サスティナブルやエコなどに関心が高く、そういった点においても『一般社団法人Chefs for the Blue』と親和性は高いです。
現在、支援を受けたいという病院関係者からの連絡が次々と届いています。求められる喜びがある一方、それは医療崩壊を意味します。
そんな葛藤する日々が続きます。
「『Smile Food Project』は、料理人同士の交流にもなるし、互いの技術向上にもつながる。我々に取っても良い機会です」と奥田シェフ(左)。「いつもはひとりで料理を作っていますが、同じ思いを持ってみんなで作れる環境に一体感を感じました」と中村シェフ(右)。
彩り豊かなクリスマスメニューのお弁当。「せめて、お弁当を通して季節感や行事を感じてほしい」と奥田シェフ。
丁寧な仕込みが成される、おせちのお弁当。その好例は、炊き合わせ。その調理法のごとく、複数の食材を別々に煮て、合わせる料理は、時間と手間のかかるひと品。
『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバーがメニュー開発に携わる際には、サスティナブル・シーフードを必ずひとつ加える。今回、中村シェフは、ベトナム産の「ASC(Aquaculture Stewardship Council) 水産養殖管理協議会」認証を得たエビを採用。
今回は、仕込みを含め、4日間お弁当作りに励んだ中村シェフ。「自分たちの料理で、少しでも医療従事者の方々を元気にしたい」。
添加物を一切使用しないお弁当は、生産者の協力もあり、獲れたての食材も調理。環境を配慮した容器は、土に還る素材を採用。
手紙のイラストやお弁当に貼る食品記載ラベルは、『CITABRIA Catering』営業サポート・洞内裕美子さんが手配。
パッキングや運搬は、『CITABRIA Catering』のケータリングマネージャー・新井剛倫氏が務める。毎日、毎日、お弁当を運び出す後ろ姿は、胸にグッとこみ上げてくるものがある。
黙々と、淡々と責務を全うしながら「都内の道は、かなり詳しくなりました!」と笑顔も見せてくれる新井氏。
本当は自分たちだって怖い。未だ正解がない中で、正解を探し続ける。
前述の通り、第1回目の『Smile Food Project』 は、2020年4月18日から7月18日まで活動し、作ったお弁当の数は、21,086食にも及びます。
しかし、ここで特筆すべきは、その日数でも作ったお弁当の数でもありません。
この期間、この数において、「安心安全」を提供できたことにあります。
「一番、気をつけていることは食品管理です。僕らが作ったお弁当で、食中毒を出してはいけない。プロである以上、もちろんそれはあってはならないことですが、絶対はありません。衛生面においても徹底していますが、そのリスクはゼロではないため、細心の注意を払っています」と奥田シェフは話します。
また、リスクは、それだけではありません。
「現状、プロジェクトメンバーには感染者は出ていませんが、今の世の中の状況を見ると誰がいつ出てもおかしくありません。感染する可能性は、誰もがあります。もし出てしまった場合、自分たちはお弁当を作り続けられるのか……。そんなことが頭によぎることもあります。我々にも家族はいます。大切な人を守らなければならい。だからこそ万全の体制で臨んでいます」と言葉を続けます。
それでも熱い想いをたぎらせ、チーム一丸となって、誰かのために料理を作る。料理人が持つ魂の結実は、実に凛々しく、その目は輝いています。
「今、自分のお店では、ひとりで料理を作っていますが、今回のようにチームで作れることにも別の喜びを感じます。仕込みの数など、通常とは異なる難しさや苦労も楽しかったです。そんな思いになれたのは、みんなが同じ方向に向かって夢中になっているから。大変な中にもワクワク感がある」と中村シェフが話せば、「料理人は、気持ちが味に出ちゃうからね(笑)」と奥田シェフ。
ひとりで成す達成感もあれば、皆で成す達成感もあります。後者であれば、苦しさは分散し、喜びは倍増。中村シェフは、それを体感したのです。「志が同じであれば、キッチンの場所は関係ない」と中村シェフ。
「2020年から現在に至るまでの間、料理人をやめてしまった人もいるかもしれない。最後の力を振り絞っている渦中の人も多いと思います。自分は、今の環境にも恵まれ、料理人になって本当に良かったと思っています。だから、このプロジェクトを通して業界にも元気を与えたい。料理人に料理人を諦めてほしくない。自分たちは、誰かの助けがあって『CITABRIA』をはじめ、『Smile Food Project』を活動できています。 だから僕たちも誰かを助けたい」と奥田シェフ。
「今こそ、飲食業界の底力を見せたい」と奥田シェフと中村シェフは、その言葉を噛み締めます。
おいしいだけでなく、思いが込められたお弁当。『Smile Food Project』を求め、様々な医療機関からの問い合わせも多い。
2021年1月8日、緊急事態宣言発令。狙い撃ちされた飲食業界と平等な不平等。
今回、取材が行われた日は、2021年1月7日。
その翌日、1月8日には緊急事態宣言が発令。周知の通り、飲食店が狙い撃ちされました。
主には、営業時間短縮が強化されることに伴い、要請に全面的に協力した中小の飲食事業者などに対し、新たに協力金を支給するといった内容です。
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・夜20時から翌朝5時までの夜間時間帯に営業を行っていた店舗において、 朝5時から夜20時までの間に営業時間を短縮するとともに酒類の提供は11時から19時までとすること。
・緊急事態措置期間開始の 令和3年1月8日から2月7日までの間、全面的に協力いただいた場合(31日間)、1店舗あたり186万円(1日6万円)の支給が得られる。
(東京都産業労働局HP 参照)
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店舗により、ひとりで営業しているところもあれば、複数の従業員を抱えているところもあります。家賃も異なるため、全てにおいて一律というのは難しい問題です。ましてや、中小企業(個人事業主も含む)の飲食店のみ対象のため、そうでない企業は対象外になります。20時閉店を促すも、7割以上のテレワーク推奨及び外出は控えるようにと発信されたメッセージを総合すると開店休業を意味しています。一方、石田氏の古巣、『グローバルダイニング 』のように通常通り営業を行う方針を示すところもあり、困惑混乱の日々。
1月13日には、大阪、兵庫、京都、そして、愛知、岐阜、福岡、栃木の7府県にも対象地域として追加されました。
平等に与えられた不平等は、これからどう作用していくのか。
石田氏は、「それでもまだ、自分たちは恵まれていると思います」と言います。
「『Smile Food Project 』は一度 休止し、再始動していますが、医療従事者の方々は、止まることなく人命のために最前線で闘っています。彼らには“Go to eat”も“Go to travel”もありません。さらには、飲食業界以外にも苦しい業界は多々あり、給付金や協力金を支給されない人たちもいます。だから、それが得られる飲食店は、もっと元気でありたい」。
しかし、飲食店が感染源だとも見紛う今回の施策やそれを後押しするような報道は、同調国家が働く国民へのマインドコントロールとも受け取れます。
『Smile Food Project 』に関して言えば、 医療従事者を支援している立場でありながら、医療崩壊に追い込んでいる業界という刷り込みもされてしまい、「自分たちは誰と闘っているのか……。新型コロナウイルスか? はたまた別の誰か……?」と、うがった見方をしてしまうこともあります。
それでも、活動を止めることはありません。なぜなら、それが石田氏をはじめ、プロジェクトメンバーにとっての「使命」だからです。
「どんなに誰が嘆いても、一番の被害者は医療従事者だと思います。新型コロナウイルの感染に時間は関係ない。昼夜を通して酷使している医療従事者のために、自分たちができることを常に考え続けてきました。食を通して鋭気を養っていただくことで我々は飲食業界の動きを止めない。生産者の動きを止めない。より多く食事を作ることによって救われる人がいる。『Smile Food Project』はイベントではない。今こそ誰かのために活動したい。いや、しなければならない」。
いつものように運ばれてゆくお弁当たち。こうして車を見送る日々がなくなることを一刻も早く望みたい。
自分たちは負けない。自分たちは諦めない。日本の食文化を絶やさないために。
準備や備えがあったにせよ、『Smile Food Project』のようなプロジェクトを1度ならず2度できる体力は、並の覚悟ではありません。
「今回は、企業の方々に支援・協賛を募っています。1回目の活動を通して思ったことは、まだまだ知名度が低いということでした。ある経営者の方に“これは支援を募るのではない。賛同してもらうものだ”と言われました。嬉しい気持ちと同時に、より大きなものにしたいと思いました。医療従事者の方々は、自らを酷使し、尽力してくださっています。だから自分たちも頑張れる、やるしかない。飲食の活動停止は、農家などの一次産業、酒蔵、ワイナリー、酒屋など、様々に影響します。学校においても休校してしまえば給食はなくなり、同じような現象が起きてしまうでしょう。それが長く続けば、廃業、倒産が相次ぎ、日本の食文化が失われてしまう」と石田氏は話します。
一次産業や職人たちは高齢化も進み、後継者のない産業も多々あります。今回の難局は、その追い風となり、さらにスピード感が増す可能性が危惧されます。
「日本の食を文化として残していく政策が国になければ、大切な技術も価値も失われてしまう。日本全国には食の宝が眠っている。それを決して絶やしてはいけない。日本の食は、世界的に見ても強力なコンテンツであり、それだけで観光国家になる可能性を十分秘めている。環境や生産物を見ても、レストランのクオリティを見ても、日本は世界一を誇れると思います。それをおろそかにしてはいけません。ものを作る人たち、作れる人たちの力は、本当に偉大です」。
様々な波乱を巻き起こした2020年でしたが、『CITABRIA』にとっては積み重ねた努力が結実された年にもなりました。『ミシュランガイド東京2021』では、『レフェルヴェソンス 』は三つ星に輝き、サスティナブルな取り組みと献身的な活動も評価され、「ミシュラン グリーンスター」も獲得。石田氏もまた、様々なジャンルで開拓する異端児を称える『Esquire』主催の「The Mavericks of 2020」を受賞。
「自分たちが大事にしてきたことや大切にしてきたことは間違いじゃなかった。だから、もっとやっていいんだ、やらなきゃいけないんだ。そう思いました。名実ともに日本を代表するレストランになれた今、自分のお店だけ良いということはなく、目の前にお客さまだけ満足させれば良いわけでもない。維持する苦悩も失う恐怖もこれから寄り添っていかなければならない。そして、改めて、我々は何を表現するのか、何を訴えていくのか、何を全うするのか。日本の食文化を守り、広げ、つなげ、伝える、その役目も担う義務があると思っています。今、新型コロナウイルスに翻弄されている騒動はいつか終わりはやってきます。重要なことは、また同じような難局が訪れた時、どう対応するのか。絶望はもう見たくない。希望を見たい。やり遂げたと思ったことは一度もありません。ひとつ乗り越えたら、また乗り越えなければいけない山がある。終わりなき使命を背負い、生きていきたいと思います」。
『Smile Food Project』の詳細はこちらへ。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI