「このままでは地域から希望の光が消えてしまう。それはあってはならない」Zenagi/岡部統行

オーナーの岡部統行氏はホテル業界とは無縁の人だが、人の縁に導かれ『Zenagi』を開業。新型コロナウイルスによって苦しい状況が続くも、自らの理念である“100年後の日本を作る”ことに向け、前を向く。

旅の再開は、再会の旅へ。100年後の日本を作ることを考えれば、これも必要なステップなのかもしれない。

長野県木曽郡南木曽町(なぎそまち)。ほぼ岐阜との県境に位置し、人口はわずか4,000人あまり。奥深い山中にあるそこは、「日本で最も美しい村」連合にも認定されており、中山道妻籠宿(つまごじゅく)という江戸時代の風情を色濃く残す古い宿場町でもあります。

そんな日本人すら知る人が少ないこの町へ、実は感度の高い外国人が足繁く訪れていました。
しかし、新型コロナウイルスによって海外の行き来はなくなり、国内の移動においても困難に。自粛や緊急事態宣言によって、人と人のコミュニケーションは遮断され、日常は奪われてしまいました。

「何とか耐えている状況です」。そう切実に語るのは、『Zenagi』の岡部統行氏です。

2019年4月、突如誕生したそこは、世界基準とも言えるハイクラスなホテル。これは高価格という意味だけでなく、文化的な感度の高さを表します。

「オープン以降、世界中の旅行代理店や海外メディアにたくさん来ていただき 何とか“種播き”の1年目を越え、“収穫”の2年目へと向かおうとしている中、新型コロナウイルスの問題が起きました。お客様の7割が欧米からのインバウンドだったこともあり、言葉にできないほど大きな打撃を受けました。自分たちの力ではどうしようもない事態を前に、ただただ無力でした。しかし、そんな中でホテルを支えてくださったのは、日本人のお客様たちでした。今は、リピーターやファンの皆さまに応援をいただきながら、なんとか“耐えている”状況です」。

南木曽町田立(ただち)という、和紙の里でもある棚田の最上部に立つホテルの部屋数は、わずか3室。12名が宿泊人数の上限です。江戸時代後期から明治初期に建てられたという古民家を改装して開業したそこは、単なる古民家ではありません。材木取引などで大きな財を成した豪農が所有していた建物は、内部空間の梁を見るだけで、その贅を尽くした造りに圧倒されます。新設した開口部からは広大な自然を望み、空間には、木曽地方の木材やそれを使用した家具、漆器などの伝統工芸が配されます。上質と文化が交錯する時間は、ここだから体験できる特別。

「新型コロナウイルスの前から考えていた計画なのですが、ホテルを“1日1組限定のプライベート・リゾート”にすることにしました。もともと1組のお客様のために10名近いスタッフが力を合わせて、“最高の休日”を演出することに魅力を感じていました。ご家族やパートナー、友人たちとの“一生の思い出”をご提供差し上げることが我々の仕事だと思っています。先日もリピーターのご家族が来た際、“ここにだけは、新型コロナウイルスでも変わらない素敵な世界がある”と笑顔をいただいたことが心に残っています。また、お客様がホテルやレストランに来られない間にも“お客様とつながる方法”がないか思案する中、わたしたち自身のことを発信できる自社メディアを立ち上げる計画をしています。そこで地元の生産者さんの食材や職人さんの工芸作品などの販売もしていく予定です。いつもお世話になっている地域の方に、わたしたちにできることです」。

苦しい時こそ、自分たちは地域にどんな貢献ができるのか。それは、開業前より、町や人とのつながりを常に大切にしてきた岡部氏だからこそ思うことでもあります。それでも、歯止めなく押し寄せる様々な問題に不安を募らせます。

地域の皆さんが希望を失いかけていると思います。新型コロナウイルス前から地方の衰退はとても激しいものがありました。人口4,000人の消滅可能性都市で毎年50〜100人ずつ人口が減っていくのは、本当に恐ろしいことです。そこに、突然、今回の難局が降りかかり、町の唯一の希望だった観光業が壊滅的な被害を受けています。このままでは、地域から希望の光が消えてしまいそうで、不安でなりません」。

地域にもよりますが、自粛や緊急事態宣言は、人々の生活を大きく変えました。飲食業は時短営業を強いられ、保証や支援があるも、抱えている問題はそれぞれ異なり、一律で解決できない現状もあります。

「ホテルやレストランは、新型コロナウイルスによって一番被害を受けている業界と言われています。私自身、その通りだと実感をしています。しかし、こんな時だからこそ“ホテルやレストランにできること”もあると考えています。ホテルやレストランは、夢や価値観を皆さんと共有できる場所です。コロナ禍によってライフスタイルや価値観が大きく変化する時だからこそ、“新しい夢”、“新しい価値観”を皆さまと共有できる時なのだとも思います。我々の会社の理念は、“100年後の日本を作る”ことにあります。地方の衰退も人口減少もコロナの危機も乗り越え、どんな100年後の日本を夢見るのか? 自分たちが考えていることや日々取り組んでいることを、今後、少しずつでもお伝えしていきたいと思っています」。

100歳時代と謳われる昨今、100年後は近いか遠いか。しかし、ひとつわかることがあるとすれば、その未来のために今何ができるのかを真摯に向き合い、この難局をただの過去で終わらせてはいけないということではないでしょうか。様々な難局を先人たちが生き抜いてきたように。

「こういう時は、近くだけでなく遠くを見ることが大事だと思っています。例え、今は辛くても、100年後の日本を作ることを考えれば、これも必要なステップなのかもしれません。我々は、遠くを夢見て、今日も一歩一歩進んでいきます。一緒に乗り越えましょう! そして、皆様と再会できることを楽しみにしています」。

ライトアップされた『Zenagi』の全景。シルエットになっている山が伊勢山だ。インバウンドへの火付け役とされているのは、2016年にイギリスBBCで放送された『ジョアンナ・ラムレイが見た日本』という番組だった。

現代では到底採れないような材木の柱や梁が巡らされたロビー空間。天井には見飽きることのない静岡の竹細工職人による照明の「光と陰」。

元はお蚕場だった2階が客室に改装されている。眺めが一番良い「松」の間。

妻籠に迫る夕闇。妻籠の風景に欠かせない伊勢山が遠く霞む。『Zenagi』は、山の反対側に位置する17時にはほとんどの店が閉まってしまうが、そこから江戸の風情が湧き上がる。

住所:長野県木曽郡南木曽町田立222  MAP
https://zen-resorts.com/

Text:YUICHI KURAMOCHI