レヴォかつて語った夢を、そのまま具現化した新生『L’evo』。
2017年夏。富山市街のリゾートホテル内のレストランにいた谷口英司氏は、自身の愛する富山県をつぶさに案内してくれました。食材の生産者を訪ね、工芸品の職人と話し、自然の中を歩く。その際に谷口氏の顔に浮かんだ、心底楽しそうで、誇らしげな顔が記憶に残ります。
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やがて旅はさらに山奥に進み、深い森に囲まれる利賀村の山中に着いたとき、谷口氏はふとこう語りました。
「いつかこの場所に、店を開くことが夢なんです」
そこは曲がりくねった山道を車で1時間以上も走った先。45年も前に最後の住人が出ていってから、ずっと廃村となっている集落跡。冬は深い雪に閉ざされ外界と隔絶されてしまいそうな最果ての地。素人目にみても、ここが客商売に向いている場所には思えません。
しかし谷口氏は、夢を実現しました。
2020年12月、宿泊施設を併設したオーベルジュ『L’evo』が誕生しました。場所はあのとき谷口氏が夢を語ったまさにその地。
あのときの夢は、この地でどのように形を結んだのでしょうか。その姿を探るため、新生『L’evo』を訪ねます。
レヴォやりたいことをすべて詰め込んだ、料理人の楽園。
「ここはパン工房。専門店に負けない設備でしょう?」「こっちは肉の保管庫。ここでジビエを捌くために食肉販売業の免許も取ったんです」「ここの畑はスタッフみんなで切り開いたんですよ」「ここで羊を飼いたいと思っているんです」
新生『L’evo』の敷地内をつぶさに案内してくれながら、4年前のあの時と同じように谷口氏は心底楽しそうに笑います。
大きな窓とオープンキッチンが印象的なレストランは、木と石をバランス良く調和させた穏やかな空間。営業中はあえて音楽を流さず、キッチンから届く作業音をBGMにしています。
オーベルジュゆえ、宿泊施設としての客室は独立型のコテージが3室。現代的に洗練されたインテリアに、この地で使われてきた建具のリメイクで温かみを加えます。
先に紹介したパン工房は離れの中、肉の保管庫やワインセラーはレストランの下階。敷地内には「どうしても作りたかった」というサウナまで。
「ここには料理人の夢がぜんぶ詰まっているんです」
畑や山の仕事で精悍さを増した顔をほころばせ、谷口氏は言います。その夢とは突き詰めてみれば、おいしい料理、ここでしか味わえない体験を作り出すこと。アクセスという点においてはゲストに不便を強いるこの場所で、それ以上の驚きと感動を返すこと。
谷口氏はさらに言いました。
「ここが成功事例になって、こういうやり方もあるということを各地域の料理人に知ってほしい。そうして日本中に良いレストランができれば」
レヴォ山奥の小さな村。この場所を舞台に選んだ意味。
メニューはコース1本。昼、夜ともに同内容で12皿ほどの料理が登場します。食材はほぼ富山県産。富山の食材による、富山の魅力の表現です。
もちろん店が山にあるからといって、山の食材だけに固執するわけではありません。「海のものを山に持ってきたら、どうなるのか」と言う谷口氏。この場所でやる意味を見失うことなく、しかし決して独りよがりではなく、あくまでゲスト本位で考えつつ、自分ができることを考え続けているのです。
繊細で前衛的で、しかし素材感が活きた料理。もともと谷口氏の持ち味であったそれらは変わりませんが、移転を経て変わったこともいくつかあります。
オープンキッチンでゲストの顔を見ながら配膳できるようになったこと、薪窯を導入し、よりやさしい火入れが可能になったことなどがそう。しかし谷口氏自身も感じる一番の変化は、水にあります。この『L’evo』では、パイプで直接引く山の水を100%使用。これにより食材のピュアな透明感、料理のやさしさがいっそう際立つようになったのです。
たとえばある日に登場したツキノワグマ。しゃぶしゃぶ風の火入れで、透明感がありつつ奥から湧き立つような力強い味わいも両立しました。
黒部のヤギのチーズのソースとあわせた富山名産・大門素麺は、アルデンテに茹でることで、パスタのようなもっちりとした食感に仕上げつつ、のどごしに爽やかさを残します。
ミズダコの料理は、輪切りではなく縦に薄くスライスし、薪窯でやさしく火入れ。この繊細な加減で、噛めば弾力があるのに脳はとろけて消えたと錯覚するような不思議な味わいを生み出します。
山の水が作り出す、ピュアで繊細なおいしさ。それが谷口氏がこの場所にレストランを開いた理由のひとつなのかもしれません。
レヴォ地域のレストランが、やがて食文化そのものを変える。
食材やワインはもちろん、空間を彩るインテリアや家具も富山の職人の手によるもの。そしてスタッフも皆、富山出身。そして谷口氏は、スタッフたちにこう伝えます。
「富山を自慢しなさい」
富山のキレイな場所、自分の好きなもの、小さい頃の体験。自分たちが大好きな富山を、自信を持って“自慢する”こと。それが遠方から訪れるゲストに、もっとも響く言葉になる。そんな思いがあるのでしょう。
新生『L’evo』のオープンにあたり、11人のスタッフ全員が、利賀村に引っ越しました。人口350人の村に、新たにやってきた11人。そして山奥のこの村を目指してやってくるゲスト。人の流れが変わり、村の知名度が上がり、やがて人々の意識も変わっていくことでしょう。
かつてコペンハーゲンにレストラン『noma』が誕生し、世界屈指のレストランとなったとき、人々は『noma』の料理だけでなく、デンマークの食そのものを讃えたといいます。
同様に『L’evo』の成功は利賀村、富山県の評価を変え、意識を変え、やがて食文化そのものを変えていくことになるのかもしれません。
住所:富山県南砺市利賀村大勘場田島100 MAP
電話:0763-68-2115
営業時間:ランチ 12:00〜、12:30〜 ディナー18:00〜、19:00〜
定休日:水曜 ※2021年8月2日〜18日は夏季休業
http://levo.toyama.jp/
Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA
※この記事は2021年4月に取材したものです。