余市のナチュラルワインが集結。造り手との出会いが人生の一本となる。[Ru Vin CANVAS 余市右岸編/北海道札幌市]

『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』に参加した面々。左より、『上川大雪酒造』の吉島久晴氏、『ドメーヌ・イチ』の上田一郎氏、『山田堂』の山田雄一郎氏、『ドメーヌ タカヒコ』の曽我貴彦氏、『ドメーヌモン』の山中敦生氏、『モンガク谷ワイナリー』の木原茂明氏と奥様のゆうこさん、『ドメーヌ アツシスズキ』のサービスを担った『酒舗 七蔵』の丹羽規子さん

ル ヴァン キャンバス「ドメーヌ タカヒコ」を筆頭に、6つのワイナリーが集結。

去る2022年6月某日。北海道余市町の6ワイナリーが集う『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』が開催されました。

場所は、北海道札幌市の『ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園』。2021年10月に開業したそこは、『さっぽろテレビ塔』を見上げる好立地。しかし、特筆すべきは、北海道産木材を多用している高層ハイブリット型の木造建築であるということと、その構造材に使用する木材は国内最大規模だということにあります。中心市街であるも、エシカル&サスティナブルを体感できる空間は、大地から生まれたワインを迎えるには相性も良い。

参加したワイナリーは、『ドメーヌ タカヒコ』、『ドメーヌモン』、『山田堂』、『モンガク谷ワイナリー』、『ドメーヌ・イチ』、『ドメーヌ アツシスズキ』。皆に共通していることは、自然派にこだわる造りだということです。ゆえに、少量生産。

今回のイベントは、ワイナリー以外にも様々なメンバーが集結。『上川大雪酒造』に身を置きながらお酒の生産地として北海道のレベルアップに努める吉島久晴氏や地酒を中心に厳選したワインも揃える『酒舗 七蔵』の丹羽規子さんの参画、『木村硝子店』や『ヴィッセル』といったグラスメーカーの協力などによって、『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』は創造されました。

当日は、昨今の情勢を加味し、人数を制限した上で2部制にて実施。開始前から長蛇の列を作ったファンの目的は、ワインだけにあらず。造り手に出会えることこそ、『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』が特別たるゆえんなのです。

『ドメーヌ タカヒコ』では、「ナナツモリピノ・ノワール」2種(添加あり)、「ナナツモリブラン・ド・ノワール」、「ナナツモリピノ・ノワール」2種(添加なし)を提供。

『ドメーヌモン』では、「ドン・グリ」、「モンロー」、「ピノ・ノワールAK」を提供。

『山田堂』では、「Yoichi Rose Pinot Noir」を提供。

『モンガク谷ワイナリー』では、「栢(はく)」、「楢(なら)」、「桧(ひのき)」を提供。

『ドメーヌ・イチ』では、「ICHI +P+Cuvee Reserve Torelbon」を提供。

『ドメーヌ アツシスズキ』では、「Tomo Rouge」、「Passetoutgrain」を提供。

ル ヴァン キャンバス飲むイベントではない、出会うイベント。だから、そのワインは人生にとって特別になる。

「北海道ワインの素晴らしさを地元の方々に体験していただきたい。それが『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』の目的です」。

そう話すのは、『上川大雪酒造』の吉島氏です。吉島氏は、札幌で30年、東京で10年、ワインバーに従事していた知る人ぞ知るワイン界の重鎮であり、今回の立役者。初代を務めた『ワインバー・ランス』(札幌)の時代は、今なお語り継がれています。イベントを企画する際、吉島氏がまず始めに相談したのは、『ドメーヌ タカヒコ』の曽我貴彦氏でした。

「まず、余市を盛り上げたいという想いが第一にありました。余市は、原料供給の町ですが、ワイン生産のイメージはまだ弱い。ですが、良質なぶどうが造れる貴重な町だと思っています」と曽我氏。

「以前、自分はフランスのワイナリーを巡っていましたが、余市のワインを飲んで感動したのを今でも覚えています。2019年以降、北海道の気候が変わって非常にワインを造る環境として良くなった印象があります。とはいえ、そこから高品質のワインになるのはもう少し時間がかかるかと思ったのですが、一気に来た。造り手の努力の賜物です。それに、自然派にこだわるワイナリーが一堂に会している地域も貴重」と吉島氏。

「世界に通用するぶどうを造れる。世界が唸るワインを造れる。余市ならできる」。そう信じ続けていた曽我氏の想いが結実したのは、2020年。世界一と謳うに値するデンマークのレストラン『ノーマ』が『ドメーヌ タカヒコ』のワインを採用したことにあります。

「余市の水は柔らかく、だからこそ“旨味”が表現できる。これは、日本特有の感性であり、出汁文化に近いのかもしれません。まだまだ余市のワインは伸びる。そう信じています。それは、僕だけじゃなくて、今回、参加したワイナリーもみんな思っている。規模の大きな一社が大量生産する地域もありますが、僕らみたいな個人が営むワイナリーの地域は、少量でも高品質のワインを造る町にしたいと考えています。みんなでクラフト化したい。ドメーヌ化を大事にしたい。そして、余市を価値化したい。もしかしたら、それは僕が生きている間にはできないかもしれないけど、何か余市の未来にとって残せたらなと思っています」と曽我氏。

有名になる近道はコンクールや品評会などで賞を獲ることかもしれませんが、『ドメーヌ タカヒコ』を始め、余市のワインはそうでないのかもしれません。遠回りかもしれませんが、市場主義こそ余市のワイン。

今回の舞台となった『ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園』も市場であり、『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』も市場。レストラン、バー、そして、個人もまた市場。コツコツと市場に信頼されるよう努力する様は、まるでぶどうの木のよう。じっくりと時間をかけて根を張ることが、ゆるぎない幹となるのです。

なぜこのような味になっているのか。なぜこの造りにこだわるのか。そして、どんな想いを持ってワインに向き合っているのか。そんな言葉を造り手の口から聞けることは、希少な体験であり、貴重な価値。『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』は、飲むイベントではない、出会うイベント。だから、舌の上では得ることのできない感動を呼ぶのです。

ゲストは造り手との会話を楽しみに来場。希少なワインを飲めるだけでなく、なぜそのような味にたどり着いたのかやぶどうが育つ環境などを聞きながらいただく時間は、特別な体験に。

ル ヴァン キャンバス

テクノロジーが進化すればするほど、体験に勝るものはない。

実は、今回の6ワイナリーがイベントに参加することは、ほぼありません。ゆえに、ゲストが造り手と会うことは極めて稀有な機会であり、逆に造り手が飲み手と会うことも稀有な機会。

「複雑な味わいなのに、とても綺麗にまとまっていますね!」とゲストが話せば、「ありがとうございます! 私たちは、フィールドブレンドにこだわっており、酸味、苦味、香味を大事にして造っています」と応えるのは、『モンガク谷ワイナリー』の木原茂明氏と奥様のゆうこさん。はずんだ会話は、エチケットのデザインにまで及び、それは、娘さんが描いたものだと言う。もちろん、そのような情報はボトルには明記されていないため、出会いから生まれた物語は、その人の記憶に深く刻まれるに違いないでしょう。

また、隣のブースでは、「“1”はどんな意味があるんですか?」というゲストの声が。「実は、『ベリーベリーファーム&ワイナリー』という名前だったのですが、長いなと思って(笑)」と『ドメーヌ・イチ』の上田一郎氏は、はにかみながら応えます。「“1”の理由は、僕の名前が一郎なのと、余市の“イチ”から取りました」と言葉を続けます。造り手にとっては当たり前のあれこれも、ゲストにとっては発見の連続なのです。

「イベントにはあまり参加しないのですが、お客様と話せる機会は楽しいですね! 様々な状況から、人と人との触れ合いが遮断され、造る、買う、飲むなどの行為が“点”になってしまいました。今回のような“面”はこれから大事にしたいと改めて思いました」と『ドメーヌモン』の山中敦生氏。「“師匠”同様、器用な人間ではないので(笑)」と話す自身の性格ゆえか、ぶどう造りにおいては、ピノ・グリ一本。その師匠とは、『ドメーヌ タカヒコ』の曽我氏を指しています。

「僕は新人なので緊張しましたが、お客様とこうして会話できる機会はとても良い経験をさせていただきました。言葉を交わすから伝えられることがありますし、逆に教えてもらうこともある。こういう風に感じるんだとか、味をこんな風に例えるんだとか。これからのワイン造りにおける励みにもなりました」とイベント初参加の『山田堂』の山田雄一郎氏は、おそらく余市で最も新しいワイナリー。そんな山田氏もまた、『ドメーヌ タカヒコ』の元で修業した造り手です。

唯一、ワインのみ提供だった『ドメーヌ アツシスズキ』には、前述『酒舗 七蔵』の丹羽さんがサービス。今回は、会場構成以前までのやり取りのほとんどを担いました。

「久々のイベントだったので、このようなコミュニケーションを待ちわびていました。お客様はもちろん、造り手の想いが伝わる場は、もっと増えていったら良いなと思います」。曽我氏からのご指名によって参画した丹羽さんは、札幌で開催されている食の大イベント『さっぽろオータムフェスト 7丁目会場』において、ワインコーディネート(2010年~2017年)にも携わったイベントのベテランであり、ソムリエ。6人の生産者との親交も深く、酒屋&ソムリエだから語れる視点は、造り手とはまた違った会話の楽しみもありました。

昨今、テクノロジーの技術向上やインターネットの普及によって、流通も多様化。道内、道外、国内、国外とつながることは難しくなく、その恩恵を受けていることは間違いありません。しかし、だからこそ、体験に勝ることはないとも言えます。

自然派のぶどう造りやワイン造り、生態系や環境の営みにテクノロジーやインターネットは通用しません。現場が全てです。『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』は、それを再確認させてくれたのかもしれません。

「北海道は広い。まだまだ僕も知らない造り手がいると思っています。できる限り応援し、今回のように知ってもえらえるきっかけを作っていきたいです」と吉島氏。

「例えば、均一した形の野菜を漬け、綺麗に味を整えるお漬物もあれば、形は不揃いでちょっと虫食いがあるような野菜をそのまま漬けるお漬物もある。前者は人の力がなくては作れないですが、後者は自然に恵まれれば作れる。僕たちは、たまたま後者の人間で、余市の土壌に恵まれた造り手。ただそれだけなんです。造り手がすごいんじゃない。ぶどうがすごい、土地がすごい、余市がすごい。だから、全ては余市のために。これからも余市のためにワインを造り続けたい。余市に貢献できるように生きたい」と曽我氏。

ワインは、地域をつなぎ、国をつなぎ、人をつなぐ。次回は、ワイナリーを眺めながら杯を交わし、造り手と話の続きを楽しみたい。人生にとって大切な一本、一杯は、出会いから生まれるのです。

『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』の会場風景。ワイナリーごとにペアリングの料理も用意し、ゲストは食事と一緒にワインを楽しんだ。

館内においても木材を多用している『ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園』。「飲み手とお会いできるようなイベントを催していただけるのは、本当に感謝いたします」と、ホテルに向け各造り手が口を揃える。

今回の会場となった『ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園』では、『Ru Vin CANVAS 余市右岸編』を2フロアにて構成。人数を制限し、回遊できるように配慮。

住所:北海道札幌市中央区大通西1-12 MAP
電話:011-208-1555

Photographs:ERIKA KUSUMI
Text:YUICHI KURAMOCHI