ローカルファインフードフェア滋賀シーズン外れだからこそ発見できた食材の新たな魅力。
東京都内で活躍する料理人やパティシエが、滋賀県産の食材を使った料理をそれぞれの店で提供する期間限定のフードフェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。滋賀の食材を探求すべく、4人のシェフとバイヤーによる生産者巡りも2日目へ。一体、どんな食材との出会いが待っているのでしょうか。
2日目は、土砂降りのなか、ワイン原料のイメージが強いマスカットベリーAを「黒蜜葡萄」として生産する東近江市『aito budo labo』の訪問からスタート。
ここでは、漆崎厚史氏が深刻な後継者不足を抱えていたブドウ畑を受け継ぎ、8年前ほど前から黒蜜葡萄を栽培しています。
「シャインマスカットのように皮ごと食べられたりするわけでもなく、粒が大きいわけでもないですが、黒蜜葡萄は圧倒的な糖度とコクがあって、昔ながらのワイルドな味わいなんです」と漆崎氏がその特徴を説明。土壌もよく、昼夜の寒暖差のあるこの地域だからこそ、このようなブドウが育つのだと教えてくれます。
とはいえ、8年前に引き継いだブドウ畑の樹木は樹齢およそ50年。そこから糖度を上げて「黒蜜葡萄」として出荷するには、2~3つの房がなるひとつの枝に対してひと房に間引いていく必要があります。さらに、ひと房70~80粒くらいになるように摘果していかなければなりません。
シェフたちが訪れたのは7月上旬、まさにその摘果のシーズンでした。出荷は8月下旬とあって黒蜜葡萄はまだ色づいていない状況。しかし、そこにまた物語が生まれるのです。
「摘果したブドウは食べられるんですか?」
そう尋ねたシェフたちは、まだ淡い黄緑色をしたブドウを味見させてもらいます。すると、それがシェフたちを釘付けにするのでした。実はまだ固く、甘さは一切ありません。とりわけ酸味が主張するのですが、後藤氏はこの酸味を気に入ったよう。
「摘果したブドウにこんな酸味があると正直思いませんでした。お菓子を作っていても酸味がほしいと基本的にはレモン果汁を使います。すると、どうしてもレモンの風味ものってしまうけど、この摘果した黒蜜葡萄は、癖のないきれいな酸味。酸味の調味料としてアイデアの幅を広げてくれると思います。自分としては樹齢50年のブドウの樹木を引き継いでやっていること、そのブドウの樹木の雰囲気も好き。ここに来なければ分からなかった発見です」
これには漆崎氏もにっこり。
「摘果したブドウはブドウじゃないと思っていました。ものすごく量が出るので、これが商品になるのであればすごく嬉しいですね」
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ローカルファインフードフェア滋賀600年もの間変わらぬ、栽培方法。珍しい焙煎茶に一同感嘆。
続いて訪れたのは、同じ東近江市にあっても愛知川の最上流部、標高500mほどの場所に位置する政所(まんどころ)町。ここで政所茶を生産するのは、『茶縁むすび』の代表・山形蓮さんです。
政所茶は600年以上の歴史を持つ、いまや希少となった在来種のお茶。全国的には品種改良が進み、お茶全体に占める在来種の割合は2%以下になっているそうですが、政所は古くからこの在来種を守ってきた地域だといいます。栽培にこだわり、この集落の生産者たちは「人の口に入るものに、わざわざ農薬なんて使わんでいい」という信念で茶畑を育ててきました。事実、ここでの栽培方法は、600年間ほとんど変わっていないそうなのです。
冬は雪が降り積もり、マイナス15℃くらいまで冷え込む気候、昼夜の寒暖差があり、霧が立ち込める風土、そしてお茶に対する信念が詰まった生産者の思いが、最上のお茶を生み出すのです。
ここで試飲してシェフたちを驚かせたのは、山形さんが「これは変わり種なんですが……」といって煎れてくれた焙煎茶。このお茶が、普通のお茶ではありませんでした。
「このお茶のもとになっているのが、樹齢100年くらいの樹木そのもの。といっても、樹齢が古く生産力の落ちた樹木を地際部より切り取って、残った地上部や地下部の芽の生育を促す『台刈り』をしたもの。その樹木の幹や葉っぱ、枝などすべてを薪でじっくりと焙煎して煮出しました。つまり、お茶の木そのものを味わいます」
味わえば、お茶とは思えない複雑なニュアンス。つくださんが「ウイスキーみたいな雰囲気があるし、甘みがある」といえば、薮崎氏は「ピートのような香りもある」。山本氏は「焼き芋みたいな甘みも感じられる」。後藤氏はただただ「これは素晴らしいな~」と感嘆。
さらに、つくださんは「シンプルに寒天で固めて、そのままを味わってもらえたら面白そう。最後までお茶の樹木を無駄にしないというストーリーもすごくいいですね」
ローカルファインフードフェア滋賀牛肉×明日葉!? 滋賀食材のコラボレーションが誕生?
政所町からもほど近い、『永源寺マルベリー』でも新たな発見がありました。ここでは、馬糞を敷き詰めて、牛糞、鶏糞、自然の堆肥を使ったオーガニック圃場で、桑、明日葉、モリンガなどの植物を栽培。それをパウダー状に加工して、お茶や青汁などの原料として出荷しています。このパウダーにシェフたちのアンテナが反応しました。
「パウダーは粉物に練り込んでもいいですし、明日葉のパウダーなんかは、スパイスのかわりに塩に混ぜて使ってもいい。肉を焼くときに、胡椒のかわりにふってみても面白いかもしれない。それこそ昨日いただいた近江牛に使っても美味しいと思う」と薮崎氏。さらに、「さっきの政所茶に桑の葉や明日葉のパウダーを少し混ぜてお茶にしてみてもいい」と次々とアイデアが生まれます。
パウダーこそ味わえなかったものの、一行は栽培中の明日葉の葉を畑からちぎってそのまま試食。薮崎氏は早速店でも使ってみたいと言います。
ローカルファインフードフェア滋賀伝統野菜に課した厳しい規格基準。B品の行方は?
次は、東近江市から南下し、甲賀市にある生産者の元へ。ここ甲南町杉谷では江戸時代から伝わる近江の伝統野菜が栽培されていました。『杉谷伝統野菜栽培部会』の部会長を務める上杉広盛氏は、ここで「杉谷なすび」「杉谷とうがらし」「杉谷うり」の3種の伝統野菜を継承して育てています。
伝統野菜といえば、聞こえはいいかもしれません。しかし、実際にはこの伝統野菜を守るのにも苦労が絶えません。たとえば、杉谷とうがらし。その特徴といえば、実の先が曲がりくねった形になりますが、それがまっすぐだったり、曲がりすぎていたりすると「杉谷とうがらし」を名乗ることができません。さらに大きさ、柔らかさにまで厳しい規格基準が課せられます。少しでも実に傷があっても同様で、実際に収穫した6割は「杉谷とうがらし」の条件を満たさず、廃棄してしまうのだそう。しかも、これらを「杉谷とうがらし」として出荷できるのは、杉谷で栽培されたもののみといいます。
そんな話を聞き、一行が注目したのは、その廃棄されてしまうB品でした。見た目は「杉谷とうがらし」の基準を満たさずとも、辛さが一切なく、唐辛子ならではの風味とみずみずしい味わいという特徴は変わりません。
「杉谷なすび」「杉谷うり」も同様で、伝統野菜を名乗る厳しい基準をクリアしたものだけが出荷されています。
お土産に杉谷うりをもらった一行。これは後日談ですが、滋賀から帰京した数日後、つくださんは自身のフェイスブックにこの「杉谷うり」を使ったコンポートの写真をアップ。伝統野菜を使ったお菓子作りに勤しんでいたようでした。
ローカルファインフードフェア滋賀無農薬は付加価値にあらず。美味しさを追求した朝宮茶
そして、滋賀県食材視察の最後も、素晴らしい生産者との出会いがありました。
それが、甲賀市信楽町で1200年の歴史を誇る、日本でも最古級といわれる「朝宮茶」の生産者、『かたぎ古香園』7代目、片木隆友氏です。
ここには標高400m前後というロケーション、年間の大きな温度差、川筋に発生しやすい霧が茶葉を乾燥から守るなど、茶づくりには最高の環境が整っています。そればかりか、『かたぎ古香園』では、50年ほど前から無農薬栽培を実施。茶畑に菜種と胡麻の圧搾した油粕などの有機肥料を施肥すだけでなく、畝間の土を掘りおこし、刈りとった笹や茅などを樹の根元に敷きつめるなど、手間と時間をかけた茶づくりを信条としています。
とはいえ、片木氏の信念は決して無農薬栽培だけにあるわけではりません。
「無農薬だからいいわけでありません。われわれにとって無農薬は当たり前。それが付加価値になってはいけないんです。一番は美味しいお茶をつくることです」
その言葉にはつくださんが反応します。
「無農薬でお茶を“美味しい”というところまでもっていけている生産者は意外と少ない。正直、片木さんのお茶には、ちょっと感動しました」
それに呼応するように薮崎氏が「レストランではティーペアリングをやっているところも多いけど、国産のお茶でこれだけの種類があって、畑違いのお茶を出せるのなら、ここに料理を合わせこんでペアリングしていくのも面白い」といえば、後藤氏は、「畑で違ったりとか、加工の仕方でいろいろなタイプがあるので、単純にお茶として楽しむというより、ひとつの食材として使ってみたいです」とも。
山本氏は「これだけのお茶があるのなら、煎茶の“ロマネ・コンティー”が飲んでみたい」とダジャレを込めて賛辞を送ります。
ローカルファインフードフェア滋賀2日間で見えてきた滋賀県の生産者と食材に宿る本質。
2日間を通して、出合ってきた滋賀の生産者と食材。こうして振り返るとあるひとつの共通事項が浮かび上がってきました。
それは、滋賀県には無農薬、有機栽培をはじめ、自然に配慮して食材を育てる生産者が実に多いこと。それは、滋賀県民の心の底に、“海”の存在があるからなのではないでしょうか? 豊かな水系が流れ込み琵琶湖という“海”を形成している。そして、その琵琶湖がまた滋賀県特有の食文化を生み出す。だからこそ、その海を、農薬などを使うことで自分たちの手で汚したくないという思いが根底にあるのではないでしょうか。
食材の素晴らしさとともに、その生産者たちの思いは確実に今回視察に参加した4人に届いたことでしょう。
今回の視察で巡った生産者の食材を使った料理は、8月2日~10月31日まで開催される『Local Fine Food Fair SHIGA』で味わうことができます。きっと、美味しさとともに、生産者の熱き思いまでも届けてくれるに違いありません。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHINJI YOSHIDA
(supported by 滋賀県)