食べて、知り、伝える仕事。食材のプロたるフードキュレーターが浜松を味わい尽くす。[FIND OUT SHIZUOKA/静岡県]

フードキュレーター2人が『茶禅華』の川田シェフに食材を提案する為に選んだのは浜松エリア。写真は浜松のシンボル・浜名湖。ここにもさまざまな食材が眠っている。

ファインド アウト静岡浜松が誇る美味を駆け足でめぐる旅

まだ見ぬ素晴らしい食材を探し、日々全国を飛び回るONESTORYのフードキュレーター・宮内隼人と吉岡隆幸。2人が静岡県の食材を掘り起こし、トップシェフにプレゼンテーションする今回の企画。
プレゼンテーションする相手は、ミシュラン・ガイド三つ星を獲得し、いまや日本を代表する中華料理のシェフとなった『茶禅華』の川田智也シェフ。事前にリサーチを重ねた結果、最初の目的地は浜松エリアに決定。海、山、平地、湖が揃い、中華料理にふさわしい食材が見つかるであろうこのエリアへ、すでに繋がりがある生産者や地元料理人から情報をかき集めた上で、リサーチに向かいます。

フードキュレーターの大事な役割のひとつが、地域に眠る食材を見つけ出し、伝えていくこと。だから最初のアプローチは、とにかく食べることとなります。まず食べて、生産者と話し、そこに潜む思いやこだわりを聞き取り、一遍の物語を紡ぐ。そのために食べて、食べまくるのです。
畑で、港で、店で、イベントで。食材のプロたるフードキュレーターは、何を食べ、何を話し、何を感じたのでしょうか。

とにかく食材なら何でも口に運び、体験してインプットしていくフードキュレーター吉岡(左)、宮内(右)。浜松エリアではどんな食材と巡り合えるのか。

ファインド アウト静岡フードキュレーターを驚かせた、農園レストランの野菜たち。

「このあたりは赤土ですね。今は新タマネギの時期。土が良いから大きく育っています」

浜松の車窓を流れる景色を見ながら、吉岡が言いました。野菜に造詣が深い吉岡にとって、ただのどかな風景も宝の山に見えているのでしょう。だからランチに訪れてみた農園レストラン『農+ ノーティス』でも、吉岡のテンションは上がりきりです。

「野菜が本来の形のまま出せるのは、農園レストランならでは。きっとまず野菜が中心にあって、そこからどう料理をするか考えられているのでしょう」

それが吉岡が野菜が主役のランチコースを味わった感想。食材卸売会社も経営する吉岡ならではの視点です。

一方で料理人の経験もある宮内は「野菜愛があり、ただの料理人とは違うアプローチ。しかしシンプルだけどしっかりと構成が考えられている印象です。そしてとんでもなくリーズナブルですね」とこちらも絶賛。

食事後、急な訪問を侘びながら、店主の今津亮氏に話を伺うふたり。聞けば埼玉県に生まれた今津氏は、高校生の頃から農業に興味を持ち始め、東京農大、農業開発の企業を経て2017年にこの店を開いたのだといいます。

浜松を選んだ理由は「狭いエリアの中に赤土と黒土があり、そしてさまざまな野菜の栽培南限と北限に位置することから、より多彩な野菜を育てられます。今は年間120種ほどを育てています」と今津氏。

土の話、品種の話、流通の話。短い時間の中で有意義な会話を交わす今津氏とフードキュレーターのふたり。帰り際、畑で採れたばかりの大根をもらったふたりは、今津氏と再会を約束して店を後にしました。

この日の前菜は駿河軍鶏とロマネスコ 柑橘オランデーズソース。力強い野菜の存在感が際立つ。

店に隣接する畑にはさまざまな野菜が育っていた。

今津氏が惚れ込んだ浜松の土。吉岡氏もその質に強い興味を示した。

突然の来訪でも快く畑を案内してくれた今津氏。野菜への強い思いが言葉の端々に潜む。

今津氏と奥様が営む小さな店だが、いまや予約必須の人気店。

ファインド アウト静岡キウイの奥深い世界に触れる、キウイテーマパーク

続いての目的地は『キウイフルーツカントリーJAPAN』。ここは1978年にアメリカに渡った先代が、現地で出会ったキウイの種を譲り受けて持ち帰り、独学で築き上げた日本最大のキウイ農園。現在は62品種1200本のキウイの木が育つほか、観光農園としてBBQやクラフト体験など、さまざまな楽しみを提供しています。

ここでは食べ頃を迎えた8品種を試食しながら、平野氏の話に耳を傾けるふたり。
化学肥料を入れず、魚カスや堆肥を使用すること、天然の傾斜と暗渠(あんきょ)排水設備を利用して排水性を高めていること、雑草は一度長く伸ばして土の中に空気を入れてから刈り取ることなど、栽培の秘密を伺います。
「途方もない手間をかけて、自然に近い状態を作っている。おいしさの秘密が垣間見えました」と感しきりの宮内。
以前から平野氏とつきあいのある吉岡も、改めて農園に足を運んだことで、さまざまな新発見があったといいます。

様々な種類のキウイを育てるキウイフルーツJAPANで、この日は9種のキウイを食べ比べ。見た目も様々でこんなに違いがある事も発見。今回頂いたのはどれも完熟のキウイ達で、酸味、甘み、旨味、それぞれ異なる個性が光った。

宮内の資料には品種特性や感想が細かく書き込まれていく。

味わうことがふたりの仕事。深く考えながら、じっくりと味わう姿が印象的。

羊、茶畑、BBQ広場。さまざまな見どころがある観光農園。この丘からはキウイ畑全体が見渡せるが取材時は収穫後、また実りの季節に再開する事を約束した。食材だけでなく、生産者とのつながりを築くことも大切。

昼食は浜名湖名産のうなぎ。ここでも真剣に味を確かめるふたりの姿があった。

途中で立ち寄った『ファーマーズマーケット浜北店』では、種類豊富な柑橘に注目。

ファインド アウト静岡街の活気を創出する、浜松唯一のクラフトビール

夜になっても食の探求は終わりません。ディナーを兼ねてふたりが出かけたのは、浜松唯一のクラフトビールパブ『OCTAGON BREWING』。ここで代表の平野啓介氏と醸造責任者の千葉恭広氏の話を伺います。

平野氏の夢は、浜松をもっと盛り上げること。千葉氏の夢は雑味がなくクリアな味わいの、独自のビールを造ること。ふたりの思いが合致して生まれた醸造所兼ビアパブのこの店は、連日多くの客で賑わいます。そんな心地よい賑わいをBGMに、千葉氏の言葉を聞くフードキュレーターのふたり。

千葉氏は大阪生まれで、学生時代からビール造りを夢見て、ドイツに渡りました。そしてミュンヘン工科大学ビール醸造工学部で学び、実地研修を経てディプロム・ブラウマイスターの資格を取得。帰国後は若手醸造家の技術指導にあたってきたといいます。

しかしその華々しいキャリアよりもなお印象的なのは、千葉氏の輝く目。「とにかくビールが好きでたまらない」という千葉氏の言葉は、ときに専門的な領域にまで及びますが、フードキュレーターのふたりもまた食の専門家。ときに鋭い質問を飛ばしながら、白熱した講義は続きました。

千葉氏に醸造のこだわりを伺うふたり。その評定は真剣そのもの。

色、香り、テクスチャ。宮内の興味は、食の深い部分にまで及ぶ。

シトラス、マンゴー、パインなど華やかに香る「ブレイクアウェイIPA」など、オリジナルの地ビールが常時数種類楽しめるビアバー。

平野氏(左)と千葉氏(右)。ふたりの夢が形をなしたブリュワリーは、いまや浜松になくてはならない店。

ファインド アウト静岡少しずつ見えてきたフードキュレーターふたりの個性。

2月14日、日曜日。この日は月に1回、毎月第2日曜日に開催される『浜松サザンクロスほしの市』の日でした。
もちろん“市”と聞けば、フードキュレーターのふたりがじっとしているはずはありません。

そもそもこの市は、浜松駅南口のシャッター商店街に賑わいを取り戻すことを目的に、2018年から開かれているマーケットイベント。出店店舗は公募型ではなくスカウト型で、浜松に縁があるハイクオリティなショップやアーティストが揃うことで話題を集めました。現在の出店数は35店舗。はじめた当初は800人ほどの人出でしたが、徐々に知名度を高め、コロナ禍前のピーク時には2000〜2500人もの人で賑わいました。

「少しずつ商店街の方にも認めてもらえ、先日はようやくシャッター街に一軒新しい店も開きました」そううれしそうに語るのは、『浜松サザンクロスほしの市』を主催する(株)浜松家守舎CONの 鈴木友美子氏。大勢の人で賑わい、目に見える効果も出る、地方創生イベントの成功例を前に、ショップで次々と食べ物を試食していたフードキュレーターのふたりも強く興味を惹かれた様子でした。


旅はまだまだ続きます。
名物料理を食べ、養鶏場を見学し、農産物直売所の品揃えをチェックし、ハーブティーを試飲する。
食べて、話し、考え、また食べて、考える。そうしているうちに少しずつ、ふたりのフードキュレーターの個性もみえてきます。

食材卸売会社も経営している吉岡は、とくに野菜の知識が豊富。土壌の質や成分、野菜の品種、作柄、旬など、生産者と同じ目線での会話を通し、その魅力を引き出します。そして仲卸として、流通や価格にも気を配ります。

料理人の経験がある宮内は、ジビエも含めた肉、魚から加工品まで総合的な深い知識を有します。そして元料理人らしく、意識するのは口に入る瞬間のこと。加熱するとどうなるか、保存する方法はどうか、味の成分はどうか。料理としての完成形をイメージした食材探求が持ち味です。

それぞれ得意分野を持つフードキュレーター宮内隼人と吉岡隆幸。ふたりが意見を交わしながら食材を見つめることで、より立体的にその魅力が際立ってきます。

次回はいよいよ、今回のリサーチの経験を元に、川田智也シェフにふたりのフードキュレーターが浜松の食材をプレゼンします。
食材ひとつひとつとまっすぐ向き合い、まるで語り合うように食材の本質を読み解く川田シェフ。果たしてふたりのフードキュレーターは、そんな名シェフにどんな食材を、どう見せるのか。次回の記事をぜひお楽しみに。

『浜松サザンクロスほしの市』にはパンやスイーツから蜂蜜、チーズ、焼き鳥まで多彩なグルメも出店。

午前中から大勢の客が詰めかける。コロナ禍を乗り越え、再び活気が戻り始めた。

鈴木氏(中央)をはじめとした『浜松サザンクロスほしの市』実行委員会の3人。

静岡の地鶏・一黒しゃもを育てる『鳥工房かわもり』にて、代表・河守康博氏の解説を受ける。日本古来の黒しゃもの系統であるしずおか食セレクション認定地鶏・一黒しゃも。上質な脂と力強い弾力が魅力。

新鮮な一黒しゃもをその場で塩焼きにする河守氏。「コクがあるのに、臭みがない」(宮内)、「脂がすっきりとしている」(吉岡氏)とともに高評価。

ハーブティーやアロマを扱う『チムグスイ』にて。香りもまた、美味を司る大切な要素。

住所:静岡県浜松市浜北区四大地9-1178 MAP
電話:053-548-4227
定休日:月曜・水曜
https://notice-vegetable.storeinfo.jp/

住所:静岡県掛川市上内田2040 MAP
電話:0537-22-6543 (9:00~17:00)
定休日:木曜日 (1/10~3/20は水・木)
https://kiwicountry.jp

住所:静岡県浜松市中区田町315-25 MAP
電話:053-401-2007
定休日:火曜日
https://octagonbrewing.com/

住所:静岡県浜松市中区砂山町 砂山銀座商店街 MAP
開催日:毎月第2日曜日
開催時間:10:00~15:00 (8月のみ16:00~20:00)
https://hoshinoichi.com

住所:静岡県浜松市浜北区新原6677 MAP
電話:053-586-5633
営業時間:8:30~16:30
https://life.ja-group.jp

電話:0537-86-2538 (9:00~18:00)
http://torikoubou-kawamori.com/

1982年埼玉県生まれ。19歳のときに障害を持っている子どもたちと農業をする団体を立ち上げたことをキッカケに、農業・地域・食の世界へ。26歳のときに大手旅行会社を辞め、千葉県九十九里に移住し、地域支援や農業体験の受入を事業化するNPO団体のスタッフとして活動。東日本大震災をキッカケに、もっと地域の素晴らしさを伝えたいという想いで2012年に「合同会社SOZO(ソウゾウ)」を設立。2015年に静岡県日本平で開催されたプレミアム野外レストラン「DINING OUT NIHONDAIRA」から、「DINNG OUT」食材調達チームに参画。2019年に全国各地のこだわり食材を仕入れ、レストランやスーパーをメインに卸す会社「株式会社eff(エフ)」を立ち上げ、地域の商品開発プロデュースから実際の販売まで幅広い食の領域で活動している。

1977年東京都生まれ。18歳から料理の道に入り「ラ・ビュット・ボワゼ」「ダズル」を経て2010年、大阪の三ツ星レストラン「HAJIME」に入る。5年半の経験を積み2013年に徳島県祖谷で開催されたプレミアムな野外レストラン「DINING OUT IYA」に参加。生鮮食材の物流に関する知識習得のため大阪の特殊青果卸「野木屋」を経て、2016年より現職。現在「DINNG OUT」では、開催地域の食材(生産者)の魅力を言語化し、トップシェフの思考、哲学に合わせて伝える翻訳者として活動。また、ラグジュアリーブランドとコラボレーションした食品開発、ブランディングまで「食」領域のプロデューサーとして活動の幅を広げている。


Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 静岡県)