食べることは生きること。今こそ、誰かのために自分たちは生きる。

左より『リヴィ』山田直良シェフ、『ディファランス』藤本義章シェフ、『アニエルドール』藤田晃成シェフ。3人は同世代。常日頃から料理について語り合ってきたライバルであり、親友。今回は、それに戦友という絆も生んだ。

Part.2/Chef Interviews

ひとりではできないことも、3人ならできる。おいしいを信じることができた。

2020年2月より、急遽、世界中を襲った新型コロナウイルス。感染拡大に比例して深刻化されるのは、医療現場の崩壊です。

何とかしなければいけない。自分たちに何ができるのか。

そんな想いから発足されたのが、『困ったときほど美味しいものを!』プロジェクトです。

発信元は、食の都・大阪。

名シェフたちが手がけるお弁当を医療従事者に無償で届けるその活動をオーガナイズするのは、『Office musubi』代表の鈴木祐子さんです。

2020年5月にプロジェクト立案後、『食創造都市 大阪推進機構』が事業主体となり、7月に本格始動。同機構が各飲食店より食事を買い取り、医療従事者の方々へおいしい食事を無償で届けるその活動は、今なお続いています。

参画するのは、星を獲得するレストランから予約の取れない名店、売り切れ必須の行列店まで、錚々たる面々。

agnel d’or(アニエルドール)』、『Difference(ディファランス)』、『RIVI(リヴィ)』、『communico(コムニコ)』、『柏屋』、『楽心』、『市松』、『一碗水(イーワンスイ)』、『酒中花 空心(シュチュウカ・クウシン)』、『餅匠 しづく』、『LE SUCRE-COEUR(ル・シュクレ・クール)』……。

中でも、初期より携わっているのは、『アニエルドール』藤田晃成シェフ、『ディファランス』藤本義章シェフ、『リヴィ』山田直良シェフの3名です。

同世代の彼らは、常日頃から結束は強く、今回の件も三枝教訓状、三本の矢の教えのごとく、口を揃えます。

「ひとりではできないことも、3人ならできる」。



鈴木さんのおかげで、自分たちは料理人として誇りを持つことができた。

今回、3人が『困ったときほど美味しいものを!』に参画するきかっけは、プロジェクトの立案者でもある『Office musubi』代表、鈴木祐子さんの呼びかけでした。

「鈴木さんに声をかけていただき、料理で医療従事者の方々を元気にさせることができるならば、むしろ、是非、参加させてください! そんな想いでした」と3人。

日本有数の繁華街・大阪は、新型コロナウイルスによって観光客は激減。追い討ちを抱えるように自粛や緊急事態宣言も発令され、飲食業界への補償問題は、救われる人と救われない人が二極化。未だその打開策は見えずとも、「料理人は料理を作りたい」、「料理で誰かを幸せにしたいの」です。

「自分が料理人になったきっかけは、人に喜んでもらうためでした。コロナ禍において、それができなくなってしまった。自分たちに何ができるのか、何をするべきなのか。未だ何が正しいのかその正解は分かりませんが、一番良くないことは何もしないこと。医療従事者の方々においしいお弁当で元気になってほしい。そんな気持ちで作らせていただきました」と山田シェフ。

「おいしいものを作ればお客様にいらしていただける。そう思っていました。しかし、そのおいしいものすら作ることができる日が来るなんて、考えたこともありませんでした。医療従事者の方々にお弁当を作らせていただける環境を与えられたのは本当にありがたく、レストランという環境以外でシェフが社会と関わるきかっけは、自分自身にとっても得ることが大きかったです」と藤田シェフ。

「改めて思ったのは、自分から料理を取ったら何も残らなかったんです。医療崩壊に関しては、ニュースや報道では目にしていましたが、あくまで想像の世界。入院すらしたこともない自分にとっては病院という場所もどこか遠く、今回のプロジェクトに携わるまでは、“わかったつもり”だったという“気付き”も得ました」と藤本シェフ。

藤本シェフの言う「気付き」。それは3人に共通する「気付き」でもあります。その「気付き」とは何か? 得られたきかっけは何だったのか?

「自分たちで作ったお弁当を直接、医療現場へお届けできたことでした」。

3人は、「手渡しできて本当に嬉しかった」、「喜んでいる人の顔を見ることができて、こちらが元気をいただいた」、「料理人で良かった」と、その時のことを振り返ります。

しかし、医療従事者という特定された職種や逼迫した労働環境、酷使された肉体や極限の精神状態の相手に供する料理とレストランで供する料理は、全く異なります。どうすれば「ゲスト」に「おいしい」と感じてもらえるのかではなく、どうすれば「医療従事者」に「おいしい」と感じてもらえるのか。

「まず、栄養をたくさん摂っていただきたいと思い、野菜を多めに取り入れたメニュー構成を考えました。あとは、いつ食べられるかわからないため、冷めてもおいしいもの。お弁当としておいしい料理は何か? 今、医療従事者の方々に必要な食事は何か? を考えました」と藤本シェフ。

「ある医療従事者が食事に関して投稿しているSNSを見たのですが、そこには、“疲れている時は塩分がほしい”、“硬い料理だと疲れてしまうので、柔らかい料理は嬉しい”、“味は濃いめだと今はおいしく感じる”などが綴られていました。やっぱり、自分たちが“おいしい”と思っている料理と今の医療従事者の方々が“おいしい”と感じる料理は違うんだとわかったんです」と山田シェフ。

「せっかくプロの料理人が作るので、普段では食べられないようなお弁当で元気になってもらいたいなと思いました。自分はフランス料理のシェフなので、創作性を加味し、例えば、黒オリーブを使った炊き込みご飯なども作りました。それを見て“わぁ!”って思ってもらえれば、その瞬間だけでも仕事を忘れ、心を癒していただければと。"新鮮な食材"を使うことも心がけました」と藤田シェフ。

前述の通り、自粛、緊急事態宣言、時短営業などによってレストランが厳しい状況であることは容易にしてわかります。そう考えるならば、藤田シェフの言う「新鮮な食材」の起用は一見難しいように感じますが、なぜ実現できるのか。それは生産者からの協力があるからです。

「『困ったときほど美味しいものを!』は、医療従事者へお弁当を届けるという目的から始まりましたが、その領域を超えて大きな輪が広がり始めていると実感しています。何も言わずとも、“是非、参加させてください!”と手をあげてくださるシェフ、“是非、使ってください!”と提供してくださる一次産業の皆さま。大阪の枠を超え、近県の方々にもお力添いをいただき、様々な連鎖が起きています」と鈴木さんは話します。

「レストランも一次産業の方々も、もっと言えば、そうでないほかの色々な業種の方々も、今、みんな辛い。大変だと思います。それでも誰かのために何かしたい。何かしなければいけない。その“誰か”は、今回に関して言えば医療従事者。間違いなく、日本のために身を粉にしてくれています。それに対して各々が“何か”を働く。そんな思いで必死に生きているんだと思います。それが『困ったときほど美味しいものを!』なのかもしれません」と4人。

「なのかもしれません」とあるのは、想像を超えて大きなものになり始めているから。

「困ったときほど」とあるも、みんな困っているはず。しかし、「もっと困っている人がいるから、その人のために」という精神によって、このプロジェクトは成り立っているのです。



料理人としての価値観は変わった。この難局から得るものはあったのか。

新型コロナウイルスによって、人と人とのコミュニケーションは遮断され、人類の日常は奪われてしまいました。そんな中、世界中に好転現象を見せているのは自然界です。

食材は、大地や海から生まれ、日々それと向き合う料理人は密接な絶対関係で結ばれています。

「本来であれば獲れるものが獲れなかったり。またその逆も然り。そういった収穫、漁獲状況を見ると自然に無理が生じていると思います。以前は、この食材と決めたもの一生懸命探して仕入れていましたが、今考えるとそれも無理があったのかもしれません。獲れないわけですから。それよりも、獲れるもので何ができるのか。獲れたものを無駄にしないようにできる料理は何か。そんな視点に変わりました」と藤田シェフ。

「発酵はまさにそれ。今獲れるものでどう長持ちするかを考える。先人たちの知恵ですよね」と山田シェフ。

季節の旬よりも今日の旬。自然の恵みは、人の都合ではコントロールできません。

「頭ではわかっているつもりでも、都会にいるとどこか麻痺してしまう。今回、レストランの営業ができなくなり、料理を作る環境まで失いかけてしまった。料理を作る感謝や生産者さんたちが送ってきてくれる食材への感謝。医療従事者の方々への感謝。様々な感謝によって価値観が変わったと思います。少しくらい歪な食材も無駄にしたくありませんから」と藤本シェフ。

『困ったときほど美味しいものを!』は、困ったときほど、発見をもたらす効果もあったのかもしれません。

「新型コロナウイルスによって、世界中の人が苦しい思いをしている。日本においては、これまで阪神大震災、東日本大震災などの強烈な天災を迎えたこともありました。その都度、考えるべき機会はありましたが、これまでと今回の大きな違いは、日本をはじめ、全世界で同時に難局を迎えたことにあると思います。我々は、同じ時代、同じ時間に、何か考えるきかっけになったのではないでしょうか。全員が当事者。何かを学び、次に生かさなければならない。そんなことも今回のプロジェクトで学ばせていたました」。3人は、じっくりと噛みしめるようにそう話します。

いつかの日常が戻った時、『アニエルドール』、『ディファランス』、『リヴィ』は、確実に深みを帯びたレストランになっているでしょう。

料理としての深み、シェフとしての深み、そして、人としての深み。

それは、困ったときに真摯に向き合った人のみ得られるギフト。

困ったときだからこそ得られたのかもしれません。

Photograohs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI