皿の上で語られるストーリー。滋賀県の食材で仕立てる3皿の肉料理。[滋賀県食材視察ツアー/滋賀県]

近江鴨、藏尾ポーク、近江牛のほか、さまざまな野菜やハーブも滋賀県から届いた。

素材の持ち味を活かす料理で、滋賀県の肉の魅力を伝えた濱口氏。開店前の『セルサルサーレ』にて。

 食材の背景を伝えながら、旅するように味わう料理。

「旅をしているような気分になれる料理」

濱口氏は滋賀県を巡りながら、そんな理想を語っていました。そして旅の物語を料理に詰め込めるよう、産地を巡り、土に触れ、草に触れ、生き物に触れていました。
鴨、豚、牛。3つの滋賀県の食材を使い、濱口氏はどんなストーリーを描き出し、どんな旅を伝えてくれるのでしょうか。

濱口氏の料理構想は直感型。食材から得たインスピレーションを、即興的に料理に昇華する。

 水のような近江鴨を、土の匂いの食材とともに。

「施設も肉質も本当にキレイ。だからあえて対照的なものを合わせてみようと思いました」

というロースト。

「生でもいけそうなほどきれい」という近江鴨にオーブンでゆっくりと火を入れ、芯温46度のレアに。仕上げに表面を藁で炙り、香りを移します。
合わせるのは滋賀県の『みなくちファーム』の干し椎茸を濃縮したソース。さらに加えるのは、焼いたゴボウと味噌のパウダー。さらに表面を焼くときに出た鴨の脂は捨てるのが一般的ですが、近江鴨特有の澄んだ脂はソースに加え深みをプラス。

「近江鴨のクリアな味わいを活かしつつ、エネルギッシュな部分はほかの要素で補うイメージです」

というこの料理。
琵琶湖の豊かな水と滋賀県の自然に育まれ、そして真摯な職人により徹底した管理体制で生産された近江鴨。その対比のイメージを、まるで一編の物語のように料理で表現しました。

藁の香りをまとわせて、クリアな近江鴨にパンチを加える。

30lの水に一晩漬けた干し椎茸を、小鍋一杯分程度まで煮詰めて旨みを凝縮する。

椎茸、ゴボウ、味噌。力強い大地の風味が近江鴨のおいしさを引き立てる。

 繊細な豚のおいしさを、イタリア郷土料理で表現。

続いて、しゃぶしゃぶの試食を経て生産者と意気投合した藏尾ポークは、イタリアの伝統的なローストポーク・ポルケッタに。

「バームクーヘンを食べさせているという話だったので、とりあえず巻いてみました(笑)」

と冗談めかして笑いますが、実は細部まで計算されたレシピ。
ロール状の豚肉の中には通常のポルケッタに使用されるハーブとニンニクではなく、春菊とグリーンオリーブ、柚子の果汁。ソースには焼いてコクを出してからピューレにした大根。仕上げにグラナパダーノチーズを少々。

「力強さではなく、繊細さを感じる豚。軽やかで、野菜との相性が良い」

という藏尾ポークの魅力を、余すところなく表現しました。

複雑な構成要素を絶妙なバランスで成り立たせる濱口氏のセンス。

藏尾ポークのポルケッタ。コクのある大根のソースとともに。

 近江牛のステーキ。シンプルな料理に潜む、複雑な計算。

最後の一品は、近江牛。
『大吉商店』で試食し、その脂の旨みを噛み締めた極上の和牛です。

「今回はあえて脂の強い部分をオーダーしました。近江牛の魅力は、そこですから」

と、今回は近江牛の長所をさらに引き出していく作戦。ただしその脂がくどくならないよう、酸味と野菜を取り入れてバランスを取ります。
ソースは、プルーンのような酸味があるという黒ニンニク、そしてベリーのような爽やかさのビーツ。
肉は超低温でゆっくりと火入れしてから、最後は高温で香ばしさを加えます。仕上げにリコッタのハードチーズを加えて完成。

近江牛の甘みある脂が際立ちつつ、爽やかな酸味で後味をまとめる絶妙な味わい。ともすると重くなりがちな霜降りの和牛を、ライトなおいしさに仕上げました。

滋賀県産の澄んだ味わいの肉を、繊細な火入れと野菜のソースで軽やかに仕上げた3品。

「たとえば浜辺で日焼けするとき。海だと太陽が強すぎるけど、湖畔だと爽やかで気持ち良いでしょう? ふんわりとイメージです(笑)」

そんな言葉で構想の過程を説明してくれた濱口氏。
生産者と話していても、キッチンで調理していても、いつも冗談で人を笑わせ、場を和ませる濱口氏。

人を笑わせることと、料理をすること。もしかするとそれは、人を和ませ、幸せにするという意味で、似ているのかもしれません。だから濱口氏の料理には、食べると笑顔になるような幸せなおいしさが詰まっているのでしょう。

『セルサルサーレ』の店名は、各国語で「塩」。卓越した塩の使い方が食材を活かす決め手。

繊細な酸味が、近江牛の脂の旨みを引き立てる。リコッタチーズのほのかな酸味もアクセント。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)

触れて、食べて、感じるために。濱口昌大が行く、滋賀県の食材巡り。[滋賀県食材視察ツアー/滋賀県]

今回の視察に訪れたシェフとバイヤー。『みなくちファーム』の農場にて

 イタリアンの名シェフが、滋賀県が誇る肉を巡る。

変化に富んだ気候風土と、琵琶湖の豊かな水が育む滋賀県の食材。
そのクリアなおいしさは多くの料理人を魅了し、日々さまざまな料理関係者が滋賀県の食材を探しに訪れます。
そんな滋賀県産食材の魅力を発信すべく、3名の料理人が野菜と果物、肉、魚の3ジャンルのアンバサダーとして立ち上がりました。

第2弾となる今回のテーマは肉。アンバサダーは、代官山にある予約が取れないイタリアン『セルサルサーレ』の濱口昌大シェフです。

「食べながら旅をしている気分になれるような料理が好き」

濱口氏が料理をする上で大切にするのは、そんなストーリー性。
東京で店を開いているだけでは、ストーリーは生まれない。だから濱口氏は食材に物語の源泉を求めるのです。そしてそのために、自らがあちこちへ旅をして、生産者と話し、生産の現場を見つめ、その背景を紐解きます。

そんな濱口氏の今回の旅の目的は、肉。
実は濱口氏の手掛けるコースは、大半が魚と野菜の料理。しかし

「日本人にとって、やはり肉は特別」

と、ここ一番で登場する肉料理には、格別の思い入れがあるのだといいます。濱口氏が肉に求めるのは、少量でも存在感があり、物語性があり、そして何よりおいしいこと。果たして濱口氏は滋賀県で、そんな肉に出合うことができるのでしょうか。

近江牛を前に思案にふける濱口氏。直接見て、触れた感覚を元に、料理を考案する。

 環境と飼料が育む脂の旨み。滋賀県が誇る名産・近江牛

まず訪れたのは、400年の歴史を誇る滋賀県を代表する名産品・近江牛の生産現場。近江牛専門店として創業百余年の老舗『大吉商店』の永谷武久社長の案内で、牛舎を見学します。

「牛が元気ですね」

まずそんな感想を持った濱口氏。非常にシンプルな第一印象に思えますが、実は料理人にとって、食肉がどのような環境で、どれほど愛情を持って育てられているかは大切な尺度。この『大吉商店』では月齢8ヶ月ほどの但馬血統の仔牛を仕入れ、発酵した藁を中心とした飼料で育てます。仔牛の頃にたんぱく質豊富な緑の草を食べて、その後発酵食で体力をつけることで、健康で上質な肉質の近江牛となるのです。

「出荷は月齢30ヶ月〜33ヶ月。長期肥育は飼料代などのリスクはありますが、脂と赤身のバランスのためにはこれくらい必要なんです」

そんな永谷社長の言葉に、真剣に耳を傾ける濱口氏。
真剣に牛を見つめ、牛の体に触れ、自らの手で牛に餌を与え、牛の体を見極めているような姿が印象的でした。

続いては『大吉商店』の店舗に移動し、食肉を成形する様子を見学。さらにさまざまな部位をシンプルな焼き肉で食べ比べ、肉質や脂の乗りを比較します。

「肉自体がすでに料理として完成されている印象。薄切りをサッと炙って柔らかさを際立たせたり、野菜と合わせて脂の旨みを表現するのもおもしろそうですね」

とすでにいくつかのアイデアが浮かんでいる様子でした。
さらに夜には京都にある『大吉商店』直営の近江牛料理専門店『祇園だいきち』で、専門家がつくる近江牛づくしの料理を試食。

「ランプやイチボは使用していますが、希少部位も個性的でおいしい。いろいろ試して料理を考えてみたい」

と創作意欲に火がついたようでした。

『大吉商店』の近江牛は但馬血統の雌牛が中心。毛艶の良さが品質の証。

ときには生産者の作業を手伝わせてもらう濱口氏。自ら手を動かすことで、食材をより深く理解する。

この見事なサシが近江牛の特長。融点が低く室温で脂が溶け出す。

スジや脂身を除去するトリミング作業。職人の見事な手際が光る。

京都祇園に店を構える『大吉商店』の直営店『祇園だいきち』での一場面。

 豊かな水に育まれる澄んだ味わいの近江鴨。

翌日は、琵琶湖西岸の高島市にある近江鴨の生産者『グッドワン』を訪問した濱口氏。実はこの近江鴨は、濱口氏が多用するお気に入りの食材。出迎えてくれた同社の坂上良一社長とも旧知の仲で、再会を喜び合いました。

近江鴨は滋賀県初のブランド鴨で、国内でも珍しい親鳥からの一貫生産。イギリス原産のチェリバレー種の鴨を卵から羽化させ、ヒナを育成し、54〜56日で出荷します。

「鴨を育てるのに大切なのは、環境、餌、そして水。高島市の豊富な水をナノバブル化して使用することで鴨の腸内環境が整い、臭みのない肉になるのです」

と坂上社長。
さらに1㎡5羽以下の平飼いや、米をたっぷり含む飼料、徹底した管理体制の加工場などが、近江鴨のクオリティを守っています。

濱口氏はそんな『グッドワン』の加工場を改めて見学。
1羽につき1分以下で捌く職人の技、氷で冷やして芯温を一定以下に保ちながらの作業など、こだわりの数々を改めて目の当たりにしました。

「坂上社長とは冗談を言い合う仲ですが、一切手を抜かない誠実な生産者。届く鴨は本当にキレイで、クリアな味がするんです」
と濱口氏も厚い信頼を寄せていました。

内部の温度を上げないため、氷水に当てて冷やしながら解体する。

解体後に内臓を外す外剥ぎ法という解体方法。解体後は急速冷凍して出荷される。

きめ細かく、繊細な近江鴨の肉質。脂もクリアで臭みがない。

 しゃぶしゃぶの試食を通して知る藏尾ポークの底力。

日が暮れても、視察は終わりではありません。
この日の夕食は、近江のブランド豚である藏尾ポークのしゃぶしゃぶ。その場には、『藏尾ポーク』の社長である藏尾忠氏と、常務取締役の藏尾翼氏の姿もありました。
生産者自らの説明を聞きながら、自慢の豚肉を味わいます。

食卓を囲む濱口氏と藏尾社長は、ともに大阪の出身であることなどから、すぐに意気投合。生育や飼料に関することから、肉質、調理法までさまざまな質問を投げかけながら、藏尾ポークの情報を収集します。

「臭みなく、濃厚。脂身のおいしさもありますが、何よりも赤身の力強さがおいしい」

と藏尾ポークを称賛。さらに「もっと印象的だったのは、藏尾社長の真っ直ぐな人柄。僕ああいう人、好きなんです」と笑う濱口氏。

「料理人が産地を訪れる意味は、味や環境を確かめるだけではなく、生産者とコミュニケーションをとるため。そこで関係を築くことで、無茶を言ったり、言われたりしながら、長く続く付き合いが生まれます」

と、今回の藏尾氏との出会いも、大きな収穫だったようです。

牛、鴨、豚という滋賀県が誇る3種の肉を巡った濱口氏。

「滋賀県の食材は淡水のような透明感があるイメージがありましたが、冬に向かうにつれてさまざまな食材が強い味わいに変わっています。今回の3種類の肉も、クリアでいながら個性のある味。その魅力を引き立てる料理を考えてみたい」

と、すでに構想を膨らませているようでした。はたして濱口氏は3種の肉の魅力を、どのような料理で表現するのでしょうか。次回の記事をお楽しみに。

見事なサシが入り、和牛のような霜降りになるのが藏尾ポークの特長。

「シンプルなしゃぶしゃぶで端正な肉が映える」と濱口氏。

藏尾 忠氏(右奥)、翼氏(右手前)から説明を受けるシェフたち。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)