地元に伝えたこと、学んだこと。長谷川在佑氏が振り返る「DINING OUT」。[DINING OUT KISO-NARAI/長野県塩尻市]

厨房に建つ長谷川氏。調理スタッフとして参加した地元料理人たちは「学ぶことばかり」と口を揃えた。

DINING OUT KISO-NARAI山深い木曽路で開催された19回目の「DINING OUT」。

去る2022年7月23日、24日に開催された『DINING OUT KISO-NARAI』。
舞台となった奈良井宿は、中山道34番目の宿場町として400年もの間、旅人たちを迎え続けるおもてなしの町でした。同時に山深い木曽路にある奈良井宿は、保存食をはじめとした独特の食文化が育まれた地でもあります。

そんな今回の『DINING OUT』で料理を担当したのは、『傳』の長谷川在佑氏。『ミシュランガイド東京』2つ星、『ゴ・エ・ミヨ東京』3トック、『アジアのベストレストラン50』1位、『世界のベストレストラン50』20位など、数々の賞に輝く長谷川氏は、この地の食材や食文化をどう紐解き、どんな思い出、どのような料理をつくり、そしてこの地に何を残し、伝えたかったのでしょうか。

長谷川氏の言葉とともに、『DIINNG OUT KISO-NARAI』を振り返り、長谷川氏の心の裡を探ってみましょう。

奈良井宿、中山道の上に出現したダイニング。土地に触れ、文化を体感する『DINING OUT』の原点。

DINING OUT KISO-NARAI地元の食文化を再構築した、新しい郷土料理。

「今回の『DINING OUT』でもっとも大切にしたのは、地元の方々との絆。いかにこの地の方々と馴染み、いろいろなことを教えてもらうかということでした」。長谷川氏の振り返りは、こんな言葉から始まりました。

食材生産者、地元のお母さんたち、子どもたち。多くの地元の方々が参加した今回の『DINING OUT』。その大勢のスタッフたちを長谷川氏は「チーム」という言葉で表現します。

「地元でどんなものが食べられているか、大切にされているか。そういう思いは、やはり直接話さなくてはわかりません。そういう食文化に加え、この地の歴史や気候のこと、人のことなど、本当にたくさんのことを教わりました」。

そして、地元の方々との交流を通して知った知識は、『DINING OUT』の料理として形をなしました。『傅』の女将である長谷川えみさんを中心としたチームで考案されたペアリングドリンクとともに、供された料理は、計6品。

最初の一皿は、「地元で親しまれているものを、地元の人にとって新しい形で」という思いを、おなじみの信州名物「おやき」で表現しました。見た目こそスタンダードなおやきですが、中に潜む鰻の旨みが従来のイメージを覆します。

2品目の主食材は鯉。海のないこの地で古くから滋養強壮のためのご馳走として親しまれてきた鯉食文化も、近年はやや下火。「骨が多く食べにくい、淡白でおいしくない、という声も。だからこそ鯉のおいしさを改めて伝えたい」と鱧のように丁寧に骨切りしてから揚げ、夏野菜の餡をかけた一品に仕立てました。

続く3品目は、長野県特産のシナノユキマス。分水嶺で育てられる清涼な味わいの淡水魚に、塩を使わずに発行させる木曽地域の伝統的な漬物すんきを合わせました。シナノユキマスもすんきも、この地ではよく知られた食材。しかしそのふたつを組み合わせることで、知られざるおいしさを演出したのです。

4品目は木曽で米とともに重用されてきた雑穀を、信州牛とともに。「牛肉ではなく、雑穀が主役の料理です」という長谷川氏の言葉通り、7種ほどの雑穀の味わいと食感が、複雑で奥深いおいしさを生み出しました。

締めとなる5品目には、山中で採れたキノコや山菜を煮込んだ鍋で蕎麦を温めて味わう投汁蕎麦が登場。冷え込みがきついこの地で愛される伝統料理で、シンプルに素材の旨みを引き出しました。

デザートには信州特産のルバーブと旬のトウモロコシを使ったプリン。野菜を使ったデザートは、料理の余韻を包み込みながら、ゲストを終演へと誘います。

「目指したのは地元の人にとって新しい郷土料理。僕の料理を通して、この地の豊かさを改めて思い出してもらえたら」。

そんな長谷川氏の思いが凝縮されたコースでした。

ゲストを前に挨拶する長谷川氏。その言葉には、ゲスト、地元スタッフ、そしてこの地の人々への感謝が込められていた。

脂の乗った鰻を使ったおやき。囲炉裏の煙でサッと燻して仕上げた。ペアリングには地元『信濃ワイン』の「信濃スパークリング ナイアガラ」。

擦ったキュウリの餡の爽やかな香りが鯉の味わいを引き立てる。「シンプルながら新しさも追求した料理」と長谷川氏。合わせるのは奈良井宿の『suginomori brewery』の「narai」。

独特の味わいと食感がある「すんき」は、塩を使わずに乳酸発酵させた赤カブの葉。シナノユキマスと合わせ、その新たな魅力を表現。信州『井筒ワイン』の辛口「シャルドネ[樽熟]2020」とともに。

甘辛く炊いた信州牛が引き立てる雑穀の味わい。ペルーにいる長谷川氏の知人から届いたキヌアもアクセント。塩尻市のブドウ100%でつくる『五一ワイン』の「エステートゴイチ メルロ」の芳醇な風味が味を引き立てる。

たっぷりのキノコと鴨の出汁で、シンプルに味わう投汁蕎麦から着想を得た一品。会場の気温も下がってきたタイミングで、その温かさが染みる。ペアリングは引き続き「エステートゴイチ メルロ」。豊かな果実味が滋味深い出汁と調和する。

トウモロコシ、ルバーブ、プリンの3層になったデザート。ふりかけたスパイスがエキゾチックな味わいを演出。

DINING OUT KISO-NARAIかつてない表現を可能にしたチームの力。

いつもの『傅』の料理構成から離れ、この地、この時、このチームでしかできない料理を繰り広げた長谷川氏。「これこそが『DINING OUT』の意義であり、魅力」と振り返りました。そしてもう一度、大勢が力を合わせた“チーム”の力に言及しました。

「今回、改めて強く感じたのは、料理はひとりではできない、ということ。チームで力を合わせることでもっと大勢のお客様を喜ばせることも、感動させることもできるし、これからさらに繋がっていくこともできる。もちろん料理だけでなく、サービスや空間づくりも同様。そういう意味で、料理人として本当に大切なものを学ばせてもらった気がします」。

そう振り返る長谷川氏。そして改めて、この奈良井宿への思いを語ります。

「コロナを経て久しぶりの『DINING OUT』ということで、やはり今までとは違う気持ちでのぞみました。その気持ちをどのように表現しようか、とかなり長い時間悩んだ回でもあったのですが、奈良井という土地とこの地の人々に支えられて、無事に終えることができました。食材、食文化、土地、人、そういうものを含めて、これからも僕にとって奈良井は特別な場所になると思います」。

配膳に参加した地元・楢川小中学校の児童生徒たちとともに。

お土産としてゲストに手渡されたおにぎりは、「地元婦人会・桜香会」の皆様によるもの。

厨房、サービスを含め、過去最大人数の地元の方々が携わった『DINING OUT KISO-NARAI』。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:NATSUKI SHIGIHARA