今回の視察に参加した、ジャンルも年代も異なる5名の料理人。右から2番目が増山明弘氏。
豊かな水と大地が育む滋賀県の野菜と果物。多彩な食材に恵まれる滋賀県。
面積は全国47都道府県のうち38位と決して広い県ではありません。しかし琵琶湖を擁することで東西南北で地域性ががらりと変わり、まるで大海を隔てた国々のような多様性を生んでいるのです。とくに気候や土壌に左右される野菜や果物は、実に多種多様。上質な食材は一流料理人たちをも魅了し、全国にそのおいしさが広まっています。
そんな滋賀県に、また食材を求める料理人たちがやってきました。料理のジャンルも年代も異なる6名の料理人。そのなかに、増山明弘氏の姿もありました。
日本各地の食材をフランス料理の技法で表現する旧『CROSS TOKYO』の総料理長として、全国津々浦々の食材に造詣が深い人物です。はたして増山氏は滋賀県の食材をどう見つめ、どんな料理に昇華するのでしょうか。
「食材はすべての料理の大前提」という増山氏が、滋賀県の農産物を見つめる。
増山氏が絶大な信頼を寄せる無農薬野菜。料理人・増山氏のキャリアは、フランス料理一筋。本場ブルゴーニュやシャンパーニュでも腕を磨き、帰国後にはビストロやオーベルジュで腕を振るいました。しかし増山氏の料理は、ただフランスの伝統を再現するだけではありません。
「日本には、まだまだ知られていない素晴らしい食材がある」
と、時間を見つけては国内の産地を巡って食材を探し、その食材を起点に、自らの経験と知識を使いながら料理を考えるのです。それはいわば、日本にローカライズされた、日本のフランス料理。ゆえに増山氏の食材探しの旅は、終わることはありません。
滋賀県食材巡りの初日。
最初に増山氏の目が光ったのは、琵琶湖の畔、滋賀県高島市にある「みなくちファーム」。農薬、化学肥料不使用で、雑草とともに育つ「みなくちファーム」の野菜。
「もちろん虫はつきます。虫が食べ切れないだけ作れば良いだけ」
畑を案内してくれた瀬口結以氏はそう笑いました。
実は過去にもここを訪れ、すでにこちらの野菜を使用しているという増山氏。しかし、今回もまた改めて鋭い目で畑を見学します。
「いろいろな農園と取引がありますが、この『みなくちファーム』の野菜は僕の料理に絶対必要。ただ“おいしい”というのとは次元が違います。どの野菜も本当に綺麗で、力強い味がするんです」
と絶大な信頼を寄せています。
畑を眺め、土に触れ、野菜を齧る。さらに増山氏は、袋詰の作業も真剣に見つめます。
「ここから届く野菜は、本当に丁寧にパッキングされているんです。届いたらすぐに開封してしまう袋ですが、こういう部分にも人柄や野菜への思いが現れています」
唐辛子であろうと、その場で齧って味見をするのが増山氏の信条。
夏の太陽をたっぷり浴びて育ったトマト。この発色の良さは品質の証。
糖度が高いカボチャは「さまざまなアイデアが浮かびます」と増山氏。
有機JASを取得する「みなくちファーム」の野菜は、雑草と競いながら力強く育つ。
「みなくちファーム」の瀬口結以氏。言葉の節々に取り組みへの自信と誇りが垣間見える。
社長の水口淳氏(左)とともに。「同い年で親近感がある」と増山氏。
パティシエの視点で見つめる滋賀県の果物たち。パティシエの経験もある増山氏は、デザートづくりも得意分野。果物への興味も強いといいます。滋賀県には、そんな増山氏を惹きつける果物も多くありました。
たとえば梨。
「アグリパーク竜王」で見学した梨畑で、採れたての梨を齧りながら増山氏は言います。
「みずみずしくて癖のない透明感のある味。身の白さが綺麗なので、落花生やパンナコッタなど同じ白い食材を合わせた白いデザートにしてみたいですね」
ただ試食しているようで、すでに頭の中では何パターンもの組み合わせを考えていたのです。そんな増山氏のデザートづくりは、いわば引き算の考え方。
「果物はそのままでもおいしい。だから果物のデザートを考えるときは、いかに少ない調味料で、素材を活かすかが大切になります。その分、素材のクオリティも重要になってくるんです」
ブランド葡萄である黒蜜葡萄を育てる「aito budo labo」でも、増山氏の頭脳はフル回転していました。
「すごくおいしいです。風味に力強さがあるので、デザートだけではなく、前菜やソースにしてみるのもおもしろいかもしれません」
ここで育てるのは、ワインでも有名なマスカットベリーAという品種。じっくりと糖度を上げた葡萄は、まさに“黒蜜”という濃厚で芳醇な甘みを湛えます。
1000㎡の美しく整備された畑が印象的な「浅野ファーム」のイチジクも、すでに増山氏が愛用する食材。
「ここのイチジクを食べたら、他のが食べられなくなるくらい」
と増山氏は言います。
過去に自ら作った料理で印象に残っているのは、こちらのイチジクをハーブを混ぜた米粉で揚げて、鴨のコンソメをかけた揚出し。
「イチジクは揚げると甘みが出るのですが、この『浅野ファーム』のイチジクは、揚げても風味が損なわれない」
と称賛の声を寄せていました。
さまざまな梨を育てる「アグリパーク竜王」では、豊水が収穫時期を迎えていた。
その場で皮を剥いて豊水を試食。美しい白さとジューシーさが印象的だった。
「aito budo labo」を訪れたのは夕刻。色の濃い黒蜜葡萄がひときわ深みある色合いに。
24アールの敷地に1万房ほどの葡萄が実る。糖度やサイズの基準を満たしてはじめて黒蜜葡萄として出荷される。
「浅野ファーム」のイチジクは10月頃まで。実が割れる直前まで熟したものが食べごろ。
しっかりと甘みがありつつ、爽やかな風味も併せ持つのが「浅野ファーム」のイチジクの特徴。
一度は失われた伝統野菜を、再び蘇らせた情熱。最後に訪れたのは、甲賀市にある畑。ここでは「JAこうか」杉谷伝統野菜栽培部会の上杉広盛氏が、杉谷とうがらしを育てています。
杉谷とうがらしは、江戸時代から続くこの地の伝統野菜ですが、15年ほど前に一度廃れてしまいました。その現状を憂い、種を探し、再び世に送り出したのが、この杉谷伝統野菜栽培部会です。
「遺伝子的に、辛味がある“ハズレ”は100%ありません。肉厚で甘みがあり、生でも食べられるとうがらしです」
そう胸を張る上杉氏。増山氏は熱心に話を聞きながら、やはり頭の中では調理について考えていました。
「辛くないのに香りが強い。そしてこの緑色の美しさ。肉のソースにしてみたら、映えるんじゃないかな」
畑に居ながら、すでに味わい方や盛り付けにまでイメージを膨らませる増山氏。そんな増山氏ならではの視点として、どの畑、どの食材に対しても、色の感想が多く出ていました。実はこの色こそ、増山氏流の料理の考え方。
「僕は料理を考えるとき、まず頭の中のイメージをデッサンしてみるんです」
そう話す増山氏。「家でひとり、お酒を片手に料理の絵を描いているときが、一番好きな時間」というほど、大切にしている日課です。そしてもちろん、その絵の中では、色が重要な意味を持っています。
「良い野菜、果物の条件は、みずみずしさ、張りの良さ、香り、食感、切ったときの水分量。いろいろな条件がありますが、その多くは色の出方を見て判断できるんです」
滋賀県を巡り、さまざまな色に出合った増山氏。その色からインスピレーションを得て、すでにイメージも出来上がっていた様子でした。果たして増山氏は滋賀県の“色”から、どんな料理を作り出すのでしょうか?
甲賀市杉谷地区の伝統野菜、杉谷とうがらし。鮮やかな緑が目を引く。
肉厚で辛味はなく、噛んでいるとほのかな甘みが湧き出すのが杉谷とうがらしの魅力。
同じく杉谷地区の伝統野菜である杉谷なすび。丸々としたなすで、皮が薄く柔らかい。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 滋賀県 )