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Tea tourism茶畑の中の屋外茶室で、生産者自らが、自身のお茶を伝え、淹れる希少な体験。
茶葉は独特の丸みを帯びた形状で、味は旨味と香りが強い嬉野茶。その名の通り佐賀県嬉野市を中心に栽培される茶の呼称。そんな嬉野茶を楽しみ方として「Tea tourism」なる体験があるといいます。
それは『嬉野茶時』という団体が主催するそのセレモニーは、お茶の生産者が白い衣装に身を包み、自らお茶を淹れて客をもてなす体験。その舞台は茶畑のなかに作られたオープンエアの茶室。今回はそんな体験の魅力を紐解いてみましょう。
「Tea tourism」の舞台のひとつである「茶塔」という場所は、嬉野市街から20分ほど離れた山中。一面見渡す限り茶畑が広がるエリアの一角。一面緑の茶畑のなかに建てられた木製の高台は、茶畑の中で異質な存在のようで、まるで最初からそこにあったかのように馴染んでもいます。きっとさまざまなことを考えた上で、この場所、この形が選ばれたのでしょう。
この日の茶空間体験を担当した生産者は『永尾豊裕園』の永尾裕也氏。茶塔には白い傘の下、座布団とお膳が準備されています。オープンエアで生産者が淹れるお茶を愉しむ。その言葉から想起されるよりも、ずっと上質な設えがゲストを出迎えます。
セレモニーの構成は三茶二菓、つまり3杯のお茶と2つの菓子。この日の一杯目は和紅茶。永尾氏が丹精込めて育てた茶葉を発酵させ、金木犀の香りを加えた紅茶は、渋み、苦味がないまろやかな味わいと、ふわりと広がる香りが印象的。合わせるお菓子も地元のパティスリーで作られたもので、粉末状にした抹茶には永尾氏の茶葉が使われているとか。同じ土地から採れた茶葉同士、相性は抜群です。
さらに永尾氏のよどみない話も興味を惹きつけます。この地の茶の歴史や生産者の想いを交えながら、押し付けではない知識を伝えるのは、生産者だから可能なことでしょう。
次なる緑茶は、永尾氏の前に5つ並んだ磁器で湯を適温まで冷まして、じっくりと抽出された。出汁のような旨味とやさしい甘みが広がります。お茶とはこれほどにも深い味だったのか。そんな思いが湧き上がります。
もちろんこのおいしさには、この環境も重要な役割を果たしているのでしょう。一面の茶畑を眺めながら、その地で採れたお茶を味わう。それはたとえば米農家が畑で握り飯を食べるような、漁師が船上で穫れたての魚を食べるような、限られた人にだけ許された贅沢。それはお茶を飲む、という一元的な行為ではなく、体全体で享受する豊かな体験です。
Tea tourism身近なお茶を通して感じる非日常と、お茶が伝える旅の新たな価値。
Tea tourismはこの茶塔のほか、別の2箇所でも体験できるのだとか。そのひとつ「天茶台」ではまた違った趣の時間が楽しめます。『きたの茶園』の北野秀一氏の案内でその魅力を探ってみましょう。
セレモニーの内容は茶塔と同じで、1時間ほど時間をかけて3種のお茶と2種の菓子を楽しむもの。しかしそのロケーションが大きく異なります。一面がフラットな茶畑だった茶塔に対し、この天茶台は段になった茶畑の向こうに市街地を遠望。遠くに望む町並みは興ざめになるどころか、かえってこの地の緑の濃さを際立てます。
無論、ここでも出されるのは、北野氏自身が育てたお茶。30年以上前、先代の頃から取り組んでいるという無農薬有機栽培のお茶は、浅炒りの焙じ茶でも、旨味の濃い緑茶でも、その澄んだおいしさが際立ちます。
茶畑を前に、地元生産者の話を聞きながら、そのお茶を味わう。その臨場感や希少性と、身近なお茶を通すことでかえって浮き彫りになる非日常感。それはお茶文化の奥深さとともに、旅の愉しさも再確認させてくれる時間です。
特産を味わい、名所を訪れるだけが旅ではない。
一杯のお茶のために旅をする。そんな贅沢こそが、日本各地の魅力をいっそう深く伝えてくれるのでしょう。そして日本にはきっと、まだ見ぬ旅の楽しみが無数に眠っているのでしょう。
https://kitanochaen.com/
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