鹿児島焼酎で全国に新たなムーブメントを起こす。造り手の熱き思いを体感する「蔵旅」。

鹿児島焼酎 蔵旅OVERVIEW

焼酎の名産地、鹿児島。現在、鹿児島県内では112の蔵元が焼酎造りをしています。「近年、鹿児島焼酎がますます洗練されてきて、フルーティーな香りで、きれいな味わいのものが増えています」と話すのは、実業家であり、食通としても知られる本田直之氏。日本全国、そして世界中を旅した経験を持ち、各地の食や酒にも精通している美食家です。そんな本田氏が「鹿児島焼酎の文化を変えたい」という強い想いから始めたのが、「蔵旅」でした。

「蔵旅」では、本田氏のアテンドのもと東京の料理シーンを牽引する料理人が鹿児島県内の蔵元を巡ります。その意図について本田氏は「造り手がどんなに思いを込めて素晴らしい鹿児島焼酎を生み出したとしても、売り手・注ぎ手が語れなければそのストーリーは広まらない。だからこそ、焼酎造りの現場に触れて体感することが重要なのです」と解説します。

今年、本田氏とともに「蔵旅」に参加したのは岡田右京氏、大橋直誉氏、松永大輝氏、末富信氏の4名。いずれも、東京で人気店を営むスペシャリストです。まずはこの5人で、鹿児島県酒造組合から東京に送られてきた約30本の本格焼酎のテイスティングを行い、「蔵旅」で蔵元を訪ねる5銘柄を選びました。「第一回目となる昨年は、若い造り手の活躍が目覚ましい5蔵を巡りました。今年は個性の強い5蔵というコンセプトでセレクトしました。」(本田氏)。造り方や貯蔵方法が個性的な蔵もあれば、個性的なフレーバーの焼酎を造る蔵など、個性の表し方はさまざま。私たちが何気なく飲んでいる鹿児島焼酎は、一体どのようにして造られているのでしょうか。造り手の熱量に触れる2日間が始まります。

Supported by 鹿児島県酒造組合
Produce by think garbage Inc.

Photograph:KAYOKO UEDA
Text:AYANO YOSHIDA

「鹿児島焼酎の文化を変える」。蔵元を訪ね、造り手の情熱に触れる「蔵旅」。後編

鹿児島焼酎 蔵旅 後編木の香りが特徴。古式かぶと釜蒸留器を使った焼酎造りに挑む「大石酒造」。

「全国に鹿児島焼酎の魅力を広め、文化を変えたい」。
実業家であり、食通として知られる本田直之氏の強い思いから始まった「蔵旅」。麻布十番『十番右京』オーナーの岡田右京氏、虎ノ門『つかんと』のオーナー兼ソムリエ・大橋直誉氏、渋谷『(惚)オ向イ上ル』オーナーの松永大輝氏、港区『膳処末富』オーナーの末富信氏の4名とともに、鹿児島県内の5軒の焼酎蔵を巡りました。

2日目に向かったのは、海沿いの街に拠点をもつ「大石酒造」です。「蔵旅」は、本田氏を含む参加者の5名が事前に約30本の鹿児島焼酎のテイスティングを行い、その中から最も興味を持った5銘柄の蔵元を巡ります。訪問先に「大石酒造」を選んだ理由について、ソムリエの大橋氏はこう語ります。「東京でテイスティングした『かぶと鶴見』のウッド系の香りが個性的で、何に由来してこうしたフレーバーが生まれているのかを知りたいなと思ったのです」。

大橋氏も興味を持っていた木の香りの秘密は、古式かぶと釜蒸留器を使った古典的な製法にありました。古式かぶと釜蒸留器とは、木樽と「かぶと」とよばれる冷却用水受け等で構成された蒸留器。周りから温めながらじっくりと時間をかけて少しずつ蒸留することにより、一気に加熱して蒸留した焼酎に比べて繊細で口当たりのいい味わいに仕上がるのが特徴です。しかし、手間と時間がかかるうえ、少量しか生産できないため、現代ではあまり使われなくなってしまった蒸留器でもあります。「『かぶと鶴見』を最初にリリースしたのは1996年。焦げ臭のすくない、やわらかな口当たりの焼酎を造りたいと思ったことが開発のきっかけでした」と、5代目の大石啓元さんはこだわりを見せます。

末富氏は「ヒノキの樽に由来する木の香りが心地いいので、肴がなくても焼酎だけで十分楽しめる。また、鹿児島焼酎のフレーバーが多様になっていることが自分にとっては大きな発見です。焼酎の味わいの幅が広がれば広がるほど、僕たち売り手もお客様に提供するのが楽しくなる」と、興味津々です。岡田氏も「トレンドを掴んだ焼酎を造っている割に、『大石酒造』は東京ではまだ知られていない印象。もっと広めたい」と、意欲を見せます。

中央は社長で大石酒造の5代目・大石啓元さん、両脇には娘の晶子さんとその夫の恭介さん。

「大石酒造」では丁寧な手仕事を大切にしている。

代表銘柄の「鶴見」の名前は、「大石酒造」がある阿久根市が1960年頃までは鶴がズラーっと集まる場所だったことにちなんでいる。

鹿児島焼酎 蔵旅 後編クラシックを流し、焼酎に音を響かせながら仕込む「田苑酒造」。

鹿児島といえば芋焼酎のイメージが強いですが、麦焼酎に力を入れる蔵も少なくありません。そのひとつが、創業1890年の「田苑酒造」。ここでは、1982年に日本で初めて樽貯蔵の麦焼酎を開発しました。

貯蔵用の樽はウイスキーに使われるオーク材を中心に、桜材やシェリー酒に使った古樽も使うそう。これにより、焼酎にカラメルやバニラのような甘い香りや、まろやかな味わいに仕上がりになるのが特徴です。また、液体が美しい琥珀色になるのも樽ならでは。

一方で、樽ごとに個体差があり香りのつき方がかわるため、ステンレスタンクで貯蔵する場合に比べて焼酎の味わいにブレがでるのも事実。そこで、ブレンダーと呼ばれる人が、樽ごとに味わいをチェックし、ブレンドして味と色を調整しながら一定した「田苑酒造」のクオリティを保っています。

また、「田苑酒造」のもう一つの特徴が、1990年からはクラシック音楽で発酵や熟成を促す「音楽仕込み」を軸に焼酎造りをしていること。音楽を「トランスデューサ」という特殊なスピーカーによって振動に変換し、一次仕込みタンクや貯蔵タンクに直接響かせているのです。現在、「田苑酒造」ではトランスデューサ1,112個を稼働させ、もろみの一次仕込みで5〜6日、製品の瓶詰め前の貯蔵で2週間、音楽仕込みを行っているといいます。

「最初は工場見学に来た方に向けてBGMとしてクラシックを流していたのです。あるとき、蔵人が『スピーカーに近いタンクだけ発酵が早い』と言い出し、スピーカーの位置を変えるなど試行錯誤の末、音楽を聴かせることで酵母が活性化することがわかったのです」と、松下英俊杜氏。また、クラシック音楽のセレクトについては「モーツァルトの『ジュピター』をはじめ交響曲をメインに30曲以上流しています。さまざまな楽器が使われる交響曲は音域が広く、ゆるやかな振動で発酵を促す。これにより、我々が求めるやわらかな口当たりに近づく」と言います。

敷地が広大なため焼酎を寝かせられるスペースも広く、10年、20年と貯蔵している原酒もある。

音楽を振動に変換する「トランスデューサ」を装着した木樽。

左から松下英俊杜氏、中永田 浩工場長。

樽に由来する琥珀色の液体が美しい。

鹿児島焼酎 蔵旅 後編金山の地下で焼酎を長期貯蔵。トロッコで巡る「濵田酒造 薩摩金山蔵」。

一行が最後に目指したのは、「濵田酒造 薩摩金山蔵」。ここは、かつての薩摩藩を支えた串木野金山です。350年以上にわたって掘り続けられた坑洞の総延長は120km。坑洞内は年間を通して気温が一定で焼酎の貯蔵・熟成に適していることから、「薩摩金山蔵」ではここに甕仕込みと甕貯蔵の蔵を構えたのです。鹿児島に112蔵あれども、坑洞内に蔵をもつのは「薩摩金山蔵」だけ。代表銘柄「薩摩焼酎 金山蔵」では、金山蔵にちなんで幻と呼ばれた「黄金麹(おうごんこうじ)」を使用しています。

「金山で長期貯蔵しようという発想がユニークですよね。トロッコで焼酎を運び出すのは大変なことなのに、その労力を惜しまない。焼酎作りに対するこだわりと情熱が伝わってきます」と、大橋氏。岡田氏も「実際に自分が足を踏み入れることで、ひんやりとした空気を感じたり、坑洞内特有のしんとした静かな雰囲気がわかったりする。自分のお店で焼酎を提供するときに『黄金麹(おうごんこうじ)で仕込み、金山坑洞内で貯蔵を行う』という言葉を添えるだけで、お客さまも楽しんでくれそう」と言います。

トロッコに乗って坑洞へ。このトロッコで焼酎の甕を運ぶことも。

坑洞は総延長120km。外が暑い時期でも、坑洞内の空気はひんやりとしていて涼しい。

金山として栄えた時代の名残がある趣深い場所で焼酎を貯蔵する。

代表銘柄「薩摩焼酎 金山蔵」。熟成したまろやかさと苦味、キレのバランスが絶妙。

鹿児島県内の5蔵を巡った「蔵旅」。松永氏は、その感想をこう語りました。「代々受け継がれる代表銘柄を大切にしながらも、熟練の職人たちが今でも新しいことに挑戦し続けている。その情熱に感動しました。同時に、だからこそ、鹿児島焼酎のフレーバーや味わいの幅がどんどん広がっているのだなと納得。鹿児島焼酎の面白さや美味しさを自分の言葉で語りながら、全国に、そして世界へと広めていきたいです」。この言葉を受けて、本田氏はこう締めくくります。「シャンパーニュには、『シュヴァリエ』といってシャンパーニュの伝導、発展に寄与する人々に称号を与える伝統があります。今回の『蔵旅』に参加した東京の料理人・ソムリエが鹿児島焼酎のシュヴァリエ的存在になって、その魅力を全国に広めてくれることを期待しています」。


Photographs:KAYOKO UEDA
Text:AYANO YOSHIDA

「鹿児島焼酎の文化を変える」。蔵元を訪ね、造り手の情熱に触れる「蔵旅」。前編

鹿児島焼酎 蔵旅 前編東京で飲んでいるだけでは知り得ない、造り手のストーリーを知る「蔵旅」。

「芋の香りがきつい」、「クセが強い」。鹿児島の芋焼酎に対するそんなイメージをアップデートすべく、2021年から始動したのが「蔵旅」です。発起人は、実業家であり食通でもある本田直之氏。「僕が一番強く思っているのは、鹿児島焼酎の文化を変えたいということ。フルーティーであったり、味わいがすっきりと洗練されていたり、とてもいい造りの本格焼酎が増えています。日本酒にブームが起きたように、焼酎も全国でもっとフィーチャーされるべき」と、鹿児島焼酎に対する思い入れを語ります。

「蔵旅」では、東京の料理シーンを代表するスペシャリストたちが鹿児島に足を運び、焼酎造りの現場を見て学び、そして造り手と言葉を交わしていきます。「東京でただテイスティングするだけではなく、造り手の思いに直に触れることで、より深く鹿児島焼酎に惚れ込むことができる。そして東京に戻ってから、自分で体感したストーリーをお客さまに熱く語りたくなる。そんなふうにパワフルに焼酎の魅力を広めていき、ムーブメントを起こしたい」と、本田氏は「蔵旅」のねらいを解説します。

参加したのは、麻布十番『十番右京』オーナーの岡田右京氏、虎ノ門『つかんと』オーナー兼ソムリエの大橋直誉氏、渋谷『(惚)オ向イ上ル』オーナーの松永大輝氏、港区『膳処末富』オーナーの末富信氏の4名。まずはメンバー全員で約30本の鹿児島焼酎のテイスティングを行い、「蔵旅」で巡る5蔵を選ぶところからこの旅はスタートしました。

鹿児島焼酎のなかには香りがフルーティーな銘柄も増えたことから、ソーダ割にしてスッキリと爽やかに飲む楽しみ方も一般的になってきた。

鹿児島焼酎 蔵旅 前編仕込みに温泉水を使った芋焼酎「海」でその名を広めた「大海酒造」。

一行がまず向かったのは、大隅半島の鹿屋市に拠点を持つ「大海酒造」。地域の9つの蔵が結集したこの蔵では、鹿児島焼酎の伝統的な造り方を受け継ぎつつ、地域の人との関わりを大切にしながら焼酎造りを続けています。「長年、地域の人に日常に呑んでもらう地元酒を造り続けてきました」と話すのは、代表取締役の河野直正氏。「世間的には物価高に伴う価格改定が進んでいますが、地元酒は100円値上げしただけでもお客さんが離れてしまう。地域限定販売の焼酎をラインナップの一つとして取り揃えることで、地域の人々の食卓に寄り添っています」。

その一方で、全国に流通させる焼酎を造る際には新しいことにも挑戦しています。たとえば、東京の飲食店でも見かけることの多い「海」は、仕込み水に垂水温泉水「寿鶴」を使った個性的な芋焼酎。温泉水を使うことによって、やわらかな口あたりに仕上げています。「開発当時、地元では『こんなの焼酎じゃない』と言われてしまいました。しかし、東京で売れるようになったら急に地元でも注目を集め始め、今では地域を代表する銘柄のひとつとなりました」と、河野氏はその歴史を語ります。

そして、「蔵旅」のメンバーを魅了したのは有機栽培の茶葉を使用した「茶房大海庵」でした。まろやかな飲み心地のなかにお茶の香りとほどよい渋味があり、岩のりや牡蠣といった和食にピッタリの焼酎です。

斬新な手法に挑戦しつつも、着実に飲み手の心を掴む新商品をリリースし続けている大海酒造。これを支えているのが、実力派の杜氏の技術力です。この蔵で1999年より杜氏を務めている大牟禮良行氏は、昨年、厚生労働省が卓越した技術を持つ職人を表彰する「現代の名工」を受賞した人物。焼酎の杜氏としては、これまでで大牟禮氏を含めて5人しか受賞していない名誉ある賞です。

ソムリエの大橋氏もまた、「地元の人のために伝統的な地元酒を作り続けるという強い信念と、新しいことに挑戦することの両輪をバランス良くまわしているのがこの蔵の魅力」と、語ります。

「現代の名工」受賞を記念して作ったオリジナル焼酎「平々凡々」をかかげる大牟禮良行氏。

契約農家から仕入れた良質のさつま芋「コガネセンガン」。見た目が白いのが特徴。

収穫したばかりのさつま芋を選別。

左から温泉水を使った「くじら」、茶葉の香りを含ませた「茶房大海庵」、大海酒造の代表銘柄「海」。

鹿児島焼酎 蔵旅 前編国分酒造

2軒目に訪れたのは、霧島市の国分酒造です。ここは、なんといっても鹿児島焼酎界レジェンドとも言われる安田宣久氏が杜氏を務める焼酎蔵。御年71歳の安田氏の功績は数知れず、たとえば業界で初めて、米麹を使わずに芋麹を使ったさつまいも100%の芋焼酎「いも麹芋」を開発したり、大正時代の芋「蔓無源氏」の復活に取り組み、当時の手法で仕込んだ「蔓無源氏(つるなしげんぢ)」を開発したりと、鹿児島焼酎の歴史に名を刻んできました。

近年のヒット作は、柑橘の香りが広がる「フラミンゴオレンジ」や、ミントのようなすーっとした風味が印象的な芋焼酎「クールミントグリーン」です。それにしてもなぜ、芋焼酎からオレンジやミントのような香りが? その秘密は、減圧蒸留という手法と香り酵母にあるそう。「一般的に芋焼酎は常圧蒸溜でどっしりとした味わいを出しますが、減圧蒸留にすると味わいがライトになり香りが立つのが特徴。この醸造法に合う麹を探すなど、試行錯誤の末にこの2銘柄が誕生しました」と、安田氏は振り返ります。

また、国分酒造の代表銘柄の一つであり、安田氏の名字を冠した芋焼酎「安田」はマスカットやライチなど果物系の風味があり、華やかな香りで人気を博した銘柄です。岡田氏も「『安田』は都内でも人気で、自分のお店でも大量に仕入れています。お客さまの評判も抜群にいいです」と、その魅力を語ります。

実はこの独特の味わいは、偶然の産物だそう。「2012年の仕込みの際、たまたま傷んだ芋が混じってしまっていたんです。はじめは焦げ臭が気になりましたが、半年ほど貯蔵するうちに果実香が強くなってきたので、出荷することにした。呑んだ人はどんな反応をするだろうと不安でしたが、予想に反して評判がよかったんです」と、安田氏。翌年は焦げ臭がでないように作ったところ、前年の味を知る人から「物足りない」と指摘されて、元の作り方に戻したというのです。

実際に蔵に足を運んでこそ聞ける裏話に、一同は興奮気味。大橋氏も「偶然の繰り返しが今の東京のトレンドを作った、っていうのが面白い」と、話します。残り3軒の蔵ではどんな発見があるのでしょうか。「蔵旅」は2日目へと続きます。

内田式と名付けられた特殊蒸留機だが、安田杜氏は独自に改造を続けて自分の理想の味が出せる蒸留機にした。機械に刻まれた「内田式」の「内」の文字を、ユーモアをこめて「安」に変えた。

「安」田式蒸留機と、安田杜氏。「かなり改造しましたのでね。これくらい変えれば、自分の名前の蒸留機にしちゃってもいいかな、と思って」

安田杜氏、笹山護社長とともにテイスティング。蔵の周囲には畑が広がっている。


伝統的で無骨なデザインのラベルの「芋」(左から二番目)や、「フラミンゴオレンジ」(中央)をはじめとするポップなイラストが印象的な焼酎がバランス良く揃う。


Photographs:KAYOKO UEDA
Text:AYANO YOSHIDA