静岡県郷土工芸品「浜松注染そめ」などを生産する「武藤染工」へ
静岡県は直線距離にして東西に155km、南北に118kmと広がる、全国13番目に大きな県です。面積が大きいぶん、県内では地域ごとに異なる技術や文化を持っているのが特徴で、そのバラエティの豊かさは圧倒的。ところが、ものづくりにおける静岡のこうした実力は全国にそこまで知られていません。そこで、東と西の2つのコースに分け、静岡のクラフトマンシップに触れる宿泊型オープンファクトリーツアーが開催されました。
主催した共生実行委員会は、県内在住の有志で成り立つ組織です。静岡のものづくりを静岡の人間が盛り上げることを理念に、これまでに駿府城公園でクラフトマーケットを複数回実施してきました。マーケットでは県内の人同士をつなぐことを大きな目的としてきましたが、今回のツアーは、県内だけでなく全国から参加者を募ったそう。その結果、茨城や東京など県外に住む人も集まるツアーとなりました。一体、どんな場所を巡ったのでしょうか。西部をめぐるコースに同行しました。
静岡県西部は浜松市を中心に自動車や楽器などの大型産業や繊維産業などが盛んです。最初に向かったのは「武藤染工」。地場の伝統的な遠州染物・遠州織物技術を受け継ぎ、職人が染料を注いで染める昔ながらの染め技術「注染(ちゅうせん)」と、機械を使って行うスクリーンまたはハンドスクリーンによる「捺染(なっせん)の2つの染技術によって、繊維製品の染色加工を行う工場です。この地域で行われている注染は静岡県郷土工芸品の「浜松注染そめ」としても有名。また、武藤染工では、アパレルをはじめ全国のさまざまな企業の特注品や祭用品などの生産も行なっています。
なんと言っても美しいのは、その色と柄。鮮やかな色から渋みのある色まで30色以上の染料を使い、混ぜ合わせたり、グラデーションにしたりしながらあらゆる色彩を表現しています。「組み合わせ次第でいかようにも色を作り出せるので、染められる色の種類は無限にあると言っても過言ではありません」とは、工場の武藤泰地さんの言葉。職人が染料を注ぎ込む作業をしているところ見させてもらうと、あっという間に布が染まっていく様子に参加者からは「わっ」と歓声が。さらに、染めた布を干している様子も見学させてもらいました。
創業145年の老舗うなぎ専門店「中川屋」で浜松のうなぎを食す。
浜松の食といえばうなぎが有名です。せっかくなら目で見て、手で触れるだけでなく、お腹の中まで静岡を満喫しようということで、昼食は老舗うなぎ専門店「中川屋」でうな重をいただきました。
中川屋の創業はなんと1877年。タレは、明治時代から戦争中でさえも火を絶やさずに守り抜かれてきた秘伝のタレです。うなぎのエキスが詰まっていて、醤油の味は控えめでまろやか、粘り気のある甘みが特徴です。
また、天竜川の伏流水で磨いたうなぎは絶品と言われていますが、中川屋では現在でも天竜川の水を汲み上げる井戸を使って、浜名湖から仕入れたうなぎの臭みを抜いてからさばいています。タレだけではなく、うなぎの処理に至るまで、伝統を守り抜く老舗ならではの味わいに一行も大満足です。
間伐材を有効利用して体を温める機能性セラミック炭を生産する「アスカム」
次に向かったのは、榛原郡吉田町を拠点とする「アスカム」です。駿河湾へと続く一級河川の大井川では、昔から木材を川に流して運搬する「川狩り」が盛んでしたが、吉田町はその大井川の最下流に位置する地域。アスカムは、1937年に創業した木工製材機械の製造・販売メーカーがセラミック炭事業部を分社化したことにより設立した会社です。2000年頃からは大井川流域に散見される間伐材の有効な活用方法を模索して、機能性セラミック炭の開発・生産を始めました。
「日本の森の状況に危機感を感じ、国産間伐材の有効利用と森林保護に役立つ製品を作りたい、と考えたことが、セラミック炭製品の開発のきっかけでした」と、専務取締役の松浦弘直さん。炭は、自然素材でありながら、遠赤外線効果や脱臭、調湿作用など生活に役立つ機能を兼ね備えています。アスカムでは炭のこうした機能に着目し、消臭グッズや、蓄熱・保温機能のある衣類などを生産しています。
今回のツアーで特に注目したのは、アスカムが日本の森林と人間の生活に役立つライフスタイルを提案する自社オリジナルプロダクトに精力的であるということ。建築や建物には使えない、と判断されてしまった間伐材に熱処理を加えることで付加価値をつけ、人の生活に役立つ商品を生み出した発想力には目を見張るものがあります。
しなやかで頑丈、気付かぬところで人々の日常を支えるベルトを作る「本橋テープ」。
最後に向かった工場は、榛原郡吉田町「本橋テープ」。文房具屋で見かける粘着テープや、あるいは録音・録画機能のあるテープなど「テープ」と呼ばれる製品にもさまざまな種類がありますが、本橋テープで生産しているのは「細幅織物」と呼ばれる種類のベルト状の製品です。頑丈で壊れにくいことが特徴で、リュックサックやショルダーバックのストラップやシートベルトなど、生活シーンをはじめ防災・医療・航空・宇宙分野などあらゆるシーンで活用されています。
本橋テープではもともとB to Bの取引をメインとしていましたが、2000年頃から試行錯誤を重ね、テープを使った完成品の販売をスタート。「テープがもつ耐久性に優れ、丈夫であるという強みを活かし、現在では、キャンプなどで役立つアウトドアグッズや、ボトルホルダーなどを生産し、自社ブランドとして展開、販売しています」と、代表の本橋真也さんは話します。
小学校跡地をリノベーションし新たに誕生したグランピング施設「結」。
一行は吉田町を後にして、静岡県中部・島田市へと向かいました。目指したのは、グランピング施設「結」。旧島田市立湯日小学校跡地で建物をリノベーションし、小学校のノスタルジックな風景を残したまま、校庭部分に全21棟の大型テントを配置したり、家庭科室などを調理施設に改装するなどした施設です。ツアーの参加者たちはここに宿泊するとともに、夕食を兼ねた地域の人々との交流会に参加しました。
大切なことは、ただ見て触れるだけではなく、作り手と交流を続けていくこと。この交流会には日中に巡った工場の人々も集まり、ツアーの参加者とざっくばらんな会話を楽しみました。「静岡のものづくりは非常に優れているが、当社の手拭いをはじめ、他社の製品の一部になっていたりして自社の名前が表に出る機会がない場合が多い。だから静岡の実力が影に隠れがちなので、こういう機会に地域の伝統と技術の力を人々に知っていただきたい」とは、武藤染工の武藤さんの言葉。静岡のものづくりによって、私たちの生活が支えられていることを知った旅となりました。