八戸で出合った一軒のイタリアン。正統派のようで驚きが潜む、ここだけの料理。[カーサ・デル・チーボ/青森県八戸市]

日本を巡るツーリングエッセイ『Grand Touring NIPPON』はこちらから

青森県八戸市の住宅街に位置する、『カーサ・デル・チーボ』。主となる県産、地物の食材を大切に調理し、ここだから味わえる料理をゲストに供する。

カーサ・デル・チーボ遠くても、この店のために旅をしたくなる。八戸の名イタリアン。

そのレストランの所在地は、青森県八戸市。

北国の太平洋岸の住宅街の一角に、一見普通の住宅のように街に溶け込んで存在しています。長い道のりを辿って扉を開けば、まずはその包み込まれるような温かみに癒やされるはず。花瓶の花、磨き抜かれた無垢材の床、マダムの笑顔、そんなすべての要素が、長い道のりで凝り固まっていた心を解します。

ジャンルは、イタリアン。それも主食材が明確にあり、趣向を凝らしたソースが彩る王道。メニューの文字を眺めてみても、彼の地で長く愛され、認められてきた正統派の組み合わせが予想されることでしょう。

しかし卓に届けられる皿を見ると、予想は簡単に覆されます。

例えば、前菜のタコのトマト煮。真っ赤なトマトソースで煮込まれたタコかと思えば、届くのは茶色い出汁で煮込まれた、まるでおでんのようなビジュアル。口にしてみると、さらなる驚きが待っています。歯を押し返す弾力がありながら、そこからわずかに力を込めるとサクッと噛み切れる絶妙な柔らかさ。そして口に広がる凝縮された旨味。出汁はドライトマトの風味。確かに、メニュー名の通りタコのトマト煮ではあります。しかし、その味は完全に未知のおいしさです。

この完璧な、たった一点の頂点を見極めるような火入れは、きっと誰かに習ったり、本で学んだものではないのでしょう。細かな調整をしながら何度も何度も繰り返し、失敗も乗り越えながら到達したもの。大げさな話だが、ひとりの料理人の人生が詰まっているような、そんな凄みのある火入れです。

料理を手掛けるのは、池見良平シェフ。寡黙な人物ですが、言葉のひとつひとつから料理への情熱が伝わります。神奈川県で生まれ、東京で働いていたが、10年ほど前に奥様の故郷である青森に移ったこと。移ってはみたものの、地元で受け入れられるまでにさまざまな苦難があったこと。今では魚介を探すために日々漁港や市場を自らの足で巡ること。

「ここでしかできないことをしないと、来た意味がない」。

そんな真摯で真っ直ぐな言葉から伝わるのは、たとえば“責務”のような、池見シェフが自分自身に課した約束でした。

池見良平シェフ(右)とマダム(左)。シェフは、神奈川県で生まれ、東京のレストランで働いていたが、約10年前に奥様の故郷である青森に拠点を移す。以降、青森の食材と真摯に向き合い、この場所だからこそ表現できる料理を追求。県外はもちろんだが、地元から愛されるレストランであることを大事にする。

ある日の前菜は、タコのトマト煮。いわゆる、当たり前のトマト煮ではなく、食材が活きるよう、池見シェフ流のトマト煮。味はもちろん、秀逸な技術は火入れ。一口食べれば感動を覚える食感は、その火入れから成る。

カーサ・デル・チーボ地元で愛され、認められるために大切にすること。

パスタは鮑とその肝を使う料理。これにもまた驚きが潜みます。一般的に鮑の肝は伸ばしてソースにされますが、ここでは手打ち麺自体に肝が練り込まれているのです。だから鮑を引き立てる肝の風味はしっかりありながら、さっぱりとした後味。

メインディッシュの鴨も圧巻。胸肉のまわりをミンチで巻き、外側を皮で包んで香ばしく焼き上げるバロティーヌ仕立て。内臓はミンチに、ガラは出汁に。一皿に鴨のすべてが凝縮され、ひと口ごとに異なる味わいが広がります。技術、発想、素材の知識。すべてが揃っている。そしてもうひとつ、何か突出したものも。それでないと、これほどまでに驚きに満ちた料理の説明がつきません。池見シェフに「料理の理想形」を尋ねてみました。

「まずおいしいことが大前提。加えて、驚きがあり、見た目が良く、コストパフォーマンスに優れていること。これが料理の完成形だと思います」。

それが池見シェフの回答。シェフの中の重要課題にコストパフォーマンスが含まれていること。それはつまり、地元に目を向けていることの証明。家族連れがお祝いに使ったり、若者が少しだけ背伸びをして訪れられる店。地元の人が繰り返し通える店。それが地方でレストランを開く意味なのでしょう。

都会からやってきたシェフだからこそできる、この地の魅力を伝えようという思い。だからこそこの『カーサ・デル・チーボ』は、旅の1ページとして深く記憶に刻まれるのです。

ある日のパスタは、鮑とその肝を使ったひと皿。一般的に鮑の肝は伸ばしてソースにするが、池見シェフは、手打ち麺に肝を練り込むのが特徴。

ある日のメインディッシュは、鴨。胸肉のまわりをミンチした内臓で巻き、外側を皮で包んで香ばしく焼き上げるバロティーヌ仕立て。出汁にはガラを使用し、鴨のすべてが凝縮されたひと皿に仕上げる。

八戸やその近郊まで、自ら生産者のもとへ足を運び、食材を仕入れる。広大な面積ゆえ、移動にも時間はかかるが、食材が育つ環境や作り手を知ることによって池見シェフの料理は創造される。料理の背景には、そんなシェフの想い、生産者の想い、土地への愛が込められている。

住所:青森県八戸市湊高台1-19-6 MAP
TEL:0178-20-9646
http://www.casa-del-cibo.com/

日本を巡るツーリングエッセイ『Grand Touring NIPPON』はこちらから

(supported by SUBARU)