志布志市食材ツアー海と山の幸に恵まれた豊穣なる場所・志布志
前面には紺碧の水面をたたえる志布志湾、また背後にはなだらかな丘陵が広がって、一年を通して燦々と陽光が降り注ぐ。鹿児島県の東部、大隈半島の付け根に位置する志布志市は、温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、さまざまな海と山の幸を抱えた場所です。
「志布志」という少し変わった地名は、およそ1400年前に天智天皇がこの地を訪れた際に、地元の民から贈られた手布を称賛したことに由来します。そう、この街には来訪する者を虜にする自然や美味、人々の笑顔が溢れているのです。今回東京から春の訪れを待つ3月の志布志を訪れた、シェフとバイヤーたち。海風と緑の芽吹きを感じながら、地元の美味や人々との出会いに大いなる感銘を受けたのでした。
志布志市食材ツアー志布志からはじまった、白イチゴのブーム。
まず志布志の恵みの「華」ともいうべき存在が、イチゴです。志布志は一年を通して晴天が多く日照時間が長いために、フルーツ作りが盛んな土地柄。なかでもイチゴの生産量は、鹿児島県内では志布志がトップなのです。多くの農家で全国に流通する品種「さがほのか」や新品種の「恋みのり」などが栽培されています。そして近年とくに注目を集めているのが、志布志が発祥の希少種「淡雪」。“幻のイチゴ”とも呼ばれる白イチゴで、こちら『農Life いちごの村』の看板商品です。代表の丸野恵美子さん曰く、淡雪は「さがほのか」が突然変異して生まれたそう。完熟しても外見は赤くならず、ピンク色のままといいます。
「これ、すごいですね。見た目は未完熟なのに甘く、熟したイチゴの香りもあります」。東京・六本木のモダン・インディアン・キュイジーヌレストラン『ニルヴァーナ ニューヨーク』シェフの引地翔悟氏は、そう唸ります。桃色のルックスが桜の花を想起させるため、春先のパフェの主役にしたいと、すでにメニューの構想が閃いた様子。
「淡雪のフリーズドライや、それを練り込んだチーズなど加工品もあるので、東京のシェフからの引き合いもありそうです」。青果バイヤーとしてレストランへの卸を担う栗山功氏の脳裏にも、淡雪のさらなる展開がよぎったようです。
実際に『農Life いちごの村』の淡雪は毎年シーズンになると、銀座『和光』でタルトの具材の主役に。「淡雪のタルト」の名前で販売されています。ここ志布志からすでに全国に誇るイチゴブランドが生まれていました。
志布志市食材ツアー青空の下ですくすく育つ、目が覚めるような橙のニンジン
次に訪れたのが、『川崎農産』のニンジン畑。工場長・川崎隆央氏から、環境配慮型の減農薬農業について、お話を伺います。
自然を労りつつ、太陽の光を浴びて育てられたニンジンは、色鮮やかな橙(だいだい)に。シェフたちは自分で抜いたニンジンを用水路のせせらぎで洗ったら、そのまま齧り付いています。食の安全のために、ここ『川崎農産』では米の「なつほのか」も含めて自社で責任をもって加工、保管も担っています。
志布志市食材ツアー栽培量では全国第2位。知られざる茶どころ、志布志
昼食は、製茶メーカー『和香園』が営むレストラン『茶音の蔵』へ。ここでは、地元のお茶を使った創作料理のコースと、ティーペアリングを体験します。志布志市の位置する鹿児島県大隅地域は土壌の水はけがよく、また朝晩の寒暖差が大きいために、お茶の栽培に適した場所。なんと、荒茶(茶畑から獲れたままのお茶)の栽培量では静岡県に次ぐ全国第2位です(2020年度調査)。ここ『和香園』は70年以上も製茶業を営み、2021年にはSDGsのためにレインフォレストアライアンス認証も取得しています。
食前酒に提供されたのが、ウーロンブラックティーの炭酸割り。深い苦味とかすかな甘味が、身体に染み渡ります。他にも刺身に旨味を添える、粗挽き緑茶などもあって、新宿のイタリアンレストラン『クラウディア』でマネージャー兼ソムリエを務める浦田直人氏は、このティーペアリングの展開に興味津々です。前菜にほうじ茶、メインの魚に釜炒り茶、デザートに水出し緑茶など。志布志のお茶の奥深さを知れる昼餉となりました。
志布志市食材ツアー郷土の英雄から受け継いだ釜炒り紅茶
昼食のあとに訪れたのが、紅茶づくりで強みを発揮する『東八重製茶』。害虫駆除などに難儀しながら、完全無農薬で「べにふうき」を栽培し、緑茶と紅茶を製造します。その看板商品が「武士の紅茶」。香りがいい春摘みの「べにふうき」を、郷土の英雄・五代友厚が残した製法で紅茶にしています。
「この紅茶、独特のうまみと香りがありますよね。細かく粉砕して、バニラアイスの塩分の代わりに使えば、面白いかもしれません」。東京・四ツ谷のフレンチビストロ『MARUGO YOTSUYA』の統括シェフ・竹田志郎氏はいいます。他に、東京・秋葉原『NOHGA HOTEL AKIHABARA TOKYO』の山下晋太エグゼクティブシェフも、同じく調味料としての紅茶の可能性を感じた様子。
次に「志布志市観光特産品協会」へ移動して、市のさまざまな特産品に触れます。そのあとは、志布志湾の絶景を望む『志布志湾大黒リゾートホテル』にて懇親会がとりおこなわれました。そのなかでは、地元食材を使ってシェフが料理を振る舞う場面も。こうして1日目の夜は更けていきます。
志布志市食材ツアー光り輝く志布志湾と、海の宝石・シラス
翌朝は早起きして、6時から“志布志湾クルーズ”。毎年3月から解禁になる『加治木水産』のしらす漁を見学します。漁船2隻が平行に大きな網を引きながら、しらすの魚群を追う伝統の猟法は、“ばちあみ漁”と呼ばれるもの。3時間ほど待って網が引き揚げられると、身の透き通ったキラキラのしらすがいました。急いで港へ戻ったら、今度は『加治木水産』の加工場に運んで釜揚げにします。
志布志湾のシラス漁は、4月がピーク。「大きなトラック2台で毎日3回、合計でバケツ40杯ほどのシラスを釜揚げするんですよ」と、副社長の加治木レイ子氏。茹であがったあとに天日干しを経たちりめんは、背が白くて苦味が少なく、旨味が強いのが特徴です。こうして志布志湾の真珠ともいうべきシラスは、全国の食卓に届けられていくのです。
志布志市食材ツアー鹿児島伝統の芋焼酎の可能性を広げる蒸溜所
鹿児島といえば、焼酎は外せません。昨晩の懇親会でも、志布志の人たちは最初から最後まで焼酎を飲んでいました。ここ『若潮酒造』で蒸留される、芋焼酎「志燦蔵」は志布志、いや大隅地域の日常酒です。一方、新たなフラッグシップ「千刻蔵」は画期的な木樽蒸留を採用した芋焼酎で、杉の香りが特徴的。他にも新作として、焼酎の手法を生かしたジンやイチゴスピリッツを発売するなど、『若潮酒造』は薩摩隼人ゆずりのスピード経営。その独創性に、シェフもバイヤーも感心しきりでした。
志布志市食材ツアー捨てられるものにこそ、価値がある
今回の旅もいよいよ終盤、春を感じさせる温かな日差しを浴びながら、身体にやさしい野菜、果物づくりに努める農家を訪問します。
『Farmers Villa Ume』は、12年前に群馬県から志布志にIターンした梅沢健太氏が営む農家。6月半ばまでは、ピーマンの出荷に大忙しの日々が続きます。減農薬に努めて栽培するピーマンは、肉厚で歯応え抜群。そしてシェフとバイヤーが興味を示したのが、成長しすぎて完熟した赤ピーマン。青いピーマンに比べて需要が薄いために廃棄されることも多いそうですが、独特の酸味に惹かれて、「ペーストやマリネにしたい」との声が続々と上がっていました。
志布志市食材ツアー初春の陽光を燦々と浴びて、育つ果実
最後に訪れたのが、『ファームランド牧』。こちらでは、土壌の熱水消毒、また微生物を使って発酵させた堆肥を用いることで、化学肥料を使わずにメロンを育てています。苦労しても、なるべく自然農法にこだわるのは、「残留農薬の問題を解決しないといけないから」と代表の牧信一郎氏は言います。
また外観、食味、糖度などに独自の規格を設け、その基準を満たすのは上位5%しかないというのが、オリジナルブランドのメロン「秘蔵っ娘」。そのまるんとしたメロンがビニールハウスで気持ちよさそうに頭を垂れているのを眺めていると、旅の最後にシェフもバイヤーも、それだけで幸せな気分になってしまうのでした。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:KOJI OKANO
(supported by 志布志市)