予測不能な時代に立ち向かう、「食」の未来を拓くプロデューサーに求められる「学び」とは。 [FOOD CURATION ACADEMY]

フードキュレーター・宮内隼人(左)とワインソムリエの大越基裕氏(右)。得意とする領域は違えど、幅広い食への探究心と知識を活かし活躍するふたりが、「学び」をテーマに語り合う。 

特別インタビューなぜいま「学び」が必要か。新たな視点で「食」を見つめ直すために。

2020年12月、『ONESTORY』は新しい学びの場をスタートしました。

その名も、『FOOD CURATION ACADEMY(フードキュレーションアカデミー)』。

この10年で私たちが暮らす世界は大きく変わりました。特に、この1年で勢いはますます加速。「食」を取り巻く世界もまた、環境問題や食糧危機といった地球規模の問題から、フードテックの進化、そして新型コロナウイルスがもたらすさまざまな制約まで、従来の常識をアップデートしていかなければ対応できないような大きな変化の中にあります。広く柔軟な視野で、今までとは違ったアプローチで「食」を捉えなおす発想力が必要です。

『FOOD CURATION ACADEMY』は、これからの時代に求められる「食」領域を横断的にプロデュースする力を「フードキュレーション」という概念で捉え、この概念を様々な方と共有し、深め合い、高めていくための場です。

コロナ禍のため、まずはトライアルとしてオンライン動画配信で4つの講座を開講。世界を舞台に最先端のクリエイションを実践するトップシェフと、アカデミックな分野の専門家による対談という『ONESTORY』ならではのペアリングで、「食」分野の旬のトピックを深掘りしていきます。

『FOOD CURATION ACADEMY』講座をより有意義に楽しんでいただくために、『ONESTORY』のフードキュレーター・宮内隼人と、日本を代表するソムリエ・ワインディレクターとして多岐に活躍する大越基裕氏へのインタビューを行いました。

「食」業界で横断的に活動をする二人は、日々どのように自らをブラッシュアップしているのか。『FOOD CURATION ACADEMY』では何を学べるのか、そして「食」の未来を切り拓くために必要な「学び」とは何なのか。 

「食」のプロフェッショナルが実践する「学び」について迫ります。

料理人を経てフードキュレーターへ転身した宮内。料理人として培ったセンス、豊富な食材知識、日本各地を巡り様々な生産地で深めてきた経験をもとに、次々と新たなクリエイションを仕掛ける。 

特別インタビュー体系化できない「食」の学び。だからこそ予測不能な出会いが必要。

宮内は、テーマの選定や登壇者の人選など『FOOD CURATION ACADEMY』講座の立ち上げから中心メンバーとして携わってきた一人。

今回のオンライン講座のテーマである「ウェルネスフード」「ローカルガストロノミー/地質学」「香り」は、今まさに宮内自身が深掘りしたいトピックスでもありました。

「食を体系化することって本質的には無理だと思っています。理系にも文系にもあらゆる学問が食と関係しているし、領域をはみ出せばビジネス論やマーケティングにも広がっていく。カリキュラムを一つ一つこなしていくというよりは、新しいことを知っていくところにフードキュレーションの学びがあると考えています」と宮内。

「食」に求められる領域が急速に拡張されているからこそ、フードキュレーターに必要となるのは、貪欲に新しいことを学びつづけること、知りたいと思う好奇心であるとも言えます。

「「地質学」は、これまで一切触れたことがない人も多い分野じゃないかなと思っていて、だからこそ、そんな未知な分野とガストロノミーを掛け合わせて語れる先生がいると知ったとき、「これは面白い!」と興奮しました。ローカルガストロノミーの最前線で戦うシェフの実践的な話を、先生のアカデミックな話で裏付けできたらめちゃくちゃ勉強になるなと確信しました」

『FOOD CURATION ACADEMY』が一番こだわったのは人選。とにかく何ヶ月もかけて『ONESTORY』でなければできない登壇者の組み合わせが徹底的に検討されました。本を読めばわかる学びではない、ある種どうなるのか予測不能な、知と知の掛け合わせこそが『FOOD CURATION ACADEMY』講座の最大の特徴です。

「今回の4つのテーマはあくまで抜粋であって、もちろん全てではありません。幸いにも動画を見てくださった方には、こういうことも「食」と関係があるんだっていう興味関心を持っていただいて、次のアクションにつなげていっていただけたらと思います。普段のルーティンの中にはない出会いや気づきがあるはずです」

『DINING OUT』で、宮内は食材のリサーチを担当。開催の半年前から現地に足を運び、生産者との深いつながりを築きながら、何百という食材を見つけ出していく。 

特別インタビューあらゆる「学び」は食につながる。フードキュレーター・宮内隼人の「学び」の原点。

「料理人だった時は勉強をしたいという気持ちは強くあっても、やり方もわからないし時間もお金もない。当時はSNSもありませんでしたから、新しいことを知ることのハードルがすごく高かった。料理を本から学びたいと思って本屋に行っても、料理のコーナーにはレシピ本ばかり。料理とは全然別の本棚で偶然見つけた「食品学」の本に、こんな世界があるんだという発見が詰まっていました」

学びたいという意欲があっても、知らないと広がらない世界がある。本棚での新しい知識との出会いの衝撃が、宮内の「学び」への意欲をますます高めていきます。さらに転機となったのが、『DININGOUT』への参加でした。

「レストランの外に出て、視点の高さを上げたところに設定して俯瞰すると、ものすごく世界が広がった」と宮内。世界が広がると、自然と学ぶべきことも明確になっていく。その後、『ONESTORY』に入社しフードキュレーターとして活動するようになると、地方ではヒヤヒヤするほど刺激的な野菜や面白い生産者の方に出会い、「学び」の幅は縦横無尽に広がっていきます。

本から得る学びだけでなく、現場で知る学び。オタクになるための勉強ではなくて、血肉にしていくための学び。

「フードキュレーターは、専門家でも研究者でもなくて、何かと何かを掛け合わせて新しい価値を作っていくプロフェッショナル。知っていることが多いほど、いろいろアプローチが考えられるだろうし、スピード感も違います。終わりがないからこそ、まずは自分の興味があるところから広げて補完していくのがいいのかなと思います」

では、宮内自身は今どのようなことに興味を持っているのか。聞いてみれば、「今はUXデザインのことを勉強していて、簡単なCADを作ってみたり、ブランディングについて深掘りしたり、海外のレシピ本からナチュラルなベーコンの作り方を学んだり、この本も面白かったですね……」と止まらない。その時々のプロジェクトに応じて、あらゆる方向に「学び」を自在に拡張させていくことはなんだかとても面白そう。

「以前『茶禅華』の川田シェフにお会いしたときに、孔子の兵法についての分厚い本を読んでいらして、探究心の深さに衝撃を受けました。最近も「今年は茶道と蕎麦について学びたい」と仰っていて、とにかく一番時間がないはずのトップシェフたちが一番勉強をしている姿を日々、目の当たりにしています」

新しく知ることが新しいクリエイションへとつながっていく面白さを実感するからこそ、「学び」への意欲は尽きることがないのだろう。

宮内にとって、日本各地で出会う食材生産者との対話は何よりの楽しみであり最大の学び。 

現場には、市場に流通する野菜からは想像もつかないような世界が広がっている。 

特別インタビュー能力をアウトソースしあい新たな価値を作っていく。フードキュレーターが創る「食」の未来図

学び続けているプロフェッショナルといえばもう一人、宮内が気になっている人がいました。
ソムリエ、ワインディレクターとしてさまざまなプロジェクトに携わり、自身でも2つのお店を経営されている大越基裕氏。

大越氏は『FOOD CURATION ACADEMY』講座をどのように見たのか。

「僕が目指してやってきたこと、今ちょうど興味を持っていることの延長線上にあって、そのことがすごくうれしくて共感することも多かったですね。食の業界を「飲」と「食」に分けて考えたとき、「食」の世界は僕らのいる「飲」の世界よりも進んでいるなと改めて感じました。講座 #1での君島さんの提案も素晴らしかった。「食」に対して世の中から必要とされていることが、レストランの中だけで完結することではなくなってきている以上、そこまで考えるのが当然だよねって。でも「飲」はまだそこに追いついていない感じがしています。この10年、僕がかなり力を入れてペアリングをやってきたのも、そういう思いがあったから。シェフとレストランが、社会にまで思いを馳せて表現をしているのに、僕らがワイン選びで流れを断ち切ってしまったら意味がない。味と味のペアリングももちろん重要だけど、バックグラウンドにある思いを結んでいくためのセンスを磨いていかないといけないと改めて強く感じました」

「飲」と「食」をつなぐ新たな価値の提案をしてきた大越氏の活動はフードキュレーターそのもの。フードキュレーターとしての自身の実践と重ね合わせて、他にもこんな気づきがあったと言います。

「シェフだけでなく、講座 #1に登壇されていた菊池さんのお仕事もすごく面白かった。間を取り持って価値をつくっていくまさにフードキュレーションの仕事。さまざまな分野にフードキュレーションの能力を持つ人間がたくさんいて、互いの強み同士をアウトソースしあえるということにすごく未来を感じました。今までのプロフェッショナルは自分の分野のことだけに特化していて、他の分野のことは考えてもいなかった。でもフードキュレーターは違う。フードキュレーターという職業が将来的にもっと広がって、プロジェクトごとにチームを再編成していけば、食業界にもいろいろな可能性が出てくるだろうなと感じました」

日本を代表するトップソムリエの大越氏。自身が経営する『Andi』『An Com』ではそれぞれモダンベトナミーズとワイン、日本酒とのペアリングを提案している。 

特別インタビューワインディレクター・大越基裕が考える、これからの「学び」


レストランを飛び出し、かつて誰も歩んでこなかった新しい道を切り拓いていった大越氏。ターニングポイントは何だったのでしょうか。

「二十歳になるまで海外に行ったことがなかったのですが、二十歳のときに初めてフランスに行って、こんなにも得るものが大きいのかと衝撃を受けました」と大越氏。帰国後しばらくして再びフランスへ留学に。

「1回目よりも2回目に行った時の方が圧倒的に得るものが大きかったです。それは、何を得るために行くのか自分で明確に理解していて、計画を立てていたから。いま世界が変わってきている中で、僕らに求められることも変わってきています。情報も圧倒的に得やすくなっている分、ただ海外にいけば良かったという時代ではもうなくて、だから何ができるのか?ということが求められる時代。言ってしまえば、海外に行かなくともできることはたくさんありますし、学び方も変わってきている」

漫然と「学ぶ」のではなく、何かを得たいという自覚を持って「学ぶ」ことの大切さ。また、情報が簡単に手に入るようになったことで「人とのつながり」が希薄になっているとも大越氏は指摘します。

「どんなビジネスも信頼があってのこと、人と人のつながりが根本にあります。でもデジタルが進んで、コロナになって、その大切な部分が希薄になってきている気がします。そこをもう一度見直す必要がある。僕らのお店でもファンがファンを作ってくれている。ファンベースを作りましょうということを常々スタッフにも話しています」

「人を思う」ことは、決してサービスに対してだけ言えることではない。それぞれの立場から、生産者に思いを馳せ、シェフの思いを汲み取り、現場の声を知る。人と人、知と知をつなげていくフードキュレーションには、相手のことを考え、想像力を働かせることが不可欠。

「ワインのことばかり勉強していてはフードキュレーターにはなれない。シェフがどんな思いで料理を考えているのか、食材を選んでいるのか、生産者はどうか。そのマインドまで想像力を働かせること、相手のことを考えることができて初めてキュレーションが成り立つ」と大越氏。

「僕はワインを輸入しているわけでも、作っているわけでもないし、葡萄を作れるわけでもありません。僕ができることは、そこをつないで行って、最後にちゃんと「食」の喜びにつなげていくことだけ。責任と誇りを持って、クオリティを高いものに完成させていくことが僕らの責務です。その落とし込みをするのがフードキュレーターの仕事の一つだと、講座を見てさらに感じました」

血肉となる「学び」は机上では完結しない。世界に目を向け、人に触れ、未知と出会い、思いを巡らせる中に、いくつもの種が散らばっているはず。『FOOD CURATION ACADEMY』講座もそのとっかかりの一つ。
世界を見るシェフたちが今何を思うのか、その言葉に耳を傾けることからはじまる「学び」があります。

世界各地で、さまざまな生産現場、生産者と出会ってきた大越氏。自然と共存することが求められる生産者の姿に、これまでたくさんの影響を受けてきた。 

「僕らのやっている仕事の基本は人と人。人とのつながりをもっと大切にしないといけない」と大越氏。 

1976年、北海道生まれ。ワインテイスター / ソムリエ International A.S.I Sommelier Diploma WSET Sake Level3 & Educator 『銀座レカン』シェフソムリエを経て、2013年6月にワインテイスターとして独立。世界各国のワイナリーやレストラン、蔵元を周りながら、最新情報をもとにコンサルタント、講師や執筆、IWCなど国際品評会の審査員などもこなす。ロジカルなペアリング技術にも定評があり、ワインだけではなく、日本酒や焼酎を和食以外のレストランで提案したパイオニアの一人である。自身でも外苑前『An Di』、広尾『An Com』を経営し、最先端なアジア料理と共に世界中の様々なスタイルのワインと国酒を提供している。地元北海道では農業にも携わっており、幅広い分野で活躍している。

1977年東京都生まれ。18歳から料理の道に入り「ラ・ビュット・ボワゼ」「ダズル」を経て2010年、大阪の三ツ星レストラン「HAJIME」に入る。5年半の経験を積み2013年に徳島県祖谷で開催されたプレミアムな野外レストラン「DINING OUT IYA」に参加。生鮮食材の物流に関する知識習得のため大阪の特殊青果卸「野木屋」を経て、2016年より現職。現在「DINNG OUT」では、開催地域の食材(生産者)の魅力を言語化し、トップシェフの思考、哲学に合わせて伝える翻訳者として活動。また、ラグジュアリーブランドとコラボレーションした食品開発、ブランディングまで「食」領域のプロデューサーとして活動の幅を広げている。

Text:AYANO URATANI