citurusfarms たてみち屋
孤高のレモン農家・菅氏がクラウドファウンディングにチャレンジ
レモン、好きですか?
レモンの、どんなところが好きですか?
ちょっと考えてしまった人は、もしかすると、まだ本当に美味しいレモンに出合ったことはないのかもしれません。食事に、ドリンクにと用途が広がり、身近になっているようで、意外と知られていないレモンという果物。
そう、料理人やバーテンダーら食のプロフェッショナルの間では、レモンを果物と捉え直し、積極的にレシピに採り入れる動きが広がっています。
そして、一流の食材にこだわるプロたちにレモンの話を聞くと、「菅さんのレモン」と耳にすることが多くなってきました。
「菅さん」とは、「DINING OUT ONOMICHI」の食材チームにも参加した菅秀和氏。
広島県尾道市と愛媛県今治市を連絡する瀬戸内しまなみ海道のほぼ中央に位置する生口島で、レモン農園「citrusfarms たてみち屋」を営むレモン農家です。
「食べて美味しいレモン」。菅氏が心血を注ぎ続けてきたのは、そんな、みんなの固定概念を覆すレモンです。菅氏のレモンの美味しさは、食のプロたちの間でクチコミで広がり、多くのファンを獲得してきました。
そんな菅氏は今年、クラウドファウンディングに挑戦するとのこと。その狙いを聞くために、菅氏を訪ねました。
燦々と陽光がふりそそぎ、凪の真っ青な海を見下ろす斜面に、強面で偉丈夫の菅氏はプロレスラーのように立っていました。5年前の「DINING OUT ONOMICHI」の時よりも貫禄がついています。
リスボンという品種のレモンの木が、深緑色の肉厚な葉を茂らせ、ラグビーボール型よりもぷっくりとした実をつけています。菅氏は鮮やかな黄色になった実をもぎとると、「かじってみませんか?」と勧めます。農薬や除草剤も、もちろんワックスも使っていないから、そのまま安心してかぶりつけます。
歯応えのある皮を突き破ると、一気に果汁があふれ出します。すっぱい。
けれど、嫌なすっぱさではありません。爽快な香りが鼻を抜け、心地よいほろ苦さの奥に甘味を感じます。これがレモンの味なのか……実に骨太。素直に、美味しい。
「レモン栽培に取り組み始めた時、素朴な疑問が生まれました。スーパーでレモンを探したけれど見つからない。果物売り場にも、野菜売り場にもなかった。ようやく見つけた場所は、奥の薬味のコーナーでした。薬味や添え物としてしか扱われていない果物って何なんだって。レモンはれっきとした果物。よし、食べて美味しいレモンを作ってやろうと心に決めたんです」と菅氏は2014年当時を振り返ります。
citurusfarms たてみち屋「身土不二」の考え方を軸に、ひたすら土の健康状態を適切に保つ。
生口島の隣、大三島出身の菅氏は、食品流通などの仕事を経て、柑橘事業に乗り出す会社の一員として生口島に移住してきました。古民家の空き家を借りたところ、その家主から手に負えなくなってしまった約3,000坪のレモン農園の管理を頼まれました。空き家に思いがけずレモン農園が付いてきたカタチです。柑橘事業の撤退が決まったこともあり、菅氏はそのレモン農園主として独立を決意。翌年、40歳の時でした。
菅氏の農業の軸にあるのは、「身土不二(しんどふじ)」の考え方です。人間の身体と土の働きは同質であり、風土に育まれる命をいただくことは土を食べることに等しい、といった意味があります。レモンの木に美味しく健康的な実をつけてもらうには、土の健康状態を適切に保つことが大切と考えて、農薬や化学肥料を使わず、有用菌の働きを活かす土づくりに徹しています。
創業から使い続ける堆肥ヒューマスのほか、厳選した天然ミネラルや酵素をブレンドした天然液肥を散布します。雑草はシロツメクサなど土にとって有益な種類がはびこるように数種類播種し、除草剤に頼ることもありません。菅氏は鉄の杭を土に刺してみせます。他の園だった耕作放棄地の土には、菅氏が体重をかけても杭は20cmほどしか入りません。一方、菅氏の農園に杭を刺してみると、すうっと100cm近く入りました。土がやわらかく、ふかふかな証拠。土中に有用菌が多く、しっかり呼吸しているおかげなのです。
この土壌で育ったレモンは農薬・化学肥料不使用の「ノンケミカル・レモン」として出荷されています。皮まで丸ごと味わえる「食べて美味しいレモン」です。
citurusfarms たてみち屋レモンサワーの概念を覆す一杯。
取材班が訪ねたこの日、菅氏の農園にはもう一人のゲストがいました。東京・新宿にある「Mixology & Elixir Bar Ben Fiddich」(バー ベンフィディック)のバーテンダー・鹿山博康氏です。同氏は自ら農場で薬草を栽培し、養蜂をして蜂蜜を採取し多彩なカクテルを生み出すミクソロジストとして知られ、店は世界のバーランキングで常に上位にランクインするなど世界中にファンを抱えています。
数年来「菅さんのレモン」を店で使い、プライベートでも菅氏と交流のあった鹿山氏は、はるばる農園の見学に訪れていたのです。
「菅さんのレモンは香りのフレッシュさが違います。そして、完熟レモンは果汁の酸味と甘味、皮の苦味のバランスが絶妙」と鹿山氏。バーの七つ道具を持参した同氏は、その場でレモンサワーをつくってくれました。
香り、味わい、共に圧倒的なレモンの存在感。それでいて、全体的にまとまりがあり、すっきりと穏やかな後味。思わず笑顔になる旨さ。レモンサワーの概念が180度転換された思いです。
嬉々としてカクテルを作る鹿山氏。彼を見守り、頬を緩める菅氏。昼下がりの農園には、海風にのってレモンの香りがそよいでいました。
さて、菅氏は、一体どんなクラウドファウンディングに挑戦するというのでしょう?
citurusfarms たてみち屋国産 Non-Chemical レモンを未来へつなげていくために。
菅氏は枯れ草に覆われた畑に案内してくれました。ここは、耕作放棄地となって久しい畑。昨年、菅氏はこの土地を購入しました。多額の借入が伴う大きな決断でした。順調なレモン栽培を続けているように見える菅氏ですが、大きな危機感を覚えるようになったと話します。
危機感とは、第一に、気候変動による凍害の頻度が上がっていること。そして第二に、柑橘栽培を諦める農家が増え、耕作放棄地が広がっていることです。
「Non-Chemical レモンの美味しさを広く知っていただき、レモンを丸ごと味わうことが食文化の一部になることを目指して取り組んできました。ところが、そのためには一般消費者の方にまで届けるための絶対的な収量が不足しているという問題に直面しました。とはいえ、手間ひまのかかるNon-Chemical レモンの栽培は、収量を増やそうと無闇に耕作面積を増やしてしまうと、品質の低下や支出過多に陥ってしまいます。私はこれまで既存の柑橘園を譲り受け、その畑の土壌を改良することによってNon-Chemical レモンを栽培してきました。しかし、耕作放棄地のように土壌の改良だけではNon-Chemical レモンの栽培が難しい土地においては、伐採伐根と造成整地をしてから新しい苗木を植える必要があります。これは、野菜の様にすぐに収穫ができない果樹は最初の数年は経費ばかりがかかってしまい、とても効率が悪いのです。さらに、国産レモンの収穫は10月から4月までと、一番需要の高い夏場に収穫ができません。これらの課題を解決するために、大きな投資をしてでも理想的なレモン畑を一から作る必要がある、という結論に達したのです」
理想のレモン畑を作りたい。菅氏の熱意は、年々広がっていく耕作放棄地を自分の手でどうにかしたいという想いともつながりました。
「レモン畑のモデルケースを耕作放棄地に作り上げ、次世代のレモン栽培のあり方を示すことができれば、美しい生口島に虫喰いあとのように広がっている耕作放棄地を緑のレモン畑に変えていけるかもしれない」
菅氏は、その新たな取り組みのスタートにあたり、Non-Chemicalレモン栽培への賛同者を増やし、壮大なプロジェクトの着手資金を調達するために、クラウドファウンディング実施の決断をしました。
住所:広島県尾道市瀬戸田町福田796
FAX:0845-27-0861
http://www.tatemichiya.com/
Photographs:MINA MICHISHITA
Text:KOH WATANABE