皆川 明 インタビュー不思議な時間の中、もの作りは進んでいった。
「このシーズンは、私たちにとって不思議な時間の中でものづくりが進んでいきました。今在る不安はどこまで続くのか、それはどのように晴れていくのか。その中で浮かぶ風景は雲の合間から、刺す光の景色や生き物が微かに、しかし途切れることのない繋がりを持つようなイメージでした。そして過去の様々な困難を乗り越えてきたこと、それが次の世界へと繋がる扉であることを信じる気持ちが湧いてきました。デザインは、マイナスの要因がある時こそ大切な拠り所になりたいと思います。このシーズンが皆さまの日々の暮らしの新しい喜びのひとかけらとなることを願いながら」。
この言葉は、『minä perhonen(ミナ ペルホネン)』が「2021 Spring/Summer Collection after rain」を発表した際に添えられたメッセージでデザイナーの皆川明氏が書いたものです。
その「不思議な時間」を指す主は、新型コロナウイルスによる様々な変化。
今なお、その渦中にありますが、この難局をただの難局だったという過去にしてはいけません。
「after rain」……、止まない雨はない。雨上がりの先には、一体どんな景色が待っているのか。
皆川氏と共に、考えていきたいと思います。
皆川 明 インタビューゼロイチだけではない。イチ以降も蓄積されるデザイン。
『ミナ ペルホネン』の特徴は、オリジナルの図案によるファブリックを作るところから服作りを進めることにあり、その表現はファッションの領域を超え、多岐にわたります。
インテリアでは、アルヴァ・アアルトやハンス J・ウェグナー、アルネ・ヤコブセンなどが手がける名作家具とのコラボレーションを発表。坂倉準三や柳宗理、剣持勇などで知られる『天童木工』やジョージ・ナカシマで知られる『桜製作所』では、椅子などのデザインを自ら手掛けます。そのほか、デンマークの『Kvadrat(クヴァドラ)』、スウェーデンの『KLIPPAN(クリッパン)』といったテキスタイルブランドやイタリアの陶磁器ブランド『GINORI 1735 (リジノ1735)』へのデザイン提供、テーブルウェアや雑貨のデザイン、新聞や雑誌の挿画の制作、更には、香川県豊島の一日一組の宿『UMITOTA(ウミトタ)』ではディレクションを担います。
その全てのデザインを可能にするのは、前述にある「ファブリックを作るところから服作りを進める」哲学にあると思います。つまり、ゼロからの創造です。しかし、それだけではないのが『ミナ ペルホネン』。
例えば、一般的なファッションブランドは、各年の春夏・秋冬の発表からシーズン後のセールという定常に対し、『ミナ ペルホネン』は同じデザインの服を何年も作り続けています。また、皆川氏が手掛けた『金沢21世紀美術館』のスタッフユニフォームにはパッチワークを採用。その理由に「穴が空いたり破れたりしても補修が目立たず、長く着ることができるデザインを考えました」と話します。ゼロイチから創造されたものは、イチ以降も蓄積を重ね、歳と共に生きていきます。いや、それ以上かもしれません。なぜなら、「ものは人の命よりも遥かに長く生き続けるから」です。
昨今、サスティナブルという言葉が市民権を得ましたが、皆川氏は、もっと以前より、その思考を持って『ミナ ペルホネン』をスタートしていたのです。
皆川 明 インタビュー天然資源には限りがある。地球の循環を理解し、100年先も「つづく」社会へ。
『ミナ ペルホネン』の前身となる『ミナ』を創設したのは1995年。「せめて100年つづくブランドに」という思いから始まったその歩みは、2020年に25周年を迎えました。2019年11月16日から2020年2月16日まで『東京都現代美術館』にて開催された『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』は、その集大成と言って良いでしょう。
その会期終了間際に世界を震撼させたのが新型コロナウイルスだったのです。「まさかこんなことになるなんて……」。今なお「つづく」誰もが予想しなかった難局と同年に周年を迎えた『ミナ ペルホネン』は、今後、どう「つづく」のか。
同展覧会にはこれまでの歩みも年表として描かれ、その最後は、創設から100年先の2095年という未来に向けられています。その項目には、「過ぎた100年を根としてこれからの100年を続けたい」というメッセージが綴られていました。
人類は、新型コロナウイルスから何かを学び、それを根にできるのか。そして、100年後には、どんな世界が続いているのか。
「ものを作るということは、それを伝えるということまでを含んでおり、その伝えるという方法が新型コロナウイルス後は大きく変化したと思います。それについては、新たな方法を考える喜びになっています。生活は、海外への渡航がなくなり、未知の土地や文化の体験ができないようにも感じていましたが、身近な人との新たな関係や日々の小さな要素からの気づきが増えたと思います。どんなに世界が変わってしまっても、大切なことは変わりません。デザインによって暮らしの喜びは生まれ、そこから更に生まれる記憶が人生に幸福感をもたらすと信じています」。
消費するものではなく、生産するもの。
作る先にある、直すことまで目を向ける。
ある意味、人類は地球を支配してしまったのかもしれません。いや、支配できたと勘違いしてしまったのかもしれません。
それに気づきを与えたのが、新型コロナウイルスだったのではないでしょうか。
これから人類は、どう生きるべきか。
「地球の変化に耳を傾け、人間の作ったサイクルを地球全体のサイクルと整合させていく必要があると思います。それには、肥大した欲の制御と本質的な幸福感への理解が必要されるのではないでしょうか」。
皆川 明 インタビュー全世界が同時に恐怖を知った。その真実を人類は生かさなければいけない。
新型コロナウイルスの特徴は数あれど、人類が迎えた難局の特徴はひとつ。それは、この問題が世界同時に発生したということです。日本のみ、アジアのみ、アメリカのみ、ヨーロッパのみなど、ある特定の国や地域で発生する件であれば、これまでもしかり、今後も可能性としてはありうると思います。しかし、全世界が同時に恐怖を知る難局は、これからの事例としても稀有なのではないでしょうか。
「全世界、同時に問題が発生したことを人類は未来に生かさなければいけないと思います。人類は地球をコントロールできるという認識を改め、経済性グローバリズムの次の世界を見つける機会と捉えるべきだと思います」。
地球環境は、ファッションとは切り離せない世界。コットンやリネン、ウールなど、原料となるほとんどは、自然から生まれます。
「多くの天然素材が使われるファッションは、その原料となる自然物を保護し、その環境を守りながら利用させていただかなければいけません。それは量だけではなく、生態系のバランスへの配慮も必要です。生産量は、許容される範囲に絞り、経済合理性による環境破壊をしてはいけません」。
人の活動停止により、自然は生命力が漲りました。澄んだ空気、透き通る海や運河、希少な生き物における繁殖率の増加など、世界各地で好転現象は見られています。皮肉なことに、新型コロナウイルスによって窮地に立たされているのは、人類のみ。
一方、コミュニケーションのためにテクノロジーの進化を加速させました。SNSやオンラインなどは、その好例ですが、同時に進化するスピードに使い手は追いつけず、モラルや道徳心も必要とされます。
「テクノロジーを正しく取り入れることにより、人と人をつなぎ、互いのプラスをつなぎ、より良い社会は創造できると思います。例えば、デザイナー、製造業、職人を適正にするシステムを世界的につなぐことができれば、人の特性をより生かし、テクノロジーが人を生かす社会も作れると思います」。
もちろん、そこには想いや心、愛は必要不可欠であり、いつの時代においても普遍的な価値は命から生まれます。
「デザインとは、作り手において作るという喜びを、使い手において使うという喜びを、同時に創造する行為だと思います。それが自分にとってのデザインです。コロナ禍において、日常は奪われてしまいましたが、一方で何気ない日常の有り難さを再考できました。何のために活動し続けるのか、表現し続けるのか、その先にあるものは何か……。色々、考えるきっかけにもなりました。自分は、喜びの循環と物質的循環の両輪を思考し、具体化することをデザインで表現したい。その先には、経済的価値から生きることの意味に向き合う未来があると信じているからです」。
https://www.mina-perhonen.jp