全てを失った酒職人の人生に密着。松本日出彦、もう一度立ち上がる。

松本日出彦原動力は心。酒造りは生きること。

2020年12月31日。

自身の蔵である『松本酒造』を父親と共に去ることになった松本日出彦氏。

予告ない報告となってしまったその急転直下に周囲はもちろん、一番現実を受け入れられなかったのは松本氏本人だったと思います。

「冬に酒造りの現場を離れることは、酒造りに携わってから初めてのこと。まるで悪い夢を見ているようだった」。

しかし、残念ながらその夢から覚めることはありませんでした。

以来、内に篭ってしまい、心を閉ざしてしまった松本氏ですが、家族や仲間の支えもあり、もう一度立ち上がる決意を魅せます。

「スパンと断ち切った。自分の意志で、もう一度酒造りをしたい」。

『松本酒造』も『澤屋まつもと』も『守破離』も、全てを失った松本氏には何もありません。

「失ったからこそ、得るものがあった。気づけたことがあった。ただの不幸に終わらせるわけにはいかない。この出来事をどう捉えるかは自分次第」。

その原動力は、どこから湧き上がるのか。

「心」です。

場所や環境を奪われたとしても、心までを奪うことはできません。

「何もかもなくなった時、心の中に何が芽生えるのか向き合うことができた。自分は何がしたいのか。自分は何者なのか」。

絞り出されたその答えは、自分は酒造りがしたい。自分は酒職人として生きたいということでした。

もう恐れない。怖いものは何もない。あとは這い上がるだけ。

「その一歩は、踏み出した」。

松本日出彦が奮起する人生に密着します。

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2009年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層に人気を高める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photograph & Text:YUICHI KURAMOCHI