GEN GEN AN幻きっかけはインスタライブ。コロナ禍によって加速した新たな表現と挑戦。
2020年12月より2021年9月まで、10ヶ月間限定の条件付きで『銀座ソニーパーク』に開業した『GEN GEN AN幻』。
周知の通り、開業当時においても新型コロナウイルスによる難局の渦中。しかし、主宰する丸若裕俊氏は、「まずやってみよう」という実にシンプルな考えを持って、規模の大小に関わらず「今だからできる」活動を続けています。
今回のプロジェクトもそのひとつ。『櫻井焙茶研究所』と共同制作をした「ティーバック」です。
『櫻井焙茶研究所』は、櫻井真也氏が南青山に店舗を構える茶屋。ミニマルな空間には、日本の美が凝縮され、静寂な空気が漂います。スタッフは皆、白衣に身を包み、店名の通り、まるで研究所のよう。美しい道具、所作と共に供される茶は、味だけでなく、席に座った瞬間から「時間」が総合演出され、それを体験することが『櫻井焙茶研究所』の醍醐味であり、価値。なすがまま、操られるような心地良い時間に身を委ねれば、快感さえ覚えます。
そこでひとつ疑問が浮かびます。そんな『櫻井焙茶研究所』がなぜ「ティーパック」?
きかっけは、『GEN GEN AN幻』の丸若氏、『櫻井焙茶研究所』の櫻井氏に加え、福岡の茶屋『万 yorozu』の徳淵 卓氏によるインスタライブでした。発起人は、丸若氏。
じっくり話してみたい。何か生まれるかもしれない。一緒にお茶について考えてみたい。
「まずやってみよう」。
GEN GEN AN幻自分の考えるお茶の世界には、ティーパックの表現はなかった。
そう話すのは、櫻井氏です。
「2014年に『櫻井焙茶研究所』を開業して以来、お茶の高みを目指してきました。空間様式や所作にこだわることも然り、上質を表現し続けることによってお客様にお茶の魅力を伝える活動をしています。玉露はもちろん、ほうじ茶においても焙煎の幅を持たせ、浅煎り、中煎り、深煎りと、最適な淹れ方をします。ゆえに、自分の世界にはティーパックはありませんでした」。
そんな活動をし続け、約5年後に訪れたのが、新型コロナウイルスでした。そして、同時にある問題にも対峙していました。それは、余分な茶葉の廃棄。
「自分たちは、店舗でお客様をおもてなしするだけでなく、お茶の製造から茶葉の販売もしています。その中で、どうしても企画に乗らない余分な茶葉が発生してしまうのです。わずかではあるのですが、5年も続けていればそれなりの量になります。廃棄されてしまう茶葉をなんとかしたいと思っていました。そんなことを考えている時、丸若さんからインスタライブに声をかけていただきました。自分とは異なるお茶に対する思考を知ることができたと同時に『EN TEA』への想いや丸若さんの人となりも知ることができました」と櫻井氏。
「実際に櫻井さんと面識ができたのは2015年ですが、その以前より『櫻井焙茶研究所』にはお邪魔させていただいており、常に刺激を受けていました。櫻井さんが表現するお茶は、体験する度に発見と学びがあります。独自の世界観とスタイルは、誰にも真似できないと思います。インスタライブへのお声がけは、単純に自分自身が櫻井さんの想いを知りたかったから。今この状況をどう考えているのか、今の社会に対してお茶はどうあるべきなのか。自分たちにできることは何か」と丸若氏。
テーマの具体もなければ、ゴールもない。発起人・丸若氏らしい!?場当たり的なインスタライブではあったものの、視聴者は約3,000人。
「たかが3,000人、されど3,000人。ご覧いただいた皆様がどのように感じたかはわかりませんが、そのうちの10%だけでもお茶に興味を持っていただければ非常に嬉しく思います」と丸若氏。
自粛や緊急事態宣言に伴い、企業においてはテレワーク推奨、飲食店に関しては酒類提供禁止など、様々が停滞する中、それぞれに店を構える『GEN GEN AN幻』と『櫻井焙茶研究所』も対岸の火事ではりません。そんな中、「自宅でお茶を楽しむ人にも本格的なお茶を届けたい」という想いから、実は最初に声掛けをしたのは櫻井氏。
「茶葉にこだわる人が増えてほしい。そういう想いは常にありました。しかし、そのような方々は、ティーパックを嫌う。世間的な印象として、ティーパックは、手軽、簡単などといった言語から脱却できていないのだと思います。自分はティーパックに否定的ではなく、むしろ発明品だと思っています。もちろん、腕の良い茶人、道具、淹れ方、温度など、全ての条件が揃ったお茶の魅力は素晴らしいです。その真似をするのではなく、ティーバッグだからこそ出来る理想の味わいがあると確信しています。だからこそ、櫻井さんから相談を受けた時に嬉しい気持ちと、ディーバッグに拘ってきて良かったと思いがありました。」と丸若氏。
「(前出の通り)余分な茶葉、廃棄問題に対して何とかしたいと考えていた時期だったので、『櫻井焙茶研究所』としてもこれまでやってこなかった表現へ着手しようと考えていました。具体的にはふたつ。ひとつはオンライン販売。もうひとつは、セカンドブランド『さくらいばいさけんきゅうじょ』の立ち上げです。実は、そのラインナップには、ティーパックという発想もあったのです。とはいえ、ティーバッグに前向きかつ拘りを持って取り組んでいる丸若さんとの交流がきっかけとなって実現したと思います。まずはじめに自社の商品作りを行い、今回のGEN GEN AN幻のティーバッグ作りへとつながるのですが、丸若さんでなければお断りしていたと思います。茶人として、ひとりの人として、きちんと丸若さんに触れることができたので、新しい挑戦を一緒にしてみようと決断をできました」と櫻井氏。
しかし、丸若氏からのオーダーは、『EN TEA』の茶葉を使用したもの。櫻井氏にとって、不慣れもあるティーバッグ作りを、他社の茶葉で作ることになったのです。
テーマは、「コメット」と「ブラックホール」。……極めて難解です。
GEN GEN AN幻絶対条件は、美味しいこと。答えのない問題の解を見出す。
「まず、コメットもブラックホールも訪れたことがないので、どうしようかなぁと……。更に、表層から入ったテーマなので、ここには味のイメージもないわけです。世界のないものを作らなければいけないのですが、絶対的に必要なことは、美味しくなければいけないこと。いくつか茶葉を用意したもらった中から選び、ブレンドしてみましたが、最初はうまくいきませんでした。おそらく、自分のやり方で作っていたからだと思います。『櫻井焙茶研究所』は、季節や旬をつなげることを大切にしています。ゆえに、多数ブレンドすることはしないのですが、2回目は、その概念を覆し、あえて多数ブレンドしてみたのです。通常の自分であればあり得ない作り方です」と櫻井氏。
『さくらいばいさけんきゅうじょ』のさくらいは、『櫻井焙茶研究所』の櫻井を継承しているもうひとりの人格。そう考えれば、既存を壊す選択も腑に落ちます。
試行錯誤の結果、国産の茶、レモンの皮、月桃の葉、枇杷の葉、レモングラス、ラベンダーをブレンドして「コメット」を仕上げ、国産の茶、みかん皮、生姜、ローズレットペタルをブレンドして「ブラックホール」を仕上げました。
「『GEN GEN AN幻』では、これほどの種類をブレンドした経験はありません。得意不得意でいうと不得意な技術と言えます。しかし、櫻井さんは見事にまとめ上げました。これまでの『GEN GEN AN幻』にはなかった味です」と丸若氏。
その味わいを丸若氏に訪ねると、「『コメット』は、彗星のごとく、スッと抜ける感じ、動いてる感じ。『ブラックホール』は、ゆらぎ。人によって味の感覚が異なり、角度によって変化する要素もあるかもしれません」。……もはや問いから外れたその解説は、ふたつのテーマのごとく、捉えどころのない宇宙。
地球から宇宙までの距離は、約100kmと言われています。しかしながら、その厳密な境はなく、大気がほぼなくなる100km先の世界が宇宙と呼ばれているそうです。
今回の味においても、厳密に提唱することは野暮なのかもしれません。
まずは、ご賞味あれ。
GEN GEN AN幻コロナ禍において、唯一できなかったこと。それは農家からたくさん茶葉を仕入れることができなかったこと。
「これまでやらなかったオンラインや『さくらいばいさけんきゅうじょ』など、新しい試みはしましたが、新型コロナウイルス前も後も大きな変化はありません」。
櫻井氏は、そう淡々と話します。
「自分が『櫻井焙茶研究所』を開業する前、和食料理店『八雲茶寮』と和菓⼦店『HIGASHIYA』にいました。『HIGASHIYA』では、お茶を楽しむお客様で賑わっていましたが、お茶業界ではお茶が売れない、お茶が飲まれないと言われており、真逆の状況に矛盾を感じていたのです。そこから、自分の働いている環境だけでなく、全体の環境に対して視野を広げ、危機感を持つようになりました。独立したきっかけは、自分の表現の仕方で何か農家さんや業界に貢献したいと思ったからです。新型コロナウイルスの感染拡大よりも前に、危機は訪れていたため、今回の難局だから特別に危機を感じることはありませんでした」と言葉を続けます。
実際、ゲストは激減するも、例年通り、二十四節気も作り続け、いつもと同じようにお茶と対峙します。「売れる売れないに関わらず、自分たちは表現し続けなければいけない」と櫻井氏。
しかし、「唯一できなかったことがある」と言います。それは、「お茶農家さんからお茶をたくさん買うことができなかったこと」。
新型コロナウイルスによる影響は自然界に関係なく、新芽も待ってくれません。
「お茶農家さんたちを発展させるには、自分たちが発展しなければいけません。自分たちが止まってしまったら、お茶に関わる全ての人たちが止まってしまう。周囲に希望を失わせないようにもっともっとお茶を表現していかなければいけないと思っています」と櫻井氏。
「お茶を作る人、道具を作る人、お茶を淹れる人。自分たちの活動を通して、若い人たちが魅力を持ってもらえる職業にもしていきたい」と丸若氏。
昨今、気候変動の影響も手伝い、寒暖の繰り返しによる霜と雨によって茶葉の収量が減っていると言います。2021年においてもやや遅い梅雨入りとなり、コントロールできない自然と運命共同体のため、未来も予測不能。
そんな中、たった一杯のお茶飲むことやたったひとつのティーパックを淹れることによって、何かが少しずつ循環し、好転していくのかもしれません。
日本の文化を守る一旦は、誰にでもできる身近な行為の繰り返しなのです。
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/
https://en-tea.com/
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI