ローカルファインフードフェア滋賀雪降る北部から、快晴の南部まで、琵琶湖をぐるりとまわる。
東京都内で活躍する料理人や和菓子職人が、滋賀県産食材を使った料理をそれぞれの店で提供する期間限定のフードフェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。食材が育まれる土地を自分の目で見て、生産者の思いを直接聞くため、4人のシェフとバイヤーが1泊2日で滋賀を訪ねました。
米原(まいばら)駅から車で移動すること約30分。滋賀に到着して一行がまず向かったのは、長浜市西上坂町の『ワボウ産業』です。案内されたのは、まるで工場のような建物。この敷地のどこに海老がいるのだろう、と不思議な気持ちになりそうですが、実は『ワボウ産業』は、もともと半導体製造を続けてきた企業です。自社の設備とノウハウをいかして、「食」の分野で新たな挑戦ができないか。そんな思いから、2020年夏に独自の方法でバナメイエビの養殖を始め、翌年から自社ブランド「おうみ海老」の出荷を始めました。
工場内に入ると、一面に設置された大きな水槽に圧倒されます。ここがまさに、「おうみ海老」を養殖している現場。水槽の水に、伊吹山の地下50mから湧き出る清冽な地下水と、フランス産の岩塩が使われています。
最大の特徴は、半導体事業で築いた技術力で、この水槽の水を循環利用していることです。まず、水質を保つことで抗生物質などを一切投与しない環境をつくり、安全性の高い海老を養殖します。
そして、海老を養殖した後、窒素分がたまった水を別の水槽に移し、今度はこの水で海ぶどうとアオサを栽培します。すると、海ぶどうとアオサが天然のろ過装置となり、水を澄んだ美しい状態に戻してくれるのです。その水で、再び海老の養殖を始める。こうして、複数の食材の養殖を介しながら、工場内で水を循環させているのです。「地球にやさしく、そして、本当に美味しい食材を人々に。それが、私たちが実現したいことなのです」と、第一事業部技術課課長の宮本和徳氏は言います。
こうした環境で育った「おうみ海老」は、臭みがなく、澄んだ味わい。さらに、身が引き締まっていて、噛むほどに海老本来の甘みが広がります。冷凍して出荷されますが、解凍後、生のままでも美味しく食べることができるほど品質が高いことも特徴です。
「今回の視察でも特に楽しみにしていたのが、この『おうみ海老』です」と話すのは、インド料理「ニルヴァーナ ニューヨーク」の料理人、引地翔悟氏。「ひとつのお皿に、このワボウ産業の海老と海ぶどう、アオサが乗る料理を考えて、この工場のストーリーをお客さまに伝えたい」と、語ります。
元イタリアンのシェフで食材バイヤーの山本敦士氏は「小ぶりの海老だけを集めて真空冷凍した商品があれば、飲食店にアヒージョ用に提案できそう」と、宮本氏に相談していました。
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ローカルファインフードフェア滋賀ヤマトタケル終焉の地で育つ伝統野菜・伊吹大根。
お昼休憩を兼ねて向かったのが、米原市大久保の蕎麦屋『久次郎』。岐阜県との県境に近く、姉川源流に位置する、こじんまりとした趣深いお店です。なんといっても、ここは日本百名山の一峰と知られる伊吹山の麓。この山には、日本神話の英雄、ヤマトタケルを死に追いやった強力な山の神様がいるという言い伝えもあります。
『久次郎』の店主、谷口隆一氏は、元米原市の職員をされていた方。在職中は、米原市に伝わる伝統野菜の「伊吹大根」と伊吹在来そばの「伊吹そば」の広報活動に勤しんでいたそう。そのうちに「この素晴らしさを人々に伝えていくには、自分が現場に入り込むしかない」という情熱にかられ、57歳で市役所を早期退職し、『いぶきファーム』を発足。伊吹大根と伊吹そばの栽培のかたわらで、後に『久次郎』をオープンしました。
雪のため畑の見学はかないませんでしたが、谷口氏が用意してくださった大きさ違いの伊吹大根を見物。谷口氏は「冬は、雪の下でさらに甘味が加わり、伊吹大根にとって最高の時期です」と話したうえで「小ぶりのものは水分が少なくて肉質が固く、よく締まっているので煮崩れしにくい。ふろふき大根など煮物に最適です。大きめのものは、香りが強く、小気味いいすっきりとした辛味が最高です。すりおろして蕎麦に添えるのがおすすめ」と紹介します。
「シャープでキレがよく、辛さが口の中に残らず、後味がすっきりしていますね」と興奮気味なのは、和菓子と日本酒のマリアージュを提案する『薫風』のつくださちこさん。「生のまま辛味を生かしてもいいし、火を通して自然に出てくる甘さを砂糖がわりにするのも、どちらも良さそう」と、少しずつアイデアが浮かんできているようです。
イタリアン「KNOCK」の料理人、犬亦真太朗氏は「この土地に伝わる歴史や伝統を感じさせる強い味わいが魅力。辛味を生かした料理をつくりたい」と、メモをとっていました。
つくださんがさらに関心を見せていたのは、谷口氏が販売しているそば茶。在来種の「伊吹そば」のそばの実は、小粒で、香りが強く、さらに旨みや甘みも優れています。煎ってそば茶にすると、香ばしさが増し、実をそのままポリポリと食べても美味しさを感じられます。「バニラアイスにそば茶用のそばの実をまぶして食べると、アイスクリームの食感にアクセントがうまれ、味にメリハリもつくんです」と谷口氏に紹介されると、「和菓子にも使えそう」と、つくださんはうなずいていました。
ローカルファインフードフェア滋賀滋賀県の「海」、琵琶湖で冬にだけ獲れる氷魚(ひうお)。
次に訪れたのは、琵琶湖の北岸の大浦漁港にある「西浅井漁業協同組合(漁協)」です。滋賀県といえば、琵琶湖。地元の人はこの琵琶湖を「海」と呼ぶほど、特別な思いを寄せています。さて、冬の琵琶湖には、どんな食材が眠っているのでしょうか。
「本日、皆さんに見てもらいたいのは、鮎の稚魚である氷魚(ひうお)です」と、一行を迎えるのは、漁協の代表理事・礒崎和仁氏。シラスより少し大きめで、つやつや、ぷりっとした見た目が特徴の氷魚は、琵琶湖の冬の風物詩。「琵琶湖の西か北で食べることが多く、生きている時は透明で氷のような美しい見た目をしていることから、氷魚と言われています」と、礒崎氏は教えてくれます。
その隣に添えられているのは、ビワマスの刺身です。ビワマスは、一般的なマスと異なり、海に出ず、一生を淡水域で終える魚。サケ科ではあるものの、その脂はサーモンよりも上品なのが特徴です。漁の最盛期は7月。琵琶湖の水温が下がる1~2月は、脂がのってよりいっそう美味しくなります。
「よく見ると、お皿の手前にあるビワマスの刺身は赤みが強くて、後方に並んでいるのは白っぽいですよね。実は、ビワマスが何を食べて育ったかによって、身の色が変わるのです」と、礒崎氏。捌いて中を見るまではわからないそうですが、エビ類を多く食べたビワマスは身が赤くなり、コアユを多く食べると身が白っぽくなるといいます。「白っぽい方が、より脂がのっています」と、礒崎氏が解説してくれました。
ローカルファインフードフェア滋賀明るく、朗らかに、常に新しいチャレンジを続ける『みなくちファーム』。
1日目の最後に一行が訪れたのが、琵琶湖の北西、高島市にある『みなくちファーム』。就農からわずか8年ながらも、見た目が美しく、みずみずしくてフレッシュな野菜をつくることで定評のある生産者です。農薬や化学肥料を使わずに、持続可能な循環型農業を実践しながら、年間100種以上の野菜を栽培しています。そして、シェフやバイヤーからのニーズに応じて、新しい野菜の栽培にも積極的に取り組んでいくチャレンジ精神の持ち主でもあります。
シェフやバイヤーは、すでに代表の水口 淳氏とも親しく、今回は、冬に旨味を増すしいたけの試食を行いました。「せっかくシェフが集まっているので、プロによる調理で試食しませんか」という水口氏の提案により、引地氏がキッチンに立つことに。「実はお店で使っている野菜用のオリジナルスパイスを持参しました」と、引地氏も乗り気の様子。早速、しいたけを一口大に切り分け、フライパンで手際良く炒めていきます。
和気藹々とした雰囲気で、一同はしいたけをはじめ、『みなくちファーム』の野菜の試食をすすめていきます。山本氏は「いろんな産地の農家さんにも足を運びますが、ここの野菜はトップレベル。水洗いしたら、そのまま丸ごとかじっておいしい。『みなくちファーム』さんのファンの飲食店もたくさんいます」と、太鼓判。菊芋や大根を、パリっ、カリっと頬張ります。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:AYANO YOSHIDA
(supported by 滋賀県)