島にたどり着いたからこそ出会える景色を求めて。「東京さんぽ島」を歩く。[東京さんぽ島・利島]

阿豆佐和気命(あずさわけのみこと)本宮の宮司・梅田成彦さんとともに集落内を歩く。急な下り坂の向こうには海が広がっていた。

東京さんぽ島・利島歩くスピードだからこそ見えてくるもの。心奪われる風景を目に焼き付ける。

東京の離島・伊豆大島の次に位置する利島(としま)は、人口300人あまりの小さな島。しかし、そんな小さな島には島じゅうを覆い尽くすように、約20万本もの椿の木が植わっているといいます。椿の見どころは12月中旬〜2月いっぱいまで。冬に咲く満開の椿の花を求めて、東京・竹芝桟橋から大型客船で約9時間、夜出て朝着く夜行便に乗り込み、利島へと向かいました。「今年の椿は見事」と島の人々が口をそろえるほど、島のいたるところで目にする椿の花はすでに満開を迎えていました。

「椿の花が咲く時期は、海も荒れ、船が着かないことが多くなります。“近くて遠い島”とよくいわれますが、なかなかたどり着けないからこそ、島に上陸できた時は喜びもひとしお。外から島を見ても、椿が咲いているかどうかはわかりませんが、島に着いて島をめぐってみると、こんなにも椿に覆われていたのだと気づくはずです」と利島村役場の荻野 了さん。

なかなかたどり着けない小さな島ゆえ、民宿や飲食店も限られ、決して観光向けの島ではありませんが、何もないからこそ、自分から“何かを見つけにいく”ことで、新たな発見や、自分だけの風景を見つけることができるはずです。たとえば、自然のかたちに合わせた曲がりくねった道。集落内は細い路地が多く迷路のようで、「この先には一体何があるんだろう?」と歩みを進めたくなります。島の中央にそびえる宮塚山のふもとに家が集中しているため、集落内は坂だらけ。だからこそ、どこから見ても海や山が見え、景色の抜けの良さに驚かされます。

「小さな島を歩くだけで、どこもかしこも椿に出会えます。各家の庭にも椿がありますし、島のどこを歩いても椿が目に入ってきます。伊豆諸島の中でも、そんな島は利島ぐらいでしょう。椿と生活が密接につながっているのを感じてもらえると思います」(荻野さん)

利島めぐりの醍醐味。それは島を歩いて回ること。小さい島じゅうに咲く椿の花の存在と箱庭のような島の景観は、歩いているからこそ楽しめる風景です。ピンク色した椿の花に誘われ、気の向くまま、風に吹かれるまま、小さな島を歩いてみてください。

利島のいたるところで目に飛び込んでくるピンク色のヤブツバキの花。落ちた花が広がる様は、花の絨毯のよう。

2020年に新しくなった大型客船「さるびあ丸」。突き出た桟橋に着岸するのは至難の技で、冬は風が強く吹くため、島へたどり着くことができるかどうかは海況次第。

可憐な花をつけるヤブツバキは、もともと島に自生していたものを種から育てて植林。今の森は約100年かけてできあがったもの。

島を歩いてみると、何気ない風景に心奪われ、ふと足を止めてしまう。

東京さんぽ島・利島冬しか見られない、ピンクの椿の花がお出迎え。

島で手に入れた「東京さんぽ島」のマップには、「椿コース」「神社コース」「ビューコース」など、おすすめのルートが記載されていました。このルートは島の人たちが作ったもの。そのひとりである、利島勤労福祉会館の長谷川竜介さんはビューコースのガイドを担当。「集落内を回るコースになります。利島の人は、普段いつもこんな景色を見ながら暮らしているんだ、ということがわかっていただけると思います」(長谷川さん)

「椿ルート」は、椿農家の前田千恵子さんと一緒にめぐりました。島のどこにいても存在感を感じる宮塚山に向かってぐんぐんと坂を登っていきます。堂山神社の脇にある遊歩道を歩いていると、時折、木々の間から光が差し込み、聞こえるのは、鳥のさえずる声と風にざわめく葉擦れの音だけ。光、風、音を全身で受け止めながら「五感で感じてみて」と前田さん。島の人にとっては見慣れた当たり前の風景でも、外から来た私たちには、何もかもが新鮮に映るのです。

もともとは防風林として植えられていた椿。江戸時代、島ではお米が育てられない代わりに、椿油を年貢として納めていました。秋頃、実をつけ、それを油にし、灯りや食用油、髪や肌などにつけたりと、暮らしの中で活用してきました。今も変わらず、利島では椿油を生産しており、その量は日本一、二を誇ります。

「利島の人々は、椿とともに生き、椿とともに暮らしてきました。利島の椿の特徴は生産者と土地、畑が紐づいていること。その強みを生かしてオーガニック認証も取得しました。夏は下草刈り、秋から冬にかけては椿の実拾いと、島の方は一年中、畑にいます。椿の畑は、農家さんが代々大切にしている場所なのでなかなか入ることはできませんが、作業されている農家さんがいたらあいさつしてみてください。畑をのぞかせてもらえるかもしれませんよ」と、東京島しょ農業共同組合 利島店で働く加藤大樹さん。

初冬から咲き始め、初春まで長く楽しめるのも椿の良さ。ウグイス、メジロ、ヒヨドリなどの小型の鳥が花をついばみ、花粉を運んでくれます。木の上を注意深く見てみると、黄色い花粉を口ばしにつけた小鳥を目にすることができるでしょう。

「等間隔に植林され、椿の実を拾いやすいようにと下草を刈って丁寧に手入れされている椿の畑は、畑というよりも庭園に近い。しかもそれが島の一部ではなく、島全体にある。世界中探してもこんな場所はないそうです。人間の手が入っているからこそ美しい椿畑をぜひ見ていただきたいですね」(長谷川さん)

太陽の光が椿の葉に当たり、濃い緑から銀色にキラキラと輝いた時、あまりの美しさに思わず足を止めました。ピンクの椿の花が咲き誇る姿ももちろん美しいですが、そんなふとした瞬間を目にした時、自分だけの風景のようで、目に焼き付けたくなるのです。

長谷川さんによれば、大正時代に椿の値段がぐんと上がったそうで、それを受けて国が椿の植林を推奨し、椿畑がどんどん増えていったのだとか。

中にたっぷりと油を含んだ椿の実。ぷっくりとふくらんで、はじけて下に落ちた椿の実を、一つひとつ丁寧に拾っていく。

農家さんから持ち込まれた椿の実を搾油して瓶詰め。原料の採取から製造まで、すべてが島内で一貫して行われる。

雨上がり、椿の花が落ちている風景さえも、美しかった。

枯葉や下草、小枝などを集めて燃やすのも冬の風物詩。いたるところで山から煙が上がる。

東京さんぽ島・利島島の風景に残る様々な痕跡が、島の歴史を知るきっかけに。

見どころがまとまり、島を体感できるビューコースは、宿などが多く集まる集落の中心部からすぐに回ることができます。集落内でところどころ目にするのが、形のそろった美しい玉石の石垣です。その昔、利島に上陸した人は、椿畑と玉石の敷きつめられた集落内の様子が印象的だったという話も残っているのだとか。

「昔は、村の人たちが毎朝ひとつずつ玉石を持って浜から上がってきたそうです。子供も老人も関係なく、最低でもひとつ。持ってくるとお駄賃がもらえたそうですが、かなりの重さなので、大変だったろうと思います。そうした労力によって積み上がったものがこの石垣です。昭和初期までは輓牛もいませんでしたから、動力はすべて人間だったんです」(長谷川さん)

その後、車が走るようになり、玉石が敷きつめられていた道はコンクリートで舗装されてしまいました。しかし、注意して見ていると、堂山神社の参道など、集落の所々に玉石が残っている場所を見つけることができるはずです。

また、集落内で各家庭の庭にあるコンクリートの箱状のものは「タメ」と呼ばれる、雨水を貯める場所でした。昭和39年、利島に水道が通るまで、生活用水は雨水だけでした。

「このタメをよく見てみると、番号が記載されているんですよ。郵便局の向かいにある〈まるみ〉というお店の近くにあるので見つけてみてください。あとは、屋根が広いのも利島ならではだと思います。屋根から雨樋を伝って雨水が入るので、雨を受けるために屋根が広いんです。雨樋がどんなふうにタメにつながっているかを見るのもおもしろいですよ」(長谷川さん)

少しずつ暮らしは便利になり、島の景色は変わっても、その痕跡はいたるところに。日常の中に潜む歴史に思いを馳せる。

集落の北側、坂の上にある堂山神社。参道には玉石が敷きつめられており、昔の名残を感じることができる。

玉石の石垣。荒波にもまれ丸くなった石を一つひとつ積み上げたもの。苔むして自然の一部となっていた。

集落の屋根を見てみると、たしかに広く傾斜がゆるいのがわかる。雨水を受けやすいようにという島ならではの知恵。

東京さんぽ島・利島いい景色を見つけたら、それは自分だけのものになる。

「利島は自然の傾斜を生かして作られた道が多いので、くねくねと曲がっていて、まっすぐな道がないんです。細い道も多いので、この先はどうなっているんだろうと思う場面が多々ある。先を見通せない分、少し寄り道したり、道草を食っても、小さい島なので迷うことはないので、おもしろそうだなと思う方向へ誘われてみてほしいですね。コースにこだわる必要はなくて、見たいところ、知りたいところを自由に回ってみてください」(長谷川さん)

この道はどこにつながっているのか、どういう景色が待っているのか、好奇心の赴くままに、あてもなく歩いてみると、いろいろ発見があるはずです。回った後、あるいは前に郷土資料館へ行ったり、島の人に話を聞いたりするのもいいでしょう。島の歴史や風習、暮らしを知ったうえで、もう一度島を回ってみると、さっきまでは気づかなかった景色や今まで見えなかったものが見えてくるはず。そして、もう一度、島を回りたくなるのです。

「せっかく島に来ていただいたなら、より深く知ってもらいたいんです。知っているか知っていないかで見える景色が変わってくるんですよね。島の歴史や椿油を身近に感じてもらえたら」と加藤さん。決められたコースから外れたところにある発見、気づきは、あなただけのもの。その思い出は、自分で見つけた喜びとともに記憶に深く刻まれるでしょう。

「ビューコースと設定していますが、利島はどこでもビューがいいのが自慢です。集落があって、椿があって、その奥には海があって、さらにその先には伊豆半島や富士山が見えて、と立体的な景色が楽しめるのは利島の急坂だからこそ。学校の上にある道からの景色もすごくいいんですよ。学校の芝生、校舎の向こう側には海、どこまでも広がる空が見渡せます。平らな島では見えない景色です」(荻野さん)

のんびり、気の向くままに歩くことこそ、散歩の醍醐味。集落を回るだけでも十分楽しめるのが利島の良さ。自分のペースで自由に気ままに島を歩く。いい景色を見つけたら、それは自分だけのものになる。その風景を誰かに教えたくなって、そしてまた訪れたくなる。そんな場所が、東京から行ける離島・利島にありました。

郷土資料館にある椿の木でできた愛らしい入れ物。貴重な映像や展示品など、島の歴史や風習を知ることができる。

朝、散歩していると、港の近くにある漁協で、伊勢海老を出荷するところに遭遇。大きくて立派な伊勢海老は利島の特産品。

港から島を見上げる。中央にはなだらかで美しい形の宮塚山。そのふともには集落。島の周囲は約8kmと3時間あれば回れる大きさ。

島に移住したという隅愛子さん家族と。誰かとすれ違うと、島の人は必ず会釈したり挨拶するのも島ならではの風景。後ろには大島がくっきり。

https://ja-toshima.jp/sanpojima

Photographs:TETSUYA ITO
Text:KAYO YABUSHITA

(supported by 東京さんぽ島 利島)