「傳」長谷川在祐、アジアNo.1に輝く。2022年「アジアのベストレストラン50」の歓喜。[ASIA’S 50 BEST RESTAURANTS 2022/東京]

大活躍を見せた日本のシェフの面々。左より、『ヴィラ・アイーダ』小林シェフ、『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』福山シェフ、『フロリレージュ』川手シェフ、『傳』長谷川シェフ、『チェンチ』坂本シェフ、『ラ・シーム』高田シェフ、『エテ』庄司シェフ、『セザン』ダニエルシェフ、『オード』生井シェフ。

アジアのベストレストラン50 202211店舗がランクイン。地方のレストランも快挙。

2022年3月、『アジアのベストレストラン50』のランキングが発表されました。

その形態は、今なお続くコロナ禍を配慮し、バンコク、マカオ、東京の3都市にて同時生中継。会場を熱狂させた最大のトピックは、日本にアジアNo.1 の座をもたらした『傳』。

今回、日本は11店舗がランクイン。中でも、「Hight Climber Award」や「Highest New Entry Award」、「New Entry」、「Asia’s Best Female Chef Award」など、ダブル受賞したレストランの活躍も注目すべき点です。

No.1 東京『』長谷川在有
No.3 東京『フロリレージュ』川手寛康
No.6 大阪『ラ・シーム』高田裕介
No.11 東京『茶禅華』川田智也
No.13 東京『オード』生井祐介(Hight Climber Award)
No.14 和歌山『ヴィラ・アイーダ』小林寛司(Highest New Entry Award)
No.15 東京『ナリサワ』成澤由浩
No.17 東京『セザン』ダニエル・カルバート(New Entry)
No.36 福岡『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』福山 剛
No.42 東京『エテ』庄司夏子(Asia’s Best Female Chef Award)
No.43 京都『チェンチ』坂本 健(New Entry)
※全てのランキングは、公式ホームページよりご覧ください。

上記に加え、No.71には東京『レフェルベソンス』、No.78には東京『鮨さいとう』の2店舗が並びます。

今大会では、多くの「涙」が印象的でした。その涙は、自分の喜びではなく、仲間への賞賛。シェフからの支持が厚い『ヴィラ・アイーダ』のランキングがコールされた瞬間がそれを物語っています。

和歌山という地域で国内外から評価されるための苦労は計り知れません。

長く続くコロナ禍による緊急事態宣言、まん延防止処置、不要不急の外出、時短営業……。

「何度も辞めようと思う時もありましたが、その都度、シェフたちの励ましによって救われました」と小林シェフは話します。

No.14という順位に加え、「Highest New Entry Award」も受賞。ベテランと呼ぶに値する小林シェフへの「New」に当人は照れ笑いしますが、これまで歩んできたものが間違っていなかったことへの立証にもつながったのではないでしょうか。

シェフたちは、「見たかアジア! これが日本の小林寛司だ!」と言わんばかりの拍手喝采。皆、涙が止まりませんでした。

また、『ラ・シーム』、『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』、『チェンチ』の貢献も特筆すべきランキング。『ヴィラ・アイーダ』同様、「レストランは旅の目的地になる」ことの定義付けにもなりました。

そして、見事1位に輝いた『傳』。天を仰ぐ長谷川シェフに駆け寄ったのは、『フロリレージュ』の川手シェフでした。ふたりは、共同経営する『デンクシフロリ』を2020年に開業。互いを「相方」と呼ぶ運命共同体の仲でもあります。

そんな両人が抱き合う姿もまた、感慨深いシーンとなりました。

「長谷川シェフにしか獲れなかった。長谷川シェフだから獲れた」と、相方を讃える川手シェフの目にも涙。

「1位は、純粋に嬉しい。ですが、複雑な気持ちもたくさんあります。本当に苦しかった。レストランは、生産者やスタッフ、お客様によって支えられています。改めて、感謝の気持ちを忘れずに、皆様に恩返ししていきたいです」と話す長谷川シェフの目にも涙。言葉に発したものは実にシンプルながら、込み上げてくる想いを行間に押し殺します。

それぞれ内容は違えど、長谷川シェフの言う「複雑な想い」は、今回、受賞したシェフ全員が抱いていると推測します。しかし、仲間を賞賛する歓喜がそれを凌駕したのかもしれません。

こらえていた涙がこぼれ落ちる『傳』長谷川シェフ。あらゆるタイトルを総なめにしてきたが、初めてアジアNo.1を手にした。

『ヴィラ・アイーダ』のコールの瞬間。小林シェフ(中央)よりも前に『傳』長谷川シェフ(手前)が我先にと立ち上がり、「おぉ!寛司さん、おめでとうございます!」と興奮。会場は大いに湧いた。

アジアのベストレストラン50 2022私的分析。別の角度から見た「アジアのベストレストラン50」論。

まず、このアワードは、アジア全域の20を超える国と地域のシェフ、ジャーナリスト、フーディの投票者によってランキングされます。その名は、明かされていません。

各人、持ち票は10票。一年半以内に訪れたレストランであれば自由に投票できるも、今回はコロナ禍によって渡航が困難だったため、居住国からは6票、他国からは4票だった数を2票に改定し、計8票に。

国内に特化されているため、インバウンドのゲストが多いレストランは、票を落とす可能性があり、逆に母国や地元に愛されているレストランは票を上げる可能性があります。加えて、この難局においても「予約が取れない」レストランは、物理的に投票者が伺えないため、実力=結果とはなりません。

日本における例では、2021年No.91から2022年No.43に初ランクインした『チェンチ』は、地元や国内、業界からのファンも多く、母国主体の投票スタイルは追い風になったのかもしれません。

一方、海外に目を向けた場合、『アジアのベストレストラン50』らしい!?発見も。No.46のバンコク・タイの『ラーン・ジェイ・ファイ』は、「超」が付くほどのローカル店かつ屋台スタイル。御年70を超えるジェイ・ファイシェフの熱気溢れる料理とライブな空間は、常に賑わいを見せています。

ランキングに目を戻せば、No.45に台中・台湾の『ジェーエル・スタジオ』、No.47にマカオ・中国の『ウィンレイ・パレス』が並びます。つまり、レストラン、屋台、ホテルという混沌の並びが成立してしまうのがこのアワードの特徴。

これは、星やトックの数で区分するガイドでは可視化できず、賛否はあるも、ランキング形式だからこそ生まれる『アジアのベストレストラン50』らしさ。並んだ順位は「隣の顔」を可視化し、その発見が大会の個性にもつながっています。

しかし、ランキングだからこそ素朴な疑問も浮かびます。もし同票だったら? それは、「投票の仕方」が影響するのかもしれません。

各人の投票は、順位を付けて行われているそうです。任意ではありますが、なぜ推奨するのかなどの理由も明記できると聞きます。投票者にとって1位の1票なのか、2位の1票なのか。同票の場合、優先順位の高い票数を集めたレストランが上位になるのかもしれません。ゆえに、順位においても僅差が生じているとも推測します。(「かも」や「推測」と明記している理由は、絶対ではないためです)

また、ランキング発表前に行われるトークセッションにおいては、ショービジネス色の強い『アジアのベストレストラン50』とは一変。社会性を追求します。

今回のテーマは、「サスティナビリティ」と「クリエイティビティ」。

「サスティナビリティ」テーマに登壇した『フロリレージュ』の川手寛康シェフは、「レストランやシェフにとって、どうSDGsや循環型の社会に関われるかは、利己主義ではなく利他主義になることが必要だと思います。自分以外の誰かにとって、どう向き合えるか。それが自分にとっては、生産者であり、食材であり、もちろんお客様。自分のレストランは、『ヴィラ・アイーダ』のような地方にはありませんし、目の前に畑がある環境でもない。自然と共存しているようなアピールはなく、当然、小林シェフのようにはなれない。しかし、東京だからこそやれること、発信できることはあると思っています」と話します。

この「サスティナビリティ」は、コロナ禍以前の2019年のトークセッションテーマにもなっており、「ヴァイタル・イングリーディエント(必要不可欠な食材)」においてもディスカッション。当時より環境問題についての関心の高さが伺えるも、本大会におけるそれを知る人は少ない。

「特別な食材、特別な体験をレストランとして求められますが、身近な食材、身近な体験を伝えることも大事だと思っています。また、日本の場合、サスティナビリティやオーガニックといった類のものは、安全であり健康的という印象ですが、ヨーロッパはそうではありません。違法な労働はなかったか、環境に負荷がない育て方をしているか、不正な取引がなかったかなど、健全にものを生み出すことをそう呼びます。世界と比べての認識や理解も必要だと思います」と話す『フロリレージュ』川手シェフ。

アジアのベストレストラン50 2022

「クリエイティビティ」テーマには、『里山十帖』の桑木野恵子シェフが登壇。

「暮らすことによって土地を理解することが私にとってのクリエイティビティの源。買った食材ではなく獲った食材で料理することが、表現につながっています」。

桑木野シェフの料理は、キッチンの外から始まっているのです。見た目の演出ではなく、食材が生きた環境から表現のヒントを得て、大事なものを見つけていくプロセスこそ、桑木野シェフのクリエイティビティなのかもしれません。

「私の今の暮らしには、里があって山がある。苦味、辛味、土臭さなど、この環境で生まれた食材の“良さ”を消さずに美味しいを生み出したい。命の源を生む土と水が私にとってのクリエイティビティの源です」と『里山十帖』の桑木野シェフ。

アジアのベストレストラン50 2022

「Asia’s Best Female Chef Award」を受賞した『エテ』庄司夏子シェフの言葉も深みを帯びていました。それは、「まず支えてくださった皆様に感謝申し上げます」と述べた後に続きます。

「正直、女性シェフということに注目を浴びていることに違和感を感じています。加えて、日本は、素晴らしい食材と素晴らしい職人魂があるはずなのに、料理人という職業は後継者不足の問題に直面しています。女性シェフに限っては、もっといないのが現状です。私のような小さなレストランでもやれる。これから料理人を目指す女性にも、それを伝えたかった。実証したかった。新しい扉が開くことを願っています」。

今回、ランキングされた50店舗のうち、女性シェフ(料理長及びオーナーシェフ)は1/10にも満たない。こういった問題は、他国も抱えているのかもしれません。

「料理やケーキは、アーティストやデザイナーたちが生み出す作品と同じ価値があると思っています。それを証明するために、どうしても『Asia’s Best Female Chef Award』が獲りたかった。女性シェフでも活躍できることを若い世代にも伝え、何か希望になってくれれば嬉しく思います」と『エテ』庄司シェフ。

アジアのベストレストラン50 2022

以前、本大会の日本評議委員長を務める中村孝則氏は、『アジアのベストレストラン50』にランキングされる要因を、このように紐解いています。

「『アジアのベストレストラン50』では、“ジョイフル”と“シェア”が大切なのかもしれません。各国の委員からも、この言葉をよく耳にします。美味しいだけでなく、楽しい。それを誰かと分かち合いたい。そんな気持ちにさせてくれるレストランに魅力を感じるのではないでしょうか。今回は、それに加えて“チャレンジ”が大きなポイントになったと感じています。この時代においても、いかに挑戦しているか。ランキングされた日本のレストランは、どこも常に進化しています。しかし、奇をてらい過ぎることや一時的な流行にばかり目を向けてしまうと、料理そのものの本質を見失ってしまうため、そこは危惧しながら、皆様とともに今後も大会を育てていければと思います」と総評します。

コロナ禍、世界が最も注目するコペンハーゲンのレストラン『ノーマ』が予約不要の店としてワインバー&バーガーとして再開したのは記憶に新しく、これもまた、オーナーシェフであるレネ・レゼピの挑戦。更に、この決断が新型コロナウイルス感染拡大の初期段階だったということも、シェフ力だけでない経営者としての手腕も感じざるを得ません。ちなみに、その店名は『POPL(ポプル)』。これはラテン語の「POPULUS(ポプルス)」に由来するもので、「人々の集い」や「共同体」を意味しており、当時のレネシェフの想いが凝縮されているようにも感じます。

2022年、『アジアのベストレストラン50』にランキングされた多くのレストランにおいてもオーナーシェフです。長く続く難局は、人気店ですら脅威に追い込んでいます。そういった時代背景を見ると、投票者はもちろん、ゲストにおいても「潰したくない」、「応援したい」、「支援したい」という気持ちの芽生えがあったのではないでしょうか。

前述、中村氏が話した「ジョイフル」、「シェア」、「チャレンジ」に加え、「サポート」もまた、票につながったのかもしれません。

2013年に1位に輝いた『ナリサワ』以降、見事、奪還を果たした2022年。長きにわたり、業界を牽引した中村氏にも敬意を評したいと思います。そして、今なおランクインし続けている『ナリサワ』においても、継続は1位を獲るよりも至難の技。常にトップランナーである成澤シェフは、常に挑戦者でもあるのかもしれません。

最後に。数々のレストランアワードがある中、『アジアのベストレストラン50』は、文化になるか!? それは、レストランやシェフだけでなく、その環境や周囲によるものなのかもしれません。

言うは易し行うは難し。かく言う『ONESTORY』(私)もまた、真摯に向き合っていきたいと考えます。

 「まず、1位を獲得した『傳』長谷川シェフをはじめ、日本のシェフの方々、本当におめでとうございます。今年の『アジアのベストレストラン50』は、色々な意味で歴史に残る回だったと思います。個人的に思うのは、エリアの広いワールドよりもエリアの狭いアジアの方が濃い内容だと感じています。加えて、コロナ禍による投票システムの変更などは、のちに振り返った時、時代背景も強く感じるのではないでしょうか。社会と親和性の高い大会こそ、『アジアのベストレストラン50』なのだと思います」と話す日本評議委員長の中村氏。

Photographs:THE WORLD'S 50 BEST RESTAURANTS
Text:YUICHI KURAMOCHI