「武者修業」の延長戦。松本日出彦、クラフトジンの世界へ。

『尾鈴山蒸留所』にて、香りと味を入念に感じ取る松本氏。いくつもの原液をブレンドし、一本を形成するゆえ、その方程式は無限。

HIDEHIKO MATSUMOTO日出彦さん、僕とも酒を造ろう。名乗りを上げたのは、日本酒蔵ではなく焼酎蔵。

「百年の孤独」。

小説のタイトルとしても知られるその名は、明治18年創業の老舗焼酎蔵『黒木本店』が手がける人気銘柄です。

その五代目・黒木信作氏こそ、「自分も日出彦さんと一緒に酒が作りたい」と名乗りを上げた人物。

「日出彦さんとは昔から仲良くさせていただいており、ご自身の蔵を離れるかもしれないという話も伺っていました。まさか現実になってしまうとは……。その後の『武者修業』の活動はずっと見ていました。自分も日出彦さんと一緒に酒が作りたい、そう思っていました」。

そんな黒木氏は、宮崎の自然豊かな山奥で『尾鈴山蒸留所』というもうひとつの蔵も運営しています。そして今回、松本氏との酒造りに提案したのは、焼酎をベースにし、麹から生まれた新たな蒸留酒「ジン」。

『黒木本店』は、老舗でありながらアグレッシブ。黒木氏の父、敏之氏が生み出した銘酒が前出の「百年の孤独」であれば、息子、信作氏が生み出した銘酒は「OSUZU GIN」。雄大な自然に囲まれた『尾鈴山蒸留所』でそれを醸します。

歴史や伝統に寄りかかるだけでなく、最新最善を追求し、常にものをゼロから生み出す情熱は、酒種は違えど確実に受け継がれています。

「せっかく蔵を離れたのであれば、これまでと全く違うことに触れてもらいたかった」と黒木氏。

テーマは、ふたつ。香りとブレンド。

「日本酒を桶で貯蔵していた時代は、新しいロットと古いロットを切り替える際、味を安定させるためにブレンドしていたと言われています。しかし、現代においての解釈は少し異なり、意図的に味の違いや個性を出すためにブレンドさせることがあります。しかし、自分はそれをあまり好まず、米を混ぜることはしていました。加えて、香りを纏わせない日本酒造りもしてきたので、今回の取り組みは真逆の世界。だからこそ、学びがあると思いました」と松本氏。

秋田『新政』、栃木『仙禽』、滋賀『七本鎗』、福岡『田中六五』、熊本『花の香』と五蔵を巡り、ようやく仕上がった酒の余韻に浸ることなく、宮崎『黒木本店』へ。

「武者修業」の延長戦、スタートです。

※WAKOオンラインストア(上記バナー)では、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」を10セット限定販売。
※2021年10月1日(金)にリニューアルした『和光アネックス』地下1階のグルメサロンでは、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」の単品購入も可能です。

宮崎県の高鍋町に位置する『黒木本店』。重厚感のある建物には風格が漂う。屋号とともに掲げるのは「焼酎一筋」。

大小合わせ30以上とも言われる尾鈴山瀑布群を擁する山の奥深くに位置する『尾鈴山蒸留所』。森の木々に囲まれ、人里離れたこの地で『黒木本店』の酒は醸される。

『黒木本店』のある高鍋駅も走る列車。海の上を走る際は、ゆっくりと走行してくれるため、乗客は景色を堪能できる。そんな優しさも宮崎の人柄の良さ。「宮崎の人は、みんな優しいですね!」と松本氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO香りから感じる味の輪郭を表現したい。味の記憶は薄れても、香りの記憶は薄れない。

「武者修業」における松本氏の酒造りは、蔵の中だけでなく、蔵の外にも目を向けてきました。土地に触れ、環境を知ることによって、その蔵だからこそできる味と理由があるからです。

『黒木本店』においても、それらを学ぶために足を運びます。まず向かった先は畑。約40ヘクタールにも及ぶ広大な土地に広がるのは、原料となる芋。

「宮崎は、太陽と緑の国を謡うほど、日本の中でも長い日照時間を誇る県。小丸川の水とこの土地で育った芋で酒を造ることに意義があると思います。加えて、『黒木本店』は、土作りから携わり、循環も生んでいます。そんな背景こそ『黒木本店』の価値であり、だからこそ銘酒が生まれているのだと思います」と松本氏。

あまり知られていませんが、焼酎の製造過程で排出されてしまう焼酎粕は産業廃棄物に分類されます。『黒木本店』では、それを堆肥化させるシステムを数年かけて構築。土地の恵みから生まれたものを健全なかたちで土地に返す循環を生み出したのです。もちろん、松本氏が訪れた畑の土にもこの肥料は採用されています。

「昨今の世界的な情勢もあり、SDGsという言語を目にします。しかし、自然や土地と深い関わりを持ってきた我々にとって持続可能な環境を目指すのは当然の社会」とふたり。

そんな土地から生まれた芋・ジョイホワイトは、熟成させることによって独特な香りが生まれます。ライチのような優しい土の香りとふくよかな芋の香りは、嗅ぐ度、癒しへと誘われます。

「柑橘や薔薇と同じ香り成分も含まれています。癒しを感じるのはそのせいかもしれません」と黒木氏。「でも、日出彦さんにはこっちの言い方の方がしっくりくると思うのですがロウリュのアロマオイルなんかにも含まれている成分です(笑)」。

それを聞き、サウナ好きとしても知られる松本氏は、納得の笑みを浮かべながら「特に身と皮の間やヘタの部分がよく香る」と分析。

「この香りは、蒸留しても残ります」と黒木氏。

宮崎では、「疲れた」を「だれた」と話す方言があります。そのだれを止める(やめる)ために一杯呑むことを「だれやみ」と呼び、一日の疲れを癒すために晩酌することや焼酎を飲んで一日の疲れを癒そうという時に「だれやみしよう」と使用するのです。

つまり、焼酎とは癒し。そんな文化が根付いている土地こそ、宮崎なのです。

「今回は、香りから感じる味の輪郭を表現したい。味の記憶は薄れても、香りの記憶は薄れない。むしろ、同じ香りを嗅ぐことによって、その時の思い出や出来事がくっきり情景として浮かび上がる」と松本氏。

それを聞いた黒木氏は、ゆっくりと記憶を手繰り寄せるようにこう話します。

「今回の酒造りでは、ふたりの思い出の香りをジンで表現しようと思いました」。

黒木氏が運営する『甦る大地の会』が所有する畑は、広大な敷地面積。「風の通りも良く、作物が良質に育つ環境が整っていると思います。小丸川の水も合わさるため、まさにメイド・イン・宮崎の素材ですね」と松本氏。

芋の収穫は、まず葉を取り除き、芋を掘り起こし、その後、手作業で選別。この日も芋を積んだ『甦る大地の会』のトラクターがテンポ良く行き交う。

小丸川は、その源を宮崎県東臼杵郡椎葉村三方岳(標高1,479m)に発し、山間部を流下。渡川などを合わせながら木城町の平野部を貫流する。その後、下流部において切原川、宮田川を合わさり、日向灘に注ぐ幹川流路延長75㎞、流域面積474kmの一級河川。

焼酎生産で出た廃棄物を堆肥化して畑に戻すためのハウス。遡ること1998年に廃棄物を堆肥化する有機肥料工場を設立。2004年にはその肥料を使用し、焼酎の原料を栽培する農業生産法人「甦る大地の会」を立ち上げ、農場も運営。

焼酎粕が持つ酸性を中和するために石灰を合わせる。加えて、窒素を担うために鶏糞なども混ぜ、肥料化する。

土作りからしている畑で育った芋・ジョイホワイトの香りを確かめる松本氏。「丁寧な土の香り、美しい土の香りがします」。

ジョイホワイトを割るとより香りが広がる。「季節や天候などにもよりますが、概ね6日ほど熟成させています」と黒木氏。

酒造りは農業から。蔵の中だけでなく、蔵の外へも積極的に足を運ぶ黒木氏。「素材や環境を知らずして、良い酒造りはできません」と黒木氏。

 『尾鈴山蒸留所』の木桶は、地元の杉で造られる。「こうして土地で生まれた素材を正しい形に加工することは美しい循環。酒造りの道具は木材が多いため、林業とも密接な関係」と松本氏。

 ジョイホワイトと米麹のもろみ。「ステンレスだと、結露してしまったり、そこからカビが発生してしまうこともありますが、木桶は湿気を吸ったり、断熱作用があったりと理にかなっている。それに、人と同じで、ヒノキ風呂に入った方が気持ちいと感じるように麹もそう感じると思うんですよね!(笑)」と黒木氏。それを聞くと、もろみも喜んでいるように見える。

HIDEHIKO MATSUMOTO人と土地をブレンドすることによって、ふたりの思い出が蘇る。

『尾鈴山蒸留所』の焼酎・ジンは、地元の材料を多く使用しています。しかし、「今回は、宮崎の材料と日出彦さんの出身、京都の材料をブレンドしたいと思っています。その時にふと頭に浮かんだのがふたつありました」と言います。

ひとつは、昔、京都に訪れた際に紹介された松本氏の同級生が営む宇治茶の生産家『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

もうひとつは、松本氏が蔵を離れることになった際、京都の『建仁寺』にて共に坐禅を行った際に見た庭園の松。

「確か坐禅をした後に飲んだお茶もほうじ茶でしたね」とふたり。

そんな黒木氏の計らいもあり、ブレンドに用意した材料は、宮崎のキンカン、生姜、山椒、ジェニパーベリー、そして、京都の松と『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

「松とほうじ茶は、いずれもこれまでのOSUZU GINにはなかった材料なので初めての試み」と黒木氏。

そして、それぞれの香りと味を確認し、どうブレンドするかを考える松本氏。

実験と検証を繰り返し、「これは潔い。この味には意志を感じる。こっちはカウンターで飲んでるシーンが浮かぶ……。ストレートで飲むのか、ソーダで飲むのか、トニックで飲むのか……。うーん……」。初めてのブレンドゆえ、当然、なかなか決まりません。実は松本氏は、ジンラバーでもあります。プライベートでも松本氏と親交の深い黒木氏は、それを知っての提案でもありました。これまで飲み手だっただけに、造り手の想いだけでない、客視点の比重も大きいのです。

「きっとテイスティングした日や季節、天気、温度、湿度によって味の感覚は変わると思います」と黒木氏。

だかこそ、香りが重要なのかもしれません。

結局、この日は決まらず、また別の日に再度、ブレンドとテイスティング。しかし、その日にも決まらず……。

「ただ、方向性は見えた」と松本氏。

「自分であれば、絶対にこのブレンドはしない。これは完全に日出彦さんの味」と黒木氏。

だから、ブレンドはおもしろい。

ひとつ言えることは、ただ香りや味をブレンドしたものではないジンが醸されたということ。

なぜなら、これは土地をブレンドした酒であり、人をブレンドした酒、そして、ふたりの心をブレンドした酒だから。

そして、その香りは、黒木氏と松本氏にしか見えない情景を浮かび上げ、思い出を蘇らせるでしょう。ふたりだけの特権です。

果たしてどんなジンになるのか。仕上がりは、乞うご期待。

ミリ単位でブレンドしながら、細かく香りと味を形成していく。

ブレンドをしながら、自然と思い出話にも花が咲くふたり。「今回、信作とジンを造ることができたのは、蔵を離れたからかもしれません。辛いことも多かったですが、それ以上に人の想いとたくさんのギフト(体験)をいただきました」と松本氏。

今回のキーポイントとなる素材は、松の葉と宇治茶の生産家『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

「実は、京都のおばんざいのローカルルールで、掛け合わせる食材は奇数と言われているんです。それを考えると……、何種合わせようか……」と松本氏。

大地の香水と形容できるクラフトジン「OSUZU GIN」は、伝統的な手仕事で造った本格焼酎に地元の素材を中心とした様々なボタニカルを漬け込んで蒸留。今回、松本氏が介在することによって、どんな化学反応を見せるのか!?

※WAKOオンラインストア(上記バナー)では、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」を10セット限定販売。
※2021年10月1日(金)にリニューアルした『和光アネックス』地下1階のグルメサロンでは、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」の単品購入も可能です。

住所:宮崎県児湯郡高鍋町大字北高鍋776 MAP
TEL:0983-23-0104
https://www.kurokihonten.co.jp
https://osuzuyama.co.jp/store/

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2010年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層の人気を集める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs&Movie Direction:JIRO OHTANI
Text&Movie Produce:YUICHI KURAMOCHI