勝つための戦い。美食のワールドカップ「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」。

12のキッチンが設営されたステージ。各キッチンの前に立っているのは、キッチン審査のシェフたち。

ボキューズ・ドール 2023今、改めて知るべき、「ボキューズ・ドール」。

「ボキューズ・ドール」とは、1987年に、現代フランス料理の父と称される、ポール・ボキューズが創設した、2年に一度行われる国際的な料理コンクールのこと。

世界67か国の代表シェフがアジア・パシフィック、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカの各大陸大会を経て、美食の都、リヨンで行われるフランス本選を目指します。日本では、その知名度は高くありませんが、世界的には3位以内に入賞すれば、一流料理人への扉が開かれる登竜門として、大変な重きがおかれています。ところが残念ながら、日本は初回から毎回参加しているにも関わらず、3位以内の入賞は、2013年の浜田統之氏(現『星のや東京』総料理長)のみ。あとは7位、9位、10数位などとふるわない。

日本人の舌と緻密なスキルをもってすれば、上位入賞の常連とも思えそうですが……。逆に近年の常勝国というと、デンマークなどの北欧勢とフランス。彼らにあって、日本にないものは何だろうか。その理由を明らかにしつつ、勝つための戦略を積み上げ、2023年1月の本戦で入賞を目指すという、ボキューズ・ドールチームに密着し、その逐一をレポートしていきたいと思います。

2013年に浜田統之氏が3位に入賞したときの表彰台の様子。ちなみに1位はフランス、2位はデンマーク。Photograph:GL events/Bocuse d’Or 2013 

2013年の入賞者と、審査員たち。前列右は、創始者であるポール・ボキューズ氏。その後ろは、「(株)ひらまつ総合研究所」代表の平松宏之氏。Photograph:GL events/Bocuse d’Or 2013 

2021年の表彰台。関係者や審査員と一緒に。1位フランス、2位デンマーク、3位ノルウェー。

客席では、みな、自国の旗をふり、歌や鳴り物を鳴らしての活気あふれる応援が会場を盛り上げる。

ボキューズ・ドール 20232023年、日本代表は、「アルジェント」の石井友之シェフに決定。

2023年1月の日本代表は、今年1月の国内大会で石井友之氏(株式会社ひらまつ『アルジェント』所属)に決定しました。果たして、日本において、どのようにして本線出場の資格を得られるのでしょうか。

まず書類審査があり、これを通ったものは、東日本、西日本地区に分かれ、準決勝となる実技審査。その後、国内大会決勝となる実技審査で、日本の代表が決まります。次にアジア大会が行われ(2022年はコロナ禍のため、前々回の順位を踏襲)、5位までが本線への権利を獲得すると、非常に狭き門です。もちろん世界それぞれの地域も同等の厳しい戦いを潜り抜けての参加となります。

石井シェフは「ボキューズ・ドール」に出場した経緯を、「先輩である株式会社ひらまつに在籍していた長谷川幸太郎シェフ(現『KOTARO Hasegawa DOWNTOWN CUISINE』オーナーシェフ)が出場したボキューズ・ドールを目の当たりにし、憧れたことが始まりです。どうしたらあの場所に立てるのか? 何すれば良いのか? 毎日の仕事を見直し、料理の引き出しを作る事に力を尽くしました。代表の座は、決しては自分一人の力では、到達できなかったと思います。関わっていただけた全ての方に感謝し、本戦を戦い抜きたいと思っています」と力強く宣言します。
 

浜田シェフも「石井シェフの代表が決定してすぐに、長谷川シェフを誘い、石井友之を中心にすえ、委員会を発足しました。これまでの敗戦を無駄にしないためにも今回はすっかり体制を変えて臨みます。前回までは、毎回がゼロイチで、そのイチがニやサンにつながってこなかったのです。その流れを断ち切り、これまでの経験を積み上げ、同時に新しい試みにもチャレンジしながら、なんとか入賞を勝ち取りたいですね。問題は山積ですが」と話します。

1月に行われた、ボキューズ・ドール代表選考会を終えて。右から二人目が、優勝した石井友之氏。左からメンターシェフを務める浜田統之氏、米田肇氏、右端が渡辺雄一郎氏。

2021年の日本チーム。右から二番目が戸枝忠孝氏。その左がコミの原野修輔氏。左端がコーチのジョスラン・ドゥミエ氏。右は浜田統之氏。

表彰式での日本チームの入場。各国、国旗を持ち、整列して入場する様子はまさにワールドカップと喩えるにふさわしい。

ボキューズ・ドール 2023

「ボキューズ・ドール」の理解を深め、直面した問題に向き合う。

今、どんなことが問題になっているのかを理解するためには、「ボキューズ・ドール」がどういった大会であるのか、概要を知る必要があります。

昨年2021年の様子を簡単に描写しよう。日本からは、軽井沢の『レストラントエダ』戸枝忠孝シェフが参戦。会場は世界一の食の見本市『シラ』の一部にあり、12のキッチンが設置されています。

24のシェフチーム(2021年は都合により21チームが参加)が2日にわかれて、審査員や観客の目の前で、5時間半の持ち時間で、芸術的なる料理を仕上げます。チームの編成は、代表、コミと言われるアシスタント、当日割り当てられる、地元の料理学校の学生の雑用係の3人。

テーマは常にふたつ用意され、世相を反映した新しい流れと、クラシックなもの。2021年は、コロナ禍をふまえ、トマトと海老がテーマのテイクアウェイボックス。もうひとつは、毎年定番のフランスの伝統的プラッター(大皿盛り)でした。また、キッチンまわりでは、常に、キッチン審査員シェフたちが、監視の目を光らせ、素材を無駄に捨てていないか、キッチンを清潔に保っているかなど、料理人や人間としての基本を採点。そんな緊張状態の中、出場シェフたちは、ひたすら集中して手を動かしていくのです。

その日の先頭のチームが残り1時間を切るころ、美しくセッティングされたロングテーブルに、試食審査員であるシェフたちが、列をなして入場し、席につく。彼らは、公平性を守るために、本線に出場する24か国から選出された24名で構成されています。プラッター審査12人、テイクアウェイ審査12名に分かれて試食審査。の中には、日本が2013年に3位入賞を果たした、浜田統之氏も参加しています。
 
持ち時間の数分前になると、スクリーンには仕上げの様子が大映しになり、会場には緊張感が走ります。ひとつずつボックスを男女のサービスマンに渡し、壇上を回って審査員の元へと届けられ、テイクアウェイボックスを開けたときの鮮やかな色や華やかな仕上がりがどの国も印象的。

採点は、見た目の美しさ、構成、味、食感、創意工夫など、細かく項目が分かれており、それぞれに、評価点を書きこんでいきます。途中、時間をずらして、プラッターの持ち時間が終了となりますが、今度はアシスタントシェフたちが、夢のように美しいプラッターをもって壇上を一周。主菜である牛肉のブレゼを彩るガルニの盛りつけは、各国の腕の見せどころです。切り分けられ、それぞれのプラッター審査員のもとに届けられ、同じく、細かな7~8項目に、点数を入れていきます。こちらは温かな料理のため、火入れや温度が重要なポイントです。

こうして、最終組までの審査が続き、3時間後にはお祭りのような表彰式が行われるのです。結果は1位フランス、2位デンマーク、3位ノルウェー。残念ながら、戸枝シェフは入賞とはいたらず、9位と善戦でした。

日本チームがテイクアウェイの盛り付けを仕上げ、ボックスにおさめるシーン。

プラッターの最後の組み立ての様子。軽井沢の森と清流を想起させるような、清々しいデコレーション。

ロングテーブルに試食審査シェフがずらりとならび、サービススタッフから料理がサーブされる。

戸枝氏の検討を称える大会実施委員。

ボキューズ・ドール 2023

審査員を担った浜田シェフだからわかる、過酷な審査基準。

プラッターの審査員だった浜田シェフは言います。「審査員はみな、一口ずつしか食べられないので、インパクトのあるおいしさが求められます。そして、やはり見た目。フランスのブレゼの温かさと美味しさには驚かされました。そしてガルニの繊細さにも。デンマークのテイクアウェイは見ただけですが、圧倒的な美しさでした。自分の審査得点も1~5位までは実際の順位と合致してました」。

それだけ審査員の評価は確かなのです。だからこそ、審査員にガツンと印象づける味と美しさがなければ勝てないのです。

審査員の多くはミシュランの星や、MOF(国家最優秀職人賞)を持った料理人で、過去に「ボキューズ・ドール」で優秀な成績を収めた人間が選ばれています。特に、3位以内に選出されたシェフはボキューズ・ドールウィナーズ アカデミーメンバーとも呼ばれ、こうしたイベントなどには、必ず立ち合い、トップシェフとしての扱いを受けるのです。もちろん、その後、星を獲得したり、MOFを取得する例は、枚挙にいとまがない。

つまり、一度入賞すれば料理界での活躍が保障されるという意味はまさにそういうことなのです。日本チームが悲願として入賞を願う理由もよくわかります。

審査の点数を、細かくわけられた項目ごとにタブレットに打ち込んでいく。手前から二番目が浜田統之氏。こちらのグループはプラッターの担当。

奥の木立の中に鎮座するのが、テーマ素材の牛肉のブレゼ。手前の落ち葉を入れたアクリルの上にのっているのはボタニカルタルトなどのガルニチュール。

ボキューズ・ドール 2023当事者だけでなく、料理界、レストラン界、国も含めて、戦うために。

では、現状、日本に何が不足しているのかを浜田シェフに聞いた。まず、第一に「資金」だという。

フランスなどでは国家の威信をかけてのイベントであるから、億単位のお金が投入されると言われています。それに比べ、日本は数百万単位。昨年の例でいえば、戸枝シェフは自己資金を持ち出さなければならなかったという。

では、どうやって資金を集めるのか。それはなんといっても、スポンサーだ。そのためにはスポンサーに出資させるメリットを感じさせなければいけないでしょう。例えばフランスが優勝すれば、使用した型が世界的に売れるといった具合でビジネスと直結しているように。

つまり、認知度も必要ということです。知名度を上げることに関しても、今回のボキューズ・ドール チームジャパンは、さまざまな秘策を考えています。

また、参加するシェフは半年なり、一年なり、休んでコンクールの準備に専念する必要があります。2021年に参加した『レストラントエダ』の戸枝シェフは個人店ながら、半年以上店を閉め、特訓を積んだと言います。また、前出のコミの仕事も実に重要で、あうんの呼吸で作業を進めていかなければいけません。ゆえに、やはり同じく半年近く仕事を休んで、専任とならなければならないのですが、日本ではなり手が見つかりにくい。どこの店も人手が足りず、若い人を供出したがらないのです。日本のレストラン業界の理解が求められるところでもあります。

料理に関する具体的なことでは、非常に重要視される温度帯。その際の保温のための道具や、またガルニをこれまでにない美しい形に仕上げるために型、これらも一から考えなければいけません。

こうした課題をひとつ一つ解決し次回、2023年の「ボキューズ・ドール」に勝つまでの道のりをぜひ見届けたい。

トロフィーとして授与される、ポール・ボキューズを象った、金銀銅の像。

Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:GL events/Bocuse d’Or 2021