これが新潟の出した答え。「新潟ガストロノミーアワード」発足。

飲食部門において特別賞を受賞した面々。四季が豊かで食材も多彩。自然の恵みが素晴らしい新潟だが、それ以上に人の恵みが素晴らしいと思うほど、会場では心温まるスピーチが多かった。

新潟ガストロノミーアワードアワードを通して、作り手、食べ手、生産者の輪が広がる。目指すは世界へ。

地域の風土、歴史や文化を料理に表現するローカル・ガストロノミー。2023年2月に発表された『新潟ガストロノミーアワード』は、この理念を体現し、地域社会との関わりに積極的な新潟県内の飲食店や宿泊施設、特産品などを発掘する取り組みです。

総合プロデューサーは、雑誌『自遊人』、体験型複合施設『里山十帖』などを運営する岩佐十良氏。2004年、東京から新潟県魚沼に拠点を移した当時は、現在のように地域が注目されるような風潮はなく、早過ぎる先見の行動。19年の歳月を経た集大成こそ、このアワードと言っても過言ではありません。

今回の受賞者は、飲食部門100、旅館・ホテル部門30、特産品部門30、計160。その審査を担うのは、各界で活躍する食通たち。県外9名、県内5名、計14名の審査員を束ねる特別審査員長には、『世界のベストレストラン50』、『アジアのベストレストラン50』の日本評議委員長も務める中村孝則氏です。

県外の審査員は各部門に分かれており、シェフ部門からは、和歌山『Villa AiDA』小林寛司氏、大阪『La Cime』高田裕介氏、福岡『Goh』福山 剛氏。メディア部門からは、温泉ビューティ研究家・旅行作家の石井宏子さん、食の編集に携わる山口繭子さん、柴田書店の淀野晃一氏。フーディ部門からは、『青綾中学校』、『青綾高等学校』校長でありながら、『世界のベストレストラン50』日本支部事務局にも携わる青田泰明氏、『An Di』、『AnCom』オーナーであり、ワインテイスター・ソムリエの大越基裕氏、音楽プロデューサー・選曲家の田中知之氏。県内からは、食と料理の研究家・木村正晃氏、『新潟Komachi』編集長の佐藤亜弥子さん、料理研究家・佐藤智香子さん、『月間にいがた』編集長・霜鳥彩さん、『月間キャレル』編集長の間仁田 眞澄さんです。

各人、それぞれの想いはあれど、特別審査員長と14名の審査員全員が同じことを口にした言葉があります。

「難しかった」。

会場には、新潟で活躍する人々が一堂に集結。アワードの受賞が主ではあるが、交流の場にもなり、県内の絆もより強固に。

「審査委員の方々は、喧々諤々の意見を述べながら、リストをまとめました。ほかのガイドと比べて違うことは、私たちは美味しさだけを評価するわけではありません。食材との結び付き、(燕三条のような)産業との結びつき、作り手の想い、それらを一番強く信念に起き、選出しました。全ての新潟の人たちと手を取り合って、新潟を盛り上げていきたいと思います」と総合プロデューサーの岩佐氏。

「審査には、本当に苦労しました。今回ご紹介できなかった素晴らしいレストランや人、生産者が新潟にはまだたくさんいます。ぜひ、今後も発信し続けたいと思います」と特別審査員長の中村氏。

新潟ガストロノミーアワード第一回、受賞者を発表。まだ知らなかった感動がここに。

まず、飲食部門100の中から大賞に選ばれたのは、新潟市の『my farm table おにや』。オーナーシェフである鬼嶋大之氏は、鶏をメインの食材とし、自ら養鶏場と養豚場も持ちます。驚くべきは、鶏肉の宝石と呼ばれるシャポン(去勢した雄鶏)を飼育していること。

「実は誰かに師事して料理を勉強したことがないんです……。ですから、どこかで負い目をずっと感じていました。お店を始めてからも、外的要因で売り上げが半分以下に落ち込んでしまった時期もあり、このままでは潰れてしまうという危機に面したこともありました。その時、もっと強力な武器を作らなければいけないと思ったんです。そこでたどり着いたのが鶏でした。様々な養鶏場を巡る中、お金をお支払いするので美味しい鶏を飼育して欲しいとお願いしても、コストと手間が掛かりすぎるからと誰も受け入れてくれませんでした。養鶏業者の話から飼育方法はわかった。しかし誰も作ってくれない。では自分でやろう。そんな流れから、今のスタイルになっていきました」と話す鬼嶋氏は、このようなプロセスを経て、シャポンと結実します。

「名物の鶏の刺身は、その徹底した管理と鮮度、調理技術で、あらゆる部位を生で食すことができます。鶏の生食は世界中でも珍しいですが、内臓を含めたバリエーションにおいても特筆に値します」と審査員一同。(そのほかの受賞リストは、こちらをご参照ください)

そして、旅館・ホテル30の中から大賞に選ばれたのは、三条市の『Snow Peak FIELD SPA HEADQUARTERS』。「人生に、野あそびを。」を理念に掲げ、大自然の圧倒的なラグジュアリーな施設を擁しながら、独自の世界観を構築。設計は、日本を代表する隈 研吾氏です。

「10年前から構想にあったものが、ようやく具現化できた施設です。『Snow Peak FIELD SPA HEADQUARTERS』は、まず、土地ありきで創造されました。ゆえに、あの土地でできることの最大を表現しました」と『スノーピーク』代表取締役社長の山井 太氏。

また、料理に関しては、洋のスタイルでありながらも、和の根幹が宿ります。それもそのはず。腕を振るうのは、『神楽坂 石かわ』でも修行した土門一滋氏です。「料理の源や味の輪郭として、和を大切にしたいと思っていました」と山井氏。

「宿泊はもちろん、『新潟ガストロノミーアワード』の名にも相応しく、内包する『レストラン 雪峰』の料理もまた、素晴らしい。食材の生まれた場所や人を丁寧に解説していただけるため、地域への愛情も感じ、創意を感じます。今回は、旅館・ホテルでの受賞ですが、今後は、飲食部門の受賞の可能性も大いにある」と審査員一同。(そのほかの受賞リストは、こちらをご参照ください)

最後に、特産品30の中から大賞に選ばれたのは、妙高市の『かんずり』。豪雪地帯、妙高市に伝統の調味料「かんずり」あり。完成までに数年かかる唐辛子の発酵香辛調味料は、「西の柚子胡椒、東のかんずり」とも言われるほど。冷え込みの厳しい時期に自家製の唐辛子を雪上で「寒ざらし(雪さらし)」にすることで甘みを引き出す独自の製法で作られています。

「人生の中で様々な節目があると思いますが、今回の受賞はそのひとつになると思います。かんずりは、特別な香辛料ではなく、一般の家庭の香辛料です。これからも皆様に愛されるように精進します」と代表取締役社長の東條昭人氏。

「実は、食材である唐辛子の原産地は、南国。それにも関わらず、雪国で独自の発展を遂げた面白さと製法は、この土地を代表する唯一無二の存在だと思います」と審査員一同。(そのほかの受賞リストは、こちらをご参照ください)

しかし、大賞や特別賞、受賞者リストにおいて、審査員のひとり、青田氏が何気なく口にした「満場一致ではないと思いますけれども……」という前段に、真摯な審査を感じます。それは、「比べられないものを比べる苦しみ」だと推測します。

ゆえに、『新潟ガストロノミーアワード』には、順位はありません。なぜなら、受賞者には、それぞれ独自の価値があるから。

飲食部門100の中から大賞に選ばれや新潟市の『my farm table おにや』。「自分がこんな名誉ある賞をいただけるなんて、信じられません。みなさん申し訳ございません……。こういう場に慣れてないので早く(壇上から)下りたいです……」とはにかむ鬼嶋氏の言葉が会場を微笑ましい空気に包み込む。

旅館・ホテル30の中から大賞に選ばれた『Snow Peak FIELD SPA HEADQUARTERS』。「後発の施設が受賞し、恐縮です。これから新潟に新しい風を吹かせるようにしたいと思います」と話す山井氏。

華やかな会場には、県内・県外から多くの人々が集い、『新潟ガストロノミーアワード』の注目度が伺える。各部門の特別賞受賞者にはトロフィーが授与される。

新潟ガストロノミーアワード熱いトークセッション、大会後の新潟巡り。一夜を明け、振り返る。

大会中には、ふたつのトークセションも開催。ひとつは「県外トップシェフから見た新潟の食」、もうひとつは、「世界の潮流と新潟ガストノロミーの可能性」です。前者のパネリストは、和歌山『Villa AiDA』小林寛司氏、大阪『La Cime』高田裕介氏、福岡『Goh』福山 剛氏。後者のパネリストは、『青綾中学校』、『青綾高等学校』校長兼『世界のベストレストラン50』日本支部事務局の青田泰明氏、温泉ビューティ研究家・旅行作家の石井宏子さんです。

3人のシェフのトークセションでは、飲食部門における「Chef’s Choice賞」に話題の注目が集まります。

福山シェフがチョイスしたのは、『兄弟寿し』。「九州にはない食材にも感動しましたが、価格にもびっくりしました。実は、価格は地方にとってすごく難しい問題。自分もずっと悩んでいることです。県外のお客様ばかりではいけない。やはり地元に愛される設定が大事。高額では地元の人に来てもらえることは難しく、そういったバランスも含めて素晴らしかったです」と福山シェフ。

小林シェフがチョイスしたのは、蕎麦を中心に、山菜やニジマスなどの一品料理を供する『八海山 宮野屋』。「八海山の麓にあり、そのプロセスも然りなのですが、真冬でも山菜の惣菜が供され、驚きました。環境の理にかなった調理法は、勉強になることが多かったです。蕎麦はもちろんおいしかったのですが、それよりも食材の向き合い方や人が自然に適応した取り組み方に感動しました」。

高田シェフがチョイスしたのは、四季の田舎料理を供する『欅苑』。「奄美大島出身なので、まずあの茅葺き屋根に感動しました。自分は、地方で料理を食べる時、極力シンプルな郷土料理に魅かれます。洋にしても和にしても、そこまで手を加える必要がないのでは、と思うことが多いです。もちろん、必要に応じて手数が増えるのは良いですが、新潟は食材が豊富なので、その必要性は再考してもよいのではと思うこともありました」。

新潟にはイタリア料理やフランス料理など、評価の高いレストランが多数ありますが、『新潟ガストロノミーアワード』には、あまりランクインされていません。料理も美味しい、技術もある。なぜ? もしかしたら、それはどこか既視感のあるアプローチだったのかもしれません。

印象的だったのは、厳しくも愛ある小林シェフの言葉です。

「イタリア料理やフランス料理に関しては、向かうところに再検討の必要があってもよいのではないでしょうか? もっともっと食材に向き合うべき。今が限界なのか、もう一度考えてほしい。『八海山 宮野屋』や『欅苑』は、他店と比べ、圧倒的に食材と向き合っている時間が長いと感じました」。

自身が畑からレストランを体現しているため、小林シェフにとっては、暮らしの中に食材があり、常に自然と生きる時間が流れています。ゆえに、お店が営業していない時間に何をしているのか、キッチンの外でどう料理や食材と向き合っているのかなども審査基準の対象としているのかもしれません。食材に向き合うという意味では、「『ファミリーダイニング小玉屋』も素晴らしかった」と言葉を続けます。

その審査基準に関しては、青田氏がもう少し噛み砕いて語ります。

「3つの視点を大事にしました。ひとつは、新潟のローカリズム、地産地消や風土。ふたつ目は、シェフ自身の物語性、信念や哲学。そして、3つ目は、お店の強み。唯一無二性です。今回のアワードでは、この3つの総合値が高いお店が受賞されています。中でも『my farm table おにや』は、それがずば抜けていた。とんでもないお店が新潟にある、そう思いました。実は、シャポンの名地が台湾にもあり、先日、食べ比べに行ってきたんです。油の旨味は確かに素晴らしかったですが、食べ続けるには難しく、鬼嶋シェフのシャポンの方が圧倒的に美味しかったです」。

ある種、「変態」が「日常」に行われているのが、『my farm table おにや』なのかもしれません。

旅館・ホテル部門においては、石井さんを中心にトークセッション。「新潟ならではのONE&ONLYの感動があるかないか。それを重点に考えました。新潟には哲学を持っている宿が多いので、本当に選ぶのに苦労しました。『Snow Peak FIELD SPA HEADQUARTERS』は、海外のナチュラルリゾートにも肩を並べるような宿が遂に誕生した!と感じました。例えば、オーストラリアのエアーズロックで得た体験に匹敵するものでした」と話します。

審査員それぞれが自身の体験談をもとに発する言葉には、どれも重厚感があり、日本から、世界から見た時、今の新潟はどの位置にあるのかなど、そんな目線合わせができたのではないでしょうか。同時に、受賞者たちが正しいと思ってやってきたことが確信に変わった瞬間でもあるのではないでしょうか。これは、県外の審査員を採用した利点とも言えます。

大会後には、受賞者にも選ばれた『鍋茶屋』へ。食事はもちろん、木造三階建ての料亭は、文化庁の「保存文化財」にも登録され、館内を回遊するだけでも時代を超えた邂逅体験を堪能できます。古町花街のそこは、多くの文人墨客にも愛されてきました。また、古町花柳界は湊町として栄え、今も「古町芸妓」として訪れた人をおもてなしする文化が色濃く残っています。

翌日も新潟を巡ります。『ONESTORY』は、村上市の『きっかわ』と新発田市の『鮨 登喜和』へ。『きっかわ』では、寛永3年(1626年)の創業から一貫して行われている発酵の世界を体験させていただき、天井の梁に鮭を千尾以上吊る光景は圧巻です。

『鮨 登喜和』では、新潟で獲れた食材にこだわり、三代目の小林宏輔氏のおまかせをいただきます。中でも印象的だった握りは、柑橘の果汁で〆たメダイに極限まで薄くスライスしいた古漬けの白菜を乗せた品。聞けば、「『Villa AiDA』小林シェフに野菜を使ってみてはいかがでしょうかとアドバイスをいただき、作ったものです」と三代目。

ただ、評するだけでなく、料理人同士の関係が構築されているアワードなのだと感じる出来事でした。

生みの苦しみの次なる必須は、継続の力。

兎にも角にも、まずは新潟へ。『新潟ガストロノミーアワード』の答えわせの旅をぜひ。

かくいう自分もまた、その計画を練るひとりです。

「県外トップシェフから見た新潟の食」をテーマにしたトークセッション。なぜあのお店が? なぜあの人が? どこの何に魅かれたのか?など、忌憚なき意見が飛び交う。

「世界の潮流と新潟ガストノロミーの可能性」をテーマにしたトークセッション。「『Snow Peak FIELD SPA HEADQUARTERS』は、旅館・ホテル部門での受賞でしたが、飲食部門の受賞でも良いくらい素晴らしい」という中村氏と石井さんの言葉に、新潟の宿泊施設の明るい未来を感じる。


Text:YUICHI KURAMOCHI


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