Chefs for the Blue 京都東京から京都へ。広がりを見せる料理人発、水産資源への取り組み。
トップシェフが主導し、日本の漁業、水産資源の未来を考える一般社団法人『Chefs for the Blue』。
2021年、その京都チームが発足し、活動をスタート。メディア向けの試食会が2022年1月、京都で開催されました。
会場は、京都信用金庫『QUESTION』8階にあるコミュニティキッチン。試食会の主催者であり『Chefs for the Blue 京都』のリードシェフを務める『cenci』の坂本健シェフを筆頭に、『リストランテ ナカモト』仲本章宏シェフ、『MOTOI』前田元(もとい)シェフ、『Bini』中本敬介シェフら、京都のガストロノミー界をリードするトップシェフ5人に、生産者3人も加わり、豪華な顔ぶれが揃いました。
一般社団法人『Chefs for the Blue』の発足は、2017年。料理ジャンルの枠を超え、東京を拠点とするシェフを中心に50人もの料理人が活動に参加しています。発起人であり、代表理事を務めるのは、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏。
海に囲まれた島国であり、古くから魚食文化が根付く日本ですが、1984年のピークを境に、漁獲高は減少傾向に。2019年には、年間の総漁獲高はピーク時の約1/3(416万トン)まで落ち込んでいます。
状況への危機感を共有した上で、主たる要因とされている過剰漁業の規制を呼びかけ、海の環境や生態系の保全に努め、漁師コミュニティや産地の地域コミュニティを守る。この3本を柱に、さまざまな活動を続けています。
Chefs for the Blue 京都生産者も会場へ。漁業者、料理人が刺激し合う。
もともと『Chefs for the Blue』の活動に注目していた坂本シェフは、『Chefs for the Blue 京都』立ち上げの経緯を次のように話します。
「水産物の枯渇問題については、ずっと気がかりだったんです。東京で先にスタートした『Chefs for the Blue』の活動に興味を持ち、代表の佐々木さんを招いて単発勉強会を開いたりしていたんですが、やはり京都でもしっかりチームを組んで活動していくべきだと思い、昨年立ち上げを決めました。また京都でレストランをやっていても、京都の魚を使う機会は少なく、知識も乏しい。まずは自分たちの足下を学ぶところからはじめ、行動の機会を増やしていこうという想いがあったんです」。
坂本シェフの言葉の通り、一般にも「京都」と「海」のイメージはにわかに結び付きません。府南部の内陸部に都市機能、商圏が集中していることが一因と考えられますが、府北部は日本海に面し、伊根湾や宮津湾など、豊かな漁場が残されています。
本イベントの2ヶ月前、『Chefs for the Blue京都』を中心としたメンバーは宮津湾へ足を運び、漁師や漁業協同組合を訪ねたといいます。生産の現場を見て初めて知った、京都の海ならではの魅力、地域漁業の現状と課題。「生産者と手を携えて、料理人だからできることを」という、活動の出発点を確かめた時間でした。
訪問を経て開かれたイベントも、まずは食材の紹介から始まりました。会場入口には、その日に使われる食材がずらり。ブリにハモ、立派なナマコも目を引き、それらすべてが京都産。食材として上質で、料理人のクリエイションを刺激するものであることに加え、水産資源のサステナビリティの観点から意味を持つものが選ばれています。
例えば宮津湾産の青ナマコ。かつて、乱獲で漁獲量が激減した時期がありましたが、地元漁業者を中心とした『宮津ナマコ組合』が、漁獲量の上限を定め、厳格な資源管理に取り組んだ結果、漁獲高は規制前の1.4倍に回復。サイズの平均値も上がり、それに伴い、乱獲期と比べて3倍近くの価格で取引されるように。
9kgを超える大きな養殖ブリは、伊根湾から。水温が低いゆえ養殖に向かないといわれてきた伊根の海の特徴をポジティブに捉え、ゆっくり、時間をかけて育てることで、品質を高め、全国ブランドに育て上げたのは、橋本水産の橋本 弘氏。養殖の新たな可能性を示した、「海の特徴を生かした」漁業や、海への環境負荷を減らすため生簀に入れる魚の数を抑え、抗生物質も使わないなど海の未来を考えた取り組みが、やはり全国で注目を集めています。
イベントに参加した橋本氏から、次のような話がありました。
「太平洋側の主な養殖産地におけるブリの養殖は、エサにカタクチイワシを与えるのが一般的。そこに、カロリーを補うために魚油を加える。一方で、私たちがエサに使うのは若狭湾のアジやサバ。極力、抗生物質も魚油も使わず、2年間かけてゆっくり育てるため、脂のりがよく、脂の質はさらりとしているのです」。
Chefs for the Blue 京都未利用魚を含む、知られざる魚をガストロノミーの舞台に。
食材についての解説が一段落し、その味への関心、期待が高まったところで、いよいよ料理のサービスが始まります。
最初にテーブルに運ばれてきたのは、『Bini』中本シェフと、『cenci』坂本シェフによるナマコの料理。
中本シェフは、イタリアではポピュラーなタコとセロリの組み合わせから着想を得た、ナマコとセロリの一皿。坂本シェフは、自家製柿酢でのマリネ。なまこ酢と同じく酸味を合わせ、米麹と鮎魚醤で和えた即席の“このわた”を添えた、日本人になじみ深く、かつ発酵の旨みがワインを呼ぶ味です。
お次は宮津湾産のオオトリガイ。京都府産のブランド食材に指定されている丹後トリガイの養殖過程で発見された稚貝で、新たに養殖がスタートしたばかりですが、成長が良く、弊死率も低く、旨みと甘味が非常に強い貝として、高い期待が寄せられています。
シェフたちが産地訪問の際に出会い、その甘味、旨味に着目し、今回のイベントにも使用されることに。「未知の食材の発掘」も、活動の大事なテーマです。
仲本シェフは、イタリアの伝統料理「ズッパ・ディ・ペッシェ」を作り、ひと口大のクロスティーニに。坂本シェフは軽く蒸して冬キャベツ、完熟山椒を合わせます。
コハダ、シンコの成魚である、コノシロも登場します。
ご存じの通り、未成魚は寿司種として引っ張りだこですが、成魚になると、とたんに値が下がるもの。
水産資源のサステナビリティの観点でいえば、産卵を経た成魚を獲るほうが環境負荷が低く、未来につながります。また、成魚であってもきちんと下処理をすればおいしい一皿になるといいます。
若干25歳、宮津湾に隣り合う内海である阿蘇海の若手漁師・村上純矢氏が獲ったコノシロは、徹底した処理と品質管理の下、地元の宿泊施設や東京の飲食店に出荷。まだ京都市内に流通していない、大きな可能性を秘めた魚です。
「初めて使ってみて、小骨をどう処理するかが課題になると思いました」と、話すのは前田シェフ。
「多めの油で皮側をソテーし、ビネガーをベースにしたマリネ液で短時間マリネすることで、骨が柔らかくなり、口に残らなくなる」。
前田シェフの「コノシロのエスカベッシュ」は、ほどよく火の入ったふわっとした身の食感と、酸味、合わせた野菜の甘みがバランスした、春らしさも楽しめる軽やかな一皿です。
中本シェフは、小骨をハモ同様に骨切りし、ビニェに。シェフたちの素材使いで、コノシロの可能性が十分に表現されていました。
伊根湾産・橋本氏による巨大ブリは、仲本シェフがアニョロッティに。
「アラを180℃のオーブンで焼いてから出汁を取る、和食の技法に倣いました。生ハムのブロードと合わせて澄んだコンソメにしました」。
身はアニョロッティの詰め物とコンフィに、骨などのアラはコンソメに。一尾を余すところなく活用するための、一つの提案です。
最後は、栗田漁港のハモ。
京都の夏の風物詩としてもてはやされる一方で、冬場は水揚げされても値が付かず、未利用魚、または低利用魚となってしまうことが多いのだといいます。ところが、実際に脂をたくわえ、味が乗って来るのは秋から冬にかけて。
こうした未利用魚に適正な価格が付くよう活用するのも、海と漁業の持続可能性を考えるうえで非常に重要なこと。
このハモを、前田シェフはパイ包み焼きとスープ・ド・ポワソンに。坂本シェフは、ハモのすり身のポルペット(団子)を添えたリゾットを提供。
ゲストの多くがその豊かな味に唸り、フレンチやイタリアンの食材としてのポテンシャルを確かめました。
Chefs for the Blue 京都小さな一歩を、ブランドありきの流通を見直すことから。
料理の提供を終えた坂本シェフに、再び話を聞きました。
「今回、5種の食材を料理に使わせて頂き、改めてそれぞれの食材のポテンシャルに気付きました。冬場のハモのように適正な値が付かないものから、オオトリガイのように、現状の生産量の少なさゆえ、まだ価格が高いものまでさまざまですが、共通していえるのは、すべてがガストロノミーの素材になり得るということ。私自身、実感しましたし、仲間たちの料理が、それを示してくれたと思います」。
そう話す表情から、手ごたえと充実感が見て取れます。
そして、「ブランドありきの流通を、真剣に見直さなくてはいけない時期に差し掛かっている」とも。
「一流の料理人たちがこぞって頼りにする、いわゆる“カリスマ”漁師や仲卸業者がいて、私も彼らの魚を分けてもらうこともあり、その状態や味は本当に素晴しいと思う。でも、すべての料理人が、右へ倣えで、同じ魚を欲しがっていいのか。質も状態も素晴らしい魚は、生で、ほんのわずかの塩で、美味しくなるから、素材を知る料理人ほどなるだけ手をかけたくないと思う。すると、料理まで均質化してこないか、と」。
自身に問いかけるような、坂本シェフの表情が印象的でした。
魚の需要が偏り、環境に負荷を与える漁業が続いた結果、魚が減り、消費地での市場価格が高騰する。漁業者はもちろん、料理人にとっても、対価を払い食事に出かけるゲストにも、いいことはありません。
現実的には、小さなレストランで扱える魚の量はごくわずかで、根本的な解決にはならないかもしれない。
「でも、今、何もしないでいることはできない」と、坂本シェフ。
まだまだ始まったばかり。知られざる「京都産」の魚介に光を当て、海の未来を考えた今回のイベントが、京都の漁業と、ガストロノミーのあり方を、少しずつ、変えていくはずです。
Text:KEI SASAKI
Photographs:YUTA MIZUNO