ボキューズ・ドール 2023急遽のアジア大会開催。異例の審査方法。いかなる環境においても、国として戦い抜く。
『ボキューズ・ドール』のフランス本選に出場するためには、各エリアの大会を勝ちぬかなければならないことは、前回も記した通りですが、今年のアジア・パシフィック大会は、異例での開催となりました。
4月の初旬までは、コロナ禍のためアジア大会は中止。直近の大会の順位を踏襲するというものでした。つまり、前々回一位だった日本は、自動的に世界大会の本選に進める予定だったのです。
それが突如、4月の半ばに、アジア大会が行われる通知がありました。しかも、これまでは、開催国へ出向き、世界大会と同じように実技が行われ、出場国の審査シェフが評価を決めるという、本選同様のスタイルをとっていたのですが、今回は、コロナ禍の影響も大きく、作品となる料理写真とレシピ、さらに2分間のイメージ動画(上記)をフランス本国に送り、ジェローム・ボキューズ氏、レジス・マルコン氏などの重鎮審査員が採点を行うという方式に決まったのです。
つまり、調理の様子や味の評価ができないのです。見た目の美しさや斬新さ、いかに細かに仕事をしているかの印象、そして説得力のあるレシピが必要となります。動画は、各国の伝統や独自性を加味しつつ、ボキューズ・ドールをいかに世界に普及させるかを見せるためのプロモーションだそうです。締め切りは6月15日。つまり2か月弱でそれらをクリアしなければいけないということになったのです。
テーマ素材は「豆腐」。
アジア大会ならではともいえる食材であると同時に、ビーガンやマクロビなどのニーズの高まり、環境問題への影響などが配慮されてのことでしょう。同時に、動物性の食品(乳製品は除く)の使用も不可というのがルールです。生まれたときから豆腐を口にしてきた日本人にとって、そうした素材を正面切ってフランス料理に仕立てるのはある意味、難題とも言えます。
無事、期日前に、すべての素材を提出し終えましたが、本部から連絡がきたのは、1か月をすぎた、7月21日の夜。結果は見事突破。順位は発表されていませんが、入賞国は日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの5か国。まずは、石井シェフに大きな拍手をおくりたいものです。
ボキューズ・ドール 2023豆腐というテーマの難題と挑戦。たどり着いた豆腐は、ゼロから作ること。
さて、どのようにして、厳しいアジア・パシフィック予選をくぐり抜けたのか、その様子を振り返りましょう。
お題が豆腐と決まった時点で、石井シェフは、まず、県のアンテナショップを巡り、各地の豆腐を購入し、キッチンにさまざまな野菜を並べ、スタッフ全員で豆腐との組み合わせを試し、どんな野菜に相方として適性があるかを試していきました。結果、選ばれたのは茸類でした。鍋の具材を考えれば、豆腐との相性の良さは、自明かもしれません。
しかし、そこには難題が。市販の豆腐では、どうしても茸の旨味に負けてしまうのだそうです。そこで、自家製の豆腐を作ることを考えたのですが、市販の豆乳では濃度が足りません。そこで、知人の紹介で、逗子で豆腐店を営んで90年の老舗「とちぎや」を訪れました。
「市販の豆乳は大豆の固形分が14%くらいまでしかないのですが、とちぎやさんのものは、20%以上。早速、その豆乳を送ってもらい、自家製の豆腐を作ることに決めました。豆腐の作り方に関しても改めて勉強させてもらいました」と石井シェフは言います。
実は、石井シェフの考えは、豆腐そのものに茸の香りをつけることが狙いだったのです。豆乳にセップ茸とにがりを加え、真空にして、40℃で20分間加熱。その後1~2時間おき、さらによく水気をきって、かための豆腐に仕上げます。これだと、加工がしやすいうえに、きのこの香りを重ねていくなどの、メインディッシュとしての完成度が高くなるというのが、その理由です。
ボキューズ・ドール 2023
食べられないからこそ、伝えるための戦略。
こうして土台となる豆腐ができたものの、完成までには、紆余曲折があったといいます。写真による審査だけに、見た目のインパクトや美しさ、いかに緻密に構成された一皿であるかが重要であるかということは、先述の通りです。真っ白な豆腐にスプーンを入れると中が複雑に構成されているというサプライズは写真では伝わらないのです。
実は、石井シェフが最初に仕上げた料理は、アジア大会に表現した料理とは別物でした。これには、メンターである浜田氏、長谷川氏から、「アジア予選を通らないぞ」という厳しい評価がくだったそうです。
試行錯誤の末に出来上がった一皿は、豆腐と茸の美しい層がアーチをなして重なり、4種のガルニチュール(付け合わせ)が華やかさを盛り上げています。
「実は、写真撮影(6月10日)の前日に、今のままではだめだと思い立ち、合羽橋へ行って樋型を買い、試してみて、ようやく納得のいくものができ上がったんです」という石井シェフ。最終形は、その樋型を使用してかためたものです。
「樋型の中に薄くスライスした自家製の豆腐を敷き、トリュフのシートをのせ、また豆腐を重ね、次にジロール茸のペーストを塗り、また豆腐をのせるというように、豆腐と茸を層にし、表面だけを凍らせてカットしたものが、メインとなるアーチ型の豆腐です。周囲には数種のガルニチュールを配しました。燻製をかけたサントモール(山羊のチーズ)の上に絹ごし豆腐のピューレを絞り、キヌアを散らしたものや、青りんごのジュースを流したタルトにパースニップのピューレを絞り、グリーンピースをあしらったもの、黒にんにくを詰めたモリーユ茸を煮詰めた酒でからめたものなどです」と料理の説明をしてくれました。ひとつ一つのガルニチュールにも、高度に緻密な考えがめぐらされ、心がこめられていることがよくわかります。
石井シェフは、「浜田さんのひと言があってよかった」と言います。実は、今回、常勝国である、タイ、シンガポールが落選しているのです。そして、インスタに上がった、タイの出品写真を見てみると、石井シェフの初期段階の作品のように、白いムース状なのです。やはり、料理の構想が伝わらなかったということなのでしょう。今の段階では、順位が出ていないのでわかりませんが、アジアパシフィック予選がいかに厳しい戦いであったかということは、想像に難くありません。
本選は、プレート料理(一皿料理)とプラッター(大皿盛り)の2種で競われます。
プレートのテーマが9月末、プラッターのテーマが11月末に決まるというのがおおまかな予定だそうです。ついこの間までは、本選まであと10か月という気持ちだったのが、あっという間に半年を切ってしまいました。心がはやります。テーマ食材が出るまでに、やるべきことは何なのでしょうか?
「アジア大会は見た目の勝負でしたが、逆に本選は、見た目の美しさや斬新さはもちろんですが、とにかく美味しくて、熱々でないとダメなのです。にんじん、じゃがいも、玉ねぎなど、必ず使う野菜を、ガルニチュールとして使う場合、またはある程度のメイン素材として使う場合などをシュミレーションして、加工方法、味の決め方、温度の調整などの実験を繰り返します。なにしろ、テーマ素材が決まったら、その一か月後にレシピを提出することになると思いますので、それからでは全く時間がなくなってしまいますから」と石井シェフ。
まだまだ課題は山積み。それらを乗り越え、本戦に備え、日本を勝利へ導く。
ボキューズ・ドール 2023
米田 肇、浜田統之、長谷川幸太郎。勝つために揃った最強の布陣、チーム日本。
いよいよ日本チームの布陣が決まりました。
三ッ星レストラン「HAJIME」米田 肇氏が、試食審査シェフに選ばれました。そして浜田統之氏が日本チームのコーチに。コーチの役目は、日本チームをまとめ上げることはもちろんですが、『ボキューズ・ドール』内でいわゆる「顔がきく」といいうことが大切であり、その点、2013年の3位入賞以来、『ボキューズ・ドール』に関わり続けている浜田氏は最適です。そして、長谷川幸太郎氏は、キッチン審査シェフに任命されました。これは大会当日、舞台上の各キッチンを回り、キッチンを清潔に保っているか、素材の無駄を出していないか、などをチェックする役目です。同時に、出場選手そのものも、試食審査員に顔を知られたほうがいいとも言われています。
私情をはさむとまではいいませんが、人間ですから、やはり、顔を知っているかどうかに左右される部分がないとはいえないのだそうです。そのため、石井シェフは、ヨーロッパ大会に視察に行き、日本チームのTシャツを配るなど、ロビー活動に励みました。
こうして組まれた、最強の布陣、日本チーム。あとは、本番へ向けて努力を積み重ねるのみです。次号からは大会へ向けての進捗に加え、関係者と石井シェフの対談をお届けいたします。
Text:HIROKO KOMATSU