「合餐」 これが私たちの正解。[Gohsan 7chefs in Fukuoka/福岡県福岡市]

「世界的に活躍しているシェフのみんなが福岡に集ってイベントを開催できるのは、今回が最初で最後かもしれません」と話すのは、『合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』の発起人、『La Maison de la Nature Goh』の福山 剛シェフ(一番右)。。会場となったのは、福岡天神に位置する『QUANTIC(クアンティック)』。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―「合餐」の再開と再会。今の自分たちに迷いはない。

去る11月某日。福岡にて、あるイベントが開催されました。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』。

発起人は、2021年「アジアのベストレストラン50」30位にもランクインする福岡の名店『La Maison de la Nature Goh(ラ・メゾン・ドゥ・ラ・ナチュール・ゴウ)』の福山 剛シェフです。

加えて、参加シェフにおいても世界レベル。

「ミシュランガイド東京2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」7位、2021年「世界のベストレストラン」39位の『Floriege(フロリレージュ)』川手寛康シェフ。

「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2021」二つ星及び「グリーンスター」、2021年「アジアのベストレストラン50」64位の『Villa aida(ヴィラ・アイーダ)』小林寛司シェフ。

初台の名店『Anis(アニス)』を経て、現在は『傳』と『Floriege』が共同運営するレストラン『デンクシフロリ』の料理長を務める清水 将シェフ。

「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」8位、2021年「世界のベストレストラン50」では惜しくも50以内からは外れるものの76位の健闘を見せた『LA CIME(ラシーム)』の高田裕介シェフ。

「ミシュランガイド東京2021」一つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」27位の『Ode(オード)』生井祐介シェフ。

「ミシュランガイド東京2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」3位、2021年「世界のベストレストラン」11位の『傳』長谷川在祐シェフ。

これまでの社会情勢により、シェフたちが顔を合わせるのも実にひさかたぶり。「大規模なイベントは約2年ぶり」と皆が口を揃えます。

イベントの再開、人との再会。様々な想いが交錯するも、「今の自分たちに迷いはない」。言葉にせずとも、厨房内で喜びを分かち合いながら料理を作る姿を見れば、容易にそれを感じ取れます。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』(以下、合餐』)の幕が上がる。

厨房の中での福山シェフ(左)と長谷川シェフ(右)。互いの近況報告をし合いながら、和やかな空気が流れる。

コース料理の最後の皿、デザートを合作する生井シェフ(左)と高田シェフ(右)。久々の再会に笑顔が溢れる。

小林シェフ(中央)と長谷川シェフ(奥)が同じキッチンに立ち、同じ料理を作るという異色の風景が生まれるのも、このイベントの醍醐味。

清水シェフ(左)の火入れに興味津々の生井シェフ(右)。互いの料理を間近で見ることは、学びや技術の習得につながる。

合餐』では、7人のシェフ以外に福岡をはじめ、九州のレストランもサポートに入る。川手シェフ(中央)とともに皿を仕上げるのは、赤坂「こみかん」の拓ちゃんこと末安拓郎シェフ(手前)。

メインの肉料理(下記参照)は、『デンクシフロリ』、『Villa aida』、『La Maison de la Nature Goh』の合作。こちらは、その中のひとつ、『Villa aida』が手がけるカブと柿のミルフィーユ仕立て。

上記と同じく、メインの肉料理(下記参照)にもうひとつ添えるのは、焼いたミカン。こちらも『Villa aida』が手がける。

上記と同じく、メインの肉料理(下記参照)に使用する和牛シンシン。火入れの魔術師の異名を持つ『デンクシフロリ』の清水シェフが、驚異の約8時間をかけてじっくり火入れする。清水シェフの友人でもある台湾の原住民が作った石板の上に肉を置き、手で転がしながら指先で温度を感じ取り、真まで熱を伝える。

シェフ自らテーブルまで足を運び、料理をサーブする場面も。そんな自由もゲストを大いに楽しませた。

この日のドリンクは、全てペアリング。「ドン ペリニヨン」から糸島「田中六五」まで、バリエーションに富んだプレゼンテーションを披露。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―想いは人を強くする。連鎖を生んだ幸福と口福。

今回、供された料理は全8品。シェフがそれぞれ料理するものもあれば、合作もあり。様々な手法で舌と目を楽しませてくれます。

しかしながら、各シェフが『合餐』について語る際、「料理は味わっていただきたいのですが……」という開口が多く見られました。その理由は、改めて様々を見直した空白の2年間を生きた在り方にあったのかもしれません。

「これまでのレストランは、“個”がクローズアップされていたと思います。ですが、これからは、“個”から“全”へ。料理も大事ですが、今回のバックテーマは“全員で楽しむこと”。美味しかったよねよりも楽しかったよね。後に、そんな風に思い出していただけたら開催した甲斐があったなと思います。そして、それぞれの生活の中で当たり前だった様々なことを考え直す良い機会になるといいなとも。事実、当たり前だったイベントもできなくなり、『合餐』を開催できたことがこれほどまでに幸せな時間だったから」と川手シェフ。

「みんなと会うには久々。いや、久々でもないかな? どっちだろう(笑)。お客様には申し訳ありませんが、まず何より自分自身がこの日を一番楽しみにしていました。普段はひとりで料理していますが、今日は尊敬できるシェフたちと一緒にキッチンで過ごすことができる。本当に幸せ」と小林シェフ。久々の再会だったシェフたちでしたが、顔を合わせれば瞬時に距離は縮まり、結実。昨今、主流の「オンライン」では成すことができないグルーヴです。

「普段、実はシェフは孤独なんです。ですが、今日は、みんなで分かち合える。それが嬉しい。料理の手法や味、スタイル、哲学など、それぞれ違いますが、だからこそ共有できる。そんな自分たちの高揚感がお客様への満足にもつながると思っています。今日をきっかけに、またレストランの価値を向上させたいです」と清水氏。

「この約2年間では、色々考えることが多かったです。レストランの経営の仕方、シェフとしての在り方……。サスティナブルという言葉もよく耳にしますが、実際に自分たちがどうそれを行動できるのか。苦しかった分、強くもなれた。対応能力やできることも増えた。明日に追われてしまう日々もありましたが、もっと先を見ることができるようにもなった。今日、この『合餐』から、また新しい一歩を踏み出したい」と高田シェフ。

「人とのつながり、喜びの分かち合い、皆で場を囲むこと。当たり前にできていたことがこれほどまでに大事なことだったのかと再確認しました。楽しみ過ぎて、料理をお待たせしたこともありましたが、それも含めて熱量があった。『合餐』に参加していただいた全員に助けられたので、それが良い時間を生んでくれました」と生井シェフ。実際、生井シェフが担当だった料理の提供は、予定よりも約30分遅れ。しかしながら、ワクワクが止まらないゲストの表情を見れば、そんなハプニングや料理を待っている時間すら愛おしかったのかもしれません。

「このメンバーの中では、以前から何かやろうかという話は出ていたのですが、僕らが集まって何かやることによって多方面にご迷惑をかけてしまう可能性がある。そんなことから色々な件の実施を決断できずにいました。当たり前だったことが当たり前でなくなったと思う反面、今までが当たり前じゃなかったのだとも思うようになりました。食事においても、どこで誰と何を食べ、共有したいのかなど、レストランの在り方も問われてくると思います」と長谷川シェフ。

「振り返れば、自分が最後に大きなイベントをしたのは『DINING OUT RYUKYU-URUMA』でした。その後、色々なことを予定してみましたが、自粛や緊急事態宣言の繰り返しで全て実現が叶いませんでした。今回のメンバーは、公私ともに皆仲も良く、コースにおいても料理の流れではなく、人の流れが感じられたと思います。性格も出ていましたし(笑)。お客様にとって、自分たちにとって、何か前を向ける良いきっかけになれば、この上なく嬉しく思います」と福山シェフ。

それぞれの想いが幾十にも重なった『合餐』。ほんの数時間の出来事は、まるで夢のごとく幕を閉じました。

『LA CIME』が手がけた1品目、柑橘の果汁と魚を合わせたセビーチェ「魚介 ヘベナ 島唐辛子 ココナッツ さつまいも」。五島の石垣鯛や九州の柑橘、そして高田シェフの出身でもある奄美大島の島とうがらしなどを使用。柑橘は5種類ほど絞ってピューレにし、「虎のミルク」の意味を持つ「レチェ・デ・ティーグレ」と大阪に拠点を持つレストランということで、某球団をイメージした虎柄の生地も添えて。生地にはタイのアラ汁も練り込む。

2品目は、『Floriege』と『傳』の合作、「トマト チーズ 牛 スグキ」。発酵をテーマに、和洋を融合。上は、スグキを葉で発酵させ、チーズを加えたトースト。下は、トーストに使用したチーズの皮と牛乳を合わせ、もう一度発酵させたムースを経産牛のカルパッチョに添える。トマトのテリーヌとガスパチョのような味わいのソース、沖縄のバニラをアクセントに。

3品目は、『La Maison de la Nature Goh』が手がける「黒大豆 肝 黒無花果」。三層から成るそれは、福岡の朝倉、クロダマルの黒大豆のケーキ、黒イチヂクとチャツネ、フォアグラとコーヒーを合わせた前菜ケーキ。

4品目は、『Villa aida』が手がけた「かぼちゃみりん粕漬 ほうずき 柑橘ピール 卵黄」。カボチャを丸ごとローストし、皮を剥ぎ、実のみガーゼで包み、みりんとレモンチェッロに漬け込む。『Villa aida』横の畑で育てたほおずき、オレンジピールを添え、みりんと卵黄で作ったソースとともに。

5品目は、『Ode』が手がけた「ノドグロ 菊 ターメリック」。カボチャとノドグロを挟み込み、パイで包む。ソースにはシナモン、ハッカク、バニラに、乾燥させたカボチャのタネを野菜出汁で煮出し、香りを移したところに豆乳とターメリックで合わせる。全てのパーツに菊を採用しているため、まとまりのある味わいと香りもアクセントに。

6品目は、『デンクシフロリ』、『Villa aida』、『La Maison de la Nature Goh』が手がける「和牛シンシン カブと柿のサワークリームマスタード 赤ワインソース」。お肉は、清水シェフが担当。うちももの柔らかい部位、シンシンを約8時間(!)かけて火入れ。その火入れにセオリーはなく、感覚と直感で温度を調整する。添えてあるカブと柿のミルフィーユ仕立てとミカンは、小林シェフが担当。ミカンは皮ごと焼いて丸ごと食べられるように調理。塩と砂糖に浸け、最後に表面を黒く焼き、自家製の七味唐辛子を振る。ソースは福山氏が担当。

7品目は、『傳』と『Floriege』の合作、「桜海老ご飯 ビスクがけ」。桜海老の香り豊かな炊き込みご飯は、長谷川シェフが担当。それに、川手シェフが手がけた蟹の旨味を効かせたビスクを合わせる。添えられたミントは、『デンクシフロリ』清水シェフのアイディア。「最後に何か添えたいなと思っていたのですが、さりげなく、清水シェフが“ミントがいいんじゃない”とひと言。川手シェフと自分にはなかった発想でした。色々なシェフの感性が重ね合わせることによって、想像を超えた味になっていく楽しみは、合作の醍醐味」と長谷川シェフ。

8品目のデザートは、『La Cime』、『Ode』、『La Maison de la Nature Goh』の合作。高田シェフが手がけたロールケーキには、奄美大島の砂糖や塩などの食材をふんだんに使用。それに、生井シェフが作った卵黄とコーヒーのフレーバーを効かせたコンブチャのソースと合わせる。 添えてあるアイスクリームは、福山シェフが担当。食材には、福岡の柿、秋王を使用。砂糖などは一切使用ぜず、自然の甘さのみで調理。料理にある『LA CIME』のロールケーキと『Ode』(系列店のカフェ『BGM』) のコーヒーは、各公式HPのオンラインストアでも購入可能。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―「合餐」が教えてくれたこと。それは、「進化」ではなく「深化」。

今回、『合餐』のテーブルを彩ったのは、花人・赤井 勝氏です。特筆すべきは、そのプレゼンテーション。供されるコース料理の8品に合わせ、8つの花材をライブパフォーマンスで生けてゆき、8品目と共に作品が完成するという演出手法です。

シェフは食材、自分は花材。材は違いますが、自然からの恵みをいただいて表現している同じ立場として、シェフの方々をとてもリスペクトしています。自分自身、この2年間を経て、もう一度、仕切り直して花と向き合っていきたいと思っています。今回の『合餐』では、喜びが新鮮でした。人との触れ合いが新鮮でした。一輪ごとに生ける度、お客様の表情も変化してゆき、それを感じることができました。一品ごとに刺激を受け、お腹を満たすように花を通して心と目を満たしたいと思っていました」と赤井氏。

そして、司会を務めたのは、「アジアのベストレストラン50」及び「世界のベストレストラン50」の日本のチェアマンや『DINING OUT』のホストを務めるコラムニスト・中村孝則氏。

「世界中においてコロナ禍を経験し、レストランの価値も変わってきていると思います。美味しい以外に大切なことは、“JOYFULL”と“SHARE”。これは、国際的に議論されるレストラン業界でも話題に出るキーワードです。ただお腹を満たすだけでなく、人と分かち合う、喜びを感じる、そんな精神的な豊かさを享受できるレストランが必要とされるのではないでしょうか」と中村氏。

これからのレストランに必要なことは、「進化」ではなく「深化」なのかもしれません。より深く食材とつながり、より深く生産者とつながり、より深く地域とつながり、より深くお客様とつながり……、結果、より深いレストランになる。

今回、参加したシェフたちは、名だたるタイトルを受賞しているも、そこに驕りはありません。トップランナーであり続けるために大切なことは、シェフ力ならぬ人間力。

そんな7人だからこそ、『合餐』を決断できたのです。

以前ならば、何が正解で何が不正解かわからない。そう感じていたと思います。しかし、長い時間を経て、ようやくその難問の答えを得たのかもしれません。

だから、今ならはっきりと言えます。

これが私たちの正解。

より「深化」するレストランへ。

今回、独自の芸術的表現を見せた花人・赤井氏。作品が完成するまでのプロセスも含めたライブパフォーマンスにゲストも興奮。長谷川シェフとは、パリ『ルーブル美術館』にて開催された『JAPAN PRESENTATION in PARIS』でも饗宴。

苔の島にひとつの生態系が形成されたかのような世界。8品ごと8花が生けられたそれは、まるで8人の集いのようにも見える。

合餐』の司会を担ったコラムニストの中村氏。今回のシェフは、自身がチェアマンを務める「アジアのベストレストラン50」及び「世界のベストレストラン」にランクインするレストランばかり。一番側で苦しみも活躍も見てきただけに、「この日は感慨深かった」と話す。

『合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』は、ただのイベントではなく、何か一歩を踏み出すきっかけやこれまでの節目、そして、新たなスタート。全ての料理を出し終え、シェフたちが舞台に集まるも、なぜか手をつなぐ!?場面も。そんなチャーミングな仕草からも、7人の深い絆を感じる。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI