歴史に泊まる宿、百にひとつの宿。奈良井宿に誕生。[BYAKU -Narai-/長野県塩尻市]

床の間や欄間だけでなく、梁や壁など、当時の材をできる限りそのまま残す。百五の客室より。

既存の建物、構造を活かした客室作りのため、それぞれ広さもスタイルも異なる。天井高が活かされた空間は、百二の客室より。

BYAKU -Narai-愛され続けてきた「杉の森酒造」に再び命が宿る。

知る人ぞ知る、日本最長の宿場町として名高い奈良井宿。しかし、その本質は長さだけでなく、町の風景にあります。

古き良き町並みを守り続けることは容易なことではありません。当時の面影を残す、もとい、そのままの姿を成しているのは、「作る」のではなく「直す」繰り返しをしてきたからこそ。まるで秘伝のタレのごとく、修復という名の継ぎ足し、継ぎ足しは、奈良井宿の味を変えず、保たれてきたのです。

それは、長きにわたり、住民ひとり一人がそのイズムを受け継いできたことを意味します。

しかし、歴史の中から消えてしまう灯火があるのも事実。2012年に幕を閉じた『杉の森酒造』もそのひとつです。

創業は、1793年(寛政5年)。200年以上、この町並みを象徴する建物として愛され続けていました。

今回、その『杉の森酒造』が再び息吹を取り戻します。2021年8月4日、大きな大きな杉玉をシンボルに『BYAKU -Narai-』として再生を迎えました。

酒蔵の再生(2021年秋頃開業予定)はもちろん、宿泊施設と温浴施設、レストランやバー(2021年秋頃予定)という新たな役目を備え、もう一度、街の風景を形成する一端となります。

もちろん、その姿はそのままに。

建物をそのまま残すことによって、奈良井宿が守ってきた風景を汚すことなく再始動させる。当時より『杉の森酒造』のシンボルは、ひと際大きな杉玉。『BYAKU -Narai-』においてもそれを採用。

実際に酒造りをしていた空間は、レストラン『嵓 kura』として再生。奥のガラス向こうは、2021年秋頃に酒造りを復活させる酒蔵。

BYAKU -Narai-

再生の条件は、「継ぐ」こと。決して、町の文脈から外れてはいけない。

『BYAKU -Narai-』の容姿は、『杉の森酒造』だった当時と変わりありません。

前述、大きな大きな杉玉においても、当時のシンボルを再現。建物の構造もできるだけ残し、もともとあった使用できるものにおいても再び役目を与え、『杉の森酒造』を継いでいます。

大きな梁や土壁、レストランに使用する食器の一部などはその好例。まさに泊まりながら歴史を体感できる宿なのです。

客室においては、全12室を用意。

「百一」から「百十」までの客室名によって構成されるそれぞれには、建物の既存が活かされています。

宿場町を目の前に中山道に面した「百二」、梁が露わになった「百三」、中庭を望む「百四」、蔵の中に設けた「百八」、天井高のある「百九」など、どれも個性豊か。

泊まる度、もとはどんな空間だったのかと想いを馳せるも良し。先人や過去の旅人と同じ景色を見ているのかもしれない時空を超えた邂逅体験は、必ずや特別な時間を紡いでくれるに違いありません。

客室は全12室。宿名にちなみ、百一から百十二までの数字を客室名に採用。

黒く煤けた太い梁が印象的な百三。当時より使用されてきた階段も客室に残す。飴色になった木の質感に歴史を感じる。

縁側から木曽の山々を眺める百四。元々茶室だった空間は半露天風呂として活用。

中庭に面した客室には、露天風呂も備える。景色を望みながらゆっくりと癒やされたい。百四の客室より。

土蔵だった場所も一棟まるごと客室に採用。天井高を活かし、メゾネットタイプに設計。2階をベッドルーム、1階をリビングに設計した百七・百八の客室より。

酒蔵だった当時の壁面。多く見られるひび割れや経年変化による土の質感は、過去を彷彿とさせる。

もともとあった『杉の森酒造』時代に使用されていた斗瓶をレストラン『嵓 kura』の照明に再利用。

『BYAKU -Narai-』のエントランス。ディスプレイには、 『杉の森酒造』にあったものを多く採用。過去を受け継ぎ、これからの時代を共に歩む。

BYAKU -Narai-

百にひとつの宿、それが「BYAKU -Narai-」。

『BYAKU -Narai-』には、温浴施設『山泉 SAN-SEN』も備えます。

ここにおいても町を継ぎます。湯の恵みは、信濃川の源流である山の湧き水を引き込み、旅人を癒します。

この湧き水は、古来より奈良井宿の生活を支え、今なお、その軌跡は宿場内に残っています。『BYAKU -Narai-』の前にある水場もそのひとつ。

奈良井川しかり、奈良井宿は、水とともに生きた町でもあるのです。

料理に使用する水や2021年秋頃再生予定の酒蔵における仕込み水もまた、同様の水を採用します。

宿、湯、食、酒……。それぞれの体験の向こう側には、必ず土地があり、歴史があり、文化があります。

『BYAKU -Narai-』の「BYAKU」とは、宿から得る「百」の物語を体感してほしいという願いを込め、「宿」の言語の中にある「百」から命名。

この宿には、この宿場町には、そこに身を置くからこそ感じる何かが潜んでいるのです。その何かとは、決してSNSやテクノロジーでは得られるものではありません。むしろ、真逆な世界。

百年の歴史をぜひ。
百味薬々のおもてなしをぜひ。
酒蔵の完成時には、百薬の長をぜひ。

百にひとつの宿、それが『BYAKU -Narai-』。

百分は一見に如かず。まずは、自分だけの百分の一の物語を探してみてください。

古くから奈良井宿を支え続けてきた山の湧き水。信濃川の源流であるそれを温浴施設『山泉 SAN-SEN』にも採用。日帰り入浴も2021年秋頃から開始予定。

『BYAKU -Narai-』のサインには、「百」の文字をモチーフに「100」も添える。ぜひ、多く物語を体験していただきたい。

住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-3001
受付時間 : 10:00〜17:00
https://byaku.site

Photographs:ROCOCOPRODUCE INC.&KOJI FUJITA(TOREAL)
Text:YUICHI KURAMOCHI