やるなら徹底的に。“好き”を突き詰める信濃大町の男たち。

教員と養蜂家の二足のわらじを履く奥原圭永氏。

 すべては「子どもたちに安全で栄養満点の蜂蜜を食べさせたい」という思いから。

長野県は北海道に次いで蜂蜜生産量全国2位。信濃大町でも古くから養蜂が行われています。理科や物理の教員として学校に勤務するかたわら、趣味として養蜂を続けてきた奥原圭永氏は、ミツバチへの愛情いっぱいにつくる蜂蜜が玄人はだしの品質と評判です。銀座『BAR GOYA』の山﨑剛氏は、高瀬川の河川敷に広がる奥原氏の養蜂園を訪ねました。

信州には蜂の子を食べる文化があります。奥原氏は幼少期から自然のクロスズメバチの巣を探し当てる蜂の子捕りに夢中になりました。そんなに蜂が好きなら養蜂をやったらいいと周りに勧められた奥原氏でしたが、「アブのような姿のミツバチには興味が持てなかった」時期が長く続きました。それが、子どもたちの成長に伴い、安全で美味しい蜂蜜を我が子に食べさせたいとミツバチを飼い始めました。シドニー五輪のマラソンで金メダルに輝いた高橋尚子選手の活躍がきっかけだったと振り返ります。

「蜂蜜を入れたスペシャルドリンクが高橋尚子さんのパワーの源だと聞き、うちの子どもたちにも蜂蜜を食べさせて、小柄な体格や体力のなさを克服できないかと考えたのです。それが、ミツバチを飼い始めたらもう可愛くって、ミツバチがいない暮らしをもはや想像できないほどになりました。ところで山﨑さんはミツバチを飼っていないんですか? なぜ飼わないんです?」と、本気とも冗談ともつかない質問を投げかけます。

奥原氏はバドミントンの指導者としても実績豊富。次女の希望さんは日本選手で初めて世界選手権を制し、リオ五輪のバドミントンで銅メダルに輝いた、あの奥原希望選手です。自家生産した蜂蜜はいつでもさっと補給できる一口サイズに梱包され、厳しい試合や練習を支える欠かせないアイテムとなりました。奥原家では砂糖を使うことはほとんどなく、料理の甘みにも蜂蜜を活用しているそうです。

「ははは。残念ながらまだミツバチは飼えていませんけど、銀座のビルの屋上で養蜂を行う『銀座ミツバチプロジェクト』のメンバーになっています。蜂蜜はカクテルにもよく使いますし、個人的にも大好きで、いつもおやつとしてペロペロ舐めているんですよ。蜂蜜はそもそも国産品は貴重ですよね。いろいろ食べてきましたが、同じ国産でも品質や美味しさにかなり差があると感じています」という山﨑氏。奥原氏特製のアカシア蜂蜜を味わい、その美味しさに唸ります。

「サラッとしているのに甘みも香りも強いですね。そのまま味わっても抜群に美味しいし、カクテルにもとても合っている蜂蜜です。一般的な養蜂と違いがあるんですか?」という山﨑氏の質問に、奥原氏は「最も大きな違いはミツバチに砂糖水ではなく蜂蜜をあげていること」と答えます。

ミツバチは花から蜜を集め、巣箱の中に蜂蜜を作ります。蜜を集められない冬場は、巣箱の中で冬眠することなく蓄えた蜂蜜を食べながら春の訪れを待ちます。春になると巣箱の蜂蜜は空になり、また蜜を集めて蜂蜜を作るというサイクルが繰り返されるわけですが、養蜂では冬を前に蜂蜜をすべて搾ってしまい、代わりに越冬用の食糧として砂糖水をあげます。奥原氏は、この時に砂糖水ではなく搾った蜂蜜の一部を戻してあげているそうです。

「養蜂家が売り物となる蜂蜜をミツバチにあげているようでは商売にならないよと言われます。だけど私はミツバチにも美味しい蜂蜜を食べさせたくて。それに春に砂糖水が少しでも残っていたら、その後にできるのは砂糖水混じりの蜂蜜になってしまいますよね。それがとても許せなくてね」と奥原氏は話します。美味しい蜂蜜を作りたいというプロ意識、そしてミツバチへの愛情がいっぱいにあふれています。

奥原氏が2年かけて原野を切り拓き、整備してきた養蜂園。雪の季節は自宅に作った小屋の中に移動させ、雪解けまで大切に管理する。

「ミツバチと一緒に暮らしたい」と老後の夢を熱く語る奥原氏。

 自然豊かな信濃大町で、理想の養蜂を実現する。

長野県での養蜂はツキノワグマとの闘いです。甘く品種改良されたフルーツでも、その糖度は20度程度。糖度80度以上にもなる蜂蜜は、自然界に生きるクマにとってはとんでもなく美味しいごちそうです。初めて巣箱がクマに襲撃された時、奥原氏は我を忘れるほど怒り狂ったと話します。

「巣箱が全部めちゃくちゃに荒らされて、ハチたちがパニックになっている惨状を見て頭にかっと血が上りましてね。クマを返り討ちに遭わせてやろうと、釘をたくさん刺したバットを持って木の上で待ち伏せしたんです。結局クマは現れなかったのですが、もしまた来ていたら私の命はなかったでしょうね。今考えてもバカだったと恐ろしくなるのですが。それくらい、ハチたちを愛しているということなんですよ」と、奥原氏はその温厚な人柄からは想像もつかない仰天エピソードを披露します。

学校やバドミントンの仕事で多忙を極める奥原氏が、自分で管理できるミツバチは10群(1群は女王蜂1匹と働き蜂数千匹が暮らす巣箱1箱)が限界だと言います。長年、理想的な養蜂を実現しようと模索してきた奥原氏は、2年前から河川敷の原野を借り、DIYで少しずつ整備してきました。道路や民家、畑から離れていて、近くに蜜源となる林がある好適地です。木を伐採して下草を刈り、沼地にダンプ100台分の砂を入れて整地しました。巣箱を置くエリアにクマが穴を掘って入って来ないように、伐採した木材をぐるりと地中に埋めています。さらに、ブルーシートで目隠しをし、電柵での防御も施しています。

「当初運び入れる砂はダンプ50台分の見積りでしたけど、倍の100台になったのには参りましたね。バックホー(ショベルが付いた重機)も3台買ってしまいましたし、重い巣箱を上げ下ろしできるパワーゲート付きトラックも必要で……退職金の半分をつぎ込んでしまいました。定年退職後も学校に頼み込まれて教員を続けているのですが、投資を回収していかないと妻に申し訳が立たないので、早く養蜂に専念したいです。ミツバチと暮らしていきたい。それが私の唯一の願いです」と奥原氏は話します。

「これからはミツバチのことだけやりましょ。奥原さんは学校の先生も、バドミントンも十分やりました。ミツバチと楽しく暮らして、この自然の中で育まれた美味しい蜂蜜を僕らに届けてください」と山﨑氏は答えました。
奥原氏は「そうですか? そうですよね。今度妻も定年退職を迎えるので、妻も退職金を私に投資してくれないかなと期待しているんですけどね、半分くらいね」と屈託のない笑顔を見せました。

巣箱のメンテナンスは、燻煙器で煙を吹きかけてミツバチたちを落ち着かせてから行う。山火事だと勘違いしたハチは巣箱内に避難して息を潜めるという説が有力だとか。

天敵であるスズメバチは常に巣箱を襲ってくる。奥原氏は巣箱の入り口に罠を仕掛けてスズメバチを捕獲する。

寒い時は蜂蜜を食べて筋肉を動かし、発熱して巣箱内の温度を上げる。密集するミツバチたちにやさしく触れると、ほんのり温かかった。

 自由奔放な発想と科学の力で生み出す次世代のハードサイダー。

今回の旅では、山﨑氏は信濃大町で生産者として活躍する熱い男たちに会いました。その締めくくりは、信州名産のリンゴを使った酒造りに取り組む孤高の醸造家です。

リンゴを原料にした発泡酒といえば「シードル」が有名です。イギリスなどの英語圏では同様のものを「サイダー」と呼ぶことが多いですが、日本ではアルコールの入っていない炭酸飲料を「サイダー」、アルコールが入っているリンゴの発泡酒を「ハードサイダー」と使い分けるのが一般的となっています。シードルは甘みが強いものが多いのに対し、ハードサイダーは辛口のビールのようなドライなテイストが特徴です。
日本の国産ハードサイダーを牽引する存在として近年頭角を表した醸造所が信濃大町にあります。2017年にプロジェクトを開始し、2019年に法人化された「サノバスミス」です。Son of the Smith(スミスの息子)という名前は、ハードサイダーの原料となる代表的なリンゴ品種であるグラニースミス(スミスおばあちゃん)に由来します。

サノバスミスは大町市の小澤果樹園と小諸市の宮嶋林檎園の両園主が共同設立者となり、醸造研究家である池内琢郎氏を醸造責任者に迎えて産声をあげました。アメリカ・ポートランドを旅した際に、街なかで親しまれているハードサイダーカルチャーの洗礼を受けた彼らは、食用リンゴの規格外品をお酒にするのではなく、サイダー専用品種を育て、栽培から醸造まで一貫した本格的なサイダー造りに乗り出したのです。

サノバスミスは2017年の初出荷以来、新商品を少量多品種で次々とリリースし続けていますが、どれも即完売の人気。その創造性の豊かさと開発スピードの速さは業界内外から注目の的となっています。
池内氏に現在の取り組みについて解説していただきました。同氏は信州大学大学院で有機化学を研究していた根っからの研究者。“ハカセ”の通称で親しまれています。

「日本酒酵母を使ったリンゴのハードサイダーも、自家栽培のホップを加えたハードサイダーもオリジナルです。ワイン同様にハードサイダーの味わいでは苦味成分であるタンニンがひとつのポイントになります。タンニンが出にくいリンゴ品種をホップの苦味で補ってはどうかという仮説から生まれたのが、ホップ入りハードサイダーです。海外のジャーナルや大手ビールメーカーの論文を読み、時間のかかる熟成ホップを短期間で作り上げることに成功し、その奥深い苦味と香りを加えました。僕は世界の論文を読みあさり、有用な技術を見つけ出しては組み合わせています。ちょうどいいレゴブロックをたくさん集めて組み立てる。そんなイメージでお酒を造っているんです」と池内氏は話します。

最新作のひとつである、プルーンを加えたハードサイダー「サノバスミス プラムヘイズ」を試飲しました。東信地方名産のプルーンは非常に上質ですが、生食で美味しく食べるには1週間程度しか日持ちしないことが難点となっています。その課題解決を目指して考案されたのがこの一杯です。

池内氏はタンクから直接注ぎ、「この泡、ビールみたいじゃないですか?」とグラスを見せます。なるほど白く美しい泡は、シードルやシャンパンのようにパチパチ弾けて消えるタイプではなく、ビールのそれのようにクリーミーでずっとこんもりと液の上にのっています。

一口飲んだ山﨑氏は、驚きと歓喜の表情に一変します。
「いやあ、まいった、これは旨い。ハードサイダーだけど、ビールのような泡の美味しさもある。ワインのような余韻も心地いい……僕は“うす長い”と表現するんですが、うっすらとしているけど確かな美味しさがずっと続く感覚。一流料亭のお出汁ってやさしいけれど、しっかりした旨さが持続して、また一口飲みたくなる。あんな感じです。複雑な造りですが、味はとても素直にすぅっと身体に沁み込んでいいきます。これはまったく新しいジャンルの飲み物ですね」

「このビールのような泡も、表面張力を弱めるなど科学的にコントロールしてつくることができます。野生酵母と市販酵母を共生発酵させていますが、科学的ロジックに基づけばそれほどむずかしいことではありません。僕はハードサイダーの醸造だけでなく、ワインも造るし、ランビック系乳酸菌(ベルギービールの代表的な野生酵母)も蒸留の技術も使います。言わば総合格闘技なんですよ。こちらのフルーツサイダーは、ハードサイダーとビール、白ワイン、日本酒の連立方程式のようなもの。いろんな技術は駆使しますが、美味しさが直線的にまとまるように設計しています。お酒のコンセプトが決まったら、これまでの知見をもとに基本的なレシピは頭の中で1分から10分くらいで完成します。10コくらいのレシピのパターンを直感的に挙げて、絞り込んでいくイメージですね。新商品を出すたびに斬新だと驚かれますが、自分にとってはどれも経験の延長上にある必然的な商品なんですよ」と池内氏はさらりと答えます。

「池内さんの知識が先を行き過ぎて、市場がついてこれてないでしょ(笑)。いやそれがサノバスミスの魅力になっているんでしょうね」と山﨑氏も感嘆の声を漏らします。

ウイスキー樽で寝かせたサノバスミスのハードサイダー。ウイスキーとサイダーの2種の相乗効果が楽しめる。

サノバスミスではグラニースミスやゴールデンラセットなどの醸造用品種のリンゴを原料に、シャープな味わいのモダンスタイルのハードサイダーを軸に造っている。

うどん工場をリフォームした醸造所は、すみずみまで清潔で、スタイリッシュ。

醸造に関連する研究を縦横無尽に行う池内氏は、必要な道具も自作する。こちらはお手製の減圧蒸留器。

サノバスミスのタップルームでお酒談義にふける山﨑氏と池内氏。

プルーンを加えたハードサイダー「サノバスミス プラムヘイズ」を味わう。文句なしに旨い。

 ワインの搾りかすで造るピケットで、新ジャンルのドリンクを。

実はここではほとんど割愛していますが、池内氏の説明には未知の単語や難解な数式などが怒濤の如く登場し、終始圧倒されました。理解が追いつかない部分も多いですが、醸造のプランや施されている技術が極めてロジカルであり、しっかりしたエビデンスに基づいていることに納得できます。「お酒もそうですが、池内さんが気になる。一体、何者なんですか(笑)?」と山﨑氏は疑問を投げかけます。

「もともとはお酒を造るつもりはなかったんですよ。」と池内氏。現在につながる「お酒×研究」の世界に入り込んだのは、日本学術振興会の二国間交流事業で南アフリカの大学へ留学した研究時代だったと話します。

「南アフリカ産の優秀なワインをごっそり買いこんで、研究者仲間でテイスティングしていました。例えば、同一地域のピノタージュのワインを10年分買って、毎年タンニン濃度が同じだと仮定して熟成による変質を測定します…分析に必要なのは上澄みだけですから、みんなで楽しく飲みながらディスカッションしたりして、これって最高の遊びじゃないですか? 日本に帰国してからも、同好の士が集まって日本酒やコーヒーでいろんな分析をして楽しんでいたんです。その時にサノバスミスを設立するふたりと出会い、ハードサイダーについて相談を受けたのが、現在の仕事をするきっかけです。アメリカに行ってハードサイダーについて勉強して、試験を受けて資格(2018年にOregon State University's Fermentation Science expertsのCider and Perry Production - A Foundationを取得)を取りました。自分が日本の「サイダー」の第一人者になれると考えてサノバスミスに本格的に参画し、その後、2021年にはイギリスで開催された「The International Cider Awards 2021」の審査員を務めたことで、その考えが実現しました」と池内氏は一気に経緯を話します。

「結局、ここでも好きな研究ができて、お酒を飲めて、最高じゃないですか」と山﨑氏が笑うと、「ですね」と池内氏。天職にたどり着いたようです。

ワインの近作も試飲させていただきました。出色は山梨の新品種・モンドブリエで造った白ワインの後に出る搾りかすを活用した「ピケットのパイメント」。池内氏は少なくとも日本での醸造例はないだろうと推測しています。通常は堆肥などに使われるか廃棄される搾りかすを原料に水を加え、再醗酵させて造る低アルコールのスパークリングワインが「ピケット」。「パイメント」とはブドウと蜂蜜を原料にした醸造酒のことで、ブドウの代わりにピケットを使っていることから「ピケットのパイメント」となるわけです。

「これ、いいですね、旨いですよ! 僕は好きですね」と山﨑氏は激賞します。「ナチュールのオレンジワインのようなビターな雰囲気があって、でも低アルコールで飲みやすい。ミントの香りが合いそう。葉っぱをポンッと叩いて浮かべたら、立派なカクテルですよ」と山﨑氏の言葉に、「そうなんですよ、実は菩提樹の蜂蜜を使っているから、ミントのような香りがごくわずかに入っているんです。これ、僕は低アルコールが見直されている今の時代に合っていて、いけると思っているんですけどね」と池内氏もうれしそうです。

さて、そんな気鋭の醸造家である池内氏にとって、信濃大町の水はどのように映っているのでしょう?

「水道水が20年、30年と地中で磨かれた水というのは、とても恵まれた環境です。僕の醸造では、天然水の美味しさを生かしてそのまま使っています。水質調整したらどんな水でもいいのではという人がいるかもしれませんが、元の水の品質は極めて重要です。信濃大町の水はクセがなく清冽そのもの。とてもいい水なんです」と池内氏は話します。

山﨑氏は静かに耳を傾けながら、信濃大町の天然水を使って醸されたピケットのパイメントをごくり。もうすぐ初雪が降りそうな信濃大町の夜は、静かに更けていきました。

上質な国産品は極めて珍しいとされるホップだが、サノバスミスでは自家栽培したものを使っている。奥深い苦味が得られる一級品だという。

ハードサイダーとは思えないクリーミーな泡に驚く。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

市場にもほぼ出回らない、奈良県産・古都華の奇跡。[和光アネックス/東京都中央区]

気品あふれるボトルは、贈答用としても人気。アペリティフやデザートワインとしてもお楽しみいただきたい。

WAKO ANNEX約60年の歴史と奈良に寄り添い続けた信用。そこから生まれた名酒。

奈良県奈良市の『泉屋』は、「御用聞きのプロフェッショナル」として、小回り、気配り、スピード感を最大の強みとして、地元のお客様をサポート。卸売・小売事業を通して信頼を築いてきました。その信頼を活かし、地域の酒ブランドも開発。奈良の酒の魅力を世界へ発信する取り組みも行なっています。そのひとつが「丹波ワイン 古都のあわ」。市場にもあまり出回らない名酒です。

奈良県産いちご「古都華」をふんだんに使用したいちごのスパークリングワインは、古都華の芳香な香りと甘みを十分に感じられ、まるで果実そのものを食べているかのような感覚。

大切な人と、はたまたパーティやハレの日に、お楽しみいただきたい。

常温でも保存できるため、管理も安心。飲む際は、ぜひ良く冷やしてからお召し上がりを。

※今回、ご紹介した商品は、『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

ワインの新たな銘醸地としてのポテンシャルを秘めた「大町テロワール」。

「Ferme36」のペティアンと白をいただく。石は畑から掘り起こされたもの。オーナーの矢野夫妻はこの石を眺めながら飲むのが好きなのだとか。

 大きな寒暖差が生み出す奥深い味わい。

信濃大町の平新郷地区から遠望する蓮華岳や爺ヶ岳の山並み。その雄大な景色に向かって「Ferme36(フェルムサンロク)」のブドウ畑は広がります。銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏は、年間出荷量約4,000本と少量ながら年々評判を高めているヴィニュロン(ブドウ栽培とワイン醸造を共に手掛ける人)を訪ねました。

「Ferme36」は矢野喜雄氏・久江氏夫妻による家族経営のワイナリーです。商品を紹介するカタログには、ヴィニロンとして夫妻の名前、その隣にはプチ・ヴィニロンとして、夫妻をよく手伝ってくれる息子の相達くんの名前が記載されています。“Ferme”はフランス語で農園を意味し、36は喜雄氏のお気に入りの数字。“山麓”とかけた造語であり、「親子3人で6人分働こう」という思いも込めているそうです。

夫妻は長年、栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」に勤め、ブドウ栽培とワイン醸造の両方の経験を積んできました。2014年に独立して大町市に移住し、理想のワイナリー「Ferme36」を少しずつ形にしてきました。現在、2ヘクタールの土地で約15種類のブドウを有機栽培し、5種のワインを造っています。ブドウ栽培から醸造、瓶詰めまでを行う、いわゆるドメーヌのワインはすべてナチュールワインに準じるブドウ栽培と醸造法を守り、病害予防の薬剤もEUで認証されたボルドー液を使うのみ。房を絞った果汁には酸化防止剤として一般的な亜硫酸は無添加もしくはごく微量の使用に限定。野生酵母の力で発酵させています。

ブドウを試食させてもらいます。シャルドネやメルロー、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ソーヴィニヨン・ブラン……。口にするたびに山﨑氏は感嘆の声を漏らします。
「これも旨い! ピノなんかめちゃくちゃ甘くて酸もしっかりある。僕はワインの仲間のシェリーというお酒の大会で日本一となりまして、本国スペインも何度も取材しているんですが、あちらではみんな『醸造用のブドウは美味しくない』と言っていましたけどね。矢野さんのブドウは食用ブドウとしてものすごく美味しい。これ、フレッシュカクテルに使ったら最高ですよ」

ブドウの美味しさの理由を矢野氏は分析します。
「このあたりは、夏でも冷涼な気候がブドウ栽培に向いていると言われています。それに加えて大きな寒暖差が影響しているでしょう。10月になると夜温がぐっと下がります。日中の最高気温は25℃くらいででも、夜間は10℃にまで下がることもざら。この15℃もの寒暖差は北海道よりも大きいと言われるほどで、この独特の気候のおかげで酸度をキープしながら糖度を高く追い込んでいけると考えています」

よく手入れされた「Ferme36」の畑。使用する薬剤はボルドー液のみであるため、そこここでさまざまな生き物が蠢く。

シャルドネは収穫の時を間近に控えていた。50年後も元気な樹であることを念頭に有機栽培に徹するが、病害虫の前にはいつも不安の連続。「有機には勇気が必要」と矢野夫妻は話す。

皮ごと発酵させるピノ・ノワールは、粒の選別を入念に行う。

「Ferme36」のワイン「Remerciements」。エチケットには、畑を見守るようにそびえる蓮華岳のシルエットがデザインされている。

「Ferme36」のオーナー、矢野夫妻と共に。「私たちが誰よりも自分たちのワインを飲んでいます(笑)。自分たちが飲みたいワインを造ろうと、ふたりで決めているんです」と久江氏。

 ミネラル豊富な土壌と、澄んだ味わいを生む天然水。

「このストイックな土壌もブドウによい影響をもたらしているでしょうね」と喜雄氏は続けます。
「うちの圃場は糸魚川-静岡構造線の西側に位置します。鹿島川が長い時間をかけて山から石を運び、広大な扇状地を作ってきた場所です。地面を15cmも掘ると、石がゴロゴロとある砂礫層になっているのがわかります。近くで行われた掘削調査によると、花崗岩が3割、火山岩が7割ミックスされた特徴的な土壌とのこと。そのような層が地下350mまで堆積しているそうです。ですから、ブドウ栽培に必要な水はけの良さは抜群で、かつミネラル成分も豊富。ブドウの樹が地中深くに根を伸ばしていくことで、ミネラル成分をより吸い上げ、奥深い味わいをもたらしてくれるものと思っています」

「Ferme36」のワインには「Remerciements(ルメルシマン)」と名付けられています。フランス語で“感謝”という意味で、作業を手伝ってくれる障がい福祉サービス事業所の人たちへの感謝の気持ち、偉大な自然への感謝の気持ちが、そこには込められています。
薄く雪を被った北アルプスの稜線が青空にくっきりと浮かび上がっています。BGMは発酵タンクに聴かせているモーツァルトの弦楽四重奏。この最高の環境で試飲させていただきます。
抜栓したのはロゼのペティアン(弱発泡性ワイン)。こちらは大町ぶどう生産組合から購入したブドウを使った、いわゆるネゴシアンのスタイルで造ったもの。ナチュールワインの方法で醸造しており、瓶内で二次発酵させ、おりもそのまま残しています。

「美味しいです、本当に。しっかりした果実味がありながら、すっきりドライ。微発泡のなめらかな舌触りも心地いいです。力強い発泡がずっと続いています。それにしてもキレイな色ですね」と山﨑氏が話すと、喜雄氏は「おりも混じっているので濁っていますよね」と返します。晴わたる空に透かしてみると……。
「これ、マイクロバブルのせいで少し濁ったように見えるんじゃないですか、ほら? 僕の師匠はサイドカーというカクテルで世界的に有名なんですが、彼はシェイクによってこんな感じのマイクロバブルを液体に溶け込ませることができるんです。その濁り方と似てます。シェリーにしてもワインにしても僕はおりにこそ旨味があると思っているんで、こんなふうにマイクロバブルとおりが混じっているのは最高。これはもう自然のカクテルですよ」と山﨑氏は笑います。

続けて試飲したのは、シャルドネの他8種類の自家栽培のブドウを使った白。印象的な香りがふわりと立ち上がります。
「ナッツ、ローステッドマロンのような香り。アタックはスッと穏やかに入ってきますが、ミッドパレットからフィニッシュにかけていろんな風味が口の中で踊ってくるようなイメージです。旨いです。とても深くて立体的な美味しさ。このモーツァルトのように、9種類のブドウの個性が調和していると言いますか……」と山﨑氏。

「それぞれのブドウで造ったワインを調合するのではなく、各ブドウの発酵段階でミックスしていきます。科学的根拠はないのですが、その方がブドウが助け合って調和するような気がするもので」と喜雄氏がプロセスについて話すと、山﨑氏はなるほどと頷きます。そして再び味わいながら、「とても複雑で奥行きがあるんですが、どちらも澄んだ味わいですよね。飲み飽きしない美味しさです」と、2本のワインの共通点を指摘します。

「みなさん“澄んでいる”とおっしゃいますね。それは大町の水のおかげだと思います。醸造工程で水を加えることはありませんが、ブドウ一粒一粒が蓄えた水が澄んでいるから、かと。他の地域でもワインを造ってきましたが、澄んだ印象になるのは水の違いが大きいと感じています」と喜雄氏は話します。

特有の土と水、気候が織りなす「大町テロワール」を体感する1杯と出合えました。

「それにしてもキレイな色ですね。ほらマイクロバブルが見えるでしょ」と山﨑氏。

白の複雑な香りと味わいを堪能する。

美しい山容がいつもそばに。夕刻、夕陽を受けた山肌が赤く染まる現象、アーベンロートを見ると、疲れも吹き飛ぶのだとか。

 農家を受け継ぎ、ブドウ栽培から一手に担う醸造家に。

信濃大町で、もうひとりのヴィニロンを訪ねました。黒部立山アルペンルートの起点である扇沢へ向かう幹線道路沿いにある「ノーザンアルプスヴィンヤード」の若林政起氏です。信濃大町で稲作やリンゴ栽培の農家に生まれた若林氏は、20代前半にいつしか自分の手でワインを造ってみたいという気持ちが強くなったと言います。当時、フランス料理店「タイユヴァン・ロブション」のソムリエとして活躍し、現在は「エスキス」の総支配人を務める従兄弟の若林英司氏にブルゴーニュのワインを飲ませてもらったのがきっかけでした。

「ワインの美味しさ、カルチャーの奥深さに衝撃を受けて、家業を引き継いでワインブドウ栽培にチャレンジしようと決心しました。ところが、ワイン醸造までやるには当時の見積もりで設備投資に数億円の試算になってしまい、あえなく断念することに。挫折して東京でプログラマーとして働いていましたが、醸造免許の規制緩和が進み次第に風向きが変わってきました。ブドウ農家の叔父に相談しながら再検討すると、なんとか自分でもできそうな道筋が見えてきました。2007年に母が亡くなったの契機に、2008年に父から畑を借りてシャルドネやメルローを植え始めたのです」と若林氏は話します。ブドウ栽培と同時に近くのワイナリーに勤務して醸造経験を積み、2011年に初めてブドウを収穫。そして、2013年には農業生産法人「ノーザンアルプスヴィンヤード」を設立します。クラウドファンディングでの資金調達に加えて国の6次産業化認定を受けるなど醸造環境を整備し、2016年に自家醸造ワインの初出荷に漕ぎ着けました。

以降、ワインは堅調に評価を高めていましたが、ピノ・ノワールのワインについての賛否両論が激しくなり、若林氏は苦悩します。

「うちはヨーロッパの伝統的な栽培法にはこだわっていないので、かなり個性的なブドウに育つんです。とりわけピノ・ノワールはかなり特徴的な仕上がりなので、そこがいいという派とダメという派に極端に分かれます。当初は気にせずにやっていたのですが、著名な評論家に叩かれたり、販売会のお客さんに面と向かって『まずい』と言われたりして、さすがにこたえて精神的に病んでしまいましてね。そんなところにコロナがやってきて、売り上げは3分の1に。人も雇えずとてもひとりでは手が回らないので、一部の畑は返し、ピノ・ノワールの樹はほったらかし状態です。もういろいろ嫌になっちゃって」と、内容は深刻ですが、若林氏はカラカラと笑って話します。

2022年からは、目が届く範囲でブドウ栽培を行い、一部の畑は樹のオーナー制度を採り入れてお客さんに管理や収穫を任せるなど、少しずつ立て直しを図っているそうです。

そんな若林氏に山﨑氏はいたく共感します。
「うちのお店もコロナの影響をモロに受けました。ピンチをチャンスに変えたいと思って、新たなビジネスとして築地でジュース屋を始めたし、マーケティングの勉強にも打ち込みました。助成金なども含めて自己投資に500万円はつかったでしょうね。でも、僕は根っからの職人で人に店を任せられる性格でもないのでうまくいきませんでした。カクテルの日本一を決める競技会のあとで燃え尽きて、2ヶ月間仕事を休みました。そこから原点に立ち返って削ぎ落としていき、今はコロナ以前よりもいい状態になれました。若林さんも、一度下がって上がる、これから上がるフェーズに入っているんだと思います。若林さんのワイン、飲ませてください!」

職業は違えど、「コロナはきつかったけど、自分を見つめ直す機会になりましたね」と共感するふたり。

シャルドネはブルゴーニュで生育された樹のクローンを丹念に育ててきた。

もともと樹が持っている個性が強く出ているというシャルドネは、信濃大町の冷涼な気候から来るシャブリのようなイメージとは真逆で、パイナップルのような南国を思わせる果実味が強い。

 禅を採り入れた日本だからこそのワイン造りを。

シャルドネをオークの古樽で熟成させた「オルター シャルドネ オーク」をいただきます。
「旨いですねえ。確かに意外性のあるトロピカルなフルーツの香り、白桃のような香りが印象的です。果実味とほどよい酸がとてもいいバランスですね」とひと口含んだ山﨑氏の顔はパッと明るくなりました。

そして、件のピノ・ノワールの最後の造りのワインもテイスティングすると……
「おお、これはすごい! 一般的にピノ・ノワールは飲みやすくて安心感がある味わいだと思うんですが、若林さんのピノはそのイメージを根底から覆しています。ものすごくスパイシーで、カシスの香りも強い。ブランデーのようなニュアンスもある。あと、なんだろう? 不思議と日本的な雰囲気も感じます。この土地の微生物の影響ですかね。めちゃくちゃ複雑でめちゃくちゃ個性的。これは唯一無二の美味しさです。僕は好きだなあ」と山﨑氏は絶賛します。

こちらは潰したブドウを無傷のブドウでふたをし、炭酸ガスの中に漬け込むセミ・マセラシン・カルボニック方式を独自にアレンジした方法で醸造されているそうです。
「天然酵母で造るにはどうすればよいかを考えて自分なりに編み出した方法です。醸造は弓矢をイメージしています。一般的な醸造法が照準器がたくさん付いた西洋のアーチェリーなら、自分がやりたい醸造法は日本の弓道。照準器もないごくシンプルな道具だけど、狙ったところにちゃんと当たる。道具の力で自然をコントロールするのではなく、自然の力をうまく利用して無理なくいい仕事をする。そんな醸造家になりたいと思っているんです」と若林氏は話します。

そして、話題は「ブドウ」から「武道」へ。

「弓道や合気道などの武道、茶道も華道も日本の“道”がつく伝統文化はどれも禅の思想と結び付いていますよね。私は日本でワイン造りをするなら、この禅を採り入れたいと考えるようになってきました。禅は削ぎ落とす引き算の世界観。筋力ではなく、むしろ脱力した無駄のない動きで信じられないほど大きな力を発揮します。達人ほど動きはゆっくり見えるけど作業は早く、仕事の精度も高い。今までは力に任せてガンガン働くのがいいと思い込んでいたけれど、禅の思想で、静かに立ち止まって、理にかなった動きでブドウ栽培も、醸造も自然体でやっていきたいと思っているんです」と若林氏は続けます。

「僕もバーテンダーの技能を高めようと、ジムでものすごくトレーニングして筋肉をつけたことがあるんです。だけど、その結果、カクテルのシェイクはなぜか遅くなってしまったし、フルーツカービングにも変な力が入って完成度は落ちてしまいました。それで、筋トレをやめて、逆にヨガで脱力する訓練を始めたら、自分でも驚くほどよく動けるようになったんです。若林さんの話、ものすごくよくわかりますね。僕もまさにそのプロセスを経てようやく納得できるカクテルが作れるようになってきたところですから」と山﨑氏は話します。

若林氏は、「なるようになる、なるようにしかならない」という境地に入り、2023年はトラウマとなったピノ・ノワールのワインも再開しようと思い始めているそうです。

またここにも、独自の道を追求する醸造家の姿がありました。

「ピノ・ノワール 2020」(左)と「オルター シャルドネ オーク」(右)。どちらも若林氏の人柄が感じられる個性豊かな味わい。

期せずして「禅」の話で盛り上がる。共に挫折を経験し、引き算と脱力という禅に通じる考え方で逆境を克服してきたふたりは、すぐさま意気投合した。

産み捨てられていた仔猫・タマちゃんがいつしか居ついた。人懐っこく、誰であっても膝に乗ってくる。孤軍奮闘する若林氏のよき理解者だ。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

ワインの新たな銘醸地としてのポテンシャルを秘めた「大町テロワール」。

「Ferme36」のペティアンと白をいただく。石は畑から掘り起こされたもの。オーナーの矢野夫妻はこの石を眺めながら飲むのが好きなのだとか。

 大きな寒暖差が生み出す奥深い味わい。

信濃大町の平新郷地区から遠望する蓮華岳や爺ヶ岳の山並み。その雄大な景色に向かって「Ferme36(フェルムサンロク)」のブドウ畑は広がります。銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏は、年間出荷量約4,000本と少量ながら年々評判を高めているヴィニュロン(ブドウ栽培とワイン醸造を共に手掛ける人)を訪ねました。

「Ferme36」は矢野喜雄氏・久江氏夫妻による家族経営のワイナリーです。商品を紹介するカタログには、ヴィニロンとして夫妻の名前、その隣にはプチ・ヴィニロンとして、夫妻をよく手伝ってくれる息子の相達くんの名前が記載されています。“Ferme”はフランス語で農園を意味し、36は喜雄氏のお気に入りの数字。“山麓”とかけた造語であり、「親子3人で6人分働こう」という思いも込めているそうです。

夫妻は長年、栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」に勤め、ブドウ栽培とワイン醸造の両方の経験を積んできました。2014年に独立して大町市に移住し、理想のワイナリー「Ferme36」を少しずつ形にしてきました。現在、2ヘクタールの土地で約15種類のブドウを有機栽培し、5種のワインを造っています。ブドウ栽培から醸造、瓶詰めまでを行う、いわゆるドメーヌのワインはすべてナチュールワインに準じるブドウ栽培と醸造法を守り、病害予防の薬剤もEUで認証されたボルドー液を使うのみ。房を絞った果汁には酸化防止剤として一般的な亜硫酸は無添加もしくはごく微量の使用に限定。野生酵母の力で発酵させています。

ブドウを試食させてもらいます。シャルドネやメルロー、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ソーヴィニヨン・ブラン……。口にするたびに山﨑氏は感嘆の声を漏らします。
「これも旨い! ピノなんかめちゃくちゃ甘くて酸もしっかりある。僕はワインの仲間のシェリーというお酒の大会で日本一となりまして、本国スペインも何度も取材しているんですが、あちらではみんな『醸造用のブドウは美味しくない』と言っていましたけどね。矢野さんのブドウは食用ブドウとしてものすごく美味しい。これ、フレッシュカクテルに使ったら最高ですよ」

ブドウの美味しさの理由を矢野氏は分析します。
「このあたりは、夏でも冷涼な気候がブドウ栽培に向いていると言われています。それに加えて大きな寒暖差が影響しているでしょう。10月になると夜温がぐっと下がります。日中の最高気温は25℃くらいででも、夜間は10℃にまで下がることもざら。この15℃もの寒暖差は北海道よりも大きいと言われるほどで、この独特の気候のおかげで酸度をキープしながら糖度を高く追い込んでいけると考えています」

よく手入れされた「Ferme36」の畑。使用する薬剤はボルドー液のみであるため、そこここでさまざまな生き物が蠢く。

シャルドネは収穫の時を間近に控えていた。50年後も元気な樹であることを念頭に有機栽培に徹するが、病害虫の前にはいつも不安の連続。「有機には勇気が必要」と矢野夫妻は話す。

皮ごと発酵させるピノ・ノワールは、粒の選別を入念に行う。

「Ferme36」のワイン「Remerciements」。エチケットには、畑を見守るようにそびえる蓮華岳のシルエットがデザインされている。

「Ferme36」のオーナー、矢野夫妻と共に。「私たちが誰よりも自分たちのワインを飲んでいます(笑)。自分たちが飲みたいワインを造ろうと、ふたりで決めているんです」と久江氏。

 ミネラル豊富な土壌と、澄んだ味わいを生む天然水。

「このストイックな土壌もブドウによい影響をもたらしているでしょうね」と喜雄氏は続けます。
「うちの圃場は糸魚川-静岡構造線の西側に位置します。鹿島川が長い時間をかけて山から石を運び、広大な扇状地を作ってきた場所です。地面を15cmも掘ると、石がゴロゴロとある砂礫層になっているのがわかります。近くで行われた掘削調査によると、花崗岩が3割、火山岩が7割ミックスされた特徴的な土壌とのこと。そのような層が地下350mまで堆積しているそうです。ですから、ブドウ栽培に必要な水はけの良さは抜群で、かつミネラル成分も豊富。ブドウの樹が地中深くに根を伸ばしていくことで、ミネラル成分をより吸い上げ、奥深い味わいをもたらしてくれるものと思っています」

「Ferme36」のワインには「Remerciements(ルメルシマン)」と名付けられています。フランス語で“感謝”という意味で、作業を手伝ってくれる障がい福祉サービス事業所の人たちへの感謝の気持ち、偉大な自然への感謝の気持ちが、そこには込められています。
薄く雪を被った北アルプスの稜線が青空にくっきりと浮かび上がっています。BGMは発酵タンクに聴かせているモーツァルトの弦楽四重奏。この最高の環境で試飲させていただきます。
抜栓したのはロゼのペティアン(弱発泡性ワイン)。こちらは大町ぶどう生産組合から購入したブドウを使った、いわゆるネゴシアンのスタイルで造ったもの。ナチュールワインの方法で醸造しており、瓶内で二次発酵させ、おりもそのまま残しています。

「美味しいです、本当に。しっかりした果実味がありながら、すっきりドライ。微発泡のなめらかな舌触りも心地いいです。力強い発泡がずっと続いています。それにしてもキレイな色ですね」と山﨑氏が話すと、喜雄氏は「おりも混じっているので濁っていますよね」と返します。晴わたる空に透かしてみると……。
「これ、マイクロバブルのせいで少し濁ったように見えるんじゃないですか、ほら? 僕の師匠はサイドカーというカクテルで世界的に有名なんですが、彼はシェイクによってこんな感じのマイクロバブルを液体に溶け込ませることができるんです。その濁り方と似てます。シェリーにしてもワインにしても僕はおりにこそ旨味があると思っているんで、こんなふうにマイクロバブルとおりが混じっているのは最高。これはもう自然のカクテルですよ」と山﨑氏は笑います。

続けて試飲したのは、シャルドネの他8種類の自家栽培のブドウを使った白。印象的な香りがふわりと立ち上がります。
「ナッツ、ローステッドマロンのような香り。アタックはスッと穏やかに入ってきますが、ミッドパレットからフィニッシュにかけていろんな風味が口の中で踊ってくるようなイメージです。旨いです。とても深くて立体的な美味しさ。このモーツァルトのように、9種類のブドウの個性が調和していると言いますか……」と山﨑氏。

「それぞれのブドウで造ったワインを調合するのではなく、各ブドウの発酵段階でミックスしていきます。科学的根拠はないのですが、その方がブドウが助け合って調和するような気がするもので」と喜雄氏がプロセスについて話すと、山﨑氏はなるほどと頷きます。そして再び味わいながら、「とても複雑で奥行きがあるんですが、どちらも澄んだ味わいですよね。飲み飽きしない美味しさです」と、2本のワインの共通点を指摘します。

「みなさん“澄んでいる”とおっしゃいますね。それは大町の水のおかげだと思います。醸造工程で水を加えることはありませんが、ブドウ一粒一粒が蓄えた水が澄んでいるから、かと。他の地域でもワインを造ってきましたが、澄んだ印象になるのは水の違いが大きいと感じています」と喜雄氏は話します。

特有の土と水、気候が織りなす「大町テロワール」を体感する1杯と出合えました。

「それにしてもキレイな色ですね。ほらマイクロバブルが見えるでしょ」と山﨑氏。

白の複雑な香りと味わいを堪能する。

美しい山容がいつもそばに。夕刻、夕陽を受けた山肌が赤く染まる現象、アーベンロートを見ると、疲れも吹き飛ぶのだとか。

 農家を受け継ぎ、ブドウ栽培から一手に担う醸造家に。

信濃大町で、もうひとりのヴィニロンを訪ねました。黒部立山アルペンルートの起点である扇沢へ向かう幹線道路沿いにある「ノーザンアルプスヴィンヤード」の若林政起氏です。信濃大町で稲作やリンゴ栽培の農家に生まれた若林氏は、20代前半にいつしか自分の手でワインを造ってみたいという気持ちが強くなったと言います。当時、フランス料理店「タイユヴァン・ロブション」のソムリエとして活躍し、現在は「エスキス」の総支配人を務める従兄弟の若林英司氏にブルゴーニュのワインを飲ませてもらったのがきっかけでした。

「ワインの美味しさ、カルチャーの奥深さに衝撃を受けて、家業を引き継いでワインブドウ栽培にチャレンジしようと決心しました。ところが、ワイン醸造までやるには当時の見積もりで設備投資に数億円の試算になってしまい、あえなく断念することに。挫折して東京でプログラマーとして働いていましたが、醸造免許の規制緩和が進み次第に風向きが変わってきました。ブドウ農家の叔父に相談しながら再検討すると、なんとか自分でもできそうな道筋が見えてきました。2007年に母が亡くなったの契機に、2008年に父から畑を借りてシャルドネやメルローを植え始めたのです」と若林氏は話します。ブドウ栽培と同時に近くのワイナリーに勤務して醸造経験を積み、2011年に初めてブドウを収穫。そして、2013年には農業生産法人「ノーザンアルプスヴィンヤード」を設立します。クラウドファンディングでの資金調達に加えて国の6次産業化認定を受けるなど醸造環境を整備し、2016年に自家醸造ワインの初出荷に漕ぎ着けました。

以降、ワインは堅調に評価を高めていましたが、ピノ・ノワールのワインについての賛否両論が激しくなり、若林氏は苦悩します。

「うちはヨーロッパの伝統的な栽培法にはこだわっていないので、かなり個性的なブドウに育つんです。とりわけピノ・ノワールはかなり特徴的な仕上がりなので、そこがいいという派とダメという派に極端に分かれます。当初は気にせずにやっていたのですが、著名な評論家に叩かれたり、販売会のお客さんに面と向かって『まずい』と言われたりして、さすがにこたえて精神的に病んでしまいましてね。そんなところにコロナがやってきて、売り上げは3分の1に。人も雇えずとてもひとりでは手が回らないので、一部の畑は返し、ピノ・ノワールの樹はほったらかし状態です。もういろいろ嫌になっちゃって」と、内容は深刻ですが、若林氏はカラカラと笑って話します。

2022年からは、目が届く範囲でブドウ栽培を行い、一部の畑は樹のオーナー制度を採り入れてお客さんに管理や収穫を任せるなど、少しずつ立て直しを図っているそうです。

そんな若林氏に山﨑氏はいたく共感します。
「うちのお店もコロナの影響をモロに受けました。ピンチをチャンスに変えたいと思って、新たなビジネスとして築地でジュース屋を始めたし、マーケティングの勉強にも打ち込みました。助成金なども含めて自己投資に500万円はつかったでしょうね。でも、僕は根っからの職人で人に店を任せられる性格でもないのでうまくいきませんでした。カクテルの日本一を決める競技会のあとで燃え尽きて、2ヶ月間仕事を休みました。そこから原点に立ち返って削ぎ落としていき、今はコロナ以前よりもいい状態になれました。若林さんも、一度下がって上がる、これから上がるフェーズに入っているんだと思います。若林さんのワイン、飲ませてください!」

職業は違えど、「コロナはきつかったけど、自分を見つめ直す機会になりましたね」と共感するふたり。

シャルドネはブルゴーニュで生育された樹のクローンを丹念に育ててきた。

もともと樹が持っている個性が強く出ているというシャルドネは、信濃大町の冷涼な気候から来るシャブリのようなイメージとは真逆で、パイナップルのような南国を思わせる果実味が強い。

 禅を採り入れた日本だからこそのワイン造りを。

シャルドネをオークの古樽で熟成させた「オルター シャルドネ オーク」をいただきます。
「旨いですねえ。確かに意外性のあるトロピカルなフルーツの香り、白桃のような香りが印象的です。果実味とほどよい酸がとてもいいバランスですね」とひと口含んだ山﨑氏の顔はパッと明るくなりました。

そして、件のピノ・ノワールの最後の造りのワインもテイスティングすると……
「おお、これはすごい! 一般的にピノ・ノワールは飲みやすくて安心感がある味わいだと思うんですが、若林さんのピノはそのイメージを根底から覆しています。ものすごくスパイシーで、カシスの香りも強い。ブランデーのようなニュアンスもある。あと、なんだろう? 不思議と日本的な雰囲気も感じます。この土地の微生物の影響ですかね。めちゃくちゃ複雑でめちゃくちゃ個性的。これは唯一無二の美味しさです。僕は好きだなあ」と山﨑氏は絶賛します。

こちらは潰したブドウを無傷のブドウでふたをし、炭酸ガスの中に漬け込むセミ・マセラシン・カルボニック方式を独自にアレンジした方法で醸造されているそうです。
「天然酵母で造るにはどうすればよいかを考えて自分なりに編み出した方法です。醸造は弓矢をイメージしています。一般的な醸造法が照準器がたくさん付いた西洋のアーチェリーなら、自分がやりたい醸造法は日本の弓道。照準器もないごくシンプルな道具だけど、狙ったところにちゃんと当たる。道具の力で自然をコントロールするのではなく、自然の力をうまく利用して無理なくいい仕事をする。そんな醸造家になりたいと思っているんです」と若林氏は話します。

そして、話題は「ブドウ」から「武道」へ。

「弓道や合気道などの武道、茶道も華道も日本の“道”がつく伝統文化はどれも禅の思想と結び付いていますよね。私は日本でワイン造りをするなら、この禅を採り入れたいと考えるようになってきました。禅は削ぎ落とす引き算の世界観。筋力ではなく、むしろ脱力した無駄のない動きで信じられないほど大きな力を発揮します。達人ほど動きはゆっくり見えるけど作業は早く、仕事の精度も高い。今までは力に任せてガンガン働くのがいいと思い込んでいたけれど、禅の思想で、静かに立ち止まって、理にかなった動きでブドウ栽培も、醸造も自然体でやっていきたいと思っているんです」と若林氏は続けます。

「僕もバーテンダーの技能を高めようと、ジムでものすごくトレーニングして筋肉をつけたことがあるんです。だけど、その結果、カクテルのシェイクはなぜか遅くなってしまったし、フルーツカービングにも変な力が入って完成度は落ちてしまいました。それで、筋トレをやめて、逆にヨガで脱力する訓練を始めたら、自分でも驚くほどよく動けるようになったんです。若林さんの話、ものすごくよくわかりますね。僕もまさにそのプロセスを経てようやく納得できるカクテルが作れるようになってきたところですから」と山﨑氏は話します。

若林氏は、「なるようになる、なるようにしかならない」という境地に入り、2023年はトラウマとなったピノ・ノワールのワインも再開しようと思い始めているそうです。

またここにも、独自の道を追求する醸造家の姿がありました。

「ピノ・ノワール 2020」(左)と「オルター シャルドネ オーク」(右)。どちらも若林氏の人柄が感じられる個性豊かな味わい。

期せずして「禅」の話で盛り上がる。共に挫折を経験し、引き算と脱力という禅に通じる考え方で逆境を克服してきたふたりは、すぐさま意気投合した。

産み捨てられていた仔猫・タマちゃんがいつしか居ついた。人懐っこく、誰であっても膝に乗ってくる。孤軍奮闘する若林氏のよき理解者だ。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

プロフェッショナルの審査員を唸らせる料理。夢を抱かせる料理が勝利を導く。

約3年ぶりに来日を果たしたフィリップ・ミル氏。自身も『ボキューズ・ドール』出場経験を持つ。「24ヵ国の審査員を驚かせ、納得させ、夢を抱かせるような料理でなければ勝てない」と大会を分析する。

Bocuse d’Or 2023口の中を躍らせるような味を見つけることが大切。それは、軽やかで、生きた味。

仏・シャンパーニュ地方に位置するドメーヌ・クレイエールの三ツ星レストラン『レ・クレイエール』のシェフを務めるフィリップ・ミル氏。38歳にして『M.O.F』(フランス国家最優秀職人章)を獲得し、フランス料理界を牽引する存在として知られます。2017年3月、株式会社ひらまつと提携し、世界で唯一自身の名を冠するレストランを『東京ミッドタウン』にオープンしました。そんなフィリップ氏は、コロナ禍を経て、約3年ぶりに来日。

実は、自身もフランス代表として2008年『ボキューズ・ドール』へ出場経験を持つ。そんなフィリップ氏が、大会の意義や日本のフランス料理界への想い、そして2023年出場シェフである石井友之氏へのエールまでを語ります。

「『ボキューズ・ドール』の意義は、ガストロノミーを進化させていくためのものだと思います。一人ひとりの料理の技術を競う、いわば料理のワールドカップのようなものですが、各国がそれぞれ持つ、異なるフィロソフィーや技術、ノウハウを磨き上げていく場でもあります」とフィリップ氏は言います。

前述、自身が出場した時の結果は3位でした。コンクールが進むにつれ、困難が待ち受け、「楽しむことは難しかったです」と言いながら、「山を登るようなスリリングな感覚は忘れられません」と振り返ります。そして、「いつか再び挑戦できるのならぜひチャレンジしたい」とも続けます。なぜなら「常にチャレンジ精神を持ち続けることが自分を駆り立てているものだから」。柔和な表情とは裏腹に見せるアグレッシブな側面は、トップシェフであり続ける資質でもあるのでしょう。

まだ優勝できていない日本が勝つためには何が必要であるのか。単刀直入に問います。

「コンクールは自分自身との戦いではありますが、当然相手がいるわけで、その相手に勝つためには、味が一番重要だと思います」と、予想以上にストレートな答えが返ってきました。

「口の中を躍らせるような味を見つけることが大切です。同時に、軽やかで生きている味でなければなりません」というフィリップ氏の答えは、美味しいとは何かという深遠な問いに対する答えのようです。

「単純に腕のいいシェフというだけではダメなのです。それはもう皆そうですから。その先を行かなければなりません。この大会は後ろを見てはダメなのです。前だけを見て進化し、プロフェッショナルである審査員を驚かせ、夢を抱かせるようなものでなければならないのです。24か国の審査員を納得させるには、どういった料理をなぜ選んだのかという明快なコンセプトが不可欠。そしてそれを引き立たせる技術も必要です」とも。それを体現するためにはどれだけの努力と閃きが必要なのであろうかと考えると気が遠くなります。

残念ながら日本にはまだ『ボキューズ・ドール』が充分に普及しているとは言えませんが、普及している国としていない国との違いをフィリップ氏はどう考えるか。まず、「普及のためには、国を含めた組織の力も大変に大きい」と言います。『ボキューズ・ドール』が普及している国では、相対的に予算も潤沢にあり、『ボキューズ・ドール』のためのチーム、組織が出来上がっているそうです。

「今は、北欧勢が上位を占めていますが、20年ほど前までは、強豪国ではありませんでした。それが、元候補者代表シェフがコーチとなって、チームを指導していくというシステムががっちりできてからは俄然強くなりました。日本にいまひとつ普及していないのは、メディアや広報の役割だけでなく、毎回毎回新しいチームで挑んできたというのもひとつの要因。代々知恵や技術を受け継いでいくことが必要だと思います。日本が上位にくるようになれば、おのずと知名度も普及していくと思います」と説きます。

今回のチームジャパンでは、初めて、これまでの候補者たちの経験をひとつに結集したチームが作られています。そうした意味からも、2023年大会の結果は本当に楽しみです。

「石井シェフには、コンクールの料理を自分自身のものにしてほしい。素材、調理法、全てにおいて、自分にウソをつかないことが何より大切」とエールを贈る。

Bocuse d’Or 2023自分は他の23人とは違う。それくらいの気概と自信を持って臨んでほしい。

フランスでは、『ボキューズ・ドール』の入賞者には、多くの扉が開かれています。多くの入賞者の中にはエリゼ宮のシェフになっているものも、また、多くの3つ星シェフも輩出しています。また、フランスには『M.O.F.』のように、職人に対する社会保障制度もあります。これは、料理人にとって、とてもやりがいのあることです。

「日本でもぜひ、国を挙げて、コンクールを立ち上げるなり、『M.O.F.』の制度のようなものができるといいですね。料理技術は国家の財産ですから」。とは言え、「日本のフランス料理業界全体としては、すごく進化していると思う」というのが、フィリップ氏の見解。

「20代の頃に日本から修業にきていた人たちとは、その後、連絡はとれなくなってしまいましたが、おそらく彼らは模倣のようなものを作っていたと思います。しかし、その弟子、そのまた弟子と、次第に自らのクリエイテビティを確立して、今や、世界の中でも日本は大きな存在感を示しています。先日の『パテ・アンクルート』(フランスの伝統的なシャルキュトリ、パテ・クルートのファルス・詰め物の構成、パテ全体の見た目、カットした断面の美しさ、味・le goûtを競う大会)でも日本人が優勝しましたし、今年初めて日本人で『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』の関谷健一郎シェフが『M.O.F.』(国家最優秀職人 Meilleur ouvrier de France)を獲得しました。日本のフランス料理はそこまできているのですから、『ボキューズ・ドール』での入賞もあと一歩だと思います」。

実は、この取材前日にフィリップ氏は、石井友之シェフの作品を試食。それを振り返り、率直に見解を述べます。

「コンクールの料理を自分自身のものにしてほしい。素材にしても調理法にしても自分にウソをつかないことが何より大切。自分の持てるものすべてを出すことです。自分は他の23人とは違う、それくらいの気概と自信を持って臨んでほしい。まだ、現段階では、味がどことなく遠慮しているように感じました。食べた時に正直驚きがなかったのです。怖がらずに自分を解放し、ぜひ殻を破って突き抜けた味を見つけてほしいです」。

フィリップ氏からのエールで石井氏がさらに発奮することを祈ります。

取材中、自身の拳をぎゅっと握るシーンが多く見られたフィリップ氏。当時を回想してか、大会の重みと緊張感が伝わる。


Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:KOH AKAZAWA

よりパンを美味しく。北の大地から生まれたハンドメイドジャム。[和光アネックス/東京都中央区]

デザインも可愛らしい「北海道いちごバタージャム」。濃厚な味わいは、虜になるひと多数。ギフトにもお勧め。

WAKO ANNEX北海道産いちご100%使用のジャム。味の決め手は、酪農王国北海道のバター。

食材の宝庫・北海道の岩見沢にある『白亜ダイシン』は、1964年創業の食品メーカー。2003年より「NORTH FARM STOCK」を運営し、様々なオリジナルブランドを展開しています。

旬の食材を活かした品々は、食を通して四季を楽しめ、この時期のお勧めは「北海道いちごバタージャム」。

いちごは、年間を通した作業から生まれます。オフシーズンには古い株の除去や土壌整備を行い、オンシーズンに入るとハウスの温度調整・管理から肥料濃度の管理、害虫駆除、摘果まで栽培が続きます。一年間、丹精を込めて手間と時間をかけて育てたいちごだからこそ、ジャムになっても美味。果物が持つ爽やかな香りと酸味が失われることなく、贅沢にいただけます。

そして、そのジャムの旨味に奥ゆかしさをプラスしてくれるのがバター。広大な北海道はバターの名産地でもあり、自然の中でストレスなく育つ牛は、良質なミルクを提供してくれます。

そんな北海道産いちごと北海道産バターを100%使用したハンドメイドジャムは、食べるたび、食欲をそそります。濃厚でコクのあるバターとフレッシュで爽やかな酸味のいちごは、パンはもちろん、クラッカーやクッキー、アイスクリームと一緒にぜひ。たっぷり塗って、かけて、お楽しみください。

いちごの風味がしっかりと香るハンドメイドジャム。滑らかで良質な北海道バターをたっぷり使うことでコクが生まれ、パンとの相性は抜群。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

知る人ぞ知る屈指のフルーツ王国・大町市に実る、珠玉の果物たち。

本格稼働1年目のイチゴ農園「すえひろファーム」を視察する山﨑剛氏。

 夏秋イチゴのイメージを覆す、濃くて力強い信濃大町のイチゴ。

バーテンダーの仕事にお酒と水は欠かせませんが、それに並ぶ重要な素材にフルーツがあります。銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏がめぐる信濃大町の旅は、この日、フルーツがテーマとなりました。信濃大町は夏でも冷涼で、昼夜の寒暖差が大きい気候であることから、さまざまな果物が実るフルーツ王国となっています。

まず向かったのは、2022年7月に開業したばかりの「すえひろファーム」。夏から秋にかけて収穫する夏秋(かしゅう)イチゴの栽培に取り組んでいます。

育てているのはサマーリリカルという品種5800株。収穫は6月に始まり、霜が降りる11月いっぱいくらいまで続けられます。訪れた11月終わりにも、たくさんの真っ赤な実がなっていました。ひとつを頬張ってみると……。
「濃いですね。おお、これは美味しい! フレッシュな野菜っぽいニュアンスもあって、濃いけどいくらでも食べられる。この野菜っぽいニュアンスは時間が経つと土っぽさになってくるんですが、さすがに採れたてのいい野菜感があって、イチゴらしい美味しさですね。正直、夏秋イチゴは味が薄いイメージがありましたが、冬のイチゴにもまったく引けととらない旨さです」と山﨑氏は驚きます。

試験栽培を含めてまだ2期目の収穫ですが、長野の他地域も含めた夏秋イチゴの中でも評判は上々だと飯森明社長は話します。
「いまだ試行錯誤中ですが、うちで工夫しているのは、まずは土。独自に椰子殻をブレンドして柔らかな土に仕上げています。そして、小まめな管理。毎日株の様子を見ながら、水やりの量を調節し、液肥の配合を変え、機械による自動投入以外にも必要に応じて手作業で液肥をかけています。あとは、やはり水の違いは大きいと思います。冷たく澄んだ天然水が、力強い美味しさのベースになっているんでしょうね」

「うちのバーでは、イチゴをシャンパンと合わせたり、ラムでカクテルを作ったりすることが多いですね。カクテルで使うには、イチゴは味の濃さが必須。これだけしっかりした風味のイチゴなら抜群のカクテルになりますよ、間違いなく」と山﨑氏は太鼓判を押します。

「すえひろファーム」の母体は地元の建設会社。信濃大町の休耕地の有効活用を模索し、農業に特化した子会社が設立されたそうです。
「この地域には、スノボにはまって移住してくる若者が大勢いますが、その多くが季節雇用のアルバイトでなんとか生計を立てている状態。休耕地を減らして、自然豊かなこの大町らしい産物をつくり出しながら、若者が活躍できる雇用も創出したい。そんな思いからこの農園はつくられました。若い子たちが愛情を込めて育ててくれている、自慢のイチゴなんです。自分で言うのも何ですが、どこよりも旨いですよ」と飯森社長に笑顔がこぼれました。

美しく色づいたサマーリリカル。

採れたての風味をチェックする山﨑氏。「濃い。それでいて後味あすっきりしているから、また食べたくなる味ですね」

「信濃大町の自然環境を生かして、若者たちと付加価値の高い次世代の農業に取り組んでいきたい」と「すえひろファーム」の飯森明社長。

果実が同士が触れ合わないように工夫されたパッケージで大切に出荷される。

イチゴの果実と特製のイチゴソースをたっぷり使った「すえひろファーム」のアイスクリームデザート。「こんなんズルいわ!」と思わずツッコミを入れる旨さ。

 独自に追求した垣根方式の栽培が生み出す絶品のブドウ。

山﨑氏のお気に入りのフルーツにブドウがあります。シャインマスカットなど風味に優れたブドウはカクテルの格好の素材。皮ごとすりつぶして皮と実との間の旨味もお酒の中に閉じ込めるそうです。

近年、独自の栽培方法で県内外から注目を集めている信濃大町のブドウ農家「福嶋葡萄研究所」を訪ねました。代表の福嶋博幸氏が案内してくれます。

冷たい天然水が勢いよく流れる水路の左右に、福嶋さんの約120アールの圃場が広がります。もともとは家業として水稲栽培を行なっていましたが、福島氏が脱サラして家業に入るのを機にブドウ栽培へと転換しました。福嶋氏はほぼ独学で土作りからすべてを変えていきました。水はけが良くなるように土を入れ替え、5mおきに水抜き用の孔を設けました。生食用のブドウ栽培は天井に枝を這わせる棚方式が一般的ですが、福嶋氏は通常は醸造用ブドウ栽培で採られる垣根方式を採用。上向きの作業よりも、座りながらの作業も可能な垣根方式の方が省力化を図ることができため、持続性を重視したこれからの農業にふさわしいと考えたからだそうです。

「ブドウ栽培の先輩たちみんなに『そんなやり方じゃうまくいかない』と散々言われたましたが、私は失敗する可能性は1%たりとも考えませんでしたね。今考えると恐ろしいことですが(笑)。なぜかこっちの方がいいと確信して突き進んでしまいました。結果的に、この垣根方式は木を密集させてたくさん育てつつ、日光を効率良く当てることができ、ブドウは色良く、糖度も高く仕上がりました。そうなると、みなさん手のひらを返して視察に来てくれるようになりましたね」と福嶋氏と笑います。

現在、福嶋氏は、クイーンニーナ、シャインマスカット、ピオーネ、ナガノパープツ、そして長野県が開発した新品種のクイーンルージュの5種の葡萄を栽培しています。味は完成し、あとは色が付くのを数日待つだけとなったクイーンニーナをいただきました。2011年に品種登録された比較的新しい品種で、栽培が難しいことから、あまり市場にも出回っていません。
「クイーンニーナは僕も大好きなブドウです。あ、旨いですね。こちらのものは果肉のハリが良くて、みずみずしい。こういう繊細な美味しさのフルーツは個性のあるお酒と合わせるとせっかくの本来の風味が壊れてしまうので、僕ならクセのないプレミアムウォッカを使います。上質なウォッカは果物の風味をグッと持ち上げてくれるんです」と山﨑氏は、早くも創作意欲を刺激されているようです。

「全国でも大町が最も収穫時期が遅いのではないでしょうか」と福嶋氏が話すシャインマスカットも、もぎたてを試食します。
「ハハハ、これは旨い! ピカイチのシャインマスカットです」と山﨑氏は絶賛します。
「マスカット香も際立っていて、甘みだけでなく、全体的な力強さがある。福島さんのパワフルな人柄がそのまま現れています。それでいてジンの中にあるボタニカルな微妙なニュアンスも感じられます。これでカクテルを作ったら間違いない。自分で言うのもなんですが、めちゃくちゃ旨くてびっくりしますよ。ブドウをそのまま食べるより、美味しさを別次元にまで引き上げられるのがカクテルのいいところ。素材が良ければ僕らはすごくいい仕事ができるんですが、逆に言えば、いくら技術があっても素材には敵わない。この素晴らしいブドウを作っている本人、福嶋さんにぜひ飲んでほしいなあ」と山﨑氏。

やはりお酒には目がないという福嶋氏も、どんなふうにカクテルにするのかと質問に声を弾ませていました。

クイーンニーナは皮が薄く、中にはジューシーかつハリのある果肉が詰まっている。

垣根方式のブドウ畑は、果実が目線の高さになるため作業の負荷が低く、効率も良い。日光もまんべんなく当てることができる。

あとは赤く着色を待つのみとなったクイーンニーナ。今食べても味は抜群にいい。

2018年に木の新植を開始して本格就農した「福嶋葡萄研究所」代表の福嶋博幸氏。「このブドウもまた旨いんですよ」と作物への愛情いっぱいに案内してくれる。

ブドウ好きの中でもファンが多いピオーネ。あえて皮ごと食べると、ブドウらしい奥深い味わいを楽しめる。

信濃大町のふるさと納税の返礼品で人気ナンバー1となっているシャインマスカット。鮮烈な美味しさ。

 しっかりと硬くて、酸味と甘みのバランスが絶妙な信濃大町のリンゴ。

信濃大町のフルーツと言って欠かせないのがリンゴ。例年、大町市の桜が満開になるのは、やはりリンゴの名産地として知られる青森県弘前市と同じ時期だそうで、この地がリンゴ栽培に適した気候であることがわかります。

峯村農園は稲作と並んで果樹栽培に力を入れる農園で、リンゴをはじめ、西洋梨、プラム、カシスなどを栽培しています。訪れた日は、秋映(あきばえ)などのリンゴの収穫作業の真っ只中。たわわに実る樹を前に、「どれでも好きなの、もいで食べていいよ」という園主の峯村忠志氏の言葉に甘えて、よく色づいたリンゴを選んでいただきます。

山﨑氏がもいだのは、手のひらに収まるくらいに小ぶりなシナノピッコロ。バリっと小気味良い音を立ててかじった山﨑氏は「味が濃い」と目を丸くします。
「小さいから酸っぱいのかと想像しましたけど、しっかり甘い。酸と甘みのバランスがいいですね」

続けて、秋映、シナノゴールド、シナノスイートの3種を試食します。これらの長野県オリジナルの品種は“シナノ三兄弟”と呼ばれています。
「甘さの印象ではシナノスイートが突出していますね。めちゃくちゃ甘くて美味しい。シナノゴールドはシナノスイートに比べると甘みが少し穏やかで、代わりに酸が加わって、より濃厚なリンゴというイメージです。僕は秋映が好きですね。酸がしっかりあって、ほのかな渋みもある。バランスが絶妙。それにしても、どれも食感が抜群にいい! 実が締まっていて硬い果実ですね。パリッと心地いい」

「しっかりした硬さと酸味のある濃い味が大町のリンゴの特徴だと思います」と峯村氏は話します。
「リンゴが古くなって柔らかくなることをこのあたりでは“ボケる”と言うんですが、大町のリンゴはボケにくいとも言われますね。この畑は標高760mで、リンゴを栽培するには高め。寒暖差も大きいので色づきもよく、かなり早く収穫できます。害虫が少ないのも栽培には好都合です。冷たくてきれいな水、そして、北アルプスから吹きおろす冷たい風が、リンゴを硬くて酸味と甘みのバランスがほどよい状態に仕上げくれるんだと思います」

さらに、試験栽培を始めたばかりの新品種・ハニールージュもいただきました。このリンゴはなんと、皮だけでなく中の果肉も真っ赤。まるで赤カブのようです。山﨑氏はこのハニールージュがいたく気に入った様子。
「お、これは旨い! かなり酸が強く、甘みよりも酸っぱさが際立つ味。これ、おつまみにいいですよ。少し胡椒を振ってもいいですし、乳製品と合わせても、味的にも紅白の色的にも良さそうですね。調理向きのリンゴだと思います。カクテルの世界ではリンゴはすぐに酸化して変色してしまうので、実はあまり使われないフルーツ。でも、この赤色と酸味を生かしてカクテルにするのもおもしろい。バーテンダーとして創造力を刺激される素材です」

バーテンダーの競技会では、リンゴのフルーツカービングが必須科目であるケースも少なくないそうです。山﨑氏は日々のトレーニングで日本全国のリンゴを数えきれないほど刻み、そして味わってきたと言います。
「正直、リンゴは一級品を人一倍食べてきたつもり。……でも、今日いただいたリンゴが一番ですね。お世辞抜きに」と山﨑氏はしみじみ話しました。

「どれでも食べて」と「峯村農園」の峯村忠志氏。このあと、どれも美味しすぎて、食べまくる。

新品種ハニールージュに感動する山﨑氏。「バーのおつまみにしたい!」

中まで真っ赤なハニールージュ。味はちゃんとリンゴ。

原材料はハニールージュとグラニュー糖のみ。リンゴが持つペクチンの作用で凝固する峯村農園特製の「アップルハニー」は、爽やかな香りのハチミツといった印象。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

知る人ぞ知る屈指のフルーツ王国・大町市に実る、珠玉の果物たち。

本格稼働1年目のイチゴ農園「すえひろファーム」を視察する山﨑剛氏。

 夏秋イチゴのイメージを覆す、濃くて力強い信濃大町のイチゴ。

バーテンダーの仕事にお酒と水は欠かせませんが、それに並ぶ重要な素材にフルーツがあります。銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏がめぐる信濃大町の旅は、この日、フルーツがテーマとなりました。信濃大町は夏でも冷涼で、昼夜の寒暖差が大きい気候であることから、さまざまな果物が実るフルーツ王国となっています。

まず向かったのは、2022年7月に開業したばかりの「すえひろファーム」。夏から秋にかけて収穫する夏秋(かしゅう)イチゴの栽培に取り組んでいます。

育てているのはサマーリリカルという品種5800株。収穫は6月に始まり、霜が降りる11月いっぱいくらいまで続けられます。訪れた11月終わりにも、たくさんの真っ赤な実がなっていました。ひとつを頬張ってみると……。
「濃いですね。おお、これは美味しい! フレッシュな野菜っぽいニュアンスもあって、濃いけどいくらでも食べられる。この野菜っぽいニュアンスは時間が経つと土っぽさになってくるんですが、さすがに採れたてのいい野菜感があって、イチゴらしい美味しさですね。正直、夏秋イチゴは味が薄いイメージがありましたが、冬のイチゴにもまったく引けととらない旨さです」と山﨑氏は驚きます。

試験栽培を含めてまだ2期目の収穫ですが、長野の他地域も含めた夏秋イチゴの中でも評判は上々だと飯森明社長は話します。
「いまだ試行錯誤中ですが、うちで工夫しているのは、まずは土。独自に椰子殻をブレンドして柔らかな土に仕上げています。そして、小まめな管理。毎日株の様子を見ながら、水やりの量を調節し、液肥の配合を変え、機械による自動投入以外にも必要に応じて手作業で液肥をかけています。あとは、やはり水の違いは大きいと思います。冷たく澄んだ天然水が、力強い美味しさのベースになっているんでしょうね」

「うちのバーでは、イチゴをシャンパンと合わせたり、ラムでカクテルを作ったりすることが多いですね。カクテルで使うには、イチゴは味の濃さが必須。これだけしっかりした風味のイチゴなら抜群のカクテルになりますよ、間違いなく」と山﨑氏は太鼓判を押します。

「すえひろファーム」の母体は地元の建設会社。信濃大町の休耕地の有効活用を模索し、農業に特化した子会社が設立されたそうです。
「この地域には、スノボにはまって移住してくる若者が大勢いますが、その多くが季節雇用のアルバイトでなんとか生計を立てている状態。休耕地を減らして、自然豊かなこの大町らしい産物をつくり出しながら、若者が活躍できる雇用も創出したい。そんな思いからこの農園はつくられました。若い子たちが愛情を込めて育ててくれている、自慢のイチゴなんです。自分で言うのも何ですが、どこよりも旨いですよ」と飯森社長に笑顔がこぼれました。

美しく色づいたサマーリリカル。

採れたての風味をチェックする山﨑氏。「濃い。それでいて後味あすっきりしているから、また食べたくなる味ですね」

「信濃大町の自然環境を生かして、若者たちと付加価値の高い次世代の農業に取り組んでいきたい」と「すえひろファーム」の飯森明社長。

果実が同士が触れ合わないように工夫されたパッケージで大切に出荷される。

イチゴの果実と特製のイチゴソースをたっぷり使った「すえひろファーム」のアイスクリームデザート。「こんなんズルいわ!」と思わずツッコミを入れる旨さ。

 独自に追求した垣根方式の栽培が生み出す絶品のブドウ。

山﨑氏のお気に入りのフルーツにブドウがあります。シャインマスカットなど風味に優れたブドウはカクテルの格好の素材。皮ごとすりつぶして皮と実との間の旨味もお酒の中に閉じ込めるそうです。

近年、独自の栽培方法で県内外から注目を集めている信濃大町のブドウ農家「福嶋葡萄研究所」を訪ねました。代表の福嶋博幸氏が案内してくれます。

冷たい天然水が勢いよく流れる水路の左右に、福嶋さんの約120アールの圃場が広がります。もともとは家業として水稲栽培を行なっていましたが、福島氏が脱サラして家業に入るのを機にブドウ栽培へと転換しました。福嶋氏はほぼ独学で土作りからすべてを変えていきました。水はけが良くなるように土を入れ替え、5mおきに水抜き用の孔を設けました。生食用のブドウ栽培は天井に枝を這わせる棚方式が一般的ですが、福嶋氏は通常は醸造用ブドウ栽培で採られる垣根方式を採用。上向きの作業よりも、座りながらの作業も可能な垣根方式の方が省力化を図ることができため、持続性を重視したこれからの農業にふさわしいと考えたからだそうです。

「ブドウ栽培の先輩たちみんなに『そんなやり方じゃうまくいかない』と散々言われたましたが、私は失敗する可能性は1%たりとも考えませんでしたね。今考えると恐ろしいことですが(笑)。なぜかこっちの方がいいと確信して突き進んでしまいました。結果的に、この垣根方式は木を密集させてたくさん育てつつ、日光を効率良く当てることができ、ブドウは色良く、糖度も高く仕上がりました。そうなると、みなさん手のひらを返して視察に来てくれるようになりましたね」と福嶋氏と笑います。

現在、福嶋氏は、クイーンニーナ、シャインマスカット、ピオーネ、ナガノパープツ、そして長野県が開発した新品種のクイーンルージュの5種の葡萄を栽培しています。味は完成し、あとは色が付くのを数日待つだけとなったクイーンニーナをいただきました。2011年に品種登録された比較的新しい品種で、栽培が難しいことから、あまり市場にも出回っていません。
「クイーンニーナは僕も大好きなブドウです。あ、旨いですね。こちらのものは果肉のハリが良くて、みずみずしい。こういう繊細な美味しさのフルーツは個性のあるお酒と合わせるとせっかくの本来の風味が壊れてしまうので、僕ならクセのないプレミアムウォッカを使います。上質なウォッカは果物の風味をグッと持ち上げてくれるんです」と山﨑氏は、早くも創作意欲を刺激されているようです。

「全国でも大町が最も収穫時期が遅いのではないでしょうか」と福嶋氏が話すシャインマスカットも、もぎたてを試食します。
「ハハハ、これは旨い! ピカイチのシャインマスカットです」と山﨑氏は絶賛します。
「マスカット香も際立っていて、甘みだけでなく、全体的な力強さがある。福島さんのパワフルな人柄がそのまま現れています。それでいてジンの中にあるボタニカルな微妙なニュアンスも感じられます。これでカクテルを作ったら間違いない。自分で言うのもなんですが、めちゃくちゃ旨くてびっくりしますよ。ブドウをそのまま食べるより、美味しさを別次元にまで引き上げられるのがカクテルのいいところ。素材が良ければ僕らはすごくいい仕事ができるんですが、逆に言えば、いくら技術があっても素材には敵わない。この素晴らしいブドウを作っている本人、福嶋さんにぜひ飲んでほしいなあ」と山﨑氏。

やはりお酒には目がないという福嶋氏も、どんなふうにカクテルにするのかと質問に声を弾ませていました。

クイーンニーナは皮が薄く、中にはジューシーかつハリのある果肉が詰まっている。

垣根方式のブドウ畑は、果実が目線の高さになるため作業の負荷が低く、効率も良い。日光もまんべんなく当てることができる。

あとは赤く着色を待つのみとなったクイーンニーナ。今食べても味は抜群にいい。

2018年に木の新植を開始して本格就農した「福嶋葡萄研究所」代表の福嶋博幸氏。「このブドウもまた旨いんですよ」と作物への愛情いっぱいに案内してくれる。

ブドウ好きの中でもファンが多いピオーネ。あえて皮ごと食べると、ブドウらしい奥深い味わいを楽しめる。

信濃大町のふるさと納税の返礼品で人気ナンバー1となっているシャインマスカット。鮮烈な美味しさ。

 しっかりと硬くて、酸味と甘みのバランスが絶妙な信濃大町のリンゴ。

信濃大町のフルーツと言って欠かせないのがリンゴ。例年、大町市の桜が満開になるのは、やはりリンゴの名産地として知られる青森県弘前市と同じ時期だそうで、この地がリンゴ栽培に適した気候であることがわかります。

峯村農園は稲作と並んで果樹栽培に力を入れる農園で、リンゴをはじめ、西洋梨、プラム、カシスなどを栽培しています。訪れた日は、秋映(あきばえ)などのリンゴの収穫作業の真っ只中。たわわに実る樹を前に、「どれでも好きなの、もいで食べていいよ」という園主の峯村忠志氏の言葉に甘えて、よく色づいたリンゴを選んでいただきます。

山﨑氏がもいだのは、手のひらに収まるくらいに小ぶりなシナノピッコロ。バリっと小気味良い音を立ててかじった山﨑氏は「味が濃い」と目を丸くします。
「小さいから酸っぱいのかと想像しましたけど、しっかり甘い。酸と甘みのバランスがいいですね」

続けて、秋映、シナノゴールド、シナノスイートの3種を試食します。これらの長野県オリジナルの品種は“シナノ三兄弟”と呼ばれています。
「甘さの印象ではシナノスイートが突出していますね。めちゃくちゃ甘くて美味しい。シナノゴールドはシナノスイートに比べると甘みが少し穏やかで、代わりに酸が加わって、より濃厚なリンゴというイメージです。僕は秋映が好きですね。酸がしっかりあって、ほのかな渋みもある。バランスが絶妙。それにしても、どれも食感が抜群にいい! 実が締まっていて硬い果実ですね。パリッと心地いい」

「しっかりした硬さと酸味のある濃い味が大町のリンゴの特徴だと思います」と峯村氏は話します。
「リンゴが古くなって柔らかくなることをこのあたりでは“ボケる”と言うんですが、大町のリンゴはボケにくいとも言われますね。この畑は標高760mで、リンゴを栽培するには高め。寒暖差も大きいので色づきもよく、かなり早く収穫できます。害虫が少ないのも栽培には好都合です。冷たくてきれいな水、そして、北アルプスから吹きおろす冷たい風が、リンゴを硬くて酸味と甘みのバランスがほどよい状態に仕上げくれるんだと思います」

さらに、試験栽培を始めたばかりの新品種・ハニールージュもいただきました。このリンゴはなんと、皮だけでなく中の果肉も真っ赤。まるで赤カブのようです。山﨑氏はこのハニールージュがいたく気に入った様子。
「お、これは旨い! かなり酸が強く、甘みよりも酸っぱさが際立つ味。これ、おつまみにいいですよ。少し胡椒を振ってもいいですし、乳製品と合わせても、味的にも紅白の色的にも良さそうですね。調理向きのリンゴだと思います。カクテルの世界ではリンゴはすぐに酸化して変色してしまうので、実はあまり使われないフルーツ。でも、この赤色と酸味を生かしてカクテルにするのもおもしろい。バーテンダーとして創造力を刺激される素材です」

バーテンダーの競技会では、リンゴのフルーツカービングが必須科目であるケースも少なくないそうです。山﨑氏は日々のトレーニングで日本全国のリンゴを数えきれないほど刻み、そして味わってきたと言います。
「正直、リンゴは一級品を人一倍食べてきたつもり。……でも、今日いただいたリンゴが一番ですね。お世辞抜きに」と山﨑氏はしみじみ話しました。

「どれでも食べて」と「峯村農園」の峯村忠志氏。このあと、どれも美味しすぎて、食べまくる。

新品種ハニールージュに感動する山﨑氏。「バーのおつまみにしたい!」

中まで真っ赤なハニールージュ。味はちゃんとリンゴ。

原材料はハニールージュとグラニュー糖のみ。リンゴが持つペクチンの作用で凝固する峯村農園特製の「アップルハニー」は、爽やかな香りのハチミツといった印象。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

いちご王国栃木が誇る、スカイベリー100%ジュース。[和光アネックス/東京都中央区]

「大きさ、美しさ、美味しさ」の全てが大空に届くような素晴らしいいちごになるようにとの願いが込められ、名付けられたスカイベリー。栃木県にある百名山のひとつ、「皇海山(すかいさん)」にもちなんでいる。

WAKO ANNEX味・見た目・大きさ。三拍子揃った奇跡のいちご。

自社加工所を建設し、全ての生産から加工、販売まで行っている、栃木県小山市の『新日本農業』。その名の通り、先祖代々より地域の農業と農地を守る活動をし続けています。

今回ご紹介する品は、自社栽培しているスッキリ甘いジューシーないちご、スカイベリーを使用した100%無添加のジュース「Sky Berry Drops」。

原材料のスカイベリーは、1本(360ml)あたり、約800gも含まれ、余計なものを一切使用していないため、いちご本来の美味しさを感じることができます。加えて、一般的に100%のジュースと言えば、ドロっと濁ったものが多いですが、「Sky Berry Drops」は、製造過程に工夫をし、ロゼワインのように透き通った美しい見た目を実現。

また、収穫期間中の農薬使用量を大幅に削減し、衛生管理にも徹底して生産していることも特筆すべき点です。その中から、極めて大きく、美しい円すい果形、明るく色鮮やかな果色と光沢を備えた果実のみを厳選。甘味と酸味のバランスが良く、まろやかでジューシーな食感と独特の芳香は、ジュースにおいても感じることができます。

ストレートはもちろん、牛乳や甘酒、炭酸水、お酒の割物としても美味。離乳食のお子様や高齢者様にも安心して楽しめます。

お好みに合わせ、ぜひご賞味あれ。

栃木県は、いちご王国と呼ばれるほど、いちごの名産地。そこで17年もの歳月をかけて誕生したスカイベリーを使用した100%のジュースは、透き通った色味とサラリとしたテクスチャーが特徴。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

日本は勝てる、石井シェフは勝てる、そう信じている。私たちは、そのためのサポーター。

ネスレネスプレッソ株式会社 代表取締役社長ピエール・デュバイル氏()とボキューズ・ドール2023 日本代表 石井友之氏()。初対面のふたりだが、感性が共鳴し、一気に距離が縮まる。

Bocuse d’Or 2023本質に向き合う『ボキューズ・ドールJAPAN』を支援することは、私たちにとって自然のことだった。

常に最高の品質を追求すると同時に、サステナビリティへの配慮に注力する世界的コーヒーブランド『ネスプレッソ』。実は、ガストロノミーの最高峰を目指す『ボキューズ・ドールJAPAN』の支援もしています。ボキューズ・ドール フランス本部を長きにわたり支援してきたネスプレッソは、日本においても2015年より支援を開始。今回は、在日3年目に入る代表取締役社長ピエール・デュバイル氏と2023年1月にフランス・リヨンで開催する『第19回 ボキューズ・ドール国際料理コンクール』に日本代表として出場する石井友之氏が初対面を果たします。

「フランスは以前よりネスプレッソにとって重要なマーケットです。そして、高品質のコーヒーの提供にこだわってきた私たちにとって、ガストロノミーは常にビジネスの成長を導くカギとなるもので、ネスプレッソとガストロノミーは密接に関係しています。ですから、当然敬意を持ってボキューズ・ドール フランス本部の支援を続けてきましたし、私たちはグローバルな組織ですので、その後、各国でローカルチームをサポートさせて頂くようにもなりました。日本は特に多くの優秀なシェフが存在して、そのシェフ達のフランスとの繋がりも深い。日本が重要な存在であることは説明するまでもなく、私たちネスプレッソがボキューズ・ドール JAPANを支援させて頂くようになったのは自然な事でした。『ネスプレッソ』は、1986年の発売以来、カプセル式コーヒー市場のパイオニアとして、常に革新的かつ創造的な活動と卓越した技術の追求を大切にしてきました。それは、まさに『ボキューズ・ドール』の目指すところと一致すると思うのです。また同時に、サステナビリティに配慮しながら、質の高い食や飲料を創造する情熱にも共鳴しています」とピエール氏は言います。

「『ボキューズ・ドール』においても、SDGsを軸に取り組みが進んでいます。事例を挙げると、まず一つは、女性シェフや女性のコミ(アシスタント) の活躍する場を増やそうと、取り組みが各国に広まり、特にこの2~3年は女性の代表選手の積極的な参加が増えてきました。また、フードロスに対しては厳格な審査があり、
厳しい評価を受けるので、私たちのレストランでも普段から意識的に取り組んでいます」と石井シェフも返します。

「料理の審査は科学的に正確に判定できるものではないので、審査員にどう評価を受けるか難しい部分もありますね。ですが、日本選手は才能や技術などに溢れ、優勝に必要な全ての資質を備えているので、必ず勝てると思います」とピエール氏は石井シェフに言葉を寄せます。

審査という点においては、出題に合わせて評価の基準が異なるということも大会の特徴。昨今では前述の通り、SDGsやジェンダーレスという言語も、重要視されています。

「今、ジェンダーのダイバーシティ(多様性)の取り組みについてお話を聞かせて頂きましたが、コーヒーにとっても、植物のダイバーシティに富んだ環境を作ることは、高品質のコーヒーを育む上で重要なことです。ネスプレッソは、生産者と共に自然の生態系を崩さず環境を保護しながらコーヒー豆を栽培する森林農法にも取り組んでいます。また、コーヒーを大切に育てて下さる生産者やそのコミュニティーのサポートを行うことも大切に考えています。コーヒーが栽培される農園の環境を守ることは私たちにとって、とても重要なのです。
大事に生産されたコーヒー豆がスイスの工場へ運ばれると、エネルギー使用の最大効率性を図りながらカプセルコーヒーを製造します。それが半永久的にリサイクル可能なアルミニウムを包材に選んでいる理由にも繋がりますし、グリーンエネルギーを活用する理由でもあります。コーヒーが消費されるマーケットでは、コーヒーカプセルのリサイクルを行っています。使用済みコーヒーカプセルは、回収してリサイクル工場へ送られ、アルミ包材とコーヒーかすに分離され、アルミ包材は再生アルミニウム素材に、コーヒーかすは堆肥・培養土に再生されます。これが私達の作るバリューチェーンであり、資源を大切に使用するための活動です。しかし、これらは私たちにとっては、始まりに過ぎません。『ネスプレッソ』は、環境や社会に対する透明性や説明責任などにおいて高い基準を満たした企業に与えられる国際認証『Bコープ』を取得しました。Bコープのメンバーに加わったことで、更に今後、より良いビジネスで、より良い世界へ貢献することをコミットし、高みを目指していきます」とピエール氏は補足します。

そんな世界的企業が作り出す『ネスプレッソ』
は、石井シェフにとってどんな存在なのでしょうか?

「『ひらまつ』に入社して13年になりますが、入社と同時にネスプレッソに出合い、それから『ネスプレッソ』は身近な存在です。朝はまず、一日のスタートに強めの一杯を飲んで、昼の休憩時にはマイルドなものを。さらに夕方から夜へ向け、デカフェで一日を終えるということもあり、緊迫した日々の中でリラックスできる大切な時間を与えてくれる、自分の日常には欠かせないものといっても過言ではありません」と石井シェフ。

「ありがとうございます。大変嬉しいです。ガストロノミーとコーヒーは、とても近い関係にあると思っています。レストランにとってはどのような存在ですか?」とピエール氏は尋ねます。

「食後のコーヒーまで楽しんでいただくのがレストラン時間。お食事の最後をしめくくる大切な存在です。その日の食事を振り返り、何が美味しかったか、今日は楽しかったね、など、余韻に浸りながら語り合う大切な時間です。上質なネスプレッソのコーヒーはまさにレストランにとって欠かせない存在です」と石井シェフは答えます。

実は、この対談前、石井氏が副料理長を務めるレストラン『アルジェント』での食事を体験したピエール氏。その感動と興奮の余韻も手伝い「インスピレーションはどのように得られているのでしょうか?技術を磨くこととは別の難しさがあると思うのですが」と続けて尋ねます。

「料理をクリエイションする時というのは非常にストレスがかかり、大きなプレッシャーを感じています。ほかのことが何も考えられないほどの緊張状態にあります。そんな風に煮詰まってしまったら、コーヒーを飲んで、ほっとひと息つくというのが、自分のやり方です。するとまた、頭が活性化されて新しいアイディアが浮かんできます。そして猛然と試作をし、そしてまた行き詰まったらコーヒーでひと息入れながらリラックス。例えるなら、走っては休み、走っては休みというトレーニングを繰り返すような感じでしょうか。『ネスプレッソ』のコーヒーにはそのような面においても支えられています」と
石井シェフ

コーヒーのごとく、話はどんどん深く、奥ゆかしく深化していきます。

アルミニウムでできたカプセルは、回収サービスを通して回収され、リサイクルされる。コーヒーの美味しさだけでなく、社会への貢献度も高い企業であることが伺える。

プロフェッショナル向け小型タイプのネスプレッソマシンと全17種の専用コーヒーを詰め合わせた、カプセルボックス。インテリアとしても美しく、ブランドのセンスを感じる。

『ネスプレッソ』を飲みながらの対談に自然と話しが弾む。コーヒーはコミュニケーションを生むツールのひとつ。

Bocuse d’Or 2023コロナ禍を経たことによって、シェフとして、人として、石井シェフは大きく成長した。

今回、石井シェフが日本代表となった後、『ボキューズ・ドール』のアジア・パシフィック大会を勝ち抜いてきた時期は、ちょうどコロナ禍の真っ只中。必要な提出物をオンラインで審査するというこれまでにない形式を強いられました。そこにピエール氏は着目します。

「コロナ禍の間は、インスピレーションというものは沸きましたか?」とピエール氏は、神妙な面持ちで尋ねますが、石井シェフは、少し遠くを見ながら、ゆっくりと口を開き、「いえ、その間は、料理のインスピレーションに対してなかなか前向きになるのが難しい時期でしたね」と応えます。

その後、穏やかな表情に変わり、「その代わり、娘たちと遊ぶなど、家族と過ごすことができ、とてもいいリフレッシュになりました。そして、再び厨房に立った時には、すごく新鮮な気持ちで料理に取り組むことができました」と石井シェフは言葉を続けます。

「外食産業にとって非常に深刻な問題で、危機的状況をもたらした大変な時期でしたが、反面、家族や大切な人、そして自分自身に向き合う時間をもたらすよい機会になったとポジティブに捉えられる面もあるのですね。『ボキューズ・ドール』で世界の頂点を目指す日本代表に、このように直接お目にかかって人柄を知り、信頼を寄せ、応援できることは本当に嬉しいです」と、ピエール氏から熱いエールが送られました。

料理のインスピレーションがどこからおりてくるのか、興味津々のピエール氏。

緊張状態の中、創造力をフル回転させるには、『ネスプレッソ』で一息入れリラックスする時間が欠かせないという石井シェフ。

Bocuse d’Or 2023フランス人だからこそ感じる世界と日本の差。しかし、「日本は決して劣っていない」。

フランスと日本における『ボキューズ・ドール』の認知度の違い。これは大きな課題のひとつでもあります。フランス人であるピエール氏は、それをどのように捉えているのでしょうか。

「『ボキューズ・ドール』は、フランスの中でもリヨンの人は皆知っていると思います。盛り上がりもすごいです。ですが、全土的、さらには世界的に見れば、一般にはまだ知られていない大会です。日本人シェフの入賞が続けば日本においても『ボキューズ・ドール』の知名度が上がってくるのではないでしょうか。(日本人最高位は2013年開催に3位入賞の浜田統之氏シェフ)もしかすると、毎回リヨンで開催するのではなく、今後、日本で開催するようなことがあって良いのかもしれません。そして、一般の人たちに向けて積極的なコミュニケーションを図ることも認知度を上げることに繋がると思います」と、ピエール氏は独自の意見を述べます。

日本としてどう在るべき大会なのかなど、広義に持論を語るピエール氏の言葉は、石井シェフにとって全てが新鮮な見解。それらが成せば、日本の観光業としても、大きく貢献できる可能性を秘めた大会なのかもしれません。とはいえ、「何といっても、まずは成績を残すこと」と、石井シェフも改めて気持ちを引き締めて、固い決意をしっかりと言葉に表します。

「日本が継続的にステップアップし、さらなる成長を遂げるためには、若手シェフや情熱のあるシェフをサポートして、未来の代表選手を育成することが大切だと思います。ガストロノミー分野のプレミアムなブランドパートナーを増やすこともその手助けとなるでしょう。料理人という職業の中で、このような大会のために準備の時間を捻出するのは難しいことですので、『ネスプレッソ』もできる形でさらに応援していきたいと思っています」とピエール氏。そして、改めて、世界基準で見ても、日本は特別な国だと語ります。

「日本は多くの国際コンクールにおいて、ほとんど全ての面で優れている。創造性、卓越した実行力、細部への情熱、そして常に限界を超えようとする姿勢。日本は、『ボキューズ・ドール』においても、そのように価値のある代表選手を送ってくれる特別な国。世界やフランスと比べても日本は劣っていません。優勝するのに必要な全ての資質を備えているので、必ず勝てると思います」。

「日本は『ボキューズ・ドール』において、卓越した実行力や細部への情熱など、勝つための資質をすでに備えている」と高い評価を送るピエール氏。

「料理人として一番大切にしていることは、人との関わり」だと答えた石井シェフに対し、シェフとしてだけでなく、一人の人間としても感心し、改めてエールを送るピエール氏。

Bocuse d’Or 2023ひとりでは負けていた。人との関わり、周囲への感謝が勝利を導く。味方はいる。きっと勝てる。

「5年前までは、料理は、調理技術、美味しさ、造形美だと信じていて、ひたすらその追求に明け暮れていましたが、それだけでは国内のコンクールで勝つことができませんでした。独りの考えだけでは勝てないことを思い知らされ、そこからが自分自身の転機となりました。周囲からのアドバイスを乞うようになり、多くの意見に耳を傾けるようになり、その結果、『ボキューズ・ドール』の国内予選『ひらまつ杯』で優勝を果たし、日本代表となることができました。こうした経験を経て、料理は人との関わりの中で創造されていくものなのだということを学びました。一番大切にしていることは、間違いなく、『人との関わり』と胸を張って言えます。自分自身の信条ですね。だから、『ネスプレッソ』やピエールさんも、自分にとって唯一無二の大切な存在です」。

これは、「料理人として一番大切にしていることはなんですか?」というピエール氏からの問いに対する石井シェフの答えでした。

「そうした境地に至れたというのは素晴らしいことですね。そして今のお話をお聞きできて、サポーターの一人としても大変嬉しいですし、ますます応援に力が入ります」とピエール氏。

人との関わり。それは、先輩シェフはじめ、周囲の仲間たち、協賛という形で応援をしてくださる各企業、食材の生産者など、関わりのあるすべての人たち。味方はいる。もちろん、ピエール氏もそのひとり。

「石井シェフには、自分の直観と創造性を信じて、大会中は後悔のないよう果敢に挑戦してほしいと思います。そして、何よりも自身の才能と実力に自信を持ち、最大限にコンクールを楽しんでください」。

今の石井シェフに迷いはない。突き進めば、自ずと結果はついてくるだろう。

「対談の機会を持てたことに改めて感謝したい」という石井シェフ。ピエール氏と固い握手をしながら、本選から帰国後、『アルジェント』にて再会の約束をした。


Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:KOH AKAZAWA