日本を巡るツーリングエッセイ『Grand Touring NIPPON』はこちらから
里山十帖 THE HOUSE何もしない時間を楽しむ。そんな過ごし方を肯定する宿。
多くの場合、旅のプランの第一歩は宿を決めることから始まります。つまり旅の目的地は宿です。しかし考えてみると、旅において宿に滞在する時間は思うよりも短いもの。ならば宿には、何が求められるのでしょうか。
今回ご紹介する宿は、そんな疑問に答えを出してくれるかもしれません。宿の名は『里山十帖 THE HOUSE』。名宿『里山十帖』の離れとして誕生した1日1組限定の古民家宿です。
南魚沼の市街を過ぎて街道を折れ、山道をしばし進むと、現代的な装いの中に積み重ねた時間の長さを隠す古民家が現れます。築150年。長い間、豪雪に耐えてきた重厚感は、モダンなリノベーションを経ても褪せることはありません。
室内に入り荷をほどいたら、まずは窓に向いたチェアで一息。窓外に見えるのは、先ほど走ってきた街道です。この景観と、それを眺める時間こそが、この古民家宿の醍醐味のひとつ。遠くに望む道路に車が行き交う。車は誰かの人生を乗せて、走る。その人生に思いを巡らせながら、時間が過ぎる。無為な時間のようでいて、実は豊かな時間。「せっかくの旅だから何かをしなくては」という思い込みは、この宿には無縁です。
夕食は迎えの車に乗って、本館である『里山十帖』まで。木の温もり溢れるダイニングで、これもまた豊かな食事が始まります。
「魚沼の四季の移ろい、七十二候に寄り添う料理を心がけています」という料理長の桑木野恵子氏。新潟の山海の幸で織りなす八寸、旬のキノコの葛寄せ、子持ち鮎と自家製梅干しを添えた蕎麦粥。料理には、桑木野氏の思いが込められています。
「せっかく山まで来て頂いたから、本当は山の中で食べて欲しいくらい。だからそれができない分、景色が浮かぶ料理だといいなと思っています。ここに来るまでの道中の風景が浮かぶような」。
そんな気持ちがこもっているからこそ、『里山十帖』の料理は、心に深く刻み込まれるのでしょう。
里山十帖 THE HOUSE朝日とともに目覚め、炊きたての米を食べる。そんな里山の暮らしを体験。
部屋へ戻ったら、満点の星空を眺めながら露天風呂。絶景のダイニングやテラスも魅力ですが、眠気が訪れたらすぐに寝てしまっても良いでしょう。この宿では、何も特別なことをする必要はありません。
翌日の朝食は部屋食。
しかし部屋にやってくるのはお盆に乗った朝食ではなく、朝食を作る料理スタッフです。部屋に設えられたキッチンで食事の準備。土鍋でごはんが炊ける音、漂う出汁の香り。部屋は幸せな気配で満たされます
「ご飯は炊きたてが一番ですから」スタッフの松浦由奈氏は、さも当然のように笑います。部屋での調理というわずかな時間の差、そこから生まれる満足感を、この宿は何より大切にしているのでしょう。
つまりこの宿が提供してくれる時間は、特別な非日常ではなく、日常の延長線上にある穏やかさなのです。そして旅人が宿に求めるのはきっと、そんな当たり前の時間なのです。
何もしない時間を過ごすことも、すぐに眠ってしまうことも、当たり前のように許せること。心穏やかに、まるで暮らすように滞在する宿。それは旅の目的地としての宿の、正しい形なのかもしれません。
住所:新潟県南魚沼市天野沢家森山671-1 MAP
TEL:0570-001-810
https://satoyama-jujo.com/thehouse/
日本を巡るツーリングエッセイ『Grand Touring NIPPON』はこちらから
(supported by SUBARU)