湖魚、和牛、伝統野菜。まだ見ぬ至高の食材を探しに、雪の舞う冬の滋賀県へ。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

海と見紛う広大な琵琶湖と深い山々が織りなす独特の地形。多様な食材を育む滋賀に5人の料理人が訪れた。

ローカルファインフードフェア滋賀レセプションで披露された滋賀食材のダイジェスト。

東京都内、第一線で活躍するシェフが、滋賀県の素晴らしい食材の産地と生産者をめぐり、その魅力を伝えるオリジナル料理を提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。2021年2月のフェア開催に先立ち、東京・日本橋にある滋賀県の情報発信拠点『ここ滋賀』の『日本橋 滋乃味』にて、レセプションイベントが開かれました。

イベントの目的は、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けてメニューを考案するシェフやパティシエに、まずは滋賀県の食材の多様性を知ってもらうこと。いわば挨拶代わりの試食イベントですが、次々と登場する滋賀県産食材のクオリティに、足を運んだシェフたちも驚いた様子。近江の伝統野菜、琵琶湖の湖魚、そして近江牛。古くから京都の食を支えてきた近江の伝統と誇りが詰まった食材が、料理人の心を捉えたことでしょう。

さらに会場は中継で各食材の生産者と繋がれ、生産者本人の説明を聞きながら試食できるという試みも。各生産者の熱意のこもったPRに、シェフたちの顔も真剣そのもの。ひとつひとつの食材を噛み締め、画面の向こうの生産者に質問を投げかけ、味の記憶を刻み、イメージを膨らませる。和やかでありながらどこか引き締まったレセプションの空気は、そんな思いの表れだったのかもしれません。

しかしこれはあくまで序章たるレセプション。この翌週、シェフたちはさらに滋賀県の食材を深く知るべく、冬の滋賀県へ向かうのです。

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レセプションで提供された料理は、滋賀の食材を日頃から知り尽くす滋乃味の高島シェフが担当。

滋賀県庁や生産者とオンラインで繋ぎ、リアルタイムで食材に関する質疑応答が行われた。

社会情勢を鑑みて試食はフェイスシールドをつけて。味はもちろん香りや色味も真剣に確かめる。

ローカルファインフードフェア滋賀冬の琵琶湖から一本釣りで揚がる、ここだけ、今だけの美味。

この冬一番の寒気がやってきた12月のある日、シェフと食材バイヤーが滋賀県に降り立ちました。

今回のメンバーは繊細なスパイス使いに定評があるインド料理『ニルヴァーナニューヨーク』の杉山幸誠氏、絶妙な火入れで食材の魅力を引き出す鉄板焼きフレンチ『Ahill』の山中昌昭氏、古典と革新の融合が話題を呼ぶフランス料理店『シュヴァル ドゥ ヒョータン』の川副藍氏、こだわり抜いた日本の食材を卓越した技術で調理するイタリアン『湯浅一生研究所』の湯浅一生氏、元料理人でソムリエの資格も持つバイヤー・山本敦士氏の計5名。食材に強いこだわりを持つ5名が、それぞれの視点で滋賀県の生産者のもとをめぐり、美味なる食材を探求します。

東京から滋賀へと向かう道中、岐阜県を過ぎた頃からちらつき始めた雪が見る間に強まり、米原駅を降りるとあたりは一面の銀世界。琵琶湖の北側の山間は日本海側の気候に近く、例年かなりの雪が積もるのだそう。そんな山間部と沿岸部、琵琶湖の東西により異なる気候こそ、滋賀県の多様な食材を育むのです。

凍える寒さに震えながら一行がまず向かったのは、琵琶湖北端の西浅井漁協。琵琶湖の固有種であるビワマスの見学が目当てです。出迎えてくれた漁協の代表理事・礒崎和仁氏が、さっそく詳細を解説します。

漁の最盛期となる夏が旬のビワマスですが、冬場は夏とはまた違った濃厚な味わいになるのだといいます。また、琵琶湖の水温が下がり広く泳ぎ回る冬は、刺し網にかかりにくく、一本釣りが主体。そのため漁獲量が減る代わりに魚体に傷がつかず、鮮度も保たれるのだとか。

漁協で用意してもらった刺し身を味わい、新鮮なビワマスの味を確認した一行。その味に各々の口から驚きの声が上がります。
杉山氏は「上品な脂と、甘みが抜群。これからさらに水温が下がれば、凝縮したきめ細かい脂がのってきそうです」と絶賛し、東京への輸送方法まで細かく確認していました。

脂の乗った冬のビワマス。さっぱりとした夏に対し、冬は濃厚な旨みが詰まっている。

重さ、旬、処理方法、輸送方法。シェフたちの質問は多岐にわたった。

淡水魚特有のクセがなく、脂がほのかに甘いため、刺し身でおいしく味わえる。

礒崎氏の解説とともにビワマスを試食。シェフたちはメモを取りながら真剣に聞き入っていた。

ローカルファインフードフェア滋賀故きを温めて新しきを知る、若き生産者との出会い。

続いて訪れたのは、琵琶湖北部の高島市にある『みなくちファーム』。7年前に異業種から就農した水口淳氏、良子氏夫妻が手掛ける無農薬野菜と原木椎茸の農場です。
「シンプルに焼いただけであれほど甘みが出るニンジンに興味がありました」と、レセプションで試食したときから川副氏がもっとも楽しみにしていたのがこちらの訪問。実際に水口夫妻にお会いし、話すことで、料理のイメージもより明確になったようです。

ファッション業界から、未知なる農業の世界に飛び込んだ水口夫妻。野菜は路地栽培で、基本的には水も与えず自然のままに育てることで、野菜本来の力強い味を引き出します。そんな古からの野菜づくりを目指す一方、発注などはシェフとLINEグループを作って直接対応するなど若き二人らしさも。センスの良い服をまとい、心底楽しそうに野菜について語る二人の姿は、これからの農業の進むべき道なのかもしれません。

さらにここでも一行は採れたての野菜や原木椎茸を試食させてもらいます。まずバイヤーの山本敦士氏は、フリルレタスに興味を惹かれた様子。「手でちぎる“パキッ”という音だけで水分量と品質が伝わります。土の栄養が行き渡って水耕栽培のものよりも長持ちもしそうです」とバイヤーらしい視点で評しました。

続いてキッチンに立ったのは山中氏。鉄板焼きのプロの血が騒いだのか、フライパンを手にじっくりと椎茸を焼き始めました。「肉厚で、火を入れても水分が浮いてこないため水っぽくなりません。非常に良い椎茸ですね」と日々野菜と向き合うシェフらしいコメント。ちなみに山中氏が焼いた椎茸は、水口夫妻さえも驚かせた様子でした。

『みなくちファーム』の若き生産者。独学で失敗を重ねながら無農薬栽培に挑む。

少量多品目、伝統野菜からハーブまで幅広い野菜を育てる。

椎茸のホダ場を案内する水口氏。ここでも自然本来の力を生かした栽培を目指す。

豪雪地帯の高島市。この時期の大根は深い雪の下から掘り出す。

急遽キッチンに立った山中氏。プロの技は生産者をも驚かせた。

バイヤー山本氏は食材自体の質に加え、保存性や輸送方法まで吟味する。

ローカルファインフードフェア滋賀明治創業の老舗で学ぶ、滋賀県が誇るブランド和牛。

日も暮れかけたこの日の最後の目的地は、近江牛の『大吉商店』。明治29年の創業から近江牛一筋にこだわってきた老舗です。
近江牛はおよそ400年の歴史を誇る滋賀県を代表する名産品。案内してもらった牛舎では、丹精込めて育てられた牛たちが暮らしていました。とくにシェフたちの興味を惹いたのは飼料の藁の話。「餌に混ぜる藁は近隣の米農家にもらい、代わりに堆肥を譲ります。つまり地域内で循環しているんです」という方式は、地域と世界の未来につながる話。
日本各地の素晴らしい食材を探求する湯浅氏は「ただおいしいだけではなく、背景にストーリーがある食材であることが大切。この近江牛にはそれがあります」と話しました。

もちろん物語だけではなく、重要なのは味。そのおいしさを確かめるべく、この日の夕食は『大吉商店』が手掛ける『農家レストランだいきち』を訪れました。豪勢な近江牛焼き肉に舌鼓を打つ一行ですが、これも視察の一環。おいしく味わいつつも部位や卸値の鋭い質問も飛び出します。「霜降りですがくどくなく、肉の旨みが感じられます」という湯浅氏に、「脂に嫌味がなく、食後感が良いですね」と川副氏も同意していました。

こうして魚、野菜、肉をめぐった滋賀県食材視察の1日目。食事中は調理法や食材選びの意見も交わされ、少しずつシェフたちの頭の中でフェアに向けての構想が固まりつつあるようでした。

『大吉商店』の牛舎にて。シェフたちの興味は背景に潜むストーリーに向かう。

見事なサシが入る近江牛。融点が低く、ベタつかないのが上質な脂の証。

シンプルな焼き肉が、部位の個性を端的に伝えてくれる。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)