山口ゆめ回廊博覧会国宝・瑠璃光寺五重塔を眼前に創り上げる独自の食空間。
奇しくも満月の夜。まばゆい月光と、円卓に灯されたほのかな灯りを頼りに、一夜限りの晩餐会が開かれました。眼前にそびえるのは瑠璃光寺の五重塔。ライトアップされた池面のゆらめきが反射して、幽玄な雰囲気を漂わせています。
「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI」と銘打ち、アートと食を通して山口という土地そのものの表現を試みたイノベーティブな本イベント。一般客を招く今年の開催に向けて、2020年10月31日、本番さながらのリハーサルが行われました。演出を手掛けたのは、その土地土地の文化やアート、デザインを融合させた料理で独自の食空間を創り上げ、世界各地で活躍する船越雅代さん。今回そのプレゼンテーションの舞台として選ばれたのが、瑠璃光寺五重塔を仰ぎ見ることができる芝生広場、“満月の庭”だったのです。
料理家であり、アーティストでもある船越さんが、自身のフィルターを通して「山口」をどう分解して再構築し、なおかつ空間表現×味覚として具現化させるのか。未知なる世界を一足早く体験した取材班が、その一部をご紹介します。
2021年7月から12月にかけて開催される「山口ゆめ回廊博覧会」。山口市、宇部市、萩市、防府市、美祢市、山陽小野田市、そして島根県は津和野町の7市町からなる、山口県央連携都市圏域の自然や文化、伝統など多彩な魅力を全国に発信するというプロジェクトです。各市町の特性を芸術・祈り・時・産業・大地・知・食の7つの観点から紐解き、「7色の回廊」と称してそれぞれのテーマに合わせたイベントを実施。そのなかで、「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI」は「食の回廊」の中核を担う目玉企画なのです。
山口ゆめ回廊博覧会キーワードは“水”と“滲透”。暗闇と静寂のなか供された料理、果たしてその内容とは?
演出と監修から料理の提供まで、すべてを託された船越さんは現在、京都在住。自身のアトリエ兼茶楼・ギャラリー・プライベートレストラン『Farmoon』を営んでいますが、その合間を縫いリサーチのために数ヶ月にもわたって山口県の圏域を回ったといいます。
「山口のイメージは“水”。巨大な秋芳洞の鍾乳洞、切り立った断崖の須佐ホルンフェルス、コバルトブルーの神秘的な別府弁天池……みんな長い長い時間をかけて水が浸透し、水によって育まれた美しい自然の造形物です。水のミクロの視点、浸透していく細胞に意識を巡らせられるようなしつらえを心がけました」
その船越さんの言葉通り、テーマは「OSMOSIS 滲透(しんとう)」。まさに山口の自然の恵みを享受した食材が、ゲストの身体の隅々にまで染み渡っていく感覚です。その演出に一役買っているのが暗闇と静けさ。いくら満月が煌々と輝いてはいても辺り一面真っ暗で、料理の全貌を目で捉えることはできません。卓上には手元を照らすわずかな灯りのみ。そこに料理を運んできてくれるのは、白い衣装に身に包んだサーバーたち。戸惑うゲストを前に、水の入ったグラスをその灯りにかざしてみるようにとジェスチャーで指し示してくれました。言うに及ばずサーブまでもがパフォーマンスのうちなのです。促されるがままにグラスに灯りを当ててみると、光が乱反射して皿上の料理がちらちらと見え隠れ。その陰影も美しいのですが、やはり内容はおぼろげにしか分かりません。そんなもどかしさとともに、円卓を囲んだ20名のゲストはみな手探りで箸を運びつつシャクシャク、パリパリと小気味いい音を響かせながら一様に「これは何の魚の素揚げだろう……?」「このピューレの味は?」などと味覚、嗅覚、記憶をフル回転。見えたら視覚からの情報に頼ってしまう。もちろん見えた方がキレイに違いないのですが、もっと意識のベクトルを内へ内へ、感覚を研ぎ澄ませて食材を細胞にまで行き渡らせるように味わってほしいという船越さんの思惑がそこにはあるのです。
少々種明かしすると、魚の素揚げは地元では「金太郎」と呼ばれるヒメジという魚種で、あまり聞き慣れませんが萩市ではお馴染みの食材。白身ながら濃厚な甘みがあり、刺し身や干物として人気の魚だそう。こちらではふっくらと揚げてありましたが、そこにも魚本来の水分を中に閉じ込め、“滲透”させるという企みが潜んでいるのでしょう。その他にもスープには、宇部市で栽培する永山本家酒造場の自然栽培酒米「山田錦」の香ばしいお焦げを忍ばせたり、水には山口市の名水「柳の水」を使用したりと、随所に圏域の滋味深い食材を散りばめたラインナップです。
空間全体を使ったパフォーマンスも見どころの一つ。寄る辺ない静寂の中、ややもすると闇の中に溶け込んでしまいそうになる意識をグッと引き戻してくれるのが、サーバーと同じく真っ白な衣装をまとったパフォーマーのMAMIUMUさん。独自の発声法による声、グラスハープ、金属の鳴り物などを使った表現を生業とする彼女が、時にはトライアングルのような楽器を奏でて回ったり、時には「水の精」として水甕を掲げてヨーデルのような声を響かせたりと、ゲストを幻想的な世界へと誘います。
ここまででも盛りだくさんの内容ですが、ラストにもちょっとしたサプライズが。こちらはぜひ、ご自身で体験してみてください! とはいえ、今回は1年後に向けてのリハーサルなので本番ではどのような進化を遂げているか、予測は不可能です。悠久の時を重ねる五重塔と、すべての生命の源であり絶えず変容し続け流動する“水”とのコントラスト。それはとりもなおさず動と静、新旧をないまぜにした山口の姿そのもの。この饗宴のみならず、「山口ゆめ回廊博覧会」は万華鏡のようにきらめく多様性に満ちた山口の今の形を見せてくれるに違いありません。
住所:
電話:083-934-4152
https://yumehaku.jp/
Photographs:AKITAKE KUWABARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA