君島佐和子 × 菊池博文 インタビュー「フードキュレーション」は、食の未来に何をもたらすか。
「食」の総合プロデューサーを目指す、すべての人に向けて『ONESTORY』が提案する学びの場『FOOD CURATION ACADEMY』。
2020年末の開講以来、多くの方にご視聴いただいている本講座を、より深く楽しんでいただくための特別インタビュー。
2回目となる今回は、講座にも登壇いただいた料理通信社・編集主幹の君島佐和子さんと、全国でさまざまな「食」のプロデュースを行っている『H3 Food Design』代表の菊池博文氏にお話を伺いました。
長年にわたり「食」を取り巻く世界の動きを間近で見つめ、その最前線を伝え続けてきた君島さん。そして、国内外のトップシェフとローカルを結ぶなど、早くからフードキュレーションを実践されてきた菊池氏。おふたりはいま、「食」の未来をどのように見据えているのでしょうか。
地球環境、テクノロジー、価値観、あらゆることが急速な変化にさらされる中、これからの社会に対してフードキュレーションが貢献できることとはいったい何なのか。その可能性を探っていきます。
君島佐和子 × 菊池博文 インタビュー社会が期待する「食」の推進力。ビジョンを持った指南役が求められている。
『FOOD CURATION ACADEMY』講座 #1で、「食」に対する社会の目線の変化を的確な分析で提示した君島さん。
人口爆発や気候変動による食糧危機など、地球全体が直面する大きな社会課題に対して、その解決の推進力を「食」が担うことが期待されるようになってきた、と君島さんは言います。
「“推進力”というとかなりポジティブで、その中に“意図”とか“意思”とかが含まれてきますよね。でも、そもそも人間がものを食べるということ自体が、意図せずともさまざまなことに影響をしていく作用があります。意図とは関係なく、“食”がどういう作用を及ぼすのかというところまで意識を向けることがすごく重要」。
生産から消費まで、どこかの部分だけを切り取るのではなく、一連の流れとして人間の「食べる」という行為が及ぼす影響を把握すること。動植物の循環、地球規模での循環として「食」を考えることが大前提になっています。そんな複雑な社会状況の中で、人間が「食」とどう向き合うべきか、何をどう食べたらいいのか、どう生産したらいいのか。私たちの向かうべき未来へのビジョンを提示する指南役が求められています。
「”食”を俯瞰して全体を見えていないとビジョンは描けない。そういう意味においても、フードキュレーションというのは本当に必要な概念だなと思います」。
「食」への目線の変化は、新たな「食」へのアプローチももたらします。
「昨年、東京・上野の国立科学博物館で『和食~日本の自然、人々の知恵』が企画されましたが(新型コロナウイルスの影響で開催中止)、そもそも博物館で食の展覧会を開くこと自体がこれまでなかったこと。日本各地の地質と水の硬度の関係を示す展示から始まっていたのもとても面白かったです。食と自然との関係はいまさら言うまでもありませんが、食と地域という論点も当たり前になってきて、より深く入ろうとすると、地理・地形・地質と食との関係の探求が必要になってくる。時代がそういう食への探求に向かっているのを感じます。まさに、講座 #3 の地質と食の対談のテーマですね。この対談は、ぜひ私もご一緒したかった(笑)! PCに張り付いて聞き入りました」。
『FOOD CURATION ACADEMY』講座の第1回「フードキュレーションとは何か」に登壇した君島さん。『フロリレージュ』オーナーシェフの川手寛康氏、『楽農研究所』代表の菊池義一氏、『ONESTORY』のフードキュレーター宮内隼人とともに、「食」業界のいまとこれからを掘り下げた。
君島佐和子 × 菊池博文 インタビューフードキュレーションは「食」のリベラルアーツ。自らを起点に学びの枝葉を広げていく。
刻々と変化する地球規模での社会課題に対し、いつも感覚を研ぎ澄まし、広範な視野を持って知識をブラッシュアップし続けていくということは並大抵のことではありません。
「私たち取材する側も一緒で、知らなければならないことがたくさんありすぎて、“こういうことを知らないといけないんだよね”って思うと同時に、息苦しさみたいなもの感じていました。課題解決の推進力である”食”という面ばかりが強調されると、タイトで寛容さがなくて。正しさばかりが求められていくことはむしろ怖かったりもします。そう考えると、講座 #1で『ONESTORY』として提案されていた、“フードキュレーションは食のリベラルアーツである”という捉え方がとてもしっくりきます」。
人文科学、自然科学、社会科学。それぞれの分野と「食」との関わりをもっと広く深く理解していこう、考えていこうというフードキュレーションの学び。それは、確固たるフードキュレーションという概念を掲げ、その下に自分を当てはめていくのではなく、「自分にとってのフードキュレーションって何?」と自身を起点として学びを広げていくことではないかと君島さん。
「自分は何のために”食”の仕事をしているのか。その問い直しをしていくことで、自ずと、個々の人のフードキュレーター像が見えてくるのだと思います。目的に対して、より充実させるべきこと、補完すべきことは何なのか、自分が知らなければいけない領域が恐ろしく広がっているということに気付き、視野が広がり、活動の世界も広がっていきます」。
自分はどんな目的意識を持っているのか、何ができるのか、何がしたいのか。そのために、自分の持っている力をどう機能させていくか。そんな自分起点の発想が、領域を超えて活躍するマルチプレイヤーを生み出していくのです。
「『H3 Food Design』の菊池さんはご自身のお店を持たないからこそ、活動がより社会的になっているように思いますし、一方でお店を持っている方には、お店があるからこそできることがあります。目黒でイタリア料理店『Antica Braceria Bell'italia』を営む井上裕一シェフが不動前に開いたワインショップ『ワインマンストア』はワインだけでなく、井上シェフの人脈で、チーズもジェラートも、消毒液も置いてある都市のキオスクみたいなお店。お店もありながらオリジナルのワインも作っていて、5月末にはワイナリー付きの新店舗に移転される予定です。それぞれの立場で、自身が持っている機能を360度全方位で生かそうって考えていくと、自然と領域を超えてさまざまな分野とつながっていく。皆さんの取り組みをみていると、それを強く実感します」。
君島佐和子 × 菊池博文 インタビュー地方、食、生産者を軸に活動したい。ターニングポイントとなった震災。
君島氏が講座#1の中で、日本で活躍するフードキュレーターの一人として名前を挙げた、『H3 Food Design』の菊池博文氏。菊池氏は自身の仕事を、どのように位置付けているのでしょうか。
「立場や関わり方は違えど、根本的にはずっと同じことをやっているなと思っています」と菊池氏。いまに繋がる菊池氏の仕事の原点は、「星野リゾート」に在籍していた2009年ごろから取り組んだ『軽井沢ブレストンコート』の『ブレストンコート・ユカワタン』のプロジェクトでした。
「日本を代表するローカルガストロノミーを真剣につくろうということで、コンセプト設計から開業、そして運営までマネージャーとして担当しました。器やカトラリーも日本の伝統工芸品で揃えたいという思いから、食材よりも工芸品をキュレーションするプロジェクトが先行したのですが、その中でも福井県の龍泉刃物さんとの出会いは、ボキューズ・ドール用のカトラリーの開発にもつながり大成功しました。この経験は僕の中で一つの自信にもつながりました。産地と一緒になって何かを生み出していくことは、今も変わらず続けていることですね」。
2011年3月『ユカワタン』がオープンして数日後、東日本大震災が発生。岩手県の三陸沿岸は菊池氏の故郷でした。「地方とガストロノミーと経済の様々な効果を探っていくことは、むしろ自分自身の故郷が必要としていること、この頃から考えるようになりました」と菊池氏。そんな思いを抱きつつも、2014年にはフランスの三つ星シェフ、レジス・マルコン氏を招き1泊2日の『ユカワタン』のバックステージツアー。ローカルガストロノミーの最前線を学ぶとともに、地域の伝統の食文化や食材を紹介するプログラムは、その後テーマを変えながら全3回行われました。
「食はディスティネーションの目的です。その魅力は、まるで宝物の様に足元に眠っていると思います」。
2016 年、地方と食と生産者という軸でもっと仕事を深めていきたい、そして三陸に特化した仕事に携わりたいという思いから独立。日常の食にフォーカスした拠点として、東京・池袋『もうひとつのdaidokoro』を立ち上げたほか、2019年には念願の三陸での取り組みとなる、『三陸国際ガストロノミー会議2019 』立ち上げに参画し、講演プログラムのキュレーションを行いました。
君島さん曰く「社会が菊池さんを共有している」。
その言葉のとおり、菊池氏の視点や感覚が、人と人、人と地域を縦横無尽に結び、地域に新しい風を吹き込んでいくのです。
君島佐和子 × 菊池博文 インタビュー土地の文化を発信しながら文化を再解釈する。「よそ者」が拓く、これからのガストロノミー
そして2021年。いま、菊池氏はどのようなことに取り組んでいるのか。
「今は地方のホテルを変えたいと思っています。ホテルがもっと地元と密着して行ったらどんなことができるんだろうと考えていた時、ちょうど『旧軽井沢KIKYOキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン』の相談を受けたのがはじまりです」。
粉やパティからすべて地元産の食材を使ったハンバーガーを企画して、四季折々の食材を使ったガストロノミーレストランをプロデュース。食材の仕入れ先のほとんどを、地元産に変更しました。
「レストランでの提供に限らず、加工品などのECやイベントやツーリズムなど、ホテルが地元のハブ的な存在になることで、大きな経済効果や雇用をもたらす事が可能です。また、災害時にはダイナミックな購買力やマンパワーを発揮する事が可能です」。
いま、新たに菊池氏が手掛けているホテルは長野県の「松本十帖」と滋賀県「ロテル・デュ・ラク」の2つ。
「地元に新しい風を吹かせるためには、むしろよそ者の方がいいんじゃないかなって思うんです。風土という言葉を分解した時に、"土"は伝統、その土地にずっと受け継がれてきたもの。でもきっとこれまでの歴史の中で、地域のさまざまな街道で、旅人や商人が行き交うことで、その土地に新しい"風"が入って変化が起きていた。革新の"風"と伝統の"土"。新しいガストロノミーの進化を作れるのは"風"を吹かせる旅人なんだっていうのが、僕の中の"風土"の解釈です。『DINING OUT』もまさにそうですよね。今、日本もいろいろな意味で閉塞感から脱しようとしている時期。ガストロノミーの世界も同じです。僕のアプローチは風をもう一度吹かせるというところです。地元の生産者さんと一緒にやっていくのは言わずもがな。一緒に取り組みながら成長して、価値を高めていくということがキュレーションの意味でもあると思います。それが結局のところサステナビリティなんじゃないかなというのが、僕の軸になっています」。
よそ者がもたらす「風」の力を信じながら、もう一つ大切にしているのが「健康」というテーマだという。
「文化から文明に変わり、大量生産、工業生産になっていろいろな食の危機が起こっている。でも日本の地方には、まだまだ大切な食文化がたくさん残っています。そのあたりを紐解くことが次のガストロノミーのヒントになるんじゃないかなと思っています。命を守るとか、家族を大切にするとか、健康を一番に思う”母性”に、ガストロノミーが戻ってきている。文化を発信しながら文化を再解釈していくことが、これからのガストロノミーの中心になってくるんじゃないかなと思っています」。
軽やかに、しなやかに。寛容さを失わない風のような存在が、「食」の未来を切り拓いています。
栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。株式会社パルコ、フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するフードマガジン『料理通信』を創刊(2021年1月号をもって休刊)。編集長を経て、2017年7月から編集主幹に。“食で未来をつくる・食の未来を考える”をテーマとする「The Cuisine Press」(Web料理通信)では、時代に消費されない本質的な「食の知」を目指して様々なコンテンツを届ける。辻静雄食文化賞専門技術者賞の選考委員。日経新聞の日曜朝刊「NIKKEI The STYLE/」に寄稿。デザイン専門誌『AXIS』、マガジンハウス『アンド プレミアム』でコラムを連載。著書に『外食2.0』。
岩手県・山田町出身。軽井沢を拠点に、「地方から地方へ」をテーマにローカル× ガストロノミーの各種イベント企画等を展開中。 ANAホテル 東京、フォーシーズンズホテル東京、グッチ・ジャパンを経て、2001年に星野リゾート参画。デンマーク 『NOMA』のレネ氏が来日した際『NOMA TOKYO Mandarin oriental Tokyo⻑野ツアー』を担当。星野リゾート料飲統括ユニットへ参画後、2016年に独立。『H3 Food Design』として日本各地においてガストロノミーを起点とし たソーシャルデザインを行っている。J.S.A認定ソムリエ、 調理師免許、フードツーリズムマイスター取得。