忘却された時間の愛おしさ。心の豊かさは、不要不急なことから生まれる。[GEN GEN AN幻/東京都中央区]

「新型コロナウイルスによって、生き方の姿勢やデザインと向き合う精神がより研ぎ澄まされた。今できる最上を行い、誰かのためにものを作り、社会に貢献したい」と猿山 修氏。 

猿山 修 インタビュー世界中が不安な中、ゆっくりと、落ち着いて、心身を整える。 

2020年12月、突如、『銀座ソニーパークに誕生した『GEN GEN AN幻 in 銀座。 
ミニマルなカウンターがメインの背景には、整然と並ぶ桐箱が静かに鎮座します。 
そのデザインを手がけるのは、猿山 修氏です。 

猿山氏と『GEN GEN AN』を主宰する丸若裕俊氏が出会ったのは約7年前。『GEN GEN AN』の前身『丸若屋』からの付き合いになります。 
ものづくりの関係性はもちろん、ふたりは不思議なご縁で結ばれています。 
「元々、元麻布に『さる山』という古道具や古陶磁、作家が手がけた陶磁器などを扱う店舗兼ギャラリーを運営していました。2019年に閉めてしまったのですが、その後、丸若さんの事務所に(笑)。自分は場所を持たなくなったため、東京を離れようと思っていたのですが、ご縁あって今は浅草の千束に拠点を構えています。その話を丸若さんにしたら、丸若さんまで千束に拠点を移されて(笑)。不思議なお付き合いです」と猿山氏。 
猿山氏と丸若氏が構える互いの拠点は、徒歩にして数十秒圏内。仕事のパートナーであり、ご近所でもあります。 

今回、そんなふたりが関わる香炉『Kouro #1を発表。 
「今こそ、忘れ去られてしまった感覚を取り戻したい」と猿山氏。 
不要不急と言われる中、幸せはどうやって生まれるのか? 心を豊かにするにはどうしたら良いのか? 本当の価値とは何か?  

『Kouro #1』は、丸若裕俊氏とミュージシャンの山口一郎氏がディレクターを務める『MABOROSHI』による初プロダクト。香りも音も、見えない豊かさが人を幸福に誘う。

『GEN GEN AN幻 in 銀座』にも装飾展示されている桐箱。丁寧な仕事がなされたものは、周囲に凛とした時間も育む。 

猿山 修 インタビュー利己ではなく利他に。見立てから学ぶ、相手を想う気持ち、おもてなしの心。 

「新型コロナウイルスが感染拡大してから約1年経ちました。世界中を恐怖に陥れたそれは、当たり前だった日常を奪い、孤立した生活が余儀なくされました。混乱した世間に向けた報道は、より不安を助長させ、昨今では当然になったインターネットでの情報収集は、その量の多さに真実を見失うこともしばしば。どうすれば自分たちは安心できるのか? 一度、冷静になって考える時間を設けました」と猿山氏。 
考える時間……。その行為は、テクノロジーの進化の一端によって省かれてしまったのかもしれません。時短することが高度な技術とも見紛う発展は、日本人が大切にしてきた何かを失ってしまったのかもしれません。

「そんな時、“古”と向き合うことによって、様々を再認識することができたような気がします」と猿山氏。 
「茶屋として活動する『GEN GEN AN』が最も大切にすることは、時(とき)と間(ま)です。そこに介在する人、もの、ことが幾十にも味を育み、特別な時間を創造するからです。茶湯の世界で言う見立ては、相手を想う気持ちやおもてなしの心から生まれますが、今こそ、そんな精神が必要とされるのではないでしょうか」と丸若氏。 
「こんな時代になってしまったからこそ、利己ではなく利他に。支え合う心が必要だと思います。今はまだ、自宅で過ごす日々が続いているため、お茶を飲んで気持ちがホッとするように、お茶の香りで落ち着いた時間を感じて頂ければと思い、『Kouro #01』を作りました」とふたりは話します。 
香る茶葉や小さくくゆる炎は、しばしの間、心身を整え、「無」にさせてくれるでしょう。茶香炉のデザインは、実に猿山氏らしい美しさが漂いますが、見えない時間のデザインこそ、『Kouro #01』が持つ本来の美しさなのです。それは、まさに「幻」。 

「この茶香炉は、過度な演出は一切せず、伝統的な技法を用いています。直火になる皿は陶器、受けは磁器です。共に長崎県波佐見の職人が手がけ、受けの型は佐賀県有田の原型師・金子哲郎さんによるものです。実は、千束に拠点を構えるきっかけのひとつに、未だ残るものづくりの文化に惹かれました。そして、周囲は再開発が進む中、この一角だけは、古き良き街並みも残っている。正しい時間の流れを感じたのです。古い道具と付き合ってきた時間が長いせいか、そういった経年に魅力を感じます。自分は、美術などで評価が決まっているものや誰かのお墨付きと言われるものよりも、どうしてこれが世間に評価されないのだろう?というものに価値を見出してきました。時代が変われば用途も変わるため、それによって想像力が膨らむのは、まさに見立ての世界。そんなものと過ごす時間は、本当に愛おしいです」。そう話す猿山氏は、約200年前のグラスを手に持ち、言葉を続けます。 
「約200年前のものということは、世代を超えて様々な人が残そうという意志を持っていたからこそ、現代まで受け継がれています。経年変化によってヒビは入ってしまっていますが、それでも捨てずに大切に扱ってきたという過去が汲み取れます。技術の発達は、破れない、割れない、壊れない、汚れないなど、現状を維持できるものも増えていますが、人間と同じようにものが歳を取らないことは不自然。歳を取るからこそ美しさが増す。ものの命は人の命よりもはるかに長い。
道具で言えば使い道も限定するのではなく、持ち主によって楽しみ方も自由。今回の香炉も同様にエッセンシャルオイルを使用したり、家庭にある月日が経過してしまった茶葉で楽しむ事も人それぞれ。コロナ禍によって、デザインとの向き合い方や生き方が研ぎ澄まされたような気がします」と猿山氏。

今後、この茶香炉を体験する場や、合わせて二人が考える茶室型のGEN GEN AN幻プロダクトを『銀座ソニーパーク』と言う場所を起点に考えています。『GEN GEN AN』のお茶、『Kouro#01』の香り、その他、この空間だからこそできる見立ての準備を現在、進めています。 
「『GEN GEN AN幻 in 銀座』は、自分たちだけの場所ではないと思っています。様々な実験の場でありたいですし、誰かや何かをつなぐ場でありたい。こんな時代だからこそ、みんなが表現できるきっかけや発信できる機会を作っていきたい。そんな時間をみんなで過ごしたい」と丸若氏。 

古きを学び、新しきを得る。そんな温故知新を茶香炉は教えてくれるのかもしれません。 
 

「『Kouro #01』を通して、見立てという知恵から生まれる楽しみも体験していただければと思っています」と丸若氏。 

「これまでお茶の味覚に関わるプロダクトは手がけてきましたが、嗅覚に関わるプロダクトは初。デザインを精進し続けることによって、誰かを幸せにしたい。ものづくりや社会に貢献したい」と猿山氏。 

香りはもちろん、隙間から覗く炎もまた、心身を穏やかにさせる。お茶を嗜むように、香りも嗜みたい。 

猿山氏が見せてくれた約200年前のフランス製のグラス。「多くの人がこのグラスを残そうとする意志がなければ残らなかったはず。人の思いや当時の技術など、古いものの考察は、ものを作る人にとって必ず何か得ることがある」と猿山氏。 

今後、『銀座ソニーパーク』でも展開予定の茶室の設計図。「DIYで作ることができる茶室がテーマ」と猿山氏。

1966年生まれ。元麻布で古陶磁やテーブルウェアを扱う『さる山』や『ギュメレイアウトスタジオ』を主宰してきたデザイナー。食器のデザインを中心に、国内の手工業者から作家まで幅広い作り手と手を組み、機能美に長けた美しいプロダクトを創造する。グラフィック、空間、プロダクトなど、多岐にわたるデザインに携わり、『東屋』と一緒に多くのプロダクトを作っている。今回、発表する『Kouro #01』は、2020年より『GEN GEN AN幻』がスタートさせた『MABOROSHI』プロジェクトより展開。

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/
https://en-tea.com/

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI