
飛騨に語り継がれる魔物、両面宿儺からその名を得る塩尻産「宿儺カボチャ」は、サボテンのように長い形状が特徴。今回は、カボチャを主役に信州ぎたろう軍鶏と合わせ、「おやき」に。アクセントには、木曽の開田高原で作られたカマンベールを採用。
BYAKU -Narai-循環の味。冬の真実は、終わりを遂げた秋の名残なくしては生まれない。
冬の奈良井宿は、酷寒です。歴史を振り返ってみても、食材は貧しく、ゆえに保存食や発酵が生まれた地域でもあります。
しかしながら、そんな過酷な環境の中にも豊かさを育んだ先人たちの知恵があります。
冬の料理は、そんな学びから始まりました。
「奈良井宿はもちろん、長野県全体も含め、冬は食べるものを得るのに最も厳しい季節だったと言われています。海もなく、気温はマイナス。山間においては吹雪も日常茶飯事。作物も育ちづらい。一見、貧しいと思うかもしれませんが、先人たちは、そんな中においても豊かさを生み出してきたのだと想像しました」。
そう話すのは、『嵓 kura』の料理長・友森隆司シェフです。
現代においては、昔とは異なり、手に入る食材も多くなりました。しかし、「それに甘えては、本当の奈良井宿の冬の料理は表現できない」と言葉を続けます。
『嵓 kura』が表現したい冬の料理は、過去の追体験も含んだ料理なのかもしれません。
例えば、最初に供される「清香」。「すり流し」のそれは、シンプルな椀の中に淡い紫が美しく色付きます。
「奈良井宿の冬は、ご存知の通り漬物文化。中でも赤カブは、食材において、唯一、発色が美しい。きっと、粗食の漬物においても見た目の華やかさを楽しんでいたのだと思います。そういった気持ちの部分や色素を取り出す技術などを活かしました」。
続く「暮らし」と題した「おやき」においても哲学を持つ。
「塩尻産の宿儺カボチャと信州ぎたろう軍鶏を合わせたおやきです。宿儺カボチャは、通常の味と比べ味が濃く、ネットリというよりもホクホクした食感。それを甘酒と軍鶏の出汁で炊き、木曽の開田高原で作られたカマンベールをアクセントにしています」。
甘酒においては、酒造りが根付くこの地域ならでは。カマンベールを取り入れたことも、冬ならではの発酵文化を含むため。また、プレゼンテーションにおいても自然への敬意が演出されています。
「料理の下には紅葉を敷いています。実は『嵓 kura』周辺の雪に埋まった枯葉を掘り起こしたものです。冬には冬の素材と向き合うのはもちろんなのですが、こうして終わりを遂げた秋の名残は冬の影に潜んでいます。それが朽ちて土に還り、また次の季節の命を宿す。そういった季節の循環においても大切に向き合っていきたいと思っています」。

『嵓 kura』がスタートし、初めての冬を迎える料理長・友森隆司シェフ。日々、土地や食材、生産者と向き合うことによって、学びながら料理を作り続ける。

使用するのは、塩尻産「飛騨赤カブ」。飛騨と木曽は、昔から文化がつながり、食材や工芸など、行き来しているものが多い。まず、皮だけを煮出し、色素を抽出。最後に白い実と合わせ、「すり流し」に。また、本来のすり流しは、出汁で作るが、今回は動物性の牛乳や生クリームなども取り入れ、胃に入れた時に温かくなるように調理。
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過剰な演出は一切ない。冬の奈良井宿を正直に表現する。
前述の料理より続く冬のコースは、「水明」。食材は、秋メニュー同様、塩尻『田川浦養魚場』のシナノユキマスです。今回は、冬の時期だけ美味しい「薄造り」に仕上げます。
「冬のシナノユキマスは、一番脂が乗っていている時期。歯ごたえもあるため、薄造りが最適だと思います」と友森シェフ。
その薄造りの味に締まりを与えるのは、『嵓 kura』の監修を担う『傳』長谷川在祐シェフ直伝のポン酢。高級・希少な素材を一切使わず、醤油、カツオ、昆布、橙酢を独自の配合と時間をかけて丁寧に作ります。
「良いポン酢を仕入れることもできますが、当たり前の材料を自分たちの技術で美味しくするという考え方は、奈良井宿で食を表現する我々にとって大事なことだと思っています」。
そして、「伝承」と題した鯉の揚げ物。
「昔、この地域ではハレの日にいただく料理が鯉でした。昨今、そんな文化は失われつつありますが、『嵓 kura』では大事にしたいと考えています。骨斬りを行い、食べやすく手を入れ、仕込みに時間をかけ、泥臭さも一切ありません。その鯉を南木曽で採れた南木曽蓮根と塩尻の春菊ではさみ揚げにしています。添え物には、県産の金柑のコンポートと菊の花。そして、クタクタに煮た白菜を少し。ほっこり体を温めていただければと思います」。
料理に敷いた朴葉は、「おやき」の紅葉同様、『嵓 kura』周辺から採取したもの。
「雪を見立てることはできますが、それだけが奈良井宿ではない」と友森シェフ。
始まる季節に注ぐ愛もあれば、終わりを遂げた季節に注ぐ愛もある。それが『嵓 kura』流の季節の解釈であり、『嵓 kura』流の情緒。
「里山」のサラダは、通年、定番として出している料理ですが、今回こだわったのは、温度です。
「旬の食材を起用するのはもちろんですが、冬のため、体を冷やさず、ひとつ一つ手を加えています。例えば、里芋には甘く味を入れ、煮た後にじっくり揚げています。ニンジンはバターでグラッセにして熱々の状態にします」。
サラダのようでサラダではない。みなぎる大地の力、それぞれの野菜が適材に生かされた料理こそ、「里山」なのです。
お肉料理は、「嵓シシ」が登場。
「この時期は、何と言ってもジビエ。寒さに備えた冬のイノシシの肉質は、肉3脂7。とても濃いコクが特徴です。とはいえ、県産の野菜と合わさることによって、このお肉が生きるのだと思っています。木曽の『小池麹店』の味噌で仕立て、胃を温めていただければと思います」。
椀の中の関係は自然の中の関係と同様。大地の恵みがあり、シシは生かされ、活かされるのです。
当時は、この寒い冬をどうにか乗り越えるために体を芯から温め、火や囲炉裏を囲んで食べていたに違いありません。そして、命をいただく感謝も同時に得ていたと想像します。そんな滋味深い料理の享受は、現代に生きる我々に何かを訴えているようにも見えます。そんな問いかけすら感じるひと品です。
料理のシメは、「饗」と題した土鍋ごはん。
「土鍋ごはんと言えば『傳』。『傳』と言えば土鍋ごはん。直伝の逸品を、冬の『嵓 kura』では銘選木曽牛のサーロインを採用しています。お肉の下には、牛と同じ環境で育った雑穀米を使用し、白米よりも油切れを良くしています。雑穀の香ばしさ、素朴さが柔らかい肉質と相性が良く、ぜひおかわりもお楽しみください」。
最後は、「Mizu-Gashi」。
「冬の長野は、りんご。ですが、ここにおいても“冷たい”果物ではなく、“温かい”デザートをお出ししたいと考え、タルト・タタンに。それをキャラメルでコーティングして、熱を逃がさず美味しくいただけるようにしています。実は、もう少し酸味の多いりんごを使用したかったのですが、今季(2021年〜2022年)は、悪天候が続き、不作になってしまい。農家さんも大変苦しい状況です。ただ、そんな件も含め、これが“リアル”な地元の味。むしろ、我々、料理人の技術を活かす時だと考えます。地元農家さんが育てたものを美味しく仕上げたい。地元のものだからこそ、『嵓 kura』のお客さまに味わっていただきたい。良い時も悪い時も地元と向き合い続けることこそ、奈良井宿の味、『嵓 kura』の味になると思っています」。

シナノユキマスの薄造り「水明」。『傳』直伝のポン酢と共に。「冬のシナノユキマスは歯ごたえもあり、脂の乗っているため、薄造りが一番美味しいのですが、劣化が早くその日獲れた魚はその日しか持ちません。鮮度が命な料理です」。

「伝承」と題した千曲で育った鯉の料理は、南木曽蓮根と塩尻産の春菊ではさみ揚げに。県産の金柑と菊の花、クタクタに煮た白菜を添えて。「実は、長野県で蓮根を栽培している人はほぼいないく、希少な農家さんです。粘り気も強く、味がしっかりしており質が高い」。脇役も主役の力を持つのが『嵓 kura』の料理。

季節によって旬の県産野菜をいただく「里山」のサラダ。種類も豊富なそれは、その名の通り、ひとつの山が成す循環のよう。生、煮る、焼く、炒める、揚げる……。それぞれに適した調理を施し、それを皿の上で合わせる。

「嵓シシ」と題したひと品。脂の乗った冬場のイノシシに、県産のごぼう、しいたけ、松本一本ネギを具材に加え、木曽の『小池麹店』の味噌で仕立てた料理。

銘選木曽牛のサーロインを使用した土鍋ごはん「饗」。お肉の下には牛と同じ環境で育った雑穀米を使用。仕上げには、お肉を炙り、ごはんと和え、ゲストに提供する。ほどよく絡んだ油と土鍋で炊いたおこげ、雑穀の食感がお肉と絶妙に混ざり合い、食欲を掻き立てる。

デザート「Mizu-Gashi」は、伊那のりんご、サンフジを使用したタルト・タタン。それをキャラメルでコーティングすることによって温かさを維持。同じくキャラメルのアイスを添えて。某企業を彷彿とさせるりんごのデコレーションは、「デンタッキー」よろしく、長谷川イズムか!?
BYAKU -Narai-
食材の履歴書を理解し、奈良井宿に生きる料理人になるために。
「毎日、産地に行ける。その日の状態を見ることができる。育った環境を知ることができる。日々の作業のため、一番大変なことですが、奈良井宿だからこそできる喜び。キッチンで料理をすることよりも大切なことだと思っています」。
友森シェフは、日々、生産者のもとへ足を運び、このような作業を繰り返しています。これは、良い食材を仕入れるだけでなく、生産者との関係を強固にすることにもつながります。
地元のものを地元で食べることの意味と意義。『嵓 kura』の料理は、「レストラン」でありながら、「暮らし」の味を感じます。
美味しい料理であれば、世界中に存在しますが、奈良井宿の料理とは何か? 奈良井宿で食べる価値は何か? 全てに理由はあります。その解の物語が、料理に深みを与え、強い骨格を作り上げるのです。
食材や調理法など、料理に採用するコトとモノをひとつ一つ分解し、理由のある料理を表現する。『嵓 kura』が目指す料理はそれです。
「なぜ?に対する問いに必ず答えのある料理にする。なぜ奈良井宿? なぜ『嵓 kura』? なぜこの食材? なぜこの調理法? 答えのある料理を作りたい。いや、作らなければいけない。これは、長谷川シェフが最も大事にされていることでもあります。自分は、料理長として、その全ての問いを紐解き、答えを導き出すことが責務。この土地に生きる料理人として料理を作り続けます」。
住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-3001
営業時間:朝食7:30〜9:30/ランチ12:00〜14:30/ディナー17:30〜22:30
※ランチを除くレストランのご利用は、宿泊者に限ります。
住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-0001
受付時間 : 10:00〜17:00
https://byaku.site
Photographs:SHINJO ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI